92、焚 VS 綴
湧き上がる歓声。乃々子の威勢の良さ、そして清々しさに観客は銘苅一族であることを忘れて勝利を喜んだ。一部は納得できていないようだが。
~~~
「う~ん! 素晴らしい勝負でしたー!」
「最後までどちらが勝つかわからない勝負でしたね」
~~~
「ごめん、少し強く押しすぎたわ」
「ううん、平気」
差し出された乃々子の手を掴んで立ち上がった來。二人は観客席に頭を下げると並んで退場していった。
控室に向かいながら乃々子は來の手を見ていた。明らかに震えているのだ。自分へと向けられる來の顔からは悔しさは感じるも怒りだったり、苛立ちだったりは感じない。
震えはどこか勝負から逸れたものに向かっているように乃々子には思えてならなかった。
何か声をかけるべきなのかもしれないけど、それはどうやら自分の役目ではないようだ。
「來」
控室から次の試合のために向かっていた焚と綴とすれ違う。綴は來の名を優しく呼んだ。
彼がすれ違い様に彼女に何を言ったのかは乃々子には聞こえなかったが、來の震えが幾らか弱まったことを見るに彼女にとって良い言葉だったのだろう。
「焚、頑張んなさいよ」
「うん」
乃々子が編んであげている髪に差された、折り鶴の付いた簪が揺れた。迷いのない彼女の瞳に乃々子は顔を綻ばせる。
~~~
「さ! 四回戦ですね~」
「はい。全六試合なので折り返しです。あ、出てきましたね」
「初羽の末っ子焚選手に、クールガイな綴選手です!」
「焚は元現世人だけど、篷一族の遠縁らしくて神使が篷一族と一緒なんだよね」
「ほうほう」
「綴は來と幼馴染だから、今ちょっとピリついているかも」
「うーん、そうは見えませんが?」
「わかりにくいからね。俺もよくわかってないけど」
「なんでやねーん! と、いらんツッコミを入れたところで試合の開始です!」
~~~
――ブオーン
そろそろギャラルホルンを吹き飽きている夕柊。試合はあと半分残っているのだけどもね。
「お呼びだね、僕の可愛い子」
姿を現したのは、焚の神使『ルス』。毛先がくるりと丸まった淡い黄色の短髪、丈の短いキトン、腰には空穂。
「まけない」
「うん、いっぱい練習したもんね。きっと勝てるさ」
両手を上に広げて宙に浮いたまま足を広げると彼女は焚の中へ消えていく。憑依し、淡い黄色へと変わっていく焚の髪、腰に現れた空穂に触れるとその手には弓が生成された。
綴も自身の神使へと声をかける。
「ほら、『田々』出番だ」
「はぁ……」
「おまえは本当に生意気だな」
姿を見せた途端ため息を零す神使に綴は苦笑い。泥の滴る頭に手を伸ばしたがはじかれてしまいちょっと悲しそうだ。
田々が憑依し、綴の顔や体からも滴っていく泥。
「お先に失礼」
と、口角を上げた綴は片膝をつき地面に手を当てた。湿った音がしたかと思えば、瞬く間にフィールドの地面が泥濘へと変わっていく。
~~~
「おー! 地面がぐらりぐらりと波打つように泥へと変わっていくぞ!」
「そうですね。綴さんの契約神使は『泥田坊』。能力は【泥濘】です」
「この泥濘、一度はまっちゃうと中々抜け出せないんだよね」
「足元が封印されるとこれきついんじゃないか?」
「そうね。焚君がどう対処するかに勝負はかかっているわ」
「焚選手の神使はどうでしょうか?」
「篷一族の契約神使、古空穂ですね。能力は【弓矢】。遠距離なので泥濘との相性はまずまずかと」
「さあ、じりじりと広がっていく泥濘に焚選手どうする!?」
~~~
「『あひる』」
焚の唱えに合わせて生成される小さなラバーダックたち。それらは集まり一つの大きなラバーダックになった。
ラバーダックにまたがった焚。もう足元まで泥濘は迫ってきていたが焚はラバーダックにまたがったまま動かない。
~~~
「なんだ、なんだ!? 突然アヒルが振ってきたかと思えば合体して大きなアヒルになったぞ!?」
「焚の創式妖術だよ。しかもあれね、ラバーダックだよ、あの」
~~~
とうとうラバーダックは泥濘に飲み込まれた。しかし、沈まない。
~~~
「どういうことだー!?」
「ラバーダックといえばお風呂の定番おもちゃでしょう?」
「な・る・ほ・どー。お湯に浮かぶもの。つまり泥濘の上にも浮かぶということですね!」
「そういうこと。しかも、泥田坊の泥はかなり水分多め。足場のないアドバンテージは焚にはない」
~~~
「しゅっぱつ、しんこー」
ラバーダックは焚の指示する方向へプカプカと進んでいく。またがっている焚は弓矢を構えた。
放たれた矢は真っ直ぐと綴に向かっていき、彼は咄嗟に顔を逸らしたものの頬をかすったようだ。じわりじわりと線のように滲む血。
泥濘の上に立ち上がった綴は、間髪入れず放たれる矢に泥を飛ばし重みをかけて落としていく。
~~~
「これは耐久戦なりそうですね」
「ここらでひとつコーヒーブレイクと行きましょうか。変化『コーヒー』」
自身の翼から一枚羽を取った夕柊は唱える。煙を出してコーヒーが創られ、彼はそれを雄榮の前に置いた。
「ああ、ご丁寧にどうも。では失礼して――って、飲めへんやろがい!」
すぐさま消えた幻のコーヒーに雄榮はノリツッコミ。夕柊はさぞかし満足なことだろう。
~~~
紫雨の言う通り耐久戦となった。
矢を次々と生成しては飛ばす焚。泥でからめとる綴。
そして、勝負は妖力の消耗がもろに現れた結果となる。
「……焚、もうやめろ」
綴は焚に忠告を入れる。それでも焚が生成の手を緩めることはなかった。だが、それは矢に顕著に現れていたのだ。
次第に作られていく矢は細く、小さくなり、遠くまで飛ばなくなる。
焚の充血した目からは血涙が流れ始めた。明確な妖力枯渇の症状だ。
その焚を見て、烏天狗を憑依させ背から翼を生やした吟丸が止めに入る。強制的な勝負の終了が告げられた。
勝負は綴の勝ちとなり、気を失った焚は吟丸により迅速に救護室へと運ばれていく。
綴はフィールドを奇麗な平らな地面へと戻すと、彼の勝利を称える拍手の中深いお辞儀をして退場した。
~~~
「さあさあ、五回戦目ですね!」
「トト対市露くんだ。ちょっと楽しみ」
「温まりに温まっている会場ですが、お次はどんな勝負が見られるのか!」
フィールドには出場のトトがすでに立っている。だが、市露が中々現れない。
「……えー、ここで残念なお知らせです。第五回戦目に出場予定でした市露選手が棄権を申し出たことにより、この勝負はトト選手の不戦勝という結果になります」
雄榮の放送を聞き会場はたちまちブーイングの嵐だ。
肩をすくめたトトは、左耳についている、晴天を閉じ込めたかのようなガラス玉とタッセルの耳飾りを揺らしながら退場していく。
目を瞑って微笑むいつも通りの彼の表情からはなんの感情も読み取れなかった。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
焚の創式妖術はただラバーダックを創るだけ。でも、焚の願った通りに動きます。伝言を伝えれば届けに、とね。




