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天才術師の存在証明《イグジステンス》  作者: 絢野悠
【ファーランガル編 2】
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十八話〈ビューチェンジ:パトリオット=エルド=アルメイシュ〉

 縁と合流し、俺たちはイクサードの病室へと向かった。


 歩きながら情報を交換するが、いつしかそれは「ほぼ口喧嘩」までに発展する。


「キミはどうして自分勝手にことを進めたがるんだ! こっちだって命がけなんだぞ!」

「仕方ないだろ! あの場ではお前しか戦えなかったんだ!」

「大型アーマードギアと戦う前、僕はディオーラと戦ったんだぞ! どれだけ無茶させれば気が済むんだ!」

「俺だってライオネルとディオーラと対峙した! まあ、戦ってはいないが」

「ナスハさんとエルファさんにやらせたんだろ! 楽をするなよ! ミュレストライアを救うんだろうが!」

「黙れ一般人! こちらにはこちらの気苦労ってのがあるんだ! それにお前ならやってくれると思ったから頼んだんだ! 確かにお前なら断らないだろうとは思った! しかし信頼してないヤツに頼むほど腐ってはいない!」

「なんでもかんでも信頼って言葉に頼るのはよくない癖だぞ」

「嘘ではない。人をおだて、服従させるための嘘など害虫さえ食わん」


 イクサードの病室の前に立ち、縁が大きなため息をついた。


「もうやめよう。お互いに悪いところはあった」


 つられるように、俺もため息をつく。


「喧嘩両成敗か。まあ、言いたいことも言えないような関係よりはずっと衛生的だな」

「いつまでもジメジメグジグジとしてるよりはいいかもね」


 同時にノリの軽い笑い声を上げた。


 こうして接すると、こいつが近くにいてくれて、こいつの近くにいて、本当に俺は成長できたのだなと思う。


 ひとしきり笑いあったあとで後方を見れば、ナスハ、エルファ、エルア、リュノアがなぜかニヤニヤといやらしい笑顔でこちらを見ていた。


 コイツらがいることをすっかり忘れていた。


 払拭するように、俺は病室のドアをサッと横にスライドさせた。自分から水に流していくスタイルは、これからもきっと使うことも多いだろう。


 個室のはずの病室には、イクサードの他にもう一人、女性の姿があった。


 目を引くのは大きな乳房だ。エルファのも立派だとは思うが、ソレ以上の存在感。全体的にエルファよりも太めだが悪くない。白衣とメガネ、それとふわふわとした長髪を見て医者かなにかだと思った。


 女性はイクサードの脚に様々な機材を繋げ、脚を触診してるらしい。


「無理しないでって言ったのに」


 と、その女性はにこやかに言う。


「こういうこともある。わかっていたことだろう」


 そう返したイクサード。親しい関係にあるのだと人目でわかる。


「三嶽神ともあろうものがなにをイチャイチャしているんだ」


 仲良く話しているところだが、このまま傍観しているわけにもいかない。


「よう大将。とコブ複数」

「よう、ではない。脚一本もっていかれたというのに女を口説くとは、相当元気があるようだな」

「口説く? いや、間違ってはいないが、今の状況からするといろいろ間違ってるな」


 イクサードの脚をさすっていた手を止め、女性はスッと立ち上がった。


「お初にお目にかかります。ミュレストライアから来た義体師のサナリス=ナンバライズと申します。いっくんがいつもお世話になってます」


 微笑みながら、深々と頭を下げられた。


「ナンバライズ? いっくん? 姉か妹か……?」

「いいえ、正真正銘、イクサードの妻ですよ。今後ともよろしくお願いしますね」


 顔を上げてから彼女はそう言った。


 俺の思考は一瞬だけ止まった。イクサードに妻がいるなど今まで聞いたことがない。背後を振り返ってみると、他の連中も開いた口がふさがらないといった感じだ。


「お前が婚約済みなど初耳だぞ」

「そりゃ言ってないからな。でもちゃんと書類も提出してある。俺が三嶽神だからな、あまり公にしていないだけだ。ちなみに三人の子供がいる」

「待て待て、それならそうとなぜ言わない。家庭があるのなら、俺だってもう少しだけ配慮したぞ」

「家庭があったら無理させないのか? おいおい、俺の命と世界を天秤にかけるのかよ。違うだろ。それにコイツは俺が危ない橋をわたってるのを理解してる。だから問題ない」


 頭が痛くなる。


 こうして直面してみると、俺の行動の矛盾や浅はかさが浮き彫りになる。イクサードが言う通り、家庭の有無など関係ない。しかし、その家庭を大事にして欲しいという気持ちも大きい。


「いいんですよパトリオット様。いっくんは好きでやってるんです。私だって三嶽神の妻、危険なのは重々承知していますから」

「そう言うのであれば、なんて言うつもりはない。しかし出来る限りは配慮する。それは個人の生活環境云々ではなく、イクサードがこちらにとって重要な人物だからだ。文句は言わせん」

「ええ、問題ありませんよ。ね、いっくん?」

「大将にはついてくよ。文句は言わない」


 この件に関して、とりあえずの処置としては正解なんじゃないだろうか。


「でも不思議ですね。イクサード様にこんな美人なお嫁さんがいらっしゃったなんて。どうやって出会ったんですか? イクサード様が口説いたんですよね?」


 と、俺を盾にしながらエルファが身を乗り出す。


「お前はなにを言ってるんだ」

「でも気になってるんじゃないですか? 顔に書いてありますよ?」

「気にはなるが」

「私たちはですね、ある研究施設で出会ったんですよ」


 別に構わない。サナリスの顔が言っている。


「ある研究施設?」

「はい。いっくんは三嶽神の後継者候補として、いろんな検査を受けていたんです。そして私は義体師見習いとして、勉強の一環で働かせてもらってたんです。私の家はですね、両親も、兄も、姉も、みんな腕のいい義体師なんです。だから私もなあなあで義体師になったんですけど、なかなかうまくいかなくて」


 えへへ、と可愛らしく笑って見せた。


「それでですね、仕事もうまくいかなくて落ち込んでたんですよ。その時、私に話しかけてきたのがいっくんなんです。「やりたいことならやればいい。でも使命感や義務感でやるのならやめておけ。こういう研究所に来ることも多くなる職業だ。嫌なものだってたくさん見るんだ、きっと耐えられなくなる」って私に言ったんです。酷くありません?」

「確かに酷いが、イクサードらしいと言えばイクサードらしいな」

「そうなんですよ。最初はムッとしましたけど、家に帰って考えて、本当に自分がこの仕事をしたいのかって考えたんです。ちょうどその時ですかね、いっくんが訓練中に左腕を亡くしたのは」

「もしかしてイクサードの左腕は義体なのか?」

「はい。そして、その義体を作ったのは私です。不器用で半人前の私を指名したんです。一人で義体を作るのは大変でした。人工筋肉を構成するのにも、その人とたくさん接しなければいけません。神経の太さや長さをちゃんと調整しないと上手く動きません。つなぎ目をしっかりしないと取れてしまいます。試行錯誤の連続でしたけど、あの妙な励ましと、私を指名してくれたんだっていうのがかなり心に響きました。私はその時初めて義体師を目指したいと思ったんです」

「それは義務感や使命感とは違うのか?」

「義務感と使命感も当然ありましたよ、仕事でしたし。いっくんが言いたかったのは、それらだけではやっていけないってことだって気付きました。いろんな思考や気持ちが合わさって、初めてこの仕事ができるようになるのかなって」

「たまには善行もするんだな。見なおした」

「たまにはってなんだよ。まああれだ、落ち込んでるヤツを見過ごせないたちなんだよ」

「そういういっくんに心惹かれるのは時間の問題でしたね。二人でいる時間も増えました。でも、いっくんはあまりいい顔をしなかったんです」


 元々の造形が笑顔なのでは。そう思わせるほどの彼女の笑みが、ここにきて暗く沈み込んだ。

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