89、綸 VS 恒心
「さあさあ、団体戦二試合目に行きたいところですが、御覧のとおりフィールドの整備が必要なようなので少々――あ、夕柊、行くな!」
実況席からアナウンスをしていた雄榮は、翼を広げ飛び立とうとしている夕柊の腕を止めるため伸ばす。だが、甲斐なく夕柊は飛び立ちフィールド上空へ向かっていった。
宙で留まった彼は腕を組み考え込む。
「うーん、整地に必要なもの……あ、トンボだ。でも結構地面崩れているし。そうだ、大きいものを作ろう」
「嫌な予感がするんだが」
「私も同感よ」
顔を見合わせてため息を零した尽と冴花。
――バンッ
と派手な音を鳴らし実況・解説スペースの扉が開かれた。入ってきたのは、今まさに問題を起こそうとしている彼の保護者兼お目付け役の吟丸。
「……遅かったか……!」
ひとつ空席を見て察した吟丸は、自身に神使・烏天狗を憑依させ背中から生やした烏の翼で彼の元へと目にもとまらぬ速さで向かっていく――が、一歩間に合わず。
「創式妖術『千変万化之烏羽』変化『巨大トンボ』」
手早く自身の翼から取った羽を下へ落としながら唱えた夕柊。羽は煙を出して『巨大トンボ』へと姿を変える。
だが、『巨大トンボ』でも、『巨大蜻蛉』へと姿を変えたのだ。昆虫の、はい。
およそ人間界では見ることのできない人間と同じ大きさの巨大な蜻蛉が解き放たれ、それは闘技場を飛び回った。
「きゃあ!」
「こっちにくるな!」
飛び交う悲鳴、逃げ惑う見物人。当然パニックに陥った会場。
「あちゃー、トンボちがい」
こてんと首を傾げお気楽に呟いた夕柊の首にすかさず回された腕。もちろん彼のお目付け役のものだ。
「さっさと消しなさい、バカ!」
「はーい」
翼は背に仕舞われ、意気揚々と闘技場を飛び回っていた巨大蜻蛉は名残惜しそうにふわりと消えていく。
そのまま吟丸に連行されていく夕柊。
「あー、誰かたすけてー」
(自業自得だ、バカ)
(夕くんまでひどい、ちょっと失敗しちゃっただけなのに)
(楽しそうに巨大蜻蛉を眺めていたじゃないか)
その夕の言葉に夕柊は何も言葉を返せず、ふいと顔を逸らした。
そんな騒動もあって騒がしい会場。
そこへ一人の男が登場した。解説席で困り果てている紫雨の肩に手を置くと穏やかに微笑んだ。緩いサイドテールに口元の黒子が印象的な色気のある青年だ。
「あ……!」
たちまち安堵の表情を浮かべた紫雨。
青年は立てた人差し指を口元に持ってきて、震える木々を落ち着かせるように唱える。
「『噤鳥』」
――ピー
涼やかな鳴き声を発した鳥が騒めいている人々の上方を通過するように飛んでいく。鳥が通った場は、まるで今まで話していたことを忘れたかのように静まった。人々が皆口を噤んだのだ。
一通り飛び終わった鳥は青年の元へ戻り、光の粒となって消えた。
そう。これこそが、颯爽と現れた生徒会長・宝生 茉李の創式妖術『噤鳥』。創り出した鳥を通らせ強制的に静かにさせるというもの。
「これで次へ進められますね」
「あ、ありがとうございます!」
頼もしい背中に紫雨は尊敬の念を抱かずにはいられない。
「さすが生徒会長ね」
「ああ、なんかもう立ち居振る舞いから格が違う」
ひと悶着あったが試験は順調に進み、とうとう初羽の個人戦の番がやってくる。
大歓声の中登場するは、第一回戦目の生徒、綸と恒心。恒心は努めて明るく手を振っているが、額からは緊張故の汗が滲んでいた。
一方、綸は落ち着いていた。胸に手を当て深呼吸をしている。
(夕柊くんとトトさん、それから那珂町さんとの特訓を無駄にするわけにはいかない)
ただただ目の前のことに集中しており、観客席の期待や歓声は耳に入っていないのだ。
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「さあ、初羽個人戦初戦、注目度は言わずもがな! 両選手いい顔つきをしてらっしゃいますね。ここはせっかくなのでこの方に聞いてみましょうか。お叱りから戻ってきた解説の夕柊さん」
「うん。頭がいたい」
そんな夕柊の頭にはついさっき落とされたげんこつの跡が残っていた。
「切り込み隊長恒心に、可愛い我が妹綸の対決。一番たのしみ」
「あはは、でしょうね。……で、試合はどのように転びそうでしょうか?」
「芽吹きプロジェクトを終えて恒心は一皮むけたからね。それになにより、綸は優しすぎる。人を傷つけることをやけに避けるきらいがあるから」
「なるほどー、これは初戦から予想がつけられません!」
~~~
――ブオーン
音量調節を完ぺきにマスターした夕柊のギャラルホルンによって開始の合図が鳴り響く。
同時に恒心が動き出した。
「『繕』」
「あーい」
神使・枕返しを呼び出して指示を出す。手を元気よく上にあげて承った繕は着物の衿を掴みバッと前を開いた。
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「きゃっ、そんな大胆な! ……おや? 着物の下になにやら……」
「枕ですね。恒心くんの契約神使・枕返しの最大の特徴です。能力はなんと――」
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「ごめんね、綸ちゃん。『反転』!」
恒心の掛け声と共に、繕は自身の腹に埋められている青の青海波模様の枕をひっくり返した。露になった裏面の水色の流水紋。
枕がひっくり返されたと同時に綸は力なく地面にくずおれた。
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「おっと、先に動いたのは恒心選手! 何が起こったのか分からないが綸選手はどうやら動けなさそうだ!」
「妖術が発動されましたね。枕返しの能力【反転】が」
「反転?」
「対象の物・者、感覚を反転させる。効果は枕が表面に戻るまで」
「つまり、綸選手はその妖術で感覚が反転させられているということですね」
「うん。普通に強いよね」
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(……っう、きもち、わるい……。警戒していたのに、動けなかった)
頭を押さえ蹲っている綸。感覚の反転は想像以上に理解に時間が及ぶ。手足を動かす感覚も、視覚もすべての感覚が反転してしまうのだ。
綸は右足を動かそうとしたが、左腕が動いてしまい意思と反して地面に倒れた。
「綸ちゃん、無理に動こうとすると怪我するよ」
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「恒心選手、動きませんね」
「相手のギブアップ宣言待ちかと」
「ほう。むやみに女の子は傷つけない紳士的な対応ですね」
「そうだね、でも……」
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「お主、気づいておらなんだか。その僅かな時間が命取りになると」
恒心の背後で響く声。彼は機敏に振り向いたがその視線の先には誰もいない。
「こっちだ」
声の主、綸の神使・白狐の『常葉』は綸の隣に立っていた。そして、綸に手を差し出すと彼女を立たせる。綸の足腰は先程と打って変わってしっかりしている。
「……え、なんで? だって、まだ能力が――」
「うあああっちー!」
戸惑っている恒心の横で飛び上がった繕。枕にはわずかに青い炎が灯っており、中央には貫通するように穴ができていた。
ふんわりと膨らんでいた枕は今やぺたんこ。
「主、悪い。綿全部焼かれた、くっそ……」
繕は肩を落とししょんぼりとした顔で嘆くとふわりと姿を消した。
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「なんということだー! 恒心選手の神使があっという間に退場! 何が起こったのでしょう」
「枕に穴を空けたあの青い炎は綸ちゃんの神使・白狐くんの妖術ですね。【狐火】純度の高い青い炎を生み出すというものです」
「枕返しにとって枕の綿は命! すべて燃やされてしまってはお役御免となってしまう。ところで、綸選手はいつ指示を出していたのでしょうか?」
「たぶんこの試合が始まる前だよ。綸は展開を読み、自分がこうなった際の指示を常葉に事前に伝えていた。恒心だって警戒していただろうけど、だからこそ常葉はぎりぎりまで姿を現さなかった」
「ほうほう。そして奇を衒い背後にバア! と。……だが恒心選手、次の一手に出たぞ!」
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恒心は腰から短刀を取り出した。
「僕もみんなみたいにかっこよく創式妖術が使えたらいいんだけど、おあいにく様無理でしたので物理攻撃に全振りさせてもらったよ!」
右手に短刀を握った恒心は身軽な体格を活かし素早く綸に向かっていく。瞬き一つの間に綸の面前に迫っていた恒心は、彼女の腕に向けて短刀を振りぬいた。
一瞬の判断で綸を突き飛ばした常葉が代わりに短刀を頬に受ける。白い肌に伝う赤い血。
一歩、二歩、三歩と飛んで後ろに下がった恒心は視界に綸を入れると再び短刀を構えて向かっていった。
立ち上がった綸の顔に滲む恐怖。顔を俯かせ目をきつく瞑る。
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「恒心選手、なんという身のこなし。綸選手、もうだめか!」
会場にいる全員が綸の負けを確信した最中、その声はマイクに乗った。
「綸は人を傷つけることを避けるきらいがある。だから、人を傷つけない方法を編み出した。――そうでしょう? 綸」
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声は彼女へと真っ直ぐに届く。
「……創式妖術」
間近に迫っていた恒心の耳にわずかに届いた小さな声。
「『花散扇』」
綸が呟いた瞬間、恒心の体は宙に浮きあがった。
「……へ?」
綸の手元には創式妖術で創り出された扇。扇面には満開の桜が描かれている。宙に上がった恒心へ目を向けた綸は扇をひと振り。されば舞うは桜の花びら。
恒心の視界は途端淡い桃色で埋め尽くされた。
(夕柊くんが一緒に考えてくれた創式妖術。誰も傷つけない私だけのもの)
扇が振られると桜の花びらが現れ恒心を包み、上空へと螺旋を描いて登っていく。扇を振って舞う可憐な綸に会場は息も忘れて見入っていた。
(あぁ、どうして桜の花は散ってしまうのだろうか……)
扇面に描かれていた桜がなくなり枝だけになると、綸の手から扇はふわっと消えていく。
同じく徐々に消えていく桜の花びらたちによって地面にゆっくりと下ろされた恒心は、そのまま地面に仰向けに倒れた。完全に目が回ってしまっている。
――ブオーン
終了の合図に綸に見とれていた雄榮が正気に戻り告げた。
「しゅ、終了―! 第一回戦、勝者は綸選手」
力が抜けその場にへたり込んだ綸。溜まっていた息を吐き出すと実況席へ視線を向け、こちらに拳を向けている夕柊に満面の笑みを浮かべて拳を向け返した。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
夕柊は誰よりも綸の頑張りを見ていました。だからこそあの場で夕柊だけは綸を信じていたのです。




