二話
転送装置に入ってミュレストライアへ。もう慣れたものだと思う反面、慣れてしまっていいのかどうかという気持ちもある。
虹色の光を通り、僕らは大地に降り立った。
街の中心、破壊された家屋や抉れた地面が目に留まる。人の気配は感じられないが、かなり遠くの方で三発の銃声が聞こえた。
脳裏に【内乱】の文字が浮かんでくる。この街がどれだけ賑わっていたのかはわからない。が、きっとライオネル派とパトリオット派の抗争なのだろう。
そこで妙な違和感があった。見たことがない場所だからとかそういうことじゃない。僕の体内でなにかが起きている、そんな感じだ。
「どうしたの?」
エルアが下から顔を覗き込んできた。彼女の身長だから、見上げると言った方が正しい。
「なにか、おかしくないか?」
「おかしいってなにが? まあ確かに、ちょっと身体が軽くなったような気はするけど」
「ふむ、よし」
手を前にかざし、手始めにパンドラを呼び出してみる。
が、反応はない。クラリットも、リュノアも、ルキナスもだ。
「祠徒が呼び出せないか」
違和感の正体がわかった。本来自分の中にいて、少なからず祠導力を消費する者たちがいなかうなったことが原因だろう。
「私の方も使えないわね。どういうことかしら……」
「おそらくですが、異世界全てが繋がったことに起因するのでしょう。シンドラ様は呼び出せますか?」
ナスハに言われてシンドラを召喚。こちらはいつもと変わらない。
「中で話は聞いていた。正直なところ、お前がミュレストライアに来るよりも少し前からアイツらはいなくなっていた。ナスハが言った通り、ライオネルが異世界をつなげたことが理由だろう」
「この状態で敵の本拠地に乗り込むのか。まさかこんなことになるなんて思わなかったな」
「四の五の言っても仕方ないわ。さっさとゲートを壊して帰りましょう。異世界が繋がって祠徒が召喚できなくなった。これは私たちが異世界に行った時と同じ現象。つまりその祠徒が近くにいれば祠導術を発動できるということ。私はここにいるからゲートの破壊はできる」
「そういうことだね、頼りにしてる」
エルアの頭に手を置き、ゆっくりと静かに何度か撫でた。顔を赤くしながらも、彼女はそれを受け入れてくれる。だいぶ距離が近くなったなと、素直に嬉しく思う。
僕は彼女に救われた。彼女の額にはその時の傷がまだ残っていて、でもそのことで責められたことは一度もない。
僕とエルアが一緒にいることは、自分のためでもあるが彼女のためでもある。今度は僕が彼女を守るのだ。
「エルファ、ナスハ、そして縁様。お待ちしておりましたよ」
いろいろと試行錯誤していると、小太りの男性が近付いてきた。身なりはしっかりとしており、どこかの貴族かと思うくらいだ。タレ目で糸目、丸メガネも相俟って非常に優しそうだ。
「えっと、あなたは?」
「すみません、申し遅れました。私はモゾリス=ハルナーと申します。パトリオット様に仕えております。縁様が来たら丁重に扱えと仰せつかっています。どうぞこちらへ」
キューリット姉妹に視線を向けると、二人は同時に頷いた。どうやら信頼してもいいようだ。
一度シンドラを戻し、モゾリスさんの後ろについて歩く。荒廃への一途をたどる、そんな街の中を突き進んだ 。
右に曲がり左に曲がり、細い路地に入っていく。そこを数分直進し、一軒の家の前で止まった。
中に入ると埃が舞う。光に照らされてキラキラと光っていた。
玄関、リビングを通ってキッチンへ。キッチンには兵士と思われる、屈強な男性が立っていた。
男性は素早くしゃがみ、地面にあった取っ手を持って床を持ち上げた。
石造りの階段が現れ、僕たちは更に進んでいく。灯りはあるが魔導式の豆電球だろう、光量はかなり少ない。
薄暗い階段を下りると、長い長い廊下が奥まで伸びていた。廊下の左右にはまた道が別の方向へと続いている。
少し進み、左の部屋に入った。
部屋は妙に広く、客室と言うよりは会議室という方がいいだろう。正面には大きなモニター。入り口から奥にいくにしたがって低くなっていくような構造。いくつものテーブルやイスが前後左右に並べられているが、前の人の頭が後ろの人の視界に入らないようにという配慮だろう。
「おお、ソイツが縁か」
会議室の隅の方に、小さな女の子がいた。この子もまたメガネをかけている。大きな白衣に身を包み、なんだか態度が大きい。そして、幼児体型なのに妙な色気が感じられた。
「こら、客人に失礼ですぞ、リン。申し訳ございません、うちの研究員が……」
「気にしないでください、年上とか年下とかも気にしませんし、僕は身分が高いわけでもありませんし」
「年齢……? 大我様から聞いたところによると、縁様はまだお若いはず。リンはもう成人してから何年も経ちますぞ?」
驚きの新事実だった。
が、隣にいるエルアを見て、なんだか納得してしまった。
「なによ」
「いや、エルアは小さくて可愛いなって」
無言のパンチが脇腹に食い込んだ。
「そ、それでモゾリスさん。僕らをここに呼んだ理由を聞かせてもらってもいいですか?」
脇腹をさすりながらそう言った。エルアの機嫌を取るのはあとにしよう。
「そうですね、まずは今の状況を説明しなければと思いました。大我様に言われていたので、縁様が来る時間帯などはわかっていましたし。どうぞ、お座りください」
モゾリスさんとリンさんがモニターに向かって歩いていった。僕らも前の方までいき、僕、エルア、ナスハ、エルファの順に座った。
「モニターをご覧ください」
映しだされたのは、第一世界から第六世界までの関係図。右側は今までの関係図、左は現在の関係図だ。
右側は、細い糸で繋がれていたの六つの世界。逆に、左は全ての世界が太い線で繋がっている。
「今までは、お互いが通信だけでやりとりをする状況でした。スーベリアットとミュレストライアも同様に、通信だけならば可能だったのです。しかし、ミュレストライア側が【異世界へと侵攻する】という禁忌を犯したことでこの均衡は崩れます。スーベリアットが行った擬似転送装置の使用もまた、仕方がないと言えるでしょう。本当ならば他世界への干渉はご法度なのですが」
「それは法律で?」
「はい。縁様の国にも法律がありますよね? 日本という国、アメリカという国、イギリスという国。様々な国で、様々な法律があります。同様に、世界にも世界ごとの法律があります。また世界間法律というのも存在します。民衆には開示されていませんがね。その一つに、他世界には干渉しないというのがあるのです。今回スーベリアットが行った他世界に対しての干渉は、自分の世界、ひいては他世界を守るためとして容認されました」




