婚姻届と家政婦の佐久間さん
失恋は終わりじゃない。新たな恋の始まり、そう女友達が言っていました。
次の日朝から、健太達は活発に動き始めた。
昨日早めに寝たおかげか、5時には起床して朝食の支度をする。
6時過ぎ頃には食べ終わり、早速収穫に向かった。
野菜、きのこ、山菜を丁寧に集め、米は自動で脱穀され袋詰めされた物を倉庫から持ってきた。牛の乳搾りと鶏の卵を回収して一通りのことが終わる
ゆかりが感心した様子で、
「でも凄いわね、ビニールハウスの水やりや温度管理だけじゃなくて、田んぼや畑の事も全て自動でしょ?
その上家畜さん達の餌やりや糞の処理まで自動だなんて、貴方の親友どんな人なの?」
健太は笑いながら答えた。
「大学時代の悪友だよ。この前チラッと話したけど、同じサークルに所属していたんだ。
農業の完全自動化を研究してた。卒業後あいつは親父の会社を継いで、そこで研究を続けた。
今の所内にしか導入していないが、ゆくゆくは日本全国、世界全土に広げるって意気込んでた。」
みよりが目を丸くして、
「すごい……! そんな人がいるなんて、確かに最近人手不足で農家を辞めちゃう人が増えてるってニュースで言ってた。」
健太が野菜の入ったケースを下ろしながら言う「この前も言ったけど、8月に、メンテナンスと新技術のテストでここにくるから、その時2人に紹介するよ。」
みより「ありがとう健太君」
ゆかり「楽しみにしてる」
三人は朝の新鮮な空気の中、今日も充実した一日をスタートさせた。
3人で収穫をしたので、予想以上に早く終わった。
すぐにトラックに詰め込み、そのまま道の駅に向かった。
トラックが道の駅に着くと、いつもの様に中沢が迎えた。
中沢「あれ? 健太さん今日は随分と早いですね? お二人共お久しぶりです。この後何か予定でもあるんですか?」と首を傾げて聞くと
健太は笑顔で
「実はこの後役所に行くんですよ。」
そう言うと、ゆかりとみよりが健太の後ろで指輪を見せて、少しドヤ顔をした。
瞬間、中沢の頭に電撃が走り、一瞬頭がくらっとした。
(はい? 嘘でしょ!! 私の初恋が! こんな形で撃沈?
やっぱりもっと早く告白しておけばよかった! はぁーー今日はやけ酒ダァ〜チキショウー……)
心でそう思うと、健太が心配そうに声をかけた。
「大丈夫ですか、中沢さん?」
中沢は慌てて笑顔を作り、
「大丈夫、気にしないで。朝はお店の正面玄関空いてないからバックヤードから入って。」
と言いながら、バックヤードに案内した。
その後ろで、みよりがヒソヒソ声で言った。
「ねぇゆかり? ちょっと意地悪すぎない?」
ゆかりが笑顔で、
「仕方ないでしょ? 私達も健太もハーレムを望んでいるわけではないのだから、寄り付く虫は排除しないとね。」
その笑顔に、みよりは心の中で(うわぁ〜ゆかりその笑顔こっわ……)と苦笑いした。
中沢はバックヤードに案内した後、誰も見ていないところで壁に寄りかかり、深く息を吐いた。
(……やっぱり、ダメだったか……。
あの三人、指輪までしてる……。
健太君の笑顔、優しさ、全部……もう他の人のものなんだ……)
胸が締め付けられるような痛みが広がった。
目頭が熱くなり、慌てて手の甲で拭う。
(私、いつからあんなに好きになってたんだろう……。
納品のたびに話してくれる優しい声、野菜の話で目を輝かせる姿……
ただの客だと思ってたのに、いつの間にか……。
もっと早く、勇気を出して告白していれば……。
でも……あの三人、すごく幸せそうだった……。
健太君があんな顔で笑うの、初めて見たかも……)
中沢は小さく笑おうとして、結局涙がこぼれた。
(はぁ……今日はやけ酒確定だわ……。
でも、健太君が幸せなら……それでいいよね。
私も……頑張らなきゃ……)
納品が終わった健太達3人は、県の中心街の役所に向かった。
車を停めて役所に3人で入ると、受付の職員に丁寧に事情を説明した。
健太は軽く頭を下げて、
「すみません、婚姻届を提出しに参りました。
ちょっと特殊な事情がありまして、出来れば誰にも聞かれない個室のようなところで、担当の責任者の方とお話ししたいのですが、よろしいでしょうか?」
職員は一瞬驚いた表情をしたが、すぐに健太とみより、ゆかりの左手の薬指に光る指輪に気づき、事情を察したようだった。
「わかりました。少々お待ちください、上の者を呼んで参ります。」
職員は丁寧に頭を下げ、奥の事務室へ向かった。
しばらくして、40代後半くらいの男性職員(戸籍係の主任らしき人)が現れ、
「こちらへどうぞ。個室をご用意しました。」
と三人を案内してくれた。
個室に案内された三人は、戸籍係の主任と向かい合って座った。
健太はまず深く頭を下げ、
「まず初めに、これは絶対に口外禁止でお願いします。
大変デリケートな事情ですので、今日ここでお話しした内容は、決して外部に漏らさないよう重ねてお願いいたします。」
主任は真剣な顔で頷いた。
「わかりました。戸籍に関わる内容は厳重に取り扱いますので、ご安心ください。」
健太はゆっくりと説明を始めた。
「実は、私たち三人は特別な関係にあります。
出会いは……ゆかりとみよりが大変な状況にあったところを、私が助けたのがきっかけです。
それから少しずつ信頼を築き、互いに愛し合うようになりました。
ゆかりには実家から逃れてきた事情があり、親族に知られると連れ戻される恐れがあります。
そのため、正式に婚姻届を提出して籍を入れ、法的にも守りたいと思っています。
みよりとは、事実婚の形を取りたいと考えています。
三人で家族として、ずっと一緒に生きていきたいのです。」
ゆかりが静かに補足した。
「私の実家は……かなり力のある家柄で、結婚相手も決められていました。
女同士の関係を認めてもらえず、逃げてきました。
健太さんと籍を入れることで、法的にも守られたいと思っています。」
みよりも真剣な表情で、
「私もゆかりと同じ気持ちです。
三人で愛し合って、家族になりたいんです。」
主任が少し悩みながら言う「失礼ですが貴方は北条院家のご令嬢ではないですか?」
そう言うとゆかりが少し驚き「そうですが?」
と言うと主任は驚き「やっぱり、実は一昨日警察の方が来ましてね。この娘を見なかったかと聞かれたんです。その写真にそっくりでしたので、実は昨日も来ると思っていたんですが、来なかったので警察に電話したところ、捜索願を取り下げたからもういいと言われまして」
それを聞いた瞬間ゆかりが驚いた顔で「本当ですか?」と聞くとみよりが「よかったねゆかり!」と喜ぶ、
主任は少し驚いた様子だったが、すぐに落ち着いた声で答えた。
「ご事情、よくわかりました。
婚姻届自体は問題なく受理できます。
事実婚の部分は法律上も認められる形ですので、戸籍上は問題ありません。
ただ、将来的に子供さんが生まれた場合の認知や相続などは、事前にしっかり準備された方が安心かと思います。」
健太が主任に聞いた。
「もし子供が生まれた場合や、万一の相続のことはどうなりますか?」
主任は丁寧に答えた。
「ゆかりさんは法律上の配偶者ですので自動的に相続権があります。
みよりさんは事実婚ですので、法定相続人にはなりませんが、養子縁組をすることで相続権を持たせることができます。
併せて公正証書遺言を残しておくと、より確実です。」
健太が頷きながら、
「なるほど……遺言状を残しつつ、みよりも養子縁組にするのが確実ですね。」
ゆかりが真剣に、
「そうね。私たち三人で家族になる以上、みよりにもちゃんと権利を保障したいわ。」
みよりも少し照れくさそうに、
「これで名実共に私も家族になれるって事だよね!」と笑って言う。
健太が主任に確認した。
「では、遺言状は後日作成してからでも良いですか?」
主任は穏やかに頷き、
「良いですよ。本日は婚姻届 転居 養子縁組の手続きだけ行うと言う事でよろしいですか?」
健太はほっとした様子で、
「それで大丈夫です。」
主任が丁寧に説明した。
「婚姻届の必要書類ですが、婚姻届本体と本人確認書類、戸籍謄本、そして証人2名の署名捺印が必要です。
証人は成人であればどなたでも構いません。」
健太が頷きながら、
「書類は全部揃えています。」と言って必要な物を全て机に出す。
婚姻届、養子縁組の手続き、転居届、全てが無事に終わった。
ついでに旅館を開く旨を伝え、今書ける書類にもサインをした。
健太は深く頭を下げて、
「本日はありがとうございます。」
主任は穏やかな笑顔で、
「いえいえ、これから何かと大変でしょうが、頑張ってくださいね?」
主任の隣にいた女性職員も、
「応援してますよ。3人の幸せを。」
と笑顔で言った。
三人は揃って頭を下げ、
「ありがとうございます。」
と感謝の気持ちを伝えた。
役所を出た後、主任と女性職員は少しの間、個室に残って話していた。
女性職員が興味深そうに聞いた。
「主任、どう思いますか? あの3人?」
主任は窓の外を見つめながら、穏やかに答えた。
「うん? 少なくともこの人達なら前の様にはならないなと思ったよ。」
女性職員は頷きながら、
「あれは大変でしたね。男1人女性3人で一緒に住んで、1人の女性と籍入れて、初めの2〜3ヶ月は穏やかでしたが、徐々にきな臭くなって、最終的に男を奪い合って血みどろになりかけた。結局4人共離散……。
でもなんですかね、私もあの3人なら大丈夫って思いました。」
主任は小さく笑い、
「まぁ暖かく見守ろう。宿が出来てしばらくしたら、調査を兼ねて行ってみるのもいいな!」
女性職員も笑顔で、
「それは良いですね!」
終始にこやかに会話していた。
3人は車に乗ると、ゆかりがすぐにスマホを見た。
表情が一瞬で真剣になる。
「健太! 今電話大丈夫?」
健太が驚きながら、
「良いけど、どうしたの? そんな真剣な顔で……」
と聞くと、ゆかりは緊張した声で、
「佐久間さんから電話があった。」
みよりが目を丸くして、
「佐久間さんから?」
健太がハンドルを握ったまま、
「佐久間さんって、ゆかりを実家から逃してくれた家政婦さんだよね?」
ゆかりが頷き、
「そう。何か緊急で連絡があったら電話する手筈になってるの。」
健太は真剣な顔で、
「直ぐに電話しな。黙って聞いてるから。」
ゆかりは深呼吸をして、電話を掛けた。
ツーコール目で、佐久間さんの落ち着いた声が聞こえた。
「もしもし、お嬢様ですか?」
ゆかりは深く息を吸い、電話に出た。
「ええ、佐久間さん? 電話が来たので折り返しました。」
佐久間さんの落ち着いた声が返ってきた。
「ありがとうございます。聞いてください。本家は貴方の捜索を全て中止して、貴方は死んだ者として扱いました。取り下げた際に私の同席していましたが、実に淡々としていました。その上婚約者の新次郎は、俺の事を愛せない女など要らん、良い女なんてそこらじゅうに転がっているんだ。と言っていました。お父様とお母様も実の娘がいなくなったと言うのに、文句ばかり言っていました。しかしこれで一安心です。
もう本家に追われることはありません。そして私も本日付で北条院家を退職しました。」
ゆかりの目が少し潤んだ。
「ありがとうございます、佐久間さん。やはり新次郎は相変わらずドクズ野郎ですね。少し安心しました。
実は私からもお願いがあります。」
「なんでしょうか?」
ゆかりは真剣な声で、
「私達に合流していただけますか? 佐久間さんの力が必要になるかもしれないので。」
佐久間さんは一瞬黙り込んだ後、穏やかに答えた。
「わかりました。今どちらにいますか?」
ゆかりはすぐに、
「森川と言う駅で待っていてください。お迎えに行きます。」
「わかりました。私も身支度をしたら向かいます。」
そう言って、電話が切れた。
電話を切ると、ゆかりの目から大粒の涙が溢れた。
「よかった……本当によかった……。
これでずっとずーっと、みよりと健太と一緒に居れる……。」
そう言いながら、ゆかりはみよりの肩にもたれかかった。
みよりは優しくゆかりの頭を撫でながら、
「よしよし、頑張ってねゆかり。偉い偉い……。」
と穏やかな声で慰めた。
健太はミラー越しに二人を見て、優しく聞いた。
「いつぐらいに着きそうかな?」
ゆかりは鼻を啜りながら、涙を拭って答えた。
「おそらく3日程掛かると思う……私達がそのくらいだったから……。」
車内は、ゆかりの安堵の涙と、三人の静かな温かさに包まれていた。
感想待ってます
しばらく旅行に行きます。安心してください。仕事が始まればまた帰ってきます




