表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
84/100

81、ひしゃげた簪は置いて


「お呼びかな? 僕の可愛い子」


 姿を現したのは、焚の神使・古空穂(ふるうつぼ)の『ルス』。毛先がくるりと丸まった淡い黄色の短髪、丈の短いキトン、腰には空穂。


「いいよ。君のためならなんだってするよ」


 涙に濡れた焚の頬を持ち上げ額を合わせるルス。ひやりとした額から伝わる冷たい温かさに目を瞑った焚は、拙い言葉でルスに伝える。


「市に、ことば、とどけたい」

「うん、僕の力を使って」


 ルスはそう呟くと、そのまま焚の体へ消えるように合わさった。ルスが憑依し、淡い黄色へと変わっていく焚の髪、腰に現れた空穂に触れるとその手には弓が生成された。


『古空穂』

【弓矢:弓矢を生成及び駆使】


「……創式妖術『あひる』」

 焚の唱えに合わせて生成される小さなラバーダックたち。


「市に、これ、伝えて」

 焚の指示を聞いて頷いたラバーダックたちは合わさってひとつのラバーダックになると焚の頭の上に乗った。


「俺の子も」

 胸元から自身の神使・コロポックルの『ちま』を取り出した夕柊は、ちまをラバーダックの背に跨がせる。


(焚、弓を引いて)


 内側から聞こえるルスの声に合わせて弓を持つ左手を前に伸ばす。弓を引くと矢が現れ、ちまを背負ったラバーダックは細い矢の上に乗った。


「市のとこに、いって!」


 焚は力強い声と共に矢を放つ。それは放物線を描いて届け先まで真っ直ぐへと飛んでいった。瞬く間に見えなくなるも、焚にだけは見えている放った矢の淡い黄色の光。


「次は君の番」


――バサッ

 夕柊の背から生やされた随分小さくなった翼が一度羽ばたくと、羽がすべて宙に舞い焚の頭上に降り注いだ。


「創式妖術『千変万化之烏羽(せんぺんばんかのうば)』変化『翼』」


 焚の体に舞い落ちた羽は変化し焚の背に翼を生やした。白い翼。天使のような純粋無垢な翼。


「光を辿って。その先にこの子を待つ人がいるから」


 自分に何が起こっているか理解できていない焚と反し、翼に指示を出していく夕柊。


「いっておいで」


 夕柊の声に応じた翼は焚を導くように羽ばたいて空へと舞い上がり、矢の放つ淡い黄色の光を追いかけるように飛んでいった。


 焚の姿が見えなくなった直後、夕柊は力を失ったようにその場に仰向きに倒れ込む。


「ちょ、夕柊くん大丈夫!?」

 倒れた夕柊を覗き込むようにしゃがんだ陸斗と丈。


 一方、馨は苦笑いで夕柊を見下ろしていた。


「……その感じ、妖力切れだな」

「経験者は語る、だね」

「まあね」


 自身が以前経験した妖力切れと同じ状態の夕柊を見て馨は頬を綻ばせる。


「いいよ。今度は俺が運んであげるから」


「……うん」

 夕柊は馨の顔を一瞥すると、静かに瞼を下した。


「……数名がこちらに近づいています」


 百々目鬼(どどめき)の能力・可視化を使用し篷一族の動向を確認していた乃々子。


「まあ、能力を発動したりなんだりしていたからな。むしろよくここまで閉鎖領域を維持させていたな」


 乃々子に頷きつつ答えた槐は、丈の肩に手を置き賛辞を送る。篷一族の敷地内に来てから今まで閉鎖領域を維持し続けていた丈だったが、さすがに限界が来ていた。


 額から流れ落ちた汗が頬を伝って地面に落ちると、閉鎖領域は完全に消滅し一行は姿を現す。


「流血沙汰はなし。お遊びでここを凌ごうじゃねぇの」


 不敵な笑みを浮かべた槐に頷いた陸斗、乃々子、馨は、夕柊と丈を守るように立ち上がった。


   ◇


(……ああ、そろそろ夜明けだ)

 処刑台の上で空を見上げた市露。彼の顔に日の出の金色の光が照り付けた。


(みんな、夕柊くん、焚を頼む)


 処刑執行を受け入れるように瞼を閉じようとした市露の頭上に何かが落ちる。やおら目を開いた市露の視界に映ったものは無数に降り注ぐラバーダックであった。


「ち……つな、てる……」

「……がってる」

「うつしよ、……てない」

「……じん、ころして……」


 ラバーダックの口からバラバラに呟かれていた声がひとつに合わさり紡ぎ出された言葉。


「「「血は、つながってる。うつしよじん、ころしてない」」」


 ラバーダックたちはその一言を告げると、弾けるように消えてなくなった。


「……血は、つながっている」

「現世人は、殺していない……」


 ラバーダックたちの言葉を繰り返した処刑人執行役の男性二人は、あっさりと市露の手枷を外し処刑台から降りていく。まるで操られているかのように。


 その一人の頭上に乗っている蕗の葉帽子をかぶった着物の小さな人影。夕柊の神使・コロポックルの『ちま』だ。ちまは市露の背に向けてウインクをし、サムズアップを向ける。


『コロポックル』

【誤想:口に出した事を思い込ませる】


「……おふろのあひる……?」

 小さく呟いた市露の脳裏に巡る一つの記憶。


――――――


「市、あれ、ほしい」

「なあに?」


「おふろのあひる」

「おふろのあひる……。あぁ、あれやな。買いにいこうか」


「うん!」


――――――


(合宿が終わったその日に焚が欲しいと言ってきたもの……)


 光を失っていた市露の瞳に戻ってきた光。


 空へと再び視線を向ける市露。顔を出した眩い光に目がすぼむも、市露は手枷から解放された手をめいっぱい広げた。あの子を求めて。


「いち!」

 声と共に空から降ってくる小さな女の子。その背から生えた白い天使のような翼がくゆりと消えていく。


(……あぁ、俺は、死にたくない。この子を残して、死にたくない)


「たき」


 市露の広げた腕の中に納まる焚の体。やっと会えることができた二人の視線が合わさる。焚の瞳からとめどなく大粒の涙が零れ、優しく微笑んだ市露は指先でその涙を拭った。


「市、いきてるっ? どこかっ、いかない?」


「生きてる。こんな愛おしい子ひとり残してどっか行くわけ、ないやろう?」


 市露は自分の瞳から零れそうになる涙を見せないように、焚の小さくて細い傷だらけの体を強く抱きしめた。


「い、いち……うわああん!」


 今まで溜まっていたものを吐き出すように声を上げて泣き出す焚に、市露も静かに涙を零した。


   ◇


「……おわった」


 目を開いた夕柊が呟く。自身の創った焚の翼が消えることを感じたからだ。上半身を起き上がらせた夕柊は告げた。


「焚と市露が会えたよ」

 その一言に皆が笑顔を零す。


「良かった」

「間に合ったのね……」


 だが、篷一族には関係のないこと。馨は意味のなくなったこの状況をどう終わらせるか試行を巡らせていた。その最中、


――カァ

――バサッ

 烏の鳴き声、そして翼のはためく音。


 翼によって起こされたわずかな風が相対している彼らを割くように吹く。風によって靡く髪を押さえながら視線を上方へ移した馨の視界はそれを捉えた。


「……吟丸先生!」


 手を振りながら、大きな二対の濡羽色(ぬればいろ)の翼をはためかせて降りてくる吟丸。彼が降り立つと背から翼は消え、代わりにふわりと宙に浮いている彼の神使・烏天狗『(すい)』の手をエスコートするように下から支えていた。体から憑依が解かれたのだ。


 妖艶な女性姿の烏天狗・萑は吟丸の頬に軽く口づけをするとその場から姿を消す。


 振り返り初羽の子らを見た吟丸は微笑んだ。その背後で揺らめく、首に巻かれた柊の実のように赤い組紐。彼の本来の器を封印するもの。


「一族の御法度に触れた際の処刑に関してはこちらからは口を出せないが、そうではないのならあの子の先生として守らないとね」


 その頼もしい一言に、初羽の子らの瞳が揺れる。


 吟丸は前へ向きなおり後ろで手を組むと、篷一族の前に立ちはだかり口を開いた。


「うちの生徒の潔白を晴らしに来ました」



 市露に拾われた元現世人である焚が、なぜ篷一族と契約している神使・古空穂と契約できたのか。この事実から導き出される真実は明らかなもの。


――焚にも篷一族の血が流れている。


 空蝉物怪録の記録や伝手を頼りに調べ上げた吟丸によって、夕柊の立てた説は立証された。


 吟丸と共に降り立った、人間の姿へ変化している神使・八咫烏『(きゅう)』の手に握られている資料にはその証拠が載っている。


「確かにあの子は、市露は人を殺してしまった。だが、あの場には十代のこどもが受け止めきれないほどの穢れが溜まっていた。小さな女の子を守るために勇気を出して踏み込んだ彼だったが、穢れによって負の感情が溢れ出してしまったんだね」


 顎を引いてやや首を傾け、声の高さを落とした吟丸は更に続ける。


「穢れの怖さを知っているあなた方なら、英断なされるでしょう?」


 有無を言わせぬ吟丸の圧に篷一族の者らに流れた沈黙だったが、彼らの背後から現れた一人の男性によって破られる。


「……こちらの勘違いだったようだ。失礼した」


 穏やかな声で告げた男性――篷一族の当主が頭を下げると、一族の者らも倣い頭を下げて踵を返していった。


 あっけない終わり方が意味するもの。それは、これ以上事を大きくしたくないという意志の表れだ。換言すれば、自分らの過ちをこれ以上取り上げるなという無言の警告。



「……お、終わったー!」

 その場にへたり込んだ陸斗、乃々子、馨。拳を打ち合わせた夕柊と丈。


「あ、あっちは!? 七々扇さんたちが……」


「心配いらないよ。あちらには北斎さんが向かったからね」


 神威学園、三学年『優羽(ゆうば)』担任の北斎が向かったのなら一安心だろう。



 前提として市露が悪に染まっていたのなら、そもそも学園の双龍が彼を撥ねつける。そして、生徒の情報を教師が事前に入手していないはずがないのだ。そのうえで市露の入学を許可したということ。


 だが、彼が人を殺したことに変わりない。うまく働きかけてくれたこちら側の警察組織『神来(かみく)』によって表沙汰の事件とはなっていないが、彼はこれから一生その業を背負って生きていかなければならない。


 けども、その行動の先にあったのは『虐待を受けていたこどもを助ける』ということ。この彼の行動を誰が責め立てようか。そして、彼のために行動してくれる者は多くいる。その事実は覆らない。


   ◇


「市、あるける?」


 焚に肩を借りながら裸足のまま歩いていた市露だったが、ふと歩みを止める。処刑台の下に落ちたひしゃげた折り鶴の簪を思い出したからだ。それは、焚のために作ったもの。


(……いや、あんな壊れたものをあげてどうする)


 小さく笑った市露は再び歩みを進める。


(あれは、そのままあそこで眠っていてもらおう)


 一度ひしゃげた彼の心は、もう真っ直ぐに立っている。一度折れることを経て立ち直ったそれは、この先折れることはないだろう。だから、この場に置いていく。


 急に笑った市露に首を傾げた焚の耳に届くいくつかの声。


「市露くーん!」

「焚!」


 声の方へ振り向く前に市露と焚は地面に押し倒されていた。


「よがっだぁ、いぎでるぅ……」

「勝手に死のうとすんなよー!」

「……しんでへん、よかった。よかった……」


 二人の姿を見つけた初羽の子らが一目散に飛び込んできたからだ。


「お、おもい」

「あんさんら、焚が潰れてしまうやろう! 勢いを考えーや!」


「その口調、安心するー」

「わかる。教室にないとね」

「なんやそれ」


 そして、思い切り笑った。流れる涙が笑いから来ているものかもしれないほど彼らは笑った。


 完全に顔を出した朝日に照らされ、彼らの作戦は成功に幕が下ろされる。




市露奪還 篇 ――完――


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


第五章『市露奪還』篇、無事閉幕です。

次回、第六章が始動いたします。今まであまり焦点が当てられていなかった澪の物語となります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ