88、杠兄弟 VS 立夏・那智
――シャラン、シャラン
錫杖で地面をつつきながら登場する、目を瞑った少年。その隣には同様に錫杖で地面をつくイヤーマフを付けた少年。二人の顔は瓜二つ。
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「出ましたねー、杠兄弟!」
「はい、目を瞑っている方が杠 楓くん、イヤーマフの方が杠 椛くんですね」
「双子ならではの息の合った攻撃が見ものです!」
「ほら、もうひと弐対現れたわよ」
「真羽のなかでも杠兄弟と対を為すともいえるデコボコペアだな」
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走って闘技場に入ってきた青年は「やっほー!」と観客席に元気に手を振っている。その右手には閉じられた水色の和傘が握られていた。
彼の背後からは高い背を縮こませておずおずと姿を現した青年。腰にぶら下がった行灯を両手で大切そうに抱えている。
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「十文字一族出身、元気いっぱいな立夏さんに、八重樫一族出身、控えめな那智さんですね」
「これ、先生情報。性格は正反対だけど、意外と仲はいいらしい」
「なるほど、少し前までは初羽にいた子たちですからね。吟丸先生も楽しみにしていることでしょう! この弐対を先輩としてどう見ますか、紫雨くん」
「うーん。十文字一族も八重樫一族も契約している神使の妖術がまた面白いですからね。個人技よりになりそうなところをどう組み合わせていくか、ここが鍵ではないかな、と」
「貴重な見解をありがとうございます! さあ、会場もあったまってきたところ。互いに向き合っている弐対は、開始のゴングを待っていることでしょう!」
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「やっと来たね、椛」
「うん、楓」
――シャラン
「見える。あそこにいる」
――シャラン
「聞こえる。二人の声」
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「ところでー、杠兄弟しきりに錫杖で地面を付いていますが、何をしているのでしょう?」
「知らない人も多いだろうから説明させてもらうと、目を瞑っている楓は生まれつき目が見えず、イヤーマフをしている椛は生まれつき耳が聞こえないんだ」
「ええ。だから、錫杖で地面を付き、楓ちゃんは音の反響で視覚の代用を、椛ちゃんは返ってくる地面の振動で音を拾っているらしい。詳しいことはよく知らないけど」
「ほう。説明ありがとうございます、尽くんに冴花ちゃん」
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「ねぇ、椛。僕たちは目が見えなくて、耳が聞こえないだって」
目を瞑ったまま錫杖を地面に付いた楓が椛に微笑みかける。
「うん、聞こえていたよ。ちゃんと目も見えているし、耳も聞こえているのにね」
片手で口を押さえて椛も微笑み返す。
確かにこの双子は生まれつき目が見えず、耳が聞こえない。だが、それは生物学上の構造として、だ。
「『桃樹』」
「『柳樹』」
二人が名を呼ぶと背後から現れた二人の人間。着物を纏い人間の顔をしているが、体は木でできていて、仏のような表情は微動さえしない。関節は動くため動きに支障はないよう。彼らの神使・千里眼の桃樹と、順風耳の柳樹だ。
「僕たちは二人がいれば見えるし、聞こえるのに」
「しょうがないよ。言っていないから知らないんだ」
顔を見合わせた二人は小さく笑う。
「り、立夏くん。どうしよ……僕らとても注目されている……」
行灯を胸に抱えたままその場にしゃがみこんだ那智が震えた声を漏らした。カチカチと高速でぶつかる歯からも怯えている様子が伺える。
「大丈夫だって。だってお前には俺が付いている!」
「か、かっこいい、立夏くん……!」
「だから立てって……!」
「いや、それとこれとは別だから」
立夏は背に和傘を背負い、空いた両手でしゃがんでいる那智の腕を強く引いて立ち上がらせようとするが、意外にも力が強いらしくびくともしない。
そんなこんなで、
――ブオーン
試合開始の合図が鳴り響いた。
「いつぞやに聞いた音ですな」
「闘技場と言えばこれですので」
ギャラルホルンを口から離した夕柊は得意げに鼻を鳴らす。今回はしっかりと音量調節が出来ていたらしい。
「先手必勝。桃樹」
「そうだね。柳樹」
楓と椛に呼ばれた桃樹と柳樹は彼らの体に合わさり消える。憑依だ。
ゆっくりと目を開いた楓。灰色に濁ったその目は、未だ揉めている立夏と那智へと向けられた。
「……見えた」
『千里眼』
【千里眼:千里先まで物を見る】
イヤーマフを外し首にかけた椛は目を瞑り、耳に手を当てる。
「……聞こえた」
『順風耳』
【順風耳:千里先まで音を聞く】
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「おっと、楓選手と椛選手、二手に分かれたぞ!」
「離れていても足の動き、歩幅、息そのものが同じですね。これぞ双子のなせる業でしょう」
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しゃがんでいる那智の腕から手を離した立夏は背から和傘を取り出し両手で持つと叫ぶ。
「『蕪』、開くぞ!」
「おうよ!」
答えたのは和傘。立夏の神使・唐傘小蔵だ。
口角を上げた立夏は和傘を前に向け勢いよく傘を開いた。露になる白い雲取り模様。まるで夏のワンシーンを切り取ったかのような涼しげな模様。
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「ここで取り出しました! 彼の相棒、和傘! 那智選手を守るように立ちふさがる立夏選手。 杠兄弟はここをどう攻略するのか!」
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「どっからでも来い!」
開いた和傘を肩に置いた立夏は、和傘に負けない輝かしい笑顔を見せた。
「椛、いくよ」
楓の合図に合わせて同時に動いた双子。立夏に錫杖を突き出しながら飛びかかる。
「読めてるよっ」
開いたままの和傘を地面についてその場に飛びあがった立夏。全体重が乗せられた和傘は芯棒がひしゃげるでもなく、ピンと張った和紙に傷ひとつも見られない。
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「おーっと、飛びあがって攻撃をかわした立夏選手! うまい具合に和傘を使いましたねー」
「十文字一族の契約神使・唐傘小蔵の能力ですね。【和傘】傘の硬さ・重さを自在に変えられる、というものです」
「本来であればあんなふうに傘の上に乗ったら壊れるからね。で、空に上がったら傘を軽くして浮遊できる。面白い能力。ちなみに維持型」
立夏に躱されたことで地面に突き刺さった錫杖。
「さあ、杠兄弟、どうする! ……いや、二人は立夏選手を見ていない! 見ていないぞ!狙いは彼ではなかったのか!?」
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「「そう。違うよ。僕たちの狙いは元々こっちだ」」
声を合わせて杠兄弟が呟いた途端、那智が残っている地面に振動が走った。そして、一瞬にして地面は崩落した。
「……え、うそ……」
那智は崩れた地面と共に空いた穴に落ちていく。
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「これはどういうことでしょうか!?」
「おそらくですが、二人の神使の能力・千里眼と順風耳によるものではないかと」
「と、いいますと?」
「見えて、聞こえていたんだよ。地面の脆い部分が」
「なるほどー! 逆手に取った素晴らしい戦術です!」
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傘の重さを変えて地面に降り立った立夏は那智が落ちた地面に近寄る。
「おい、大丈夫か?」
「な、なんとかー」
辛うじて顔は出ているが、体はしっかりと埋まっている。一人で脱出は不可能だろう。
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「さあ、二対一の状況。一心同体な双子に立夏選手は食らいつけるのでしょうか」
「少々厳しいですかね。どうやら杠兄弟はすでに次の手を打っているようですから」
「これはもう決着がついているということか!?」
「……いや、まだだ」
小さく呟いた夕柊。彼の視線は崩落した地面へと向けられていた。
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「もういやだ……。なんで僕ばかりこんな目に……」
「主、そろそろ僕の出番じゃない?」
埋もれながら空を仰いでいた那智の眼前に現れた、笠を被った一つ目小僧。彼の神使だ。
「嫌だよ。君を使ったら僕――」
「もう、そのお口チャック! ……自信さえもてれば、君はとんでもなく強いんだから」
強制的に那智の体に憑依した一つ目小僧。那智の姿が変わっていく。笠により左目が隠され、行灯が赤く光り出した。
崩落した地面の中では隙間ができており腕は動かせる。ため息をついた那智は袖の中から白紙の符紙を取り出すと、同じく袖の中から取り出した筆で見ずに文字を書いていく。
【粉砕】
文字が書かれた途端、崩落したことにより那智の体を埋めていた大きな破片がたちまち粉砕され、那智の体の上をさらさらと砂状になった地面が下に落ちていった。
僅かに弱まった行灯の赤い明り。
身動きできるようになった那智は緩慢な動きで砂から這い上がり、
「こんな僕なんて早く退学にさせればいいのに……」
とブツブツ呟きながら新しく取り出した符紙に新たに文字を書いていく。
【拘束】
その文字は符紙から離れると崩壊した地面を抜け、立夏が対峙している杠兄弟へ飛んでいき二人の体を合わせて拘束した。
「ちょ、なに、これっ」
「う、うごけないっ」
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「な、何が起きた!? 杠兄弟が拘束されて地面に倒れたぞ!」
「那智くんの妖術ですね。八重樫一族の契約神使・一つ目小僧の能力です」
「【呪符】。符紙に書いた事象を起こせる、とんでも妖術」
「いや、君が言うかね……」
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「あー、もう早く終わってほしい……」
穴から這い出た那智は地面に伏せた状態で符紙に筆は走らせる。
【気絶】
次の瞬間、拘束されていた杠兄弟の頭に背後から見えない衝撃が走ると、二人はあっけなく気絶した。
――ブオーン
「……しゅ、終了―!! 勝者、立夏・那智ペア! いやー、なんというか那智選手の怒涛の巻き返しがありましたね」
「那智だからなせた業だな、あれは」
「そうね」
「と、いいますと?」
「本人は頑なに認めないけど、八重樫一族に稀に生まれる天才児らしくてさ」
「あの能力は一度でも使うと即座に代償があるから多くは使えないのよ。でも、彼の場合代償が遅れてやってくる」
憑依を解いた那智。笠は消え、顕となった左目。
彼の腰からぶら下げられている行灯の明かりが完全に消えた。同時に那智の視界も暗くなる。これこそが代償だ。
「だから嫌なんだよ……」
那智は真っ暗になった視界で地面に頬をついて倒れ込んだ。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
杠兄弟の神使・桃樹と柳樹は、二人の目となり耳となるよう両親が創式妖術で創り永久に保存させたものです。
代々大切にしてきた柳の木と桃の木から創ったため付喪神となり、二人と契約を結びました。




