五話
どこぞのお話のように、自分にも隠れた才能でもあったらよかったのにと、思ってしまったのだ。実は新しい祠徒と契約をしていた。生まれた時に「一体しか使役できない」と言われたのは間違いだった。そんな想像をしてしまったのだ。
清以外の三人もまた、新しい祠徒などは持っていない。この中で新しい祠徒を召喚できる可能性があるとすれば尽だけだが、彼が儀式をしたという話は聞かない。
あるとすれば、大我にもらった指輪だけ。これがどのような力を持っているかはわからないが、今はこの指輪にかけるしかなかった。
使い方がわからないという部分以外は信じてもいい。
「さて、遊んでる暇はないんだわ。こっちもライ様のとこに早く戻りたいんでな」
ピシャリと、地面を鞭が叩いた。
痛みが頬に走る。手を当てると、指先には血が付着していた。
背中に冷たいものが走った。確かにあの鞭の長さならば届くだろうが、一瞬で頬を掠めていくとは思いもしなかったのだ。
「覚悟はいいかガキども。まあ、答えを聞くつもりもないんだけどな」
マズイ。そう思って前方に障壁を展開。同時に【死地を恐れぬ戦乙女】を発動させた。
が、防御するので手一杯だった。勢いを殺すことも、吹き飛ばされる方向を選択することもできなかった。
「がっ……」
トレーラーに背中からぶつかり、肺の中の空気が全て吐き出された。
ディオーラの周囲には、鞭で形成された真空波がとどまっている。目に見えるほどに空気が歪み、それは彼女を覆う檻のようでもあった。
今の衝撃で骨が何本か折れた。腕、脚、肋骨、肩甲骨。身じろぎをするたびに身体が軋み、立ち上がっただけで満身創痍だ。
「一撃か? スーベリアットの人間ってのはどうしてこうも脆いんだ。そのお陰でこっちも楽できるわけだけどな」
左右を見渡すと、他の三人は地面に倒れている。一応顔を上げているが、苦痛と屈辱に顔が歪んでいる。
「じゃあ、立ってるお前からだな」
風を切るような音が耳の近くで聞こえた。
ああ、これで終わるのか。こんなところで終わってしまうのか。
自分はまだ、やりたいことがたくさんあるのだ。
魔導師として上を目指すのだ。あの人のように、人々を助けるために、自分を磨くと決めたのに。
そう思いながらきつく目を閉じた。
が、いつまでたっても攻撃はやってこなかった。
恐る恐る目を開ければ、右手で鞭を掴んでいた。
「なんだ? お前のその腕は、一体なんなんだ……」
禍々しくも神々しい。見たことがない、ゴツゴツと、トゲトゲとした小手が装着されていた。それは身体の一部のようで、鞭の感触さえも細部までわかる。
生命を宿しているのか、心臓とは違う脈拍が腕を伝わってくる。
いつの間にか身体の傷も癒え、四肢には力がみなぎっていた。。
前を向き、鞭を思い切り引っ張った。
ディオーラがよろけたのを見て走りこむ。自分の身体ではないような軽さと、本当に自分が移動しているのかと思うほどの速度。
落としてしまった十柄を拾い、一直線にディオーラを目指す。
これが指輪の力であることはすぐにわかった。それだけではない。これだけの力を有してもディオーラに勝てないこともわかってしまった。
「それでも……!」
いくしかないのだ。
一度地面に下りた。刃先を向け、先ほどよりも速く。
「その程度でどうにかできると思うな!」
目の前で起こった爆発もすり抜けて、ただただディオーラへと剣を突き立てる。
爆炎の向こうには、厚い厚い障壁が展開されていた。じわりじわりと刀が刺さっていくが、障壁の向こう側ではディオーラが鞭を構えていた。
「残念だったな。お前一人じゃ私は倒せない」
自信満々に言い放つ彼女に、清もまた笑ってみせた。
「そうだな。私一人じゃ、ダメだと思う」
「わかってるじゃないか。私たちは一応チームだからな」
ディオーラの背後に現れたのは、清同様に右腕を変形させた火群だった。
「それでも二人なら、いや三人か」
上空からは、槍を持った風音が降ってくる。
「それならば受けて返そう。痛いのは好きじゃないんだが」
障壁が解かれ、清の刀が正面から腹部へと吸い込まれた。火群の剣が肩を突き刺し、風音の槍が脚部を切り落とす。
「蓄積された――」
ディオーラが叫ぼうとした瞬間。一本の矢が彼女の心臓を捉えた。
「なん……!」
身体の軸がぶれた。
清は刀を抜き、一度納刀した。
「天意清抄」
察知したように、火群も風音も一足飛びで逃げていく。
最速の抜刀術。クオリアには通用しなかったが、ここでなら通ると確信した。
高速で抜かれた刀は、ディオーラの首を容赦なくハネた。
「一人じゃ無理だと言ったのはお前だ。おごったな、三嶽神ディオーラ」
数十メートル先、生々しい水音をさせて首が落ちた。
本体はこれよりも強いという話は、皆大我からしつこく聞かされていた。今の四人では、これ以上に強いクローンとは対峙できないということもよくわかった。
「なんなんだこれは。身体の一部みたいだな」
火群が剣をしまい、清の元へと歩いてくる。
「私にだってわからない。既存の魔導術では解析できないもののようだ。どのような仕組みなのかはわからないが、間違いなくこれがなければ戦えない」
「それだけ私たちが弱いってことだな。現実は厳しい」
そんな会話の中、汐里と結から通信が入った。他の二組はディオーラとの交戦はなし、つつがなく任務を終えたとのことだった。
しかしながら、攻撃部隊の戦いはまだ終らない。
「次に行こう。ディオーラのクローンだけじゃなく、ミュレストライアからやってきた一般兵もまだまだ多い。魔物なんかも無理矢理引き入れてるしな」
「この指輪のおかげで体力も回復した。まだしばらくはいけるだろう。相手が弱ければの話だが」
清と火群は顔を見合わせて笑った。
結に軍人たちの収容を任せ、彼女たちは次の場所へと向かう。先にあるのは生か死か。そんなことを考える余裕もなく、ただただ戦うことだけに向き合っていた。




