一話〈ビューポイント:波佐間清〉
「ようやく来たか」
「待っててくれたのか? それは大変ありがたいな」
面会室に入り、火群にそう言いながら清はイスに座った。
「約束は約束だ。ちゃんと守るさ」
背もたれに体重をかけて腕を組む。まだ囚人ではないが、留置場にいる人間としてはかなり態度が大きい。
「それじゃあ、そうだな、初めて第一世界ミュレストライアと接触したのはいつだ?」
「私が孤児院の出身だというのは知っているな。エレメンタルセブンの八人は全員孤児院の出だ。で、初めて接触したのは十の時。私が孤児院に入って二年目の冬だ。八人で遊んでいたところにヤツは現れた。黒い髪の毛に黒い瞳の男。男というよりは青年と言った方がしっくりくる。ヤツは言った。俺の頼みを聞いてくれるのならば願いを叶えてやろう、とな」
「その願いのために協力したと」
「そういうことだ。私は孤児院にいたが、私の妹は叔父の家で暮らしていた。両親が死に、行く宛が叔父の家しかなかったのだ。が、叔父の家も裕福じゃなかった。自分たちの子供もいたし、二人の子供を養えるほどではなかったんだ。なによりも妹は病気でな、私は自ら孤児院に入ることにしたよ。私は、妹の病気を治してやりたかった。他の七人も似たようなものだ。働けない両親をなんとかしたい、もう一度母と一緒に暮らしたい。大金を望んだり、裕福な生活のために協力を引き受けた者は一人もいない」
「その男の名は?」
「正式な名前は教えてはくれなかった。ヤツは自分を〈ファースト〉と名乗った。時にはボロボロな服装で、時にはタキシードで。何年にもわたってヤツの言うことを聞いてきたよ。大したことはしてないが、基本的にはスーべリアットの情報提供だった。その中でスーべリアット侵略の話が持ち上がり、私たちも協力することになった。強制ではなかったし、なによりヤツは紳士だった。まあ、誰かに追われているふうではあったがな」
「誰か、とは?」
「ヤツは〈セカンド〉と呼んでいたが、この目で見たことはない」
「どっちもよくわからないか。じゃあ、お前たちの願いはかなったのか? ファーストは約束を守ったのか?」
「守ってくれたよ。全員の願いがかなった。私の妹も、今ではちゃんと学校に行かれるようになった。感謝してもしきれない。だからこそ、私たちもファーストに協力し続けたわけだしな」
「後悔はしていない、そう言いたいんだな」
「当然だ。だが、お前たちには悪かったと思っている。いや、スーベリアットに、だな」
「それはまた矛盾がありそうな気もするな」
「一応自分が生まれ育った土地だからな。両親が死んだ時はこの世の中を恨んだよ。泣いたし、喚いた。だからな、この世界が侵略されたっていいとも思った。しかし、結局それではなにも解決しない。私がこの世界を呪っても意味なんてない。ミュレストライア兵に親を殺された子供は、今度はミュレストライアを恨むんだろう。私たちのせいで、な」
ここで一度会話が切れた。
清は顎に指を当て、静かに思考を巡らせる。
「なあ」
「なんだ」
「お前、私たちに協力する気はないか?」
その言葉に、火群は大きく目を見開いた。
「この私に? 本気で言ってるのか?」
「本気さ。お前だけじゃない、エレメンタルセブン全員だ。ちなみにという言い方もどうかと思うけど、お前の妹が先ほど倒れた。治ったかと思われた病気の再発だ」
「どういうことだ……! あの男は治したと言っていたぞ!」
「仮初の治療だった、ということだろう。だが安心しろ、安瀬神外交官がなんとか手配してくれた。元々妹が入院していた病院では専門的な治療ができなかったらしいな。だから、今度はちゃんとした病院に搬送したようだ」
「妹を盾にするか。ミュレストライアだろうがスーベリアットだろうが、やることは同じってことか」
「別に協力してくれなくてもいい。妹はちゃんと治す。お前が少しでも気に病んでいるのなら協力して欲しい、というだけだ」
「本気で言っているのか? それでは、もらってばかりになるだろ」
「私は、私たちは人質をとったつもりなんてないんだ。言ってるだろ? 協力してくれ、とな。嫌なら嫌で構わない。ただな」
面会室のドアから、制服を来た男女数名が入ってきた。
「お前ら……」
同じ孤児院で育った、エレメンタルセブンとして諜報活動を行ってきたメンバーだった。
「一夜の方はこってり絞られたらしくてな、まだ数週間は動けないだろう」
「絞られたって、誰にだ?」
「私の仲間にだ。光理も結構重症だが、右腕一本だから協力したいって言ってくれてな」
「本当に、お前は誰かを懐柔するのが上手いんだな」
「私が懐柔したわけじゃない。皆、少なからずしこりを抱えていたんだよ。お前と同じでな」
「考えることは一緒ってことか」
「何年も寝食を共にしてきたんだろ? その辺は私よりもお前の方が理解してるはずだ。それで、やるのか? やらないのか? やるなら今すぐ開放する。そういう権限はもらってあるからな」
「はあ」
小さくため息をついた火群だが、その顔は笑っていた。
その気丈さは清と良く似ている。笑っているのにもかかわらず気迫を放ち、挑発するような視線を清に投げつける。
「いいだろう。その話、乗った」
「頼むぞ火群」
「頼まれなくてもやってやるさ」
「そういう意味じゃない。私の背中を守れるのはお前くらいだ」
「よくもそういうセリフを吐けるもんだ。まあいいさ、お前には私の背中をあずけてやる」
「任せろ、校内最強、生徒会長、容姿端麗頭脳明晰、波佐間清を舐めるなよ?」
「舐めてるつもりはない。お前は間違いなく、私の背中をあずけるに相応しい」
「上から発言どうも」
ニヤリと笑いながら、ほむらは立ち上がった。そしてドアの向こうへと姿を消していった。
「私たちもいくぞ。光理は情報収集に徹してくれ、能力は逃げる時だけに使うこと。光理、水希、雷蔵が三人一組。土門、風音、影慈が三人一組だ。今から外交官のところに行く、ついてこい」
六人を引き連れて、清も面会室をあとにした。
エレメンタルセブンと契約していたミュレストライア兵はすでにいない。大我の魔導術によって契約を絶たれ、すでに刑務所へと搬送されたあとだ。
ランゼルフ姉弟や生徒会の面々もいる。
なによりも安瀬神夫妻が前線にいるということが心強かった。
これからの戦いを想像して手が震える。しかし、これを恐れととるか、武者震いととるかは自分次第である。
それは、清が一番よくわかっていた。




