95、俺が首席!?
中間試験を終え、翌日――
「みんな、お疲れ様。そしておめでとう。今回の退学者はなんとゼロだ!」
吟丸の報告に皆が喜びを露にしている中、市露だけは目を開いていた。
「……俺、なんで退学やないの?」
個人戦を棄権した市露。自分のひとつ前の試合でボロボロになった焚を放っておけず、個人的な理由での棄権を申し出たのだ。
「最初にも言った通り、素質がないと見なされた場合には退学だ。君には素質があるからね。もう少し様子を見ようということになった」
「市、まだここにいる?」
「う、うん、おられるみたいやわ」
「よかった!」
焚は市露からもらった折り鶴の簪を揺らしながら可愛らしく笑った。
(……ほんま、よう笑うようになったな、焚)
市露は嬉しさを心の奥底に隠し、彼女に微笑み返す。
一方、後ろの席では馨が夕柊に問い詰めていた。
「……夕柊、何かしただろう」
馨は偶然聞いてしまったのだ。吟丸と陽炎の会話を。
――――――
「粒ぞろいでしたね、今年の初羽は」
「そうだね。だからこそ惜しいと思うよ」
「……棄権ともなるとやっぱり退学っすか」
「そうなるね。気持ちに考慮はできない。目の前でどんなに大切な人が死んだとしても戦い続けなければならないのが前線だ」
「……すね」
――――――
(たしかにあの時“退学”だと言っていた。それがなぜ一日でひっくり返される?)
「まあまあ、事実を見たまでよ」
夕柊はあっけらかんと答え、窓の外の空を指さした。変わらずそこにある『空蝉物怪録』を。
それは遡ること昨日――
夜が更けた頃、夕柊は吟丸の寝室へと忍び足差し足で侵入した。そして耳元で囁く。
「……ねぇ、知ってる? 篷一族の御前試合の件。なんでも決勝戦でズルをしようとした子がいたんだけど、御前試合に出ていない市露くんが遠くから弓矢で一撃で阻止したんだって。ねぇ、しってる? 篷一族の御前試合――」
夕柊は吟丸に永遠と同じ言葉を囁き続けた。
結果、
「うあー! 眠れん!」
と、飛び起きたところ夕柊に掴まり、強制的に神宮城内にある『空蝉物怪録 記録閲覧所』にて、当時の記録を見させられるはめになった。
だが、これを見て吟丸の考えは一変することになる。
――――――
篷一族の御前試合、決勝は焚と当主の甥との闘いだった。焚は弓矢の才に優れていた。市露が教えればすぐできるようになり御前試合もすんなりと勝ち上がっていく。
だが、決勝の相手が悪かったのだ。なんとしてでも勝ちたい当主の甥は、取り巻きを使って焚に背後からこっそり弓を向けていた。
いち早く察知した市露は一望が見渡せる木の上に登り、放った矢で取り巻き三人の弓を真っ二つに引き裂いた。
迷いも淀みもない一射に、弓矢を構えていた本人たちもすぐには気付かなかったほどだ。
――――――
この腕を見せつけられてしまっては、たった一回の棄権で退学にしてしまうのは惜しいもの。ついでに退学を取りやめなければ夕柊の囁きが終わることはないだろう。
と、そんなこんなで市露の退学はなくなったのだ。
(なにがあったかはわからないけれど、こればかりは夕柊に感謝だな。だって、二人が離れずに済んだんだから)
微笑み合う市露と焚を見た馨は眼鏡のブリッジを上げながら小さく笑った。
「中間試験が終わったということで、そろそろ二大祭典のうち一つがやってきます」
「ああ、黎明祈祷祭か」
思い出したように陸斗が呟く。
「そう。黎明二大祭典、『黎明祈祷祭』そして、『御影生誕祭』」
丁寧な字で板書していく吟丸。
「七月下旬に行われる黎明祈祷祭だけどね、なんと担当が初羽なんだ!」
朗らかに答えた吟丸は黒板にチョークを軽く打ち付けた。静まった教室に誰かが唾を飲み込んだ音がかすかに響く。
「祈祷。願いを、祈りを届ける祭り。そして、その祈祷師を務めるのが初羽です。だが、全員ではない。教師陣によって選ばれた言わば主席にやってもらいます。あとで個別に伝えてもいいんだけど、どうしたい?」
「ここで発表してもいいんじゃね?」
「うんうん。後でわかるのも今わかるのも一緒でしょ」
「せやんなぁ」
陸斗、恒心、市露の反応に頷いた吟丸は、そっと歩き出した。主席の元へ直接向かうようだ。
真っ直ぐと迷いなく進んでくる吟丸は一人の生徒の前で立ち止まる。
「主席は君だ。――馨」
「……え、俺?」
一瞬の沈黙の後教室は歓声に包まれた。
「おめでとう、馨くん!」と、恒心。
「これは納得だ」と、綴。
「……う、うんうん……!」と、澪。
「やっぱりか」と、陸斗。
(……俺が、主席……。俺が首席!?)
何かの間違いじゃないかと吟丸に尋ねるも「間違いじゃないよ」と返されるばかり。馨は顔を俯かせた。
(こんな自分が、主席……? だって、もっと相応しい人だっているじゃないか。そう七々扇さんとか、トトとか、綴くんとか。こんなのきっと誰も認めな――)
「那珂町さん」
馨の思考は可憐な声に遮られる。上げた馨の視界に映るのは、花のような女の子、綸。
「那珂町さん、大丈夫。もう違いますよ。みんな、あなたを認めています」
「そうだよ。素直に受け取んなよ、王子」
「そうだ、そうだー」
綸に続いたトトと夕柊。おそるおそる教室を見渡しても皆が笑顔で馨を見ていた。不満に思っている人は誰もいない。
馨の左肩に手を置いた吟丸は彼と視線を合わせるために腰を屈めると告げる。
「教師陣満場一致だった。君は器が小さい。それでも強さを証明したじゃないか。自分のできることを考え、実践する。これは誰にできることでもない。君の努力、そして心構えが成果として表れたんだ」
その言葉に馨の胸が途端熱くなる。
あの日、妖力切れで運ばれた保健室にて陽炎に言われたことが馨の脳裏にふと過った。
『器が小さいならその内容で戦え。考えて試して変えて、器を最大限に活かせ』
騙し打ちのチョコのこともあったけれど、馨の胸にずっと残っていた言葉だ。
「……俺は、認められた?」
「ああ、そうだよ」
中々自分を認められずにいる馨の根底にあった現世でのいじめ。そして、忘れられない屋上での出来事。
だが、馨は今確実にしがらみから一歩抜け出したのだ。
「俺、祈祷師やります。やらせてください!」
「うん、任せたよ」
その日の午後から吟丸によるマンツーマン指導が始まった。祈祷は舞で行うため、舞の経験のない馨は基礎からたたき込まれた。
体力、筋力、体幹のトレーニングの後、舞のふり覚え。
学校生活に加え舞の練習があり馨の一日はぎっちり埋まっていった。それでも馨が弱音を吐いたことは一度だってない。
(ああ、つらい。しんどい。やめたい。……でも、みんなの期待に応えたい……!)
その思いだけで、馨は吟丸の想定以上に早く舞を仕上げた。
「……すごい、完璧だ。馨、やっぱり君に任せて正解だったよ」
祈祷祭まで残り四日。馨には自信が満ち溢れていた。
放課後、追い込みでひとり舞の仕上げにかかっていた彼。その背後に誰かが近づいてきていた。
――シャラン、シャラン
錫杖の音を響かせながら。
「……那珂町 馨」
その者、真羽クラスの双子の片割れ・杠 楓は馨に近づいた。
瞑られた目は生まれつき視力を失っているからだ。だが、それは生物学上の構造においてのこと。神使『千里眼』によって彼の目は正常に見ることができている。
馨は不審げに首を傾げた。入学してから一度だって彼と話したことはなかったからだ。
「その顔、僕のことは覚えていないようだね。せっかく同じ学校に通っていたのに」
その一言に馨の動悸が速くなっていく。なにか嫌なものが足元からまとわりつく感覚だ。
「……同じ、学校って……」
「野分学園だよ。クラスは違ったけど同じ学年だった。だから僕は君を知っている。だって君は有名人だったから」
――シャラン、シャラン
錫杖をついて近づいてくる彼に、無意識に馨は後ずさりしていた。荒くなる息。手は耳を塞ぐために持ち上がった。
「ね、生徒会長の王子様? こっちの世界に来たら逃げられると思ったの?」
「……やめろ、……やめろ」
馨の瞳に込み上げてくる涙、そしてあの日の記憶。
「まさか、忘れたなんて言わないよね? あの屋上での――」
「やめろ!! ……お願いだから、やめてくれ……」
頭を抱えて蹲った馨から情けなく漏れ出す声。だが、楓の口は止まらなかった。閉じていた目を開き声の限り叫ぶ。
「僕は絶対忘れない。お前が■■■を殺しかけたことを!!」
「やめてくれー!!」
とめどなく脳裏に溢れ出す屋上でのトラウマに、とうとう馨は限界に達した。
「うあああああ!」
激しく掻きむしり血が滲む頭皮、地面に打ち付け赤く腫れる額、胃の奥から込み上げてくる物。
そして、馨は意識を失った。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
第八章『黎明祈祷祭』篇、開幕です。
不穏な始まり。馨の物語です。




