80、ビバ! お遊び!
「焚は助けられたけど、どうすんよこれー!?」
なんとか焚の元に辿り着けたトロッコだったが、役目を果たした木の線路は荒れ狂っていた。
「ちょ、馨くん! なんとかならないの!?」
「今やってる!」
身を乗り出し木の線路を制御しようと奮闘していた馨だったが、試行錯誤虚しく手のひらから放たれていた淡い緑の光はとうとう止まってしまう。
「……あるじ、ことせ、もうげんかい……」
憑依が解け、馨の体から木歳がはじき出されるように出てきた。力の源を失った木の線路はぴたりと動きを止め、伸びていた木の枝は自分らの定位置に戻るように縮んでいく。
宙に投げ出されたトロッコ。車体に必死にしがみついていた初羽の子らだったが、
「ごめん、こっちも終了のお知らせ」
トロッコの持続時間も限界を迎え、夕柊の羽で作られたトロッコは空中で霧散した。
「「「うわー!」」」
「「きゃー!」」
重力に素直に落下していく生徒ら。
夕柊は皆を浮かせるために咄嗟に焚を抱いていない左手を伸ばし、重力操作をかける。
「『乖離一地』」
夕柊の唱えに沿い、皆の体が浮いた。
地に押し付けるように重力をかける『乖離一空』とは異なり、『乖離一地』は地から離す、要は宙に浮かせる重力操作である。初羽の自己紹介の際、夕柊が初めて彼らに見せたものだ。
皆がホッと胸を撫で下ろした刹那、縮んでいた枝のひとつが夕柊の後頭部に直撃。殴られたように一瞬意識が持っていかれた彼は、妖術をかけるために伸ばして左手を緩めてしまう。
ほんの一瞬の緩み。だが、妖術は揺らぎに正直に反応を示す。よって、初羽に欠けられていた重力操作は解かれ、彼らの体は再び地へと向かっていった。
(柊!)
内側から声をかけた夕に引き戻され状況を理解した夕柊だったが、時すでに遅く、初羽の子らと地面はすぐそこまで迫っていた。
絶望に染まっていく彼らの顔。
夕柊へと手を伸ばしていた綸は衝撃に備えるように目を強く瞑る。
「ラシェ」
「ピュイ!」
地面へと迫る彼らの体とのわずかな隙間に滑り込むように現れた丸い白い物体。そう、玄葉の神使・幸運を呼ぶ生物ケサランパサランだ。
ケサランパサランは小さい体を俊敏に動かし、次々と時間差で落ちてくる彼らの体の下に滑り込みクッションの役割を果たした。衝撃が全吸収され、加えて弾力でわずかに浮くためかなりの高さから落ちていたことを忘れてしまうほど静かな着地だ。
「綸!」
綸とその近くにいた乃々子、來は、綸の神使・白狐の『常葉』がふわふわな尻尾で包み込むように受け止めてくれた。
「と、常葉くん、ありがとうございます」
「なんのこれしき」
常葉は綸に手を差し伸べて立たせると、ふわりと姿を消す。
最後に落下してくる夕柊は、わずかに残った翼をはためかせ速度を落とし、焚を守るように体の前で抱き締めると背中から着地。
「いてっ」
軽く衝撃はあったものの、翼のおかげで怪我はない。
「大丈夫か?」
そんな夕柊に差し伸べられる手。槐だ。
彼と玄葉は、教師である自身が動けない吟丸に代わって初羽の子らの見守りという名の尻拭いに駆り出されているのだった。
槐に手を引かれるようにして立ち上がると、焚を降ろし怪我はないか尋ねる夕柊。涙を拭いながら頷いた焚。
「槐くん、玄葉ありが――」
お礼を述べた夕柊の顔が照らされる。
「……派手な登場で感付かれたようだな」
腕を組んだ玄葉に頷いた夕柊は前を見据えた。提灯の仄かな明かりが無数にゆらりゆらりと近づいてくる。
「ご、ごめん。俺がちゃんと制御できなかったから……」
「それは過ぎたことだ。考えるのは現状の打破だろう」
申し訳なさそうに背を丸めた馨の背中を叩いて喝を入れる玄葉。頷いた馨は唇を噛みしめながら前を向いた。
翼を仕舞った夕柊は提灯を持っている者ら――篷一族の元へと歩んでいきつつ告げる。
「戦闘は避けてね。やってもいいのはお遊びまで」
途端地面が揺れた。直後、
「うわっ!」
「なんだこれ!?」
「沈んでいく!?」
地面は泥濘へと変わり、足から沈んでいく篷一族の者ら。
「たとえば、こういうの?」
地面に右手をつけている綴が言う。上げられた顔からは泥がしたたり落ち、口元は微かに上げられていた。
『泥田坊』
【泥濘:触れた地面を泥濘へと変える】
「これも」
肩の上に乗っている火を纏った鳥の首にぶら下げられている数珠の連なりからひとつちぎった來は、ぬかるんだ地面へと放り鳥へと合図を送る。鳥は羽ばたき数珠に触れると炎が上がった。火に触れ瞬時に固まっていく地面。泥濘に足を取られた者らはそのまま地面に埋まり身動きが取れず尻もちをつく。
『ヒザマ』
【火事:意図的に火事を起こせ、止められる。ただし火種が必要】
「だってこれ、“泥遊び”に“火遊び”だもんね」
來の言葉に楽しそうに笑った綴。
騒ぎを聞きつけて次々と姿を現してくる篷一族の者ら。そして、泥濘にとらわれた同志を見て驚き、即座に警戒心を露にした。
「火遊びなら我の出番だな! ハッハッハッー!」
豪快に笑い再び姿を現した常葉の指先に灯っている青い炎。白金の長いまつ毛の下の常緑の葉のような瞳は爛々と輝いている。
『白狐』
【狐火:純度の高い青い炎を生み出す】
「遊びと言えば“枕遊び”だよね。『繕』!」
「はいはーい」
恒心の呼び声に反応して姿を現した着物の彼は、着物の襟を掴むとバッと広げる。露になった胸から腹にかけて、彼の体には枕が埋め込まれてあった。青の青海波模様の枕に手を置く。
『枕返し』
【反転:対象の物・者、感覚を反転。効果は枕が表に戻るまで】
「“分身遊び”も面白いのでは?」
「お、おこめ……!」
澪の背後に現れた物腰柔らかな男性。否、女性。狸の尻尾、垂れた目元はやや黒く、きちんと前が閉じられた男物の着物の胸元に差されているのは煙管。
『隠神刑部』
【分身:自身を複数に分身】
振り向いた綸は笑顔を見せて告げる。
「こちらは私たちにお任せください!」
彼女だけでなく、ここに残ると申し出たもの皆の顔はひどく頼もしい。
「こいつらは俺が引き受ける。お前はあいつらを」
「了。安心しろ。共有継続だ」
と、前髪をかきあげ額を見せた槐。額の目がお得意のウインクを飛ばす。
『三つ目小僧』
【視覚共有:自身の視覚を共有できる。また他者の視覚を見ることができる】
夕柊・焚・馨・陸斗・乃々子、閉鎖領域を張って皆を隠した丈を引きつれてこの場を後にした槐。
「あはは、楽しくなりそうだね」
神使を呼ぶことや妖術を使う素振りなど見せずにただ微笑んでいるトトも残り、楽しいお遊びが幕を開いたのだった。
「乃々子ちゃん、市露くんの場所は?」
走りながら百々目鬼の能力で索敵を行っていた乃々子に問う陸斗。
『百々目鬼』
【可視化:目をあらゆる所に出現させ見ることができる】
「……まずい、もう処刑台の上にいる」
片目を押さえて見ていた乃々子の顔から血の気が引いていき、勢いよく上げられた顔は夕柊へ向けられた。なにかないのか、と縋るような瞳。
「時間がない」
遠くの空に向けられた夕柊の視線の先が捉えたもの。それは色が変わり始めている空だった。夜明けがすぐそこに迫っている。
――ジジ……
夕柊の元に繋がる念話。
「……確認が取れたよ。かなり遠くにはなるが血のつながりが見られた。遅かったかな?」
「ううん。ナイスタイミング、先生」
念話は吟丸からであった。ある事について調べて欲しいと夕柊に頼まれており、その結果の報告だ。
「吟丸先生が何かしてくれるって?」
「もうしてくれた」
そう呟き立ち止まった夕柊。
慌てて皆も立ち止まるも、
「何してんだよ、夕柊くん!」
「もう時間がないのよ!」
陸斗と乃々子は怒りを露にし、馨、丈、焚は不安に塗れている顔を向けた。槐は平静に夕柊を見守っている。
一歩踏み出し、焚の両手を下から掬うように持ち上げた夕柊。
「焚。やってほしいことがある」
「……たきに?」
「市露くんの処刑が止められるのは、焚の力だけだから」
「……市が死ぬの、とめられる? たき、なにすればいい?」
「弓であひるを飛ばす。いい? この言葉を乗せて――」
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
憑依型:綴の神使『泥田坊』、綸の神使『白狐』、澪の神使『隠神刑部』
維持型:來の神使『ヒザマ』、恒心の神使『枕返し』




