修業の終わりと新たな来訪者
結局今日も書いてしまった。
その後、1週間、2週間と経つにつれ、二人は徐々に形になっていった。
元々物覚えが良く、その上やる気と改善意欲に満ち溢れていた二人は、佐久間の厳しい指導を一つひとつ吸収していった。
指摘された箇所は翌日には改善され、さらに磨きがかかっていることもしばしばだった。
2週間目のある夕食後。
健太が佐久間に静かに聞いた。
「二人共、どうですか? 上手く出来てますか?」
佐久間はニコッと微笑み、嬉しそうに答えた。
「予想以上です。
二人共、物覚えが早いし、改善の意欲が高い!
昨日直せと言ったところが治っているどころか、更に成長しています。
この分だと、1ヶ月あれば後輩の指導が出来るようになりますよ」
健太は安堵したように息を吐き、小さく頷いた。
「……そうか。良かった」
佐久間が少し考えた様子で聞いた。
「ところで、人員の募集はどうですか?」
健太は苦笑いしながら答えた。
「色々当たってみては居るんですが、何分何処も人手不足ですからね〜。
給料は平均より高くして居るんですけどね〜」
佐久間は困り顔で続けた。
「それは困りましたね。
急がないと教育期間もありますから、オープンまで間に合わなくなってしまいそうですね」
健太が頭を掻きながら「秘策はあるんですが、あいつ今何してるのかな?」と遠くを見るように言うと佐久間が「誰か当てでもあるんですか?」と聞く、健太が「大学時代の知り合いに料亭料理人になって独立した奴が居るんですが、来てくれるかどうか。取り敢えず聞いてみます。」とスマホを取る。
呼び出すと直ぐ電話に出た。
「もしもし佐藤ですが?」
その声を聞き健太は笑いながら言う
「よぉ〜秀一久しぶりだな」
その声を聞いて相手は驚く
「お前けんか?いやぁー久しぶりだな、元気にしてたか?てかお前俺の電話番号なんで知ってんだよ?」
健太は楽しそうに言う
「京介に聞いたんだよ。それより店の方はどうなんだろう?順調なのか?」
そういうと秀一のトーンが急に落ち
「いやぁ〜ダメだった。やっぱり自分の店を持つって言うのは難しいな、最初の1ヶ月はよかったんだが、徐々に売り上げが落ちてな、貯金が底を付く前に決断したんだよ。」
健太が「そうか、お前ならやれると思ったんだけどな、そうだ秀一!家で働かないか?」
そう言うと秀一は
「家?もしかして宿遂に開くのか?あぁいいぜ、むしろ是非やらせてくれ」と元気に言った。
健太「ありがとう秀一、取り敢えず今週の土曜日会えるか?家で飲みながら詳細を話そう」
と言うと「わかった開けておくよ。と言っても今無職だからな、いつでも暇だ」
と笑顔がわかるくらいの声で言う
「じゃあまた土曜日に迎えにいくよ」そう言って電話を切る。
佐久間は嬉しそうに「料理人は決まりそうですか?」と言うと健太は「なんとかなりそうです。心配かけてすみません」と謝る。佐久間は「いえいえ、こちらでも探そうとしてたので、では私はキッチンの要員を3人ほど当たってみます。」と笑顔で言う、健太は「よろしくお願いします。」と頭を下げる。
ある朝、
佐久間が静かに二人を見つめ、言った。
「では二人共、今日で研修は終了です」
ゆかりが驚いたように目を見開いた。
「え? もういいんですか?」
みよりも少し慌てた様子で、
「まだ沢山あるんじゃないですか……?」
佐久間は久しぶりに柔らかく笑った。
「これから先は、貴方達自身が感じて掴み取るものです。
教えられることは、全て教えました。
二人共、よく頑張りましたね」
その言葉に、ゆかりとみよりの目から自然と涙が溢れた。
「佐久間さん……本当にありがとうございました」
「お世話になりました……!」
二人は涙を浮かべながらも、笑顔で深く頭を下げた。
ゆかりとみよりが佐久間の特訓に見事耐えたことを記念して、健太は佐久間と一緒に二人のために豪華な食事を用意した。
居間のテーブルには、湯気を立てるすき焼き鍋が中央に置かれていた。地元名産の霜降り牛肉が、甘辛い割り下に浸かりながらじわじわと色を変え、白菜や長ネギ、しらたき、焼き豆腐と一緒に柔らかく煮えている。脂の甘みが溶け出し、香ばしい匂いが部屋いっぱいに広がっていた。
その隣には、健太がその日に山の下の街で仕入れてきた新鮮な刺身が並んでいた。透き通った鯛と、赤身の濃い鰹が美しく盛り付けられ、わさびと醤油が添えられている。さらに、自分で獲った川魚のお造りと塩焼きもあった。鮎は皮が香ばしく焼け、身はふっくらと白く、塩の効き具合が絶妙だった。
他にも、朝採りの山菜を使った天ぷらがサクサクと揚がり、細かく切った野菜の煮物が優しい甘みを放っている。冷や奴には自家製の生姜とネギが乗り、出汁の効いたお吸い物が静かに湯気を立てていた。最後に、香ばしく炊き上げた白米と、浅漬けのきゅうりが添えられている。
健太は二人の前に座布団を勧めながら、穏やかに言った。
「よく頑張ったね。今日は2人の為に佐久間さんとごちそうを作ったから美味しく食べてね」」
佐久間も小さく微笑みながら、
「二人とも、本当によく頑張りました。今日くらいは思い切り羽を伸ばしなさい」
と付け加えた。
ゆかりとみよりは、並んだ料理を見て目を輝かせた。
「すごい……こんなに沢山……」
「ありがとう、健太君。佐久間さんも……」
四人は「いただきます」と手を合わせ、温かい食卓を囲んだ。
健太は蔵から日本酒を運んできた。
「今日はすき焼きと刺身に合わせて選んだよ。
すき焼きには大七の生酛純米をぬる燗で。
刺身には久保田の千寿を冷やして出す」
みよりはすぐに目を輝かせた。
「大七の生酛! いいねぇ〜! 酸がしっかりしてて、お肉の脂を洗ってくれる感じがするやつでしょ?」
健太は笑いながら頷き、ゆかりにもグラスを差し出した。
「ゆかりも少しずつ慣れてみないか? 無理しなくていいから」
ゆかりは少し躊躇しながらも、グラスを受け取った。
「……少しだけ、試してみるわ」
まず、冷やした久保田千寿を口に含む。
「……あれ? 思ったより飲みやすい。
キレがあって、刺身の後味を邪魔しないのね」
みよりが嬉しそうに言った。
「でしょ? ゆかりもだんだん日本酒の良さが分かってくるよ」
次に、ぬる燗にした大七の生酛純米をすすったゆかりは、少し驚いた顔をした。
「こっちは……さっきのと全然違う。
お米の旨みが強くて、すき焼きの甘辛さとすごく合う……」
佐久間が穏やかに微笑んだ。
「ゆかり様も、少しずつ味が分かってこられたようですね」
健太は満足そうに二人を見守りながら、
「無理せず、自分のペースでいいよ。今日は特別な日だからね」
と言った。
みよりはすでに自分のグラスを空にし、嬉しそうに次を注いでいた。
「ゆかりもどんどん飲んでいいんだよ? 今日は記念日なんだから!」
ゆかりは小さく笑い、もう一口、日本酒を口に運んだ。
居間には、料理の良い香りと、四人の穏やかな笑い声が広がっていた。
みよりがすき焼きの牛肉を一口食べて、目を細めた。
「ん〜……このお肉、柔らかい! 甘みがあって最高……」
ゆかりも静かに頷きながら、
「本当に……特訓の疲れが吹き飛びそうです」
健太は苦笑いしながら、
「それだけ頑張った証拠だよ。佐久間さん的には2人はどうでしたか?」
佐久間は箸を置き、穏やかに答えた。
「ええ。最初はぎこちなかった部分もありましたが、改善の意欲が違いますね。
教えたことを翌日には自分のものにしている。あの吸収力は珍しいです。正直現役時代も含めて今まで教えた生徒の中で一番やりやすかったですよ!」
みよりが少し照れくさそうに笑った。
「でも正直、最初の1週間は死ぬかと思いました……」
ゆかりも小さく息を吐き、
「佐久間さんの『もう一度』が、頭の中で今でも聞こえてきそうです」
佐久間はくすりと笑い、
「それだけ真剣に取り組んでくれたということですよ。
私は厳しくしましたが、二人はよく耐えました」
健太は二人の顔を見て、優しく言った。
「だから今日は、ゆっくりして好きなだけ食べて、好きなだけ飲んでくれ」
みよりが元気よく箸を伸ばしながら、
「はーい! じゃあ遠慮なく……!」
居間には、料理の良い香りと、四人の穏やかな笑い声が広がっていた。
次の日、昼食を取り終えたゆかりとみよりは、縁側でゆっくりと過ごしていた。
山の風が心地よく吹き、二人は静かに景色を眺めていた。
不意に、玄関の方から声が聞こえた。
「ごめんくださーい、誰かいますか〜?」
ゆかりとみよりは顔を見合わせ、すぐに立ち上がって声のした方へ向かった。
玄関先には、二人の若い女性が立っていた。
ゆかりが丁寧に尋ねた。
「何かご用ですか?」
女性二人は笑顔で言った。
「ごめんなさい。なんか、ここの村?だけお家が一軒しか立ってなくって、しかも農業用の機械が自動で動いてて、興味が湧いたので来ちゃいました」
みよりがニコニコしながら答えた。
「興味持ってくれてありがとう。よかったら上がっていって。後で夫もくるから」
その言葉に、愛莉が反応した。
「夫? お二人で住んでるわけじゃないんですか?」
と驚いた様子で聞く。
ゆかりが穏やかに答えた。
「この土地も家も、全部夫の物よ」
愛莉は「そうですか」と短く返した。
(夫、か……。
まぁ、別にどうでもいいけど)
そう内心で思いながら、すぐに視線を家の周りや畑の方へ移した。男性の存在については、ほとんど関心を示さなかった。
祥子が隣で静かにその様子を見守っている。
ゆかりとみよりの後を、愛莉と祥子が付いていく。
(……薬指に、指輪?)
祥子が愛莉にそっと耳打ちした。
「ねぇ愛莉、気付いた? あの二人の薬指、指輪付けてる」
愛莉が驚いた様子で小声で返した。
「え? だってさっき夫が居るって言ってたよね? どう言う事?」
祥子は静かに二人の後ろ姿を見つめながら、心の中で考えた。
(夫がいるのに、二人とも結婚指輪をしている……。
普通の関係じゃなさそうね。何か訳がありそうだ)
愛莉は冷静に、少し冷めた声で言った。
「まぁ、男のことは興味ないけど。
どうせあの2人の所にいるだけなんでしょ。便宜上夫って言ってるだけだと思う、
可哀想、折角2人だけの空間だったのに
男に嫌悪感があるわけじゃないけど、なんかそう言うの嫌い」
祥子は隣を歩く愛莉の横顔を見て、小さく息を吐いた。
(愛莉はすぐそうやって決めつける……。
でも、あの二人の雰囲気は、そんなに単純な感じじゃなかった。
もう少し様子を見てみないと)
祥子はそれ以上何も言わず、静かにゆかりとみよりの後を追った。




