十八話〈ビューチェンジ:パトリオット=エルド=アルメイシュ〉
縁と合流し、俺たちはイクサードの病室へと向かった。
歩きながら情報を交換するが、いつしかそれは「ほぼ口喧嘩」までに発展する。
「キミはどうして自分勝手にことを進めたがるんだ! こっちだって命がけなんだぞ!」
「仕方ないだろ! あの場ではお前しか戦えなかったんだ!」
「大型アーマードギアと戦う前、僕はディオーラと戦ったんだぞ! どれだけ無茶させれば気が済むんだ!」
「俺だってライオネルとディオーラと対峙した! まあ、戦ってはいないが」
「ナスハさんとエルファさんにやらせたんだろ! 楽をするなよ! ミュレストライアを救うんだろうが!」
「黙れ一般人! こちらにはこちらの気苦労ってのがあるんだ! それにお前ならやってくれると思ったから頼んだんだ! 確かにお前なら断らないだろうとは思った! しかし信頼してないヤツに頼むほど腐ってはいない!」
「なんでもかんでも信頼って言葉に頼るのはよくない癖だぞ」
「嘘ではない。人をおだて、服従させるための嘘など害虫さえ食わん」
イクサードの病室の前に立ち、縁が大きなため息をついた。
「もうやめよう。お互いに悪いところはあった」
つられるように、俺もため息をつく。
「喧嘩両成敗か。まあ、言いたいことも言えないような関係よりはずっと衛生的だな」
「いつまでもジメジメグジグジとしてるよりはいいかもね」
同時にノリの軽い笑い声を上げた。
こうして接すると、こいつが近くにいてくれて、こいつの近くにいて、本当に俺は成長できたのだなと思う。
ひとしきり笑いあったあとで後方を見れば、ナスハ、エルファ、エルア、リュノアがなぜかニヤニヤといやらしい笑顔でこちらを見ていた。
コイツらがいることをすっかり忘れていた。
払拭するように、俺は病室のドアをサッと横にスライドさせた。自分から水に流していくスタイルは、これからもきっと使うことも多いだろう。
個室のはずの病室には、イクサードの他にもう一人、女性の姿があった。
目を引くのは大きな乳房だ。エルファのも立派だとは思うが、ソレ以上の存在感。全体的にエルファよりも太めだが悪くない。白衣とメガネ、それとふわふわとした長髪を見て医者かなにかだと思った。
女性はイクサードの脚に様々な機材を繋げ、脚を触診してるらしい。
「無理しないでって言ったのに」
と、その女性はにこやかに言う。
「こういうこともある。わかっていたことだろう」
そう返したイクサード。親しい関係にあるのだと人目でわかる。
「三嶽神ともあろうものがなにをイチャイチャしているんだ」
仲良く話しているところだが、このまま傍観しているわけにもいかない。
「よう大将。とコブ複数」
「よう、ではない。脚一本もっていかれたというのに女を口説くとは、相当元気があるようだな」
「口説く? いや、間違ってはいないが、今の状況からするといろいろ間違ってるな」
イクサードの脚をさすっていた手を止め、女性はスッと立ち上がった。
「お初にお目にかかります。ミュレストライアから来た義体師のサナリス=ナンバライズと申します。いっくんがいつもお世話になってます」
微笑みながら、深々と頭を下げられた。
「ナンバライズ? いっくん? 姉か妹か……?」
「いいえ、正真正銘、イクサードの妻ですよ。今後ともよろしくお願いしますね」
顔を上げてから彼女はそう言った。
俺の思考は一瞬だけ止まった。イクサードに妻がいるなど今まで聞いたことがない。背後を振り返ってみると、他の連中も開いた口がふさがらないといった感じだ。
「お前が婚約済みなど初耳だぞ」
「そりゃ言ってないからな。でもちゃんと書類も提出してある。俺が三嶽神だからな、あまり公にしていないだけだ。ちなみに三人の子供がいる」
「待て待て、それならそうとなぜ言わない。家庭があるのなら、俺だってもう少しだけ配慮したぞ」
「家庭があったら無理させないのか? おいおい、俺の命と世界を天秤にかけるのかよ。違うだろ。それにコイツは俺が危ない橋をわたってるのを理解してる。だから問題ない」
頭が痛くなる。
こうして直面してみると、俺の行動の矛盾や浅はかさが浮き彫りになる。イクサードが言う通り、家庭の有無など関係ない。しかし、その家庭を大事にして欲しいという気持ちも大きい。
「いいんですよパトリオット様。いっくんは好きでやってるんです。私だって三嶽神の妻、危険なのは重々承知していますから」
「そう言うのであれば、なんて言うつもりはない。しかし出来る限りは配慮する。それは個人の生活環境云々ではなく、イクサードがこちらにとって重要な人物だからだ。文句は言わせん」
「ええ、問題ありませんよ。ね、いっくん?」
「大将にはついてくよ。文句は言わない」
この件に関して、とりあえずの処置としては正解なんじゃないだろうか。
「でも不思議ですね。イクサード様にこんな美人なお嫁さんがいらっしゃったなんて。どうやって出会ったんですか? イクサード様が口説いたんですよね?」
と、俺を盾にしながらエルファが身を乗り出す。
「お前はなにを言ってるんだ」
「でも気になってるんじゃないですか? 顔に書いてありますよ?」
「気にはなるが」
「私たちはですね、ある研究施設で出会ったんですよ」
別に構わない。サナリスの顔が言っている。
「ある研究施設?」
「はい。いっくんは三嶽神の後継者候補として、いろんな検査を受けていたんです。そして私は義体師見習いとして、勉強の一環で働かせてもらってたんです。私の家はですね、両親も、兄も、姉も、みんな腕のいい義体師なんです。だから私もなあなあで義体師になったんですけど、なかなかうまくいかなくて」
えへへ、と可愛らしく笑って見せた。
「それでですね、仕事もうまくいかなくて落ち込んでたんですよ。その時、私に話しかけてきたのがいっくんなんです。「やりたいことならやればいい。でも使命感や義務感でやるのならやめておけ。こういう研究所に来ることも多くなる職業だ。嫌なものだってたくさん見るんだ、きっと耐えられなくなる」って私に言ったんです。酷くありません?」
「確かに酷いが、イクサードらしいと言えばイクサードらしいな」
「そうなんですよ。最初はムッとしましたけど、家に帰って考えて、本当に自分がこの仕事をしたいのかって考えたんです。ちょうどその時ですかね、いっくんが訓練中に左腕を亡くしたのは」
「もしかしてイクサードの左腕は義体なのか?」
「はい。そして、その義体を作ったのは私です。不器用で半人前の私を指名したんです。一人で義体を作るのは大変でした。人工筋肉を構成するのにも、その人とたくさん接しなければいけません。神経の太さや長さをちゃんと調整しないと上手く動きません。つなぎ目をしっかりしないと取れてしまいます。試行錯誤の連続でしたけど、あの妙な励ましと、私を指名してくれたんだっていうのがかなり心に響きました。私はその時初めて義体師を目指したいと思ったんです」
「それは義務感や使命感とは違うのか?」
「義務感と使命感も当然ありましたよ、仕事でしたし。いっくんが言いたかったのは、それらだけではやっていけないってことだって気付きました。いろんな思考や気持ちが合わさって、初めてこの仕事ができるようになるのかなって」
「たまには善行もするんだな。見なおした」
「たまにはってなんだよ。まああれだ、落ち込んでるヤツを見過ごせないたちなんだよ」
「そういういっくんに心惹かれるのは時間の問題でしたね。二人でいる時間も増えました。でも、いっくんはあまりいい顔をしなかったんです」
元々の造形が笑顔なのでは。そう思わせるほどの彼女の笑みが、ここにきて暗く沈み込んだ。




