93、馨 VS 澪
「……焚」
救護室のベッドで寝ている焚の手を掴んでいる市露。その表情からは不安が滲み、幾度となく吐き出される深い息、小刻みに揺れる足から落ち着きのなさが伺える。
「死にゃせんよ」
近づいたのは小面の能面をつけ、着物の上から白衣を着ている一風変わった者。神威学園の保健医『陽炎』だ。
「それより、良かったのか? 棄権なんかして」
「ええ。俺はもうあの日からこの子のために生きるって決めたんで」
「だったら尚更勝負はするべきだったんじゃないか?」
「自分のことは自分が一番わかってる。焚のあんな姿を見た後でまともに勝負できやんわ。トトくんにも失礼やし、ならいっそのことやらん方がええ」
「自己分析は立派だけどね、ここではそういう気持ち面は考慮してくれないよ? むしろ気持ちで揺らぐようなやつを排除するのがここだ。実力主義、成果主義、なんとでも言えようさ」
「……ええですよ。むしろ俺が退学すれば焚も退学するやろうから。せやったら焚は前線に行くこともなくなるやろ? あの子はやっと世界を知り始めたんです。これからもっと知っていけるのに、なんで死に急がなあかんのですか……!」
陽炎は市露の頭に手を置いた。仄かに伝わってくる温もりに市露は唇を噛みしめる。
「どちらかと言うと僕もお前派だ。命を懸けて命を懸ける退治人になるとか馬鹿馬鹿しい。それを選択するのがまだほんのこども。間違えるさ。だって知らないから」
「……陽炎先生」
能面を付けている陽炎の表情は見ることはできない。だが、市露には彼が泣きそうな顔をしているように感じた。
小面の表情が動いたわけでもない、声に感情が乗っていたわけでもない。ただ漠然と市露がそう感じただけ。
「さ、そろそろ最終戦が始まるな。あいつ、ちょっとは成長したんだろうか」
重い空気を変えようと陽炎は話題を逸らすために、救護室にあるテレビへと視線を向けた。
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「もう、ね、ほらみなさん、ブーイングやめてくださいって。生徒たちにもそれぞれの事情があるんですから。突然腹壊したー! とか、急に出たくなくなったー! とか」
「それはあんただけだろ」
「そうね」
「ちょっと! ひどい!」
賑やかな観客席に負けないほど賑やかな実況席。観客の声をかき消すように実況の三人はマイクに声を乗せている。
「……もう、仕方がありませんね。……『噤鳥』」
青年は立てた人差し指を口元に持ってきて、震える木々を落ち着かせるように唱える。
――ピー
鳥が通った場は、まるで今まで話していたことを忘れたかのように静まった。人々が皆口を噤んだのだ。
もちろん、生徒会長・茉李の創式妖術『噤鳥』だ。創り出した鳥を通らせ強制的に静かにさせるというもの。
たちまち観客席は静まり、雄榮の声はますます勢い増しマイクに乗っていく。
「最終戦ですねー、みなさん!」
「はい。眼鏡の王子様馨さんに、光穂一族当主澪さんの対決です」
「最終戦と言うことで俺たち実況も盛り上がっていきましょう! はい、入場!」
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(なんか雑だなぁ)
と、苦笑いで登場してきた馨。
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「遅れましたー」
どこに行っていたのかやっと戻ってきた夕柊。
「お、どこ行ってたん?」
「ちょっと気合い入れに」
「お前戦わないじゃん」
「気持ちでは俺も一緒なのよ」
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そんな夕柊と雄榮のやり取りの中、澪が何度も深呼吸をしながら入場して来る。が、いつもと様子が違っていた。
「……澪?」
彼の顔を見て目を丸くしている馨。
「き、気合を入れてきました……!」
胸の横でこぶしを握った澪の前髪が結われていたのだ。普段隠れている顔が露となっている。焦げ茶と薄茶が混ざり合った大きめな垂れた目はいつものように怯えてはいない。
きっと過去を乗り越えたからだろう。
「……負けないよ」
口角を上げた馨は眼鏡のブリッジを押し上げ握手を求めた。握り返した澪も仄かに口角を上げた。
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「お二人とも気合十分ですね。はい、試合開始、ブオーン!」
夕柊からのギャラルホルンNGが出たようで、雄榮は口で角笛の音を模倣する。
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(やっぱり雑だなぁ)
これには馨も再び苦笑いをせざるを得ないだろう。
「初めては私が結ってあげたかったのに」
残念そうに呟きながら澪の背後に現れたのは彼の神使『おこめ』だ。狸の尻尾、垂れた目元はやや黒く、きちんと前が閉じられた男物の着物。
澪は下ろされた黒い口当ての下から現れた小さな口でおこめに謝った。
「次はおこめに頼むね」
「はい」
目を細め優しく微笑んだおこめは澪の中へと消えていく。彼の目の下は黒くなり、頭からは狸の耳、そして尻尾が生えた。耳と尻尾が生えるのは未熟者の証である。
「『木歳』!」
対抗するように自身の神使を呼び出す馨。
「あるじ!」
頭から生えた双葉に体が木でできたこどもが宙に現れ、馨は抱きとめるとそのまま胸に抱えた。消えていく木歳の体に、馨の頭から生える双葉。
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「二人とも憑依をしましたね! 憑依をすると容姿が変わるのも面白いところです!」
「そうですね。まずは澪さん。光穂一族の契約神使『隠神刑部』ですね。次いで馨さんは、木霊です。かなり珍しい妖ですよ」
「そうなんですか? 滅多にいないとか?」
「いえ。そもそも契約に来てくれることが少ないんです。こども妖ですから純粋さ故のえり好みですね」
「なるほどー。馨選手はそんな木霊に見初められたと」
「あ、澪が動いた」
夕柊の声で一斉に視線が澪へと向かう。
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胸元から取り出した煙管を咥えて息を吐き出した澪。すると、一人、二人、三人、と澪が増えていく。
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「出ました! これぞ光穂一族の能力!」
「はい。【分身】ですね。煙管を通して吐き出した息で自身の分身を生み出すことができます」
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どんどん増えていく澪の分身を見て、馨の額から汗が流れた。
(俺は器が小さい。すなわち体内に溜めておける妖力の量も少ない。持久戦は不利だ。すぐに終わらせる必要がある)
馨は懐から取り出した小袋から何かを取り出すとフィールドに蒔いた。地面に手をついた馨は唱える。
「芽吹け」
すると馨の手のひらから筋のように細い淡い緑の光が現れる。それはまるで地に根を張るように広がっていき、やがてフィールドの地面から木を生やした。
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「と、突如爆誕した二本の木! 何が起きた!」
「木霊の妖術だね。植物の操作ができるだけかと思っていたけど、種から一瞬で成長させることもできるんだ」
「一瞬でしたからね。さて、ここから馨選手はあの木をどうするのでしょうか。大量の澪選手の分身に対抗する手段はあるのか?」
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「澪、前よりも分身の数が増えてない?」
「馨さんこそ、少し前までは一本やったのに」
「お互い成長をしているってことだな」
馨が木に触れると枝が勢いよく伸び澪へ向かっていく。だが、どれが本人かわからない状態だ。手当たり次第に澪の体を枝で切り裂いていくがどれも煙となってしまう。
その間にも澪は分身を増やし続けていた。
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「これはまたも持久戦となりそうか……!」
「かもしれませんね」
二試合前と同じ展開に観客席から飛び出す野次。
雄榮はマイクにがっつりと声を通して威嚇をしていた。観客席は気まずそうに押し黙る。
彼にとって馨たちは可愛い後輩。そして今まさに自分と戦っている最中なのだ。それを野次なんかに邪魔されたくない。
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馨は小袋から小さな種を取り出した。そして手のひらのなかで妖力を込める。できたのは綿毛。
フッと息を吐けば綿毛はゆらりと飛んでいく。しかし、なんの攻撃性もない。ただ数が多いだけ。簡単によけられる。
が、これをよけることが馨の狙いなのではと裏をかいた澪はあえて避けることはせずそのまま綿毛を受け止めた。
何も起きない。やはりこれはブラフだ、とそう確信した。だが、この判断は仇となったのだ。澪の体から巨大な黄色の花が出現した。
「……なに、これ」
タンポポが出現したのは本体の澪だけ。
「ごめんね。この種、触れた者の妖力を擦って咲く花なんだ」
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「これは、すごい! あれだけある分身から本体を奇麗に見抜いた!」
「分身はあくまで姿かたちのみ、という点を上手く使いましたね」
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澪は黄色の花を外そうとしたがびくともしない。重さもなく、力が弱まっていくわけでもない。そのままでもいいだろう。
だが、その一瞬迷いが馨に動く時間を与えた。腰から刀を抜き取り飛び出した馨。
しかし澪は反応していた。馨よりも早く澪の短剣が彼に向かっていく。
「……え?」
が、それは植物であった。近くで見なければわからないほど精巧に蔓で作られた馨。
――では本物は?
「つかまえた」
馨は澪の背後からその首元に峰を押し当てた。
「……参りました。僕の負けです」
澪は自身の負けを認めると振り返り微笑む。
「……え? か、勝った?」
大きく上下する肩。馨自身が最も勝った事実を信じられずにいた。
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