最終話
ナスハは「用事がある」と言ってどこかへ行ってしまった。
つまり、自室には俺とエルファだけという、なんとも言えない状況になった。
「ぱ、パトリオット様は寝るんですよね?」
「なぜどもった。なぜモジモジしている」
「なんでしょうね、急にこう、二人きりになると、こう妙な、こう緊張がですね」
「今まで二人きりなんていう状況はたくさんあっただろうが」
上着をイスに掛けシャツとズボンを脱いだ。
「ちょ、ちょっとなにしてるんですか! 展開が早いですよ!」
「寝る前にシャワーを浴びるだけだが? なんだ、お前はそういう展開を期待してるのか……」
カーっと、エルファの頬が紅潮していく。
「えっと、そのー……」
なんというわかりやすい反応か。
「はあ、俺はお前を慰み者にするつもりはないんだよ。従者だからと、心も体も捧げろなんて言うつもりもない。協力はして欲しいが、尊厳まで奪ったらライオネルと同じだろ」
「そんなんじゃありません!」
空気を裂くような叫び声で、周囲の雰囲気が一変した。
「そういうところも含めて、パトリオット様は素敵な人だと思います。従者が硬くならないように、王族としてよりも、より一般人として接することができるように、いろいろと考えているのも知ってます。貴方を尊敬し、そのためになにかがしたいと思うのはいけないことなんでしょうか? 私は、間違っているんでしょうか?」
彼女の瞳を潤ませた涙が廊下で見たものとは違うことに、この俺でもすぐに気がついた。
勘ぐるわけではないが、俺が王族だからとか、一時の気の迷いだとか、言い出したらきりがない。なによりも俺に男としての魅力があるかどうかがなぞだ。こういった経験がないのもまた一因だろう。
「そういうのはいらない。誰かに施しをして欲しいとは思わないし、してやろうとも思わない。もしも誰かになにかを施そうと思ったのなら、そこに繋がるように自分がしたいことをする。やらない善よりやる偽善とはよく言うが、自分の意思で突き通したのなら善も偽善もなくなる。俺はそうやって生きていきたいんだ」
「じゃあパトリオット様の気持ちはどうなんですか? 王になりたい、それだけでいいんですか? マルキオーラに行けば、生きて帰ってこられるかどうかもわからない。やりたいこと全部やって、潔く「思い残すことはない」って言えた方がいいんじゃないですか?」
なにをそんなに必死になっているのかとは言うつもりはない。俺も男だ、そういう気持ちがないわけではない。しかし、それはただの欲望にすぎないのだ。エルファのことは嫌いではない。むしろ、というよりも間違いなく好きな部類に入るだろう。これがどういった種類の感情であるかが、俺には上手く解釈できない。
「お前はどうなんだ??」
「先ほどお伝えした通りです。この先いつ言えるかと思ったら、ここしかないと思いました」
潤んだ瞳には力があった。意志があった。なによりも、色がある。
エルファに近づくと、彼女の顔が少しだけ上を向く。
「俺は感情を上手く表に出せない。言葉に出すのだって苦手だ。自分勝手で不器用だ。そんな俺のどこがいいんだ」
「そうやって自分の弱みを相手に見せるところですよ」
満面の笑みを見て、階段を軽快に上がるように俺の脈拍は速くなった。
そうだ、悪くない。
「この先どうなるかわからない。それでもいいのか?」
「人生とはそういうものです。貴方が一度いなくなって、そしてまた戻ってきたように。人の一生とはうつろうものなんじゃないですか?」
「かも、しれないな」
見つめ合うと、彼女は静かに目を閉じた。そっと顔を近づけて唇を合わせる。これが気の迷いではないと、今はきっと大声を上げては言えないだろう。
だからこそ、大声で言えるようにならなきゃ男じゃない。顔を離してもう一度見つめ合った。そして彼女を、エルファ=キューリットをキツく抱きしめた。




