79、繋がっているよ
「移動だ」
市露が投獄されている牢の扉が開かれ、男性二人が姿を現した。彼らの背後には篷一族の血の証明、神使・古空穂の姿もある。
市露を迎えに来た篷一族の一員は粛々と彼の足枷を外し、枷から壁についている鎖を外していく。雑でも丁寧でもない彼らの動作はまるで操り人形のようだった。
手枷はそのままに外に連れ出される市露。静かな夜にわずかな騒めき。明かりのない地面を裸足で進む彼に、欠けた月は明かりを落とす。
処刑台の前に辿り着き、背を押され促されるままに市露は階段を昇っていく。頂上に着くと彼は体を押し付けられ強制的に座らされた。
そのわずかな振動で胸元から、ひしゃげた折り鶴の簪が落下していく。手を伸ばそうとしたが枷に邪魔され、それは抵抗なく落ち闇に溶けていった。
(簪にも見放された、ってなぁ。まあ、あんなボロボロな簪、焚には渡せへんし、むしろ良かったやん)
乾いた笑い声は誰に拾われるでもなく、虚しくひとりで飛んで広がり消えていく。
小高い丘から太陽が顔を覗かせたなら、彼の処刑執行の合図だ。
◇
「俺?」
自分が名指しされた状況を理解できていない馨。
「ここ、馨のフィールドじゃん」
「……俺のフィールド……」
馨は辺りを見渡した。都会とは違い明かりの少ない場所。建物は少なく木が密集した山奥の中。
(木が……)
眉を上げて口角を上げた馨は、空へ手を広げて叫んだ。
「木歳!」
何もない空間から姿を現した小さな男の子。彼の神使・木霊だ。木の体に頭には双葉。クリッとした黒色の丸い目が馨の姿を見つけると、嬉しそうに細められた。
「あるじ!」
馨は落ちてくる小さな体を抱きしめる。
「あるじ、ことせのちから、ひつよう?」
「うん、必要。だから力を貸してくれる?」
「いいよ!」
優しく微笑んだ馨が目を瞑って木歳を抱きしめると、その小さな体は馨の中へ消えていった。直後、馨の頭から生える双葉。憑依した証だ。
『木霊』
【植物操作:既存の植物操作及び、種から植物を生成】
やおら手を横に広げた馨。彼の手のひらから淡い緑の光が放たれ、その光が周りの木へと吸い込まれていく。
「……おいで」
馨の声に応じた木の枝たちが伸ばされ、組み合わさり、木の線路が創られていった。それは途切れることなく遠くまで繋げられていく。
「す、すごいです!」
口に手を当てた綸から漏れる感嘆の声と、彼に向けられる尊敬の眼差し。
(……良かった、できた)
ホッと胸に手を当て撫で下ろした馨の両肩に置かれる手。わずかに口角を上げた夕柊と、目を瞑って微笑んだトト。馨はたまらなく嬉しくなり下で小さくこぶしを握った。
「よっしゃ、いくぞ!」
トロッコに初羽全員が乗り込む。
「乗ったね?」
夕柊はトトが頷いたことを見ると、トロッコを押して駆け出した。翼をはためかせて風を起こしながら走り、トロッコは木の線路の上を段々とスピードを上げながら動いていく。
「すごい、すごい! 走ってる!」
「ヒュー!」
両手を上げて楽しそうな笑い声を零す恒心と陸斗。順調に軌道に乗りトロッコは走った。
が、束の間トロッコが後ろに傾く。線路から外れたわけではない。その線路が地面から空中に浮いたのだ。
「ちょ、ちょっと!」
「空走っている……」
手を握り締め合い不安な表情を浮かべる乃々子と來。
「こっちだよっ!」
焦った馨が植物を操作し直そうとするも、未熟であったために制御が効かない。木の線路は徐々に上昇していき、ついには木より高い位置に浮いてトロッコを走らせ始めた。
(……うまく、いったと思ったのに。また失敗した。やっぱり俺は……。いや、今は泣きごとを言っている場合じゃない。早く制御を!)
トロッコの最前部に行き身を乗り出した馨は木の線路に手をかざす。放たれた淡い緑の光は木の線路へと吸い込まれていくがやはり制御は効かない。一層線路はうねり、トロッコはほぼ直角に傾いた。
「……あ」
傾いたことで、トロッコを押していた夕柊の手が離れ体が地面へ落ちていく。咄嗟にトトが彼の長い左袖、綴が彼の右足を掴んだために落ちずに済み宙にぶら下がった。
宙ずりになりながら地上に向けた夕柊の瞳が映したもの、それは淡く緑に光った線路が進んでいく先に見えた一つの影。
引っ張り上げられトロッコの上に乗った夕柊は、いまだ植物の制御を必死に行っている馨に告げた。
「そのままで大丈夫」
その言葉に振り向いて夕柊の顔を見る馨。
「ちゃんと、線路は焚に繋がっているよ」
その力強い言葉に馨の瞳はビー玉のように月明かりを伴い輝いた。
◇
「……なんか、木がうねっているってか、気持ち悪い動きしてんだけど。木の精霊のお怒りか?」
小高い丘の上で吟丸に頼まれた生徒らの見守りをしていた槐が呟く。手を目の上にかざし、伸ばされた枝が空中でひとりでにうねっている様子を見つめ不信感を募らせた。
丈の張っている閉鎖領域によってトロッコは見えていないが、範囲外にある木の線路は隠されていない、よって他者からは奇妙に動く木しか見えていないのだ。
「しらん。勝手にやらせておけ」
「ははっ、おーけー(いざとなったら行けばいいし、今は好きにやらせておくか)」
腕を組んで首をつっこみたくない完満載の玄葉に、こどもを見守るような槐と、正反対な反応を見せる二人であった。
◇
「……いち、……いち、どこ」
市露が普段髪をまとめている折り鶴のついた簪を両手で胸に抱いて焚はひとり明かりのない夜を歩いていた。彼の温もりを求めて彷徨う。その向かう先が、彼と距離が離れているとも知らずに。
「……ひとり、しないで」
彼女の瞳から流れ落ちる涙。簪に落ちるも留まることなく流れ落ち、地面に染みていく。
左足の下駄の鼻緒が切れて地面に派手に転んでしまう焚。頬が擦れて血が滲む。だが、痛みには慣れている。立ち上がった焚はそのまま歩んだ。
地面にひとつ転がる鼻緒の切れた下駄。だが、童話のように拾ってくれる者はいない。
「いち……、あいたいよ……うあぁ!」
焚はとうとう声を上げて泣き出した。
「いかないでっ、たきを、ひとりにっ、しないでぇ……」
「……き……」
その場に蹲りかけた焚の耳に届く微かな声。矢庭に顔を上げた焚は周囲に視線を彷徨わせる。自分が助けを求めた人の声を探して。
「……ゆうひ、ゆうひ!」
暗くて何も見えない。人影もなく、焚が自分の勘違いだと顔を俯かせた時だった。
「……焚!」
その声は焚の耳に確かに届いたのだった。顔を上げた焚の視界に映る淡い緑の光。
「焚!」
再び呼ばれた自分の名に、焚は腕を伸ばした。
「ゆうひっ!」
勢いのまま走り焚の傍を通過するトロッコから身を乗り出した夕柊は、伸ばされた焚の手を握る。
手を引き焚の体を抱き上げた夕柊は仄かに笑って言った。
「ばくだん、ちゃんと出せたね」
焚の小さな頭を撫で夕柊は続ける。
「もうひとりじゃない。一緒に市露を迎えに行こうか」
「……っうん!」
目尻に涙をためた焚は歯を見せて笑った。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。




