二話〈リターン:クオリア=ランゼルフ〉
スーベリアット世界共同軍部第八支部、通称第八支部。その最上階にて、大我、カスミ、そしてクオリアの三人がイスに座っていた。
「それで、エレメンタルセブンの懐柔には成功したと」
紅茶の香りを楽しみながら、クオリアは静々と言う。優雅な立ち振舞いは白いドレスと相俟って、どこかの貴族、ないし王族と言われても納得してしまうだろう。
「一般兵に対しての兵力は問題なさそうだ」
指を組んでいる大我もまた静かに応えた。
「ただし三嶽神クラスになると対応が難しくなる。だから私を残したのでしょう?」
「俺とカスミならそこそこやれたとしても、三嶽神クラスを何人も相手にするほどの余裕はない。三嶽神は三人だが、その候補生、またそれと同等の力を持つ者は少なくないだろう。お前は最終兵器みたいなものだと思ってくれ」
「わかってますわ。もうすでに来ているんでしょう? 三嶽神クラスが」
「ああ、行ってもらえるとありがたい。お前ならば魔法力の強弱で見分けくらいつくだろう?」
クオリアは一口、二口と紅茶を飲んだ後で立ち上がった。
「そうそう、カスミ様はミュレストライア人ですよね?」
「そうだが?」
すまし顔のまま言うカスミに、クオリアは含み笑いを向けた。
「縁様と戦った時、確かにパトリオット様の時よりはミュレストライアの臭いが薄くなった。けれどそれは薄くなっただけであって消えてはいなかった。その理由が、ようやくわかりましたわ。全世界圏初の混血、これからが見ものと言ったところでしょうか」
それについて、二人はなにも言わなかった。
キレイに光りを反射する床の上を、靭やかに、優雅に歩いていた。
階下に降り立てば、肌に感じるような魔法力が強くなった。まだ遠く離れているはずなのに、と唇に人差し指を当てて笑う。
こちらも負けじと魔法力を散布する。
来い、速く来い。
魔法力の主がそう言っているようにも感じた。
第八支部を出て南へと飛び立つ。強い魔法力はいくつかあれど、その強さには差が見られた。
一番強い反応の元へと向かうのは、クオリアが持つ戦闘本能によるものだろう。彼女は優雅で流麗であるが、それ以上に戦闘狂としての一面があまりにも強い。
飛行を数分続ければ、敵の姿を目視できるようになった。倒壊したビル、瓦解だらけの繁華街。その中心に立つのは一人の少女だった。
大地に下り、睥睨する。
「ディオーラ。私の後を継いだのですね。しかし妙なことに強い魔法力の反応は全て貴女のもののように感じられる。説明、お願いできるわよね?」
彼女は薄く目を開き、曇りなき目でクオリアを直視した。
「私の個体ナンバーは502番。502番目に作られたディオーラのクローンです。スーベリアットに来た者はみな、ただのクローンなのです。しかしながらライオネル様は一人ひとりを大事にしてくださる。あの方の温情に、私たちは報いなければいけない」
ボクシングのようなファイティングポーズをとった502番。
「本来のディオーラは大鎌を振り回してたと記憶しているのだけれど」
「私は、いえ私たちはクローンでありながらも個でもあるのですよ。思考や性格、趣味趣向や特技などもバラつきがある。私たちは個になるのです。マルキオーラだけでなく、全ての世界を掌握したあとで、私たちはようやく一人になれる。ディオーラではなく、502番としてではなく、一人の人間になれるのです」
「マルキオーラにはそれほどの力があるということかしら。まあそれは、これからわかるかもしれないわね」
502番の姿が消えた。
風属性に光属性。だが速度はそこまで速くない。光速で接近するのではなく、光を曲げて屈折を変化させた。
「賢明よ、それが正しい」
光速での攻撃は速く、強い。それ故に、相手の行動を見てからの緊急停止に意味がなくなる。ハイリスク・ハイリターン。しかも見える相手には通用せず、光属性を理解し、定石をわかっている人間にも通らない。光速での接近、攻撃は格下の相手にこそ通用する。格上の相手に使う場合は、確定状況のみというのが基本となっていた。
もしくは、命を賭けた博打。制御が難しい光属性だが、使えるようになっても安易に使うものではない。
剣を抜き、下段に構えた。
無謀にも見える突貫であるが、基本に忠実でリスクヘッジを怠らない。502番は誠実で防御に長けた戦闘を得意とするのでは、とクオリアは考えた。
初撃を打つ様子がない。加速をする様子もない。目には見えないが魔法力は感じられる。クオリアほどの力があればこその芸当と言えた。
「ならばこちらから」
左手の平を前方に向けたまま、502番に向けて切り上げた。
予見していたかのような回避行動。
避けられるのは想定済みと言わんばかりに剣を振るう。
「【孤独に佇む審司】」
光速による瞬動。だがそれは攻撃するためにあらず。
クオリアの脇腹を、502番の指が掠めた。
直後、身体が僅かに重くなった。魔法力の貯蔵庫に用水路が設けられた。そんな感覚が胸の中に植え付けられる。
戦闘だけではなく、クオリアは頭の回転も速い。魔術によって思考の回転速度を向上させているからだ。
魔法力の搾取か、はたまた魔法力の上限を下げる能力。次点では魔法力の強制漏洩が候補に上がる。
だが、その候補を全てを否定した。目の前にいる507番の魔法力が上昇しているからだ。ただし、一定量よりは増えていない。
自分の魔法力の高さを知っているからこそ、ただの搾取でないことがわかった。
「これで、私とアナタの力量差はなくなった」
足を止めた502番がそう言った。
縁が持つ【赦された調律】とはまた違った感覚。一瞬で相手と同程度の実力にされたわけではなく、じわりじわりと二人の差が縮まっていくような感じだ。
「ディオーラの忌術とは違うようね。どういうことかしら」
「ライオネル様がどうやってやったのかはわからない。ですが、私たちは五つある能力のどれかが発言するようにできているのです。もっとも、私が自分の脳力を露見させるようなマネはしませんが」
「あら、もったいつけるつもり?」
「アナタは強い。塩を送るようなことをしては、私に勝ち目がなくなります。しかしこの戦いを長引かせるつもりもない。長くなればなるほどに、アナタは私の能力を理解してしまうでしょう」
「そのぎこちないしゃべり方、あの子の顔でやられると違和感があるわ。まあ、可愛いあの子がいっぱいいるっていうのは嬉しいけれど」
クオリアの口が弧に歪んだ。
それを見た502番は一歩後ずさり、表情がこわばった。
契術というものを使ったことがないクオリアだが、その本質は理解している。もしも分解を主とした契術が存在するのであれば、忌術の解析も容易なのではないかと考えた。
先ほどと同じように風属性と光属性をまとって攻撃をしかけてくる。その行動には「考える時間を与えてはいけない」という強い意思が働いているのだろう。




