94、痛く、苦しく、甘く
「全試合終了いたしましたね~。では総評の方を紫雨くんにお願いしたいと思います!」
実況の雄榮は選手の退場を見届けてから解説の紫雨へと振る。
「そうですね。全体的にレベルの高い戦いだったのではないかと思います。それぞれが契約神使としっかり向き合っていましたし、今回は頭脳戦も目立ったのではないかと思います」
「あ~、乃々子選手や馨選手ですね?」
「はい、妖術の火力押しも魅力的ですが、吟丸先生も言うように器の大きさ=強さではない。今回の試合で実感できた方もいるのではないでしょうか?」
~~~
澪と並んで控室に戻っている馨は自身の胸を強く握りしめていた。
(……胸が、熱い。心臓がまだ早鐘を打っている。なんだ、これ……。これが勝った喜び?)
馨は澪から一歩下がると唇を噛みしめ天を仰ぐ。滲む視界をごまかすように強く瞼を瞑った。
馨の深くに埋まっていた自信の種がやっと芽吹く。
「みんな、おつかれさ――」
「來はどこだ!」
笑顔で控室の扉を開けた馨を遮り響いた声。控室の中央で顔を青ざめている綴が叫んだのだ。
綴は自身の試合後、焚の様子を見にいっていた。市露がいたためそっと救護室を後にしたが、戻ってきた控室には來の姿がなかったのだ。
綸と乃々子が言うにお手洗いと言って出て行ったそうだが、それでも中々帰ってこない。しびれを切らした綴が探しに行き、綸たちに女子トイレを捜索してもらったが來の姿はどこにもなかった。
「……來、どこに行ったんだ……」
――バサッ
控室の扉前で佇んでいる馨の視界を横切った黒い翼。夕柊は翼をはためかせながら控室に入っていき、綴の前に降り立った。
「綴くん、來くんいたよ」
「見つけたのか!?」
夕柊の肩を勢いよく掴んだ綴に彼は頷く。
「掴まって」
差し出された夕柊の手に自身の手を乗せると、たちまち綴は宙に浮いた。
「舌、噛まないようにね」
そう告げると、夕柊は綴の手を握ったまま低空飛行で控室を出ていく。通り過ぎた後に風が発生するほど速く飛んでいた。
闘技場の外の林間に舞い降り一方を指さした夕柊。
「ありがとう」
綴は示された方向へ一目散に駆けていく。
(……來、今行く)
「……ねぇ、どうして僕は女なの……?」
來は人気もなく薄暗い林間で蹲り涙を流していた。零れてくる涙がより自分をみじめにするのだ。
おもむろに運動着である着物の前を開くと、胸に巻いてあるさらしを取っていく。現れたふくらみのある胸。だが、無数に傷がついていた。
新しい物から古いものまで、胸を痛みつけるような傷が。
來は荒い息のまま折込刀を取り出すと歯を食いしばり、胸を横に割くように刃を走らせる。線となって現れる鮮血。
「……胸なんて、なければいい……」
今度は縦、斜め、見えている肌を埋めるように何度も何度も傷をつけていく。
「……僕が、僕が男だったら綴も――」
「俺が、なに?」
來の動きが止まる。背後から抱きしめられ、刀を握っていた右手は大きな手に包まれていた。力がこめられ握っていた刀が地面に落とされる。
「……つ、づる?」
「お前をそこまで苦しめているものはなんだ?」
「……綴には関係ない」
「ある。この傷を見たから」
綴は來の体を自分へと向けると強く抱きしめた。
「綴、血がついちゃ――」
「ごめん。気付いてあげられなくて、ごめん……」
綴の震える声と力のこもる手のひらを感じ、來の瞳から涙が込み上げてくる。
「……どうして、綴が、謝るの?」
「教えてくれないか? 何がお前をそこまで苦しめる」
來は嗚咽を漏らしながら感情のまま零れる拙い語彙で、師匠とのやり取りを話した。
綴のいないところで師匠と呼ばれている男は執拗に來を責め続けた。『君が男であれば』『女だから綴に相応しくない』『男になればきっと綴は振り向いてくれるさ』まるで洗脳のように來の心に纏わりついている。
「……僕が、男であればっ、綴はもっと僕を……」
「もっと僕を見て欲しい? 今じゃ、足りない?」
「……え?」
綴は來の体から手を離すと、彼女の頬を両手で優しく包んだ。
「あとは? 溜めていること全部俺が聞く」
躊躇いはあった。だが、優しさが滲んだ綴の瞳が來の口を開かせる。
「……本当は、女の子でいたい……。髪も伸ばしたいっ、スカートが穿きたい、女子の制服が着たいっ……」
「もっと、全部」
「……師匠と、もう会いたくないっ! ……綴に、認められたいっ……」
「うん。すべて受け取った」
再び來を抱きしめる綴。來は声を上げて泣いた。今まで溜まっていた分をすべて吐き出すように、こどもみたいにただ泣いた。
「いいよ。來の好きなようにしていい」
「だって、綴の隣に、いたい、からっ」
「俺はどんな來だって手放さない。俺が來に傍にいて欲しいんだ」
「女でも?」
「関係ない」
綴は來の背中に回していた手を彼女の頭に持ってくる。
「……だから、もう自分を傷つけないでくれ。……いや、傷つけさせていたのは俺だな」
「ちがっ!」
「責任は俺がとる。だって、俺のために付けた傷なんだろう?」
「せ、責任って……」
「他の人には一生その傷は見させない」
「……い、いい意味わかって言ってるの!?」
「もちろん。むしろ、俺は初めてお前と会った時からずっとそのつもりだけど? 來は違うの?」
綴は眉を八の字に下げ、首を傾けて來の顔を覗いた。途端赤くなっていく來の顔。
「そ、そんな顔で見ないでよ……」
「違うの?」
「……ち、ちがくない!」
「良かった。……來、一生大切にするから。俺の傍にいて」
「……うん」
二人はお互いの離れていた心の隙間を埋めるように抱きしめ合った。口付けはない。愛情は抱擁だけでも十分に伝わったからだ。
中間試験 篇 ――完――
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
第七章『中間試験』篇、閉幕です。
次回、第八章『黎明祈祷祭』篇。




