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天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【ファーランガル編 2】
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十九話

「もう俺に構うなって。三嶽神になるのなら、俺は危険に飛び込むんだって。お前を危険なめに合わせたくないって言ったんです」

「あーもう恥ずかしくなってくる。あとは俺が言うからお前は黙ってろ」


 サナリスは眉根を寄せて笑った。


 俺の推測でしかないが、イクサードは彼女に笑っていて欲しいのだ。落ち込んだような表情をして欲しくないんじゃないか。だから話を変わったのではないかと考えた。


「訓練でさえ腕をなくすんだ、これからどうなるかなんてわかったもんじゃないだろ? だから、これ以上親しくなるのはやめようと思った。けどコイツはそれでもいいって言うんだ。物好きにも程がある。でも、その言葉が嬉しかった。嬉しかったから、俺から言ったんだ」

「付き合おうと?」

「結婚しようって」

「早急すぎないか」

「それくらい惚れてたんだよ、言わすな。まあ、その結果がこれってことだ。嫁さんと子供に囲まれるのも悪い気はしない」

「幸せなんだな。でもお前は怖くならないのか? そんな幸せが目の前から消えるかもしれないとは考えないのか?」


 水を差すようで悪いが、俺たちが置かれた状況を考えれば妥当な質問だと思う。


「大丈夫ですよ、パトリオット様」


 その質問に答えたのはイクサードではなかった。


 サナリスの顔を見れば、彼女は愛おしそうにイクサードに視線を向けていた。


「いっくん、パトリオット様が目覚めてからやけに明るくなったんです。元々暗かったわけじゃないけど、それでも前よりも楽しそうにしていますよ。だから、私たちのことは心配いりません。これからは私も義体師として付きそうこともありますが、全部いっくんがなんとかしてくれると思うので」

「おい、勢いで無茶苦茶言うなよ。俺ができることにも限りはある」

「それでもやってくれるのがいっくんだから。信じてるよ」

 そっと頬に顔を寄せ、サナリスはイクサードに優しくキスをした。

「仲よきことは美しきことかな。まあ、程々にしてくれればなんだっていいさ。イクサードを頼んだぞ」

「ええ、お任せください」


 サナリスにそう言い、俺たちは病室を出た。


 ドアが閉まった瞬間、複数のため息が一つの大きなため息になった。


「強烈だったね」


 疲れた顔の縁が、若干呆れながら言う。


「時にはこういうドッキリもある。さあ、俺たちは俺たちの仕事をするぞ」

「俺たちの仕事って、もう次になにするか決めてるのか?」

「決めてるもクソもないだろ。第六世界、マルキオーラを目指す」

「目指すってどうやって?」

「ライオネルがポルトスの近くに大穴をあけていった。つまり、今第五世界と第六世界は繋がっているということになる。今ならば物理的に行き来も可能だろう。もし閉じてしまっても、うちの技術者ならなんとかしてくれるはずだ」

「お前の信頼は無茶振りに近いなにかがあるな……」

「だいたい合ってる」

「そこは否定してくれないと後が怖いな」

「まあ、マルキオーラには俺が行くさ。お前は留守番でもなんでもしているといい」

「待て待て、どうしてそうなるんだ。お前が行ったら意味がないだろ。ここはイクサードがよくなるまで待つとか、クオリアを待つとか方法はあるだろ?」

「ライオネルが第六世界にいる。理由なんてこれで十分だ。アイツを倒すのは俺でなくてはならない。王族だからと下っ端に任せていいわけじゃない。協力を仰ぐことはあっても、それを主体にしては面目が立たない。要所要所で決めるところは決めていく。ミュレストライアの王になると決めた時から、俺の考えは変わらない」

「そういうところ、嫌いじゃないけどね。うん、わかった。ライオネルは任せよう。でも僕も一緒に行こう」


 本当ならば「スーべリアットに帰れ。自分の世界を守るべきだ」と言いたいのが本音だ。しかし今の戦力を考えると、縁が持つ可能性はかなり貴重だ。


 強いとは思うが脅威というほどでもない。十二領帝に辛勝し、三嶽神とは真っ向からぶつかれない。おそらくは俺だけでなく、縁の戦いを見た人間すべてが同じような認識を持つ。リュノアを使ったラッキーパンチ以外に勝ち筋がない。ラッキーパンチであってもレパートリーがあれば、相手に的を絞らせない戦い方も可能だろう。だが格上に勝つ方法が一つしかないのは足手まといでしかないだろう。


 それを踏まえた上で、コイツには可能性がある。


 俺は現在、契術を使用することで縁の身体能力を使うことができる。この契術を作る際、縁の身辺調査を行わせたことがあった。その時だ、コイツがスーべリアットとミュレストライアのハイブリッドであるということを知ったのは。


 スーべリアットの人間だけが祠徒を使役できるように、ミュレストライアの人間だけが忌術を扱えるように、各世界ごとに特性がある。別世界同士の子供というのは聞いたことがないが故に、縁が持つ可能性を信じてみたいのが本当のところだ。


「わかった。だがやはり一度スーべリアットに戻った方がいいだろう。俺は一足先にマルキオーラに向かうが、お前もスーべリアットの状況を確認し次第向かってくれ。正直なところ、俺一人でディオーラとライオネルの相手をするのはしんどい」

「お前らしいよ。じゃあそんな感じでいいかな。異世界間でのモバイル通信ができるかどうかはわからないけど、なるべく急ぐことにしよう」

「ああ、期待してる」

「それじゃあエルア、僕たちは一度戻ろう」

「あっちにこっちに大変ね」


 そんな会話をしながら、二人は俺たちから離れていった。


「愛おしそうに背中を見て、パトリオット様寂しいんですか?」


 エルファがニヤニヤしながら問いかけてきた。


「そういうことを言うやつはこうだ」


 彼女の頬を両手でつまみ、少し強引に横に伸ばした。


「いひゃい! いひゃいですー!」

「このあたりで主従関係をしっかりしておかねばな。腕っ節はお前のほうが上だが、俺にはその腕っ節を返上して有り余るほどの権力があるんだ。心から尊敬しろ」

「いまさらなにいっひぇるんれすか!」

「なにを言ってるかさっぱりわからんな。同じ人間なら言葉くらいちゃんとしゃべるがいい」

「いじめっこれすー!」


 悪くない。


 最終局面が始まるとわかっているからこそ、こういうやり取りをなによりも大事にしたいのだ。


 いざとなれば、俺の傍にいてくれたコイツだけは助けてやりたい。ナスハも当然だが、記憶の混濁があったことでエルファに対しての思い入れが強いのかもしれない。


 マルキオーラでライオネルを倒しても、無事に戻って来られるかどうかなんてわからない。


「さてと」


 エルファの頬から手を離すと、彼女は涙目で頬をさすっていた。


「さすがに疲れた。斥候を向かわせて、俺は一眠りするとしよう。お前たちも身体を休めておけ。用意ができ次第突入する」


 頷いた二人に背を向け、俺は自室へと向かった。

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