三話
「なるほど。で、その通信だけができる状況が右側ってことですね」
「はい。ですが、今は左側の状況となっています。理由は一つ。ライオネル様が独断で異世界を繋げてしまった。ミュレストライアは強大な魔法力を有した世界です。が、第六世界マルキオーラはそれ以上の魔法力を有しています。マルキオーラの魔法力を使い、異世界を繋ぐという、一見無謀とも思える行動を実現させたわけです」
「世界間法律もなにもない、そんな関係になってしまった」
「この状況を打破するには、評議会の真下にあるゲートを破壊せねばなりません。しかしながら、また別の問題も存在します」
「その問題とは? 今ここで言うってことは、僕たちにも関係があるんですよね?」
「僕たち、というよりもパトリオット様に、ですね。今パトリオット様はマルキオーラにいます。ここでゲートを破壊すると、パトリオット様が帰って来られるかどうかがわからなくなるのです。現在世界間を繋げているのはマルキオーラの魔法力。マルキオーラへの道を造ったのはライオネル様です。王子二人がマルキオーラに取り残され、果たして帰ってこられるのか。理論的には可能なのですが、それにも多大な魔法力が必要になるのです」
「パットを待つことはできないんですか?」
「無理でしょう。マルキオーラとミュレストライアから、大量の兵士やクローンが送り込まれています。一度道を絶たないと、他の世界が滅びると言ってもいいでしょう」
「モゾリスさんは、それでいいと思っているんですか?」
ここで、彼は初めて言葉を詰まらせた。
目を閉じ、数秒思考してから口を開く。
「私は、私たちはパトリオット様が目覚めるのを待っていました。彼ならばミュレストライアの王に相応しいと思っていました。彼を失うわけにはいかない。けれど、これもまたパトリオット様の命令でもあります。ライオネル派を制することさえできれば、誰が王になっても世界は変えられるとパトリオット様はおっしゃった。我々は国を動かすもの。感傷に浸り、感情に突き動かされてはいけないと知っている。ただ勘違いして欲しくはないのです。マルキオーラに閉じ込めてしまっても、すぐさま助け出せるようにとの準備はしているんです。現状では机上の空論でしかありませんが」
大変なのは誰もが同じ。
なにを大切にするのか。なにを優先して、なにを切り捨てるのか。身分や考え方が違えば、それらもまた変わってくる。
「わかりました。やりましょう」
パットが諦めるとは思えない。モゾリスさんが嘘を言っているとも思えない。だから両方信じるしかないんだ。
いろんな人が僕を信じてくれている。それならば応えないわけにもいかないから。逆に信頼されている分だけ、僕も誰かを信頼する。
「わかりました。みなさん、入ってきてください」
モゾリスさんがそう言うと、背後のドアからたくさんの人が入ってきた。
兵士から貴族からコックから、身分や職業はバラバラのようだ。
「彼らは皆パトリオット派です。彼らと協力し、私たちは貴方がたを支援します。これから作戦会議を始めましょう」
モゾリスさんは糸目だ。近くでも瞳の大きさなんかはわからない。けれどその細い目から放たれた眼光が、決意と覚悟をひしひしと感じさせる。
「ええ、お願いします」
彼はゆっくりと一つ頷く。
それから、ライオネル派の兵力とパトリオット派の勢力図。評議会までの道のりと、そこに至るまでの兵の配置。評議会の間取りや、地下に続く場所の確認。切り替わっていくモニターを見つめながら、作戦や地図を頭に叩き込んでいく。地図はPDに転送してくれるらしいが、いちいち画面を見ながら行動するわけにもいかない。PDで地図を確認するのは最終手段になるだろう。
ゲートを壊すのは問題ない。「ここまできたらやってやる」という意地だってもちろんだが、誰かが僕を必要としてくれているというのが大事だと思った。
頼られているから頑張るわけではない。あくまで自分の意思だ。
求められているから行動するのではない。その行動によって得られるものがあるからやるのだ。
ただ、今の自分にできるのかと言われるとまた難しい。
祠徒の代わりに得た【抵抗の先に進化有り】だが、まだ一度も使っていない。どれだけ強くなれるのかが未知数である上に、僕の戦い方とマッチするかが想像できないのだ。
元々、僕は圧倒的な戦闘力で敵をねじ伏せるタイプではない。緻密に計算された策略があるわけでもなければ、トリッキーな魔導術を使うわけでもない。
ルキナスを使い、基礎能力を上げる。それで倒せる敵ならばそのままでいい。
パンドラで相手を無力化すれば、ルキナスがいなくても相手を倒せる。
リュノアを使えば、一撃あれば相手を沈められる。
クラリットがいることで、自分の土俵に相手を上げることができる。
魔導術の天才と言われながら、僕の戦い方は祠徒頼みだった。しかも、僕の祠徒たちはとても応用力がある者たちばかり。ピンポイントで能力を発揮することで、様々なタイプの敵にも対処できていた。
それがまったく機能しなくなった。
手の内にあるのは今までよりも強い力。そう、それは純粋な力でしかないのだ。
キューリット姉妹に頼るわけにもいかないだろう。三嶽神のクローンが現れた場合、彼女たちに戦ってもらう他ないのだから。
右手で拳を作り、強く握り込む。
徐々に震えてくる拳を見つめ、自分がどれだけの戦力になれるのかと自問自答を繰り返した。
「大丈夫よ」
そっと、エルアが僕の拳に手を乗せた。
羽のように、優しく拳を包み込む。
「アナタは弱い。でも、弱いからこそ強いのよ。慢心しない、弱い者の気持ちがわかる。そして強い者の気持ちを考えるだけの思考力だってある。向上心や責任感だって、アナタの強さになってくれる」
今度は両手で包みこまれた。非常に温かく、心が妙な落ち着きを取り戻していくようだ。
「ああ、ありがとう」
ようやく理解した。
強い相手を目の前にして、彼女がなぜ恐れずに立ち向かえるのか。
パットと戦っていた時は、プライドが強いのかとも思った。
クオリアを最初に見た時も、緊張とか危機感とかがないのかなんて思った。
でも違ったんだ。
今、彼女の手は震えている。
きっと、彼女は誰も知らないところで努力を続けていたんだ。誰にも悟られないように、邁進し続けるように、自分を鼓舞し続けたんだ。
自分に負けない努力を、怠らなかったんだ。
彼女の強さに、今僕は救われている。いや、救われてきたんだ。最初に助けてもらったあの日から。
左手をエルアの手の上に乗せた。
「がんばろう。僕が、キミを守るよ」
「まずは自分の身を守りなさい。私のことは、その次でいいわ」
「じゃあ二人でがんばろうよ。一人じゃできなくても、二人ならできるでしょ?」
「かも、ね」
いつしか、エルアの手の震えは止まっていた。
彼女の瞳を見ると、思わず吸い込まれそうになる。
いやいやと首を振って思考を払拭した。
頼り、頼られるということ。人の存在はそうやって証明されていくのだろうかと、なんとなくそんなことを考えていた。
打ち合わせはつつがなく進み、自分たちの配置や動きも確認した。
そうして、会議は終わった。




