六話〈リターン:クオリア=ランゼルフ〉
一時間は経ったであろうか。クオリアとエミリオは、ディオーラの山の上に立っていた。
心臓を貫けれた者もいれば、頭を吹き飛ばされた者もいた。背骨を折られた者、腹部を八つ裂きにされた者なども含まれる。死因は数あれど、それらはすべて姉弟がやったこと。
「だー、疲れたー」
山の上にしゃがみこんだエミリオとは対極に、クオリアはどこか遠くを眺めていた。風に揺られる白いスカートが、彼女の強さを象徴していた。
白い柔肌には傷一つない。ドレスにも汚れはなかった。
「あれだけ能力を行使すれば、当然と言えば当然ね」
エミリオの【捕食者の特権】は相手の能力を奪う。が、その能力を吐き出し、自分の中から追い出すこともできる。そうすることで、研究施設で施術された能力が発動、強大は魔法力を得られるという仕組みになっている。
ディオーラの能力を片っ端から奪い、吐き出す。繰り返しながら魔導術を使って戦い続けていた。
魔法力が下がっては上げ、下がっては上げる。何度も何度もやっているのだ。風船を膨らまし、しぼませるのを繰り返せば、ゴムは緩んで壊れやすくなる。
それが疲労として表れただけの話。
「いやー、強くなったのはいいけど、毎回これじゃあ生きた心地がしないな」
「使いこなせるようになるまでは時間がかかるでしょう。けれど、そうすれば間違いなく三嶽神クラスには指をかけられるでしょう」
「マジで! それ聞くと頑張れそう!」
喜ぶ弟を見て「それでも私には追いつけない」とは言えなかった。
結局のところ、クオリアの方が優秀であることに変わりはないのだ。エミリオにはちょっとしたリミッターがかけられている。しかしそのリミッターを解除したところで、元々ある天稟を覆すことなどはできない。
喜んでいる弟を見て、クオリアは微笑むことしかできなかった。
「さて、まだまだ来るかもしれないわね。五百くらいは倒したでしょうけど、ライオネル様がどれだけクローンを生成したかもわからない」
「どんだけ来たってなんとかなるさ」
「疲れきってる人に言われても説得力がないわね」
そこで大我からの通信が入った。
『そっちはどうだ』
「周囲にいたディオーラは掃討完了。まだ来るかどうかはわかりませんけど」
『余力は?』
「聞かずともがな。私が疲弊することなどありえませんわ」
『そうか、ならば百や二百はいけるな』
「これはこれは、酷使がすぎますね。でも、あと五百くらいならば苦労せずに倒せるかと」
『今までの個体より強くても?』
「やることは一緒、相手が本体でないのなら苦労はありませんわ。どうぞ、よこしてくださって構いません」
『どちらかというと第八支部に戻ってきてもらいたいところだな。俺とカスミ、それに縁だけでは対応しきれない』
「縁様が帰って来てるのですね」
『帰ってきたはいいが、ディオーラたちのせいでまともな行動が取れない状況だ。できればもう一度、縁を異世界に飛ばしたい』
「自分の息子をなんだと思っているのかと、一度ちゃんと聞いてみたいところではあるわね。でもまあ、今回はすぐに向かいます」
『よろしく頼む』
強引に通信を切られたせいか、ブツッという耳障りな音が聞こえた。
「エミリオ、一度第八支部にもどりましょう」
「またあのオッサンに呼ばれたのか?」
「そういうこと。今はあの人の部下っていう扱いだし、下の人間というのも苦労するわね」
「人間ってーのは難しいよな。っしゃ、行くか」
「それじゃあ先に行くわね。貴方はゆっくり来なさい、無理しない程度にね」
「バカにすんなって、なんとかついてってやるさ」
「そうそれじゃあ」
全速力で大地から跳躍した。そしてそのまま第八支部へと向かうが、エミリオの姿があっという間に見えなくなった。
第八支部の周囲には厚い障壁が展開されていた。ディオーラたちが攻撃を続けているが、まだ破壊される気配はない。
攻撃を打ち消して障壁の前に降り立つ。ディオーラの群れを見渡してから優雅に剣を抜いた。
「さあ、私と踊ってくれるのは誰かしら?」
クオリアの言葉を聞いてか聞かないでか、ディオーラたちが駆けてくる。
「その意気や良し」
彼女たちの数倍の速度で接近したクオリアは、一振りで五人の胴体を真っ二つにした。
クローンはオリジナルと近しい魔法力を有している。ただし、それを扱えるかどうかは個体差がある。魔法力も、それを使う器用さも、自分の身体を使う技能にも差があった。それぞれの個体にあった武器を持ち、戦い方も様々で、クオリアはそれを楽しんでいるのだろう。
しかし、それらの戦い方には個性がない。クローンの中では比較的個性が出ているけれど、戦士としての個性は皆無なのだ。良く言えば教科書通り、悪く言えば捻りがない。強引な力で押してくる場合が多かった。
フェイントを織り交ぜてきても、最終的に行き着くのは攻撃という選択肢。力で勝てない相手の場合、フェイント以上の「なにか」が必要だった。
なぜそれができないのか、クオリアは考えていた。
エミリオもいつの間にか到着し、先ほどと同じような戦法で戦っていた。顔には疲労の色が見える。
「なるほど」
双剣を持った二人のディオーラの首をはねた。
初動があまり変わらない。武器は違うのに動き出しが同じだった。たくさんのクローンと戦ってきたからこそわかる。
彼女たちに圧倒的に不足しているもの、それは経験値だった。
数えきれぬほどの戦士と戦い、人を殺し、自分よりも大きな魔獣を幾度も退けてきた。クオリア=ランゼルフという女性は、戦士としての能力をそうやって培ってきた。逆に、そこまでしなければ彼女に到達することはできないのだ。
そろそろ避ける必要さえなくなってきた。
向けられた殺意や魔法力を察知、打ち消すように攻撃を仕掛ければいい。相手の攻撃を貫通し、相手の行動に関係なく命を奪う。
なぜディオーラのクローンが量産されたのか。その理由に検討がついた瞬間でもあった。
人数を投入したかったのではない。なりふりかまっていられなかったのだ。
一騎当千の戦士を育成するだけの時間がなかった。結果として、性能が高いだけの半人前を大量に生産する他に道がなかったのだ。
つまり――。
「殺し尽くせば私の勝ちね」
剣に魔法力を集め、縁に倒された時のことを思い出しながら再現する。彼が使った、光の大剣だ。
剣から光が伸びていく。が、あまりにも長過ぎてはダメだと魔法力を調整。
「逝きなさい!」
脇を締め、上段の構えから剣を横に構え直す。右から左へ、剣を振った。
単純な横薙ぎだが、縁の剣速を遥かに超える。一瞬で通り過ぎる剣撃にはディオーラたちも反応できなかったようだ。
上半身と下半身が離れてしまった彼女たち。中には生き残った者も数名いるが、戦意を喪失してしまった。




