91、來 VS 乃々子
お互い顔を俯けたまま闘技場のフィールドから退場した陸斗と丈。
控室に向かう道中で耐えきれなくなった陸斗は、丈の胸倉を掴み勢いよく壁に押し付け叫ぶ。
「……なんだよ、それ……。なんだよそれ! 手を抜いたのか!? わざと負けたのか!?」
丈は抵抗するでもなく彼から顔を逸らし、「……ごめん」を繰り返すだけであった。
騒ぎを聞きつけ控室から顔を覗かせた馨、綴、市露は、拳を振り上げた陸斗を止めに入る。
「気持ちはわかるけども……!」
「勝負はもう終わっただろう」
「陸斗、ちょっと落ち着きぃ」
三人に宥められ陸斗は脱力するように丈の胸倉から手を離した。
「控室に戻ろうか」
市露は陸斗に優しく笑いかけ、その背を押して控室へ歩みを進める。顔だけで振り返り丈を見た陸斗は悲痛に歪んだ顔で最後まで訴えていた。
「なあ、丈。なにか言えよっ。……なんだよ、俺はお前になにかしたのか……? なあ!」
丈は陸斗から顔を逸らしたまま、着物の下に隠されている薄紅色の桜の首飾りを握りしめ、また「……ごめん」と謝るだけだった。
陸斗がこの学園に入ってきた理由は、数年前に死んだ友らの夢を実現させるためだ。
――――――
「俺、大きくなったら御前試合で勝ち上がって、ぜってぇー神威学園に入るんだ! そんで前線で妖と戦う!」
「じゃあ、俺も学園はいる!」
「ぼ、ぼくも!」
「ジュジュは無理だよ。だって泣きべその弱虫じゃん」
「泣きべその弱虫じゃないやい!」
――――――
その夢を果たせずに死んだコニーとジュジュの思いを、お揃いの薄紅色の桜の首飾りと共にこの学園に持ってきているのだ。
丈は――否、ジュジュは知っていた。だからこそ、何としてでも陸斗の助力をしたかった。
個人戦の対戦は本当に偶然だった。吟丸が仕組んでいたかどうかはわからないが、丈は何もしていない。故に好機だと思わざるを得なかった。
自分が負けて陸斗が勝てば彼は学園に残ることができる。退学は免れる。そんな八百長で生き残れるほど神威学園は甘くはないのだが、それでも丈は実行した。
言葉で傷つけてしまった過去から口と言葉を封印してしまうほどの不器用な彼。目の前にやってきたチャンスに視野が狭まってしまった。そして、やり方を間違えてしまった。
「……どうして、僕は……」
丈にまたひとつ後悔が積み重なる。
◇
~~~
「さてさて、第三回戦に移っていきましょうか! ……あ、逆だった」
マイクを持っている手をあげてしまった実況の雄榮。マイクが無くても彼の声は通っていたのだが、マイクを通して言いなおす。
「次の対戦相手は、めか――」
「乃々子ちゃんと來くんだね」
雄榮の声を遮るようにマイクを奪って宣言をした夕柊。
これは夕柊なりの配慮なのだ。女尊男卑が根強く、嫌われ者の一族である銘苅一族の出身者だと見物人に知らせないために。
知ればもう始まる前から大ブーイングだろう。なんせ銘苅一族は神威学園自体も否定している。そんな一族の名をもつ者が現れれば嫌悪感を抱かざるを得ない。
「おっと、まずは來選手の登場ですか。落ち着いていますね~」
「來さんは元現世人です。どんな妖と神使契約を結んでいるのか、どんな妖術なのか楽しみですね」
熱のこもった実況と対を為すような冷静で穏やかな紫雨の解説。
~~~
(この勝負、絶対に勝たないと……。師匠はどこで見ているかわからないから)
來は震えが伝わらないように背を伸ばし、前を向いて入場する。
「……來」
だが、初羽の控室テレビからその姿を見ていた綴だけは、彼女が気負っていることを見抜いていた。
~~~
「あれ? 乃々子選手が入じょ――」
再び奪われた雄榮のマイク。その者は白髪の混ざる黒い髪を靡かせ実況席で仁王立ちだ。そして大きく息を吸い言葉をマイクに乗せる。
「あたしは銘苅一族よ!」
会場は静まりを見せるも束の間、案の定大ブーイングが起こった。
「銘苅一族が何しに来た!」
「引っ込め!」
「負けろ!」
浴びせられる数々の罵倒、それでも彼女は堂々としていた。凛とした佇まい、瞳、どれをとっても自信が溢れている。
「別に今までの銘苅一族の非礼を浴びるつもりはないわ。だってあたしは関係ないもの」
「なんだとコノヤロー!」
「ふざけるな!」
止まらない野次。
「だから!」
彼女の叫び声によって発生したマイクのハウリング音に周囲は一旦静まりを見せる。
「だから、関係ない。あんたたちの恨み事だってあたしには関係ない。あたしは銘苅一族としてここに立つけれど、ただの銘苅の一人じゃないわ! 見ていなさい!」
~~~
「よく言った」
これには吟丸も笑顔で称賛だ。
「やりやがったな、あいつ」
そしてもちろんこの人も。神威学園の相談員、路頭に迷った乃々子を拾い学園入学を進めた恩人、鶯生 千春は煙草をふかしながら嬉しそうに笑った。
――ブオーン
開始のギャラルホルンと同時に乃々子は神使の名を呼ぶ。
「『弥々子』」
現れた女性。黒く長い髪に顔は隠されていて見えないが、真っ白なキャミソールワンピースから覗く手足には無数の目が付いていた。
「よろしく、ご主人様」
弥々子は微笑むと乃々子の体に憑依し、たちまち彼女の体には無数の目が出現した。
~~~
「おっと! 乃々子選手、早速使う気か!?」
「そのようですね。銘苅一族の契約神使は百々目鬼。能力は――」
~~~
「『可視化』」
地面に手を付き乃々子が唱えると、フィールド一体に目が現れた。
~~~
「出ましたー! 百目!」
「どこからでも監視されているようで落ち着かないな」
「ええ。でも、やっぱり必要な能力よね」
同じく実況の尽と冴花が言うように、黎明には銘苅一族の能力は必要不可欠。故に、傲慢な態度を取り続けていても存続できている、と言っても良いだろう。
「対抗する來選手はどうだ!?」
~~~
「大丈夫、想定内。『煉』、よろしく頼むよ」
「あいよー」
現れたのは火の鳥。彼女の神使ヒザマだ。首には硬貨大ほどの数珠の連なり。來はその一つをちぎると地面に向けて投げた。
來が手をかざせば火は一息の間にフィールドを包み込む。
乃々子は火にやられた目を押さえながら苦痛に表情を歪ませると百目を戻させた。
~~~
「おーう、これはすごい! 赤くて奇麗ですね~。これには乃々子選手、一旦百目を引きあげます!」
「あの目は厄介だからね。來くん対処が速い。闘い慣れている人の動きだ」
「維持型の神使、火の鳥ヒザマ。能力は【火事】です。意図的に家事を起こせ、止められます」
「なるほどー。いつでも火が出せるということですか」
「いつでもではないですね。火種が必要なんです。一回戦目に綸さんの神使として現れた白狐さんはいつでも火が出せますね」
「ふむふむ。ちなみに俺も古籠火の半魂で火の玉が口から噴き出せますけども、同じ火を使う妖でもこんなに多種多様ですからね。だから面白い!」
「あ、ここで火を吹くと燃え移る」
淡々と告げる夕柊だったが、時すでに遅し。雄榮の吐いた火の玉は尽の着物に引火していた。
「うわあ! 消して、消してー!」
幸いと言うべきか雨女との半魂である冴花がおり、簡単に鎮火は為された。
~~~
バタバタな実況席をよそに佳境を迎えていた勝負。
「まだ数珠の残りはある。いくら目を出しても燃やすよ」
來は肩にヒザマを乗せたまま言い放った。
「ええ、わかっているわ」
だが、乃々子は余裕の笑みを崩さない。
やや怪訝な顔を浮かべた來だったが、いつでも火を起こす用意をしつつ肉体戦に切り替えた。乃々子に向かっていく拳や足。
しかし、乃々子は軽々と避けていく。不意のヒザマの攻撃さえも彼女には効かない。まるで未来が見えているようだ。
「……どうして、当たらないの……?」
そう、見えているのだ。
百々目鬼の本質は百の目の出現ではない。その洞察力にあるのだ。敵の痕跡をいち早く見つけ、敵の準備が整う前に炙り出す。
体の動きにしてもわずかな機微を感じ取り動きを読む、隙を見つける等。
目であればカメラを内蔵した梟でも可能。なのに、あえて銘苅一族が行うのにはそういった強みがあるからだ。
「見られている? 煉、もう一度」
「はいよ」
來はすぐさま再びフィールド全体を火で包んだ。隅々まで入念に。
「さすがにこの火はかいくぐれないわ――でも、ダメじゃない。ちゃんと自分まで確認しないと」
「……え?」
來が彼女の言葉を理解した時、乃々子の百目は來の一瞬の動揺を見抜いた。
來の腕を掴んで胸を押す。バランスを崩したところにさらに畳みかけるように足を払い、そして來は地面に倒された。体は押さえつけられて動けない。
「さすがに自分までは燃やせないものね」
來の背中から這い出てきた目は、勝者の笑みを浮かべる乃々子の体へと戻っていく。
悔しそうに両手で顔を覆うと声を絞り出した來。
「……負け、ました……」
――ブオーン
夕柊のギャラルホルンがこの勝負の終わりを告げた。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
陸斗と丈の過去を知りたい方、もう一度確認したい方は、第二章40話、41話参照。
銘苅一族に関しては、第二章33話参照。
引き続き個人戦をお楽しみください!




