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宿の開業準備と料理長

翌朝、愛莉と祥子は起きて朝食を取った。

お味噌汁と湯豆腐、鯖の味噌煮、ひじきなど、六品ほどが並んでいる。

愛莉が頭を抱えながら言った。

「昨日どうだったの〜?

途中から全然覚えてない〜。

頭痛い〜」

祥子はため息をついて答える。

「だから、飲みすぎだって言ったでしょ。

それより愛莉、この鯖の味噌煮とお味噌汁、すごく美味しいよ。

ご飯もツヤツヤしてて、噛めば噛むほど味が出る。

いいなぁ……ゆかりとみよりは、毎日こんな朝ごはん食べてるの?」

ゆかりが優しい笑顔で頷いた。

「まぁそうね。

もう飲み慣れたし食べ慣れたけど、このお味噌汁がないと朝シャキッとしないわね」

みよりも隣で少し悩みながら言った。

「健太君、お味噌汁のレシピ未だに教えてくれないんだよなぁ。

なんか隠し味入れてるよ、これ」

愛莉は味噌汁をすすりながら嬉しそうに目を細める。

「このお味噌汁の感じだと、合わせだし?

昆布? 貝系かな?

わかんないけど、二日酔いに効くぅ……生き返るわ〜」

祥子が冗談混じりに小さくため息をついた。

「はぁ……大丈夫かしら、私たち」

食卓に、穏やかな朝の空気が流れていた。

朝食を食べ終わり、愛莉と祥子は帰り支度を始めた。

みよりが立ち上がって言った。

「ちょっと待ってて。

今、健太君呼んでくるから」

そう言って健太の部屋へ向かう。

健太はすでに佐久間と、朝早くから自室で打ち合わせをしていた。

みよりがドアを開けて声を掛ける。

「健太君!

二人、帰るって」

健太はすぐに顔を上げた。

「了解。

じゃあ先に玄関行ってて。

すぐ行くから」

健太が玄関先に行くと、ゆかりとみよりがすでに愛莉と祥子と話をしていた。

愛莉が健太に気づくと、少し照れくさそうに笑いながら言った。

「本当にありがとうございます。

急に押しかけて、酷いこと言ったのに、あんなに美味しい料理とお酒を出してもらって。

その上、朝食まで」

健太は心からの笑顔で答える。

「気にしなくていいよ。

この関係は無理に理解してもらおうと思わないし、疑うのも当然だと思う。

変な心配をかけさせてしまったお詫びだと思ってくれると助かる」

愛莉は内心で小さく息を呑んだ。

(あぁ……こういうところか。

確かにさっき祥子も言ってた。

健太さんは無理に理解させようとしたり、何かを要求したりっていう気持ちが全くない。

純粋な気持ちで私たちに向き合ってくれるんだ。

ゆかりとみよりが惚れたの、わかる気がする)

祥子が改まった声で聞いた。

「では、後日履歴書等をお送りするとして、他に何かありますか?」

健太は自然に答える。

「そのまま採用だから、自分の私物とかを家に運んでもらえると助かる。

勿論、引っ越し費用はこっち持ちで」

愛莉と祥子は一瞬固まった。

「へ?」

「ちょっと待ってください。

おかしくないですか? 面接とかは?」

健太は穏やかに微笑んだ。

「昨日の会話と夜の態度で、君たち二人のことは大体把握したし、採用だよ。

今朝も佐久間さんと、二人の教育メニュー考えてたんだ」

みよりが目を丸くする。

「それで朝から籠ってたのか」

ゆかりも優しく言った。

「と言うことなので、二人とも今後ともよろしくね」

愛莉と祥子は同時に頭を下げた。

「ありがとうございます。

よろしくお願いします」

健太はニコニコと笑いながら、最後に言った。

「ようこそ、ポプラの宿へ」

二人が帰った後、ゆかり、みより、健太、佐久間の四人で畑の収穫とビニールハウスの収穫、トラックへの積み込みを行った。

一同はいつも通りに道の駅へ納品に向かう。

車内でみよりが健太に聞いた。

「ねぇ、健太君。

この納品って、宿が始まったらどうするの?」

健太は運転しながら答える。

「収穫や納品は基本的に俺がやるよ。

どうせ料理長と魚の買い出しとかもしなきゃいけないし。

お肉はもう届けてもらうように手配してるんだけどね。

家って、お肉に関しては豚とジビエ以外は外部のもの使わなきゃいけないし」

みよりが少し残念そうに言った。

「じゃあ、毎朝早く起きるのか〜」

その言葉を受けて、佐久間が静かに口を開いた。

「健太さん、お魚市場の方や食肉販売業者さんへの挨拶回りはお済みですか?」

「それは、俺の友人の料理長が来てからしようと思っています。

そういえば佐久間さん、例のイベントの件ですが、全棟貸切プランでのみ実現できそうです」

佐久間がニコニコと笑った。

「そうですか。

イベントは多い方がいいです。

特に小さい宿なので、特別なものも用意しなければいけませんから」

ゆかりが隣でふと話題を繋いだ。

「ねぇ、健太。

詳細がまとまったら、私たちにも教えてくれる?」

健太はすぐに頷く。

「勿論。

ゆかりとみより、それに稲瀬さんと美濃さんにも周知するよ。

いずれは全従業員にも伝えるつもりだけど……何分、募集がね」

佐久間が心配そうに聞いた。

「応募はあったんでしょ?」

健太が頭を掻きながら答える。

「まぁ、六人ほど。

ありえないことに、みんな二十歳から三十歳の間です。

ありえない経歴の人もいて、どうしようかと迷っています」

みよりが聞く「ありえない経歴ってどんな人?」

健太が苦笑いして言う「例えばビルクリーニング技能検定1級持ってる人とか、陸上自衛隊の空挺資格 レンジャー資格持ってたりとか、保育士さんも居たな。」

ゆかりが悩みながら言う「その歳でそんな資格を持って居て内にくるなんて、訳ありじゃ無いの?なんだか一波乱ありそうね」

佐久間は穏やかに言った。

「大丈夫です。

一度面接してみましょう。

私も当日同席するので」

トラックは、いつも通りの道を道の駅へと向かっていた。

道の駅に着いた四人は、納品を始めた。

いつも通り、中沢が出てくる。

「健太さん!

今日の量多いですね。

いつもありがとうございます。

知ってましたか?

健太さんの商品って、出したら午後には売り切れるくらい、この辺では人気なんですよ」

健太がニコッと笑う。

「そうなんですか?

ありがとうございます。

全部、中沢さんのおかげですよ」

中沢は心の中で小さく息を詰めた。

(はぁ……本当に結婚しちゃったんだ、この人。

なんか、まだ実感ない。

笑顔で話してるのに、胸の奥が少しだけ苦しい)

そう思いながら、一緒に野菜を運ぶ。

その途中、ゆかりに話しかけられた。

「どうも、健太の妻の北条院ゆかりです。

夫がいつもお世話になっています」

ニコッと笑うゆかりに、中沢の表情が一瞬だけ歪んだ。

「これはこれは、ご丁寧にどうも。

いいですね、健太さんは。

あんなに可愛い女性を二人も連れて。

事情はわかりませんが、お幸せに」

声は丁寧だったが、どこか刺々しい響きが混じっている。

ゆかりが少し意地悪な笑みを浮かべて答える。

「ええ、しっかり幸せになりますよ。

貴方の分までね」

中沢は口を開けたまま固まった。

「はい……?」

その後、バックヤードで最近入った若い女子高生に愚痴をこぼす。

声は普段より明らかに大きく、感情が溢れていた。

「なんなのあれ〜!

ムカつく〜!

ちょっとスタイルが良くて胸がでかいからって、私の健太君たぶらかして!

何が『貴方の分まで幸せになりますよ』だよ!

こっちとらずーっと片思いしてたのに……

あの人、気づいてもくれなかったのに……」

女子高生が呆れたように言った。

「せんぱ〜い、見苦しいっすよ。

そんなに言うなら、とっとと告っちゃえばよかったのに」

中沢は力なく、ほとんど呟くように答える。

「それができりゃ、苦労しないのよぉ……」

声の裏に、悔しさと諦めが混じっていた。

後輩が「私みたいにバックヤードに連れてきて、強引にチューしてやっちゃえばイチコロですよ。」と笑いながら言うので中沢が「は?あんたもしかして和樹君としたの?」

後輩が「そうっすけど悪いっすか?てか、なんで知ってるんすか?今でもしてますよ。だって和樹性欲つよいんっすもん」

中沢がため息をつく「はぁーあんたね、内で若い男って言ったらあいつしかいないでしょ?せめてカメラ無いところでやって備品壊さないようにしなさいよ」と呆れ声で言う、

後輩は「大丈夫っすそこはちゃんと考えてるんで!」とVサインをする。

中沢は思う(私もこの子みたいに強引にしちゃえばよかったかなぁー)そう思わずにはいられなかった。

その後、健太は宿の開業準備に奔走した。

浅川工務店との最終調整、応募してきた従業員の面接日取りの調整。

そんな中、土曜日に料理長候補であり大学時代の友人・秀一がタクシーでやってくる。

「ごめんください〜。

おーい、ケン、居るか〜?」

玄関を開けると、健太がニコッと笑って出迎えた。

「久しぶりだな。

なんだよ、少し太ったんじゃねぇか?」

秀一はすぐに言い返す。

「馬鹿言え。

お前こそ、相変わらず女っ気のない顔しやがって」

健太が少し意地悪く微笑んだ。

「それはどうかな?」

その言葉と同時に、奥からゆかりとみよりが出てくる。

二人は並んで立ち、軽く頭を下げた。

「北条院ゆかりです。よろしくお願いします」

「綾瀬みよりです。どうぞよろしくお願いします」

秀一は一瞬目を丸くし、健太の顔と二人を交互に見た。

「おい! おいおいおい。

この二人、お前の嫁さんか?

てか、二人?

そんなわけないよな?」

健太は穏やかに頷いた。

「色々事情があってな。

二人とも、俺の嫁さんだ」

秀一は大げさに肩を落とし、頭を掻いた。

「こりゃ大事件だぞ。

他のサークルメンバーにもメールせにゃならんな。

だがまさか、一番女っ気がなかったお前が、こんな可愛い嫁さんを二人も貰うなんてなぁ。

世の中わかんねぇな〜」

健太は苦笑いしながら手招きをした。

「まぁ、立ち話もなんだ。

さぁ、入ってくれ。

酒とつまみを用意してる」

ゆかりが隣で静かに聞いた。

「健太?

私とみよりはどうする?」

「同席してもいいよ」

みよりがすぐにニコニコと目を輝かせた。

「ぜひ一緒に飲みたい!」

ゆかりは呆れたような顔でみよりを見た。

「みよりは、飲みたいだけでしょ?」

みよりは苦笑いを浮かべて小さく肩をすくめた。

「バレてたかぁ〜」

秀一はまだ半信半疑のまま、玄関を入っていく。


バックナンバーの曲って失恋とか嫉妬の歌が多いですね。

昔を思い出してふぁきゅーな気分になります。

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