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48、一族の闇


「名付けて『市露奪還作戦』。決行は今夜」

「今夜!? 性急すぎないか?」


 『空蝉物怪録 記録閲覧所』の中でそのまま始められる作戦会議。淡々と決めていく夕柊に陸斗が待ったをかける。


 やや視線を俯かせた夕柊は告げた。一番の穏やか処である(とま)一族の真の実態を。


「前例があるんだよ。篷の神恵子(かみえのこ)弐対が妖退治中に、逃げ遅れた現世人が一人巻き込まれ亡くなった。その人らはすぐに一族内の牢獄に投獄されてその晩の夜明け……処刑された」


 皆が一様に息を呑む。


「……処刑……」

 誰ともなく呟かれた言葉は力なく大間に消えていった。


「篷一族の御法度は『現世人殺し』」


 薄暗い大間の中であっても、彼のブロンドの瞳は光を伴っていた。強く、ぶれない意志の宿った瞳。


(……ああ、彼は見てきたんだ。残酷な世界の現実を)

 馨は夕柊の瞳を見て泣きそうになった。


 芽吹きプロジェクトの最終日に知ってしまった夕柊という少年が抱える運命、そして真実。

 砂時計のように刻々と削られていく魂の時間。砂が落ち切った時、即ち魂がすべて消えた時、彼は妖へと変わってしまう。今まで生きた自分の記憶と共に『夕柊』という人間は消えてなくなってしまう。


(その時がいずれ訪れると分かっていて、どうして君はそんなにも自分らしく生きることができるんだ)


 馨は、彼の双子の妹綸へ視線を移した。彼女の夕柊に向ける眼差しは純粋そのもの。いつか彼が彼ではなくなることは微塵も知らない瞳。


 伝えることが彼女のためだと分かっていても、馨にはその勇気は出せなかった。唇を強く噛み俯いた彼の肩に優しく手が置かれる。


 反射的に上げた視線に映ったのは、綴の優しく細められた目。彼もまたその真実を知る一人だ。


「どんな理由があろうと容赦はない」


「だって同じ一族でしょう!? 家族じゃん!」


 立ち上がり叫んだ恒心。長い枯葉色のポニーテールが彼の感情を表すように揺れる。彼は一族出身者ではなく元現世人だ。生きてきた世界が違う。


「……家族だからじゃないか? 家族だから間違ったことは全員総出で正す」


 だが答えたのは、一族出身者ではなく綴。馨の肩から手を下した彼は、恒心に眉を下げて微笑みを向けた。まるで、経験してきたような、16という歳を感じさせない貫禄のある面立ち。


 恒心は綴の顔を見返すと、小さく頷いてソファーに座りなおす。そんな彼の背に陸斗は手を添えた。


「……一族は、奇麗なものではあらへんよ。歪んだ中身を隠すように上辺だけ繕って、……もうなんのために自分たちが存在しておるのかも忘れはってるんよ」


 澪は腹の前で両手を握って述べる。彼の声は皆に届いていた。皆に届けるように意識した声だった。


棄灰(きかい)の刑、あの声で蜥蜴(とかげ)食らうか時鳥(ほととぎす)


(※棄灰の刑:厳しすぎる刑罰の例え

 ※あの声で蜥蜴食らうか時鳥:物事は外見と違う場合が多いことのたとえ)


「それじゃあ、決まったね」

 空気を変えるように手を打ち鳴らしたトトは、ひとり立っている夕柊へ視線を向けて笑みを浮かべる。


 にやける口を隠すように袖に隠れた両手を持ってきた夕柊は告げた。


「闇に乗じて全員で篷一族に乗り込もうか」


 頷いた皆の意志はひとつに固まっている。

(((市露くん・さんを助ける)))


 詳しい事情は知らない。彼ら彼女らは、市露が実際に現世人を手にかけた事実すら知らない。それでも、動いた。一族に乗り込むということがどれほど危険であるかがわからない者らではない。ただ、友が殺されることを阻止するためだけに動いたのだった。



「……で、なぜ俺たちが駆り出される」

「まあまあ、事情は納得できるもんだったわけだし」


 夜が更け、皆が寝静まった頃合い。篷一族の片隅に二人の男性がいた。神の恵みを受けた妖退治人『神恵子』である玄葉(くろば)(えんじゅ)だ。彼らは空蝉の組織『黎明(れいめい)』隠密部隊『白夜(びゃくや)』所属であり、現在はいわくのある学校・野分(のわき)学園に潜入調査中である。


 閉鎖領域を張り、二人は小高い丘の上から篷一族を見下ろしていた。


 唐突に吟丸から二人に念話が繋がり、軽く事情を説明された後「よろしくね」と答える間もなく押し付けられたのだ。


「なぜ俺たちだと言っているんだ。他にもいるだろう」


 苛立ちを隠すことなく腕を組んで舌打ちを鳴らしている玄葉。奇麗な顔立ちが台無しだ。


「皆様忙しいのよ」

「俺たちだって暇ではない」


 玄葉を一瞥し、しゃがんで頬杖をついた槐は微笑む。


(要は、夕柊の尻拭いに俺らが一番適していると吟丸先生が判断したわけだけど、こいつは「都合よく使われている」とか思っているんだろうな)


「はぁ、また都合よく使われている」


(ほら)

 槐は苦笑いを零す。


 そんな二人の元に念話がつながった。


――ジジ……

「あの子たちが乗り込んだよ。よろしくね」

「「了」」



 祠同士を繋ぐいわゆる瞬間移動を可能にする能力を持つ祠の付喪神・(やしろ)さんで移動した初羽の子らは現在篷一族にいた。丈が張った閉鎖領域によって無事ばれることなく侵入を果たす。


「ひとまず焚を拾いたいよね」


 トトの言葉に乃々子が手をあげた。

「索敵ならあたしがいる」


 その頼もしい発言に陸斗と恒心が「姉さん!」と尊敬の眼差しを向ける。


「おいで『弥々子(ややこ)』」


 乃々子に名を呼ばれ姿を現した彼女の神使・百々目鬼(どどめき)。黒く長い髪に顔は隠されていて見えないが容貌は女性。だが、真っ白なキャミソールワンピースから覗く手足には無数の目が付いていた。


 背後から乃々子の首に腕を回した百々目鬼は、彼女の体の中へと消えていく。憑依をしたのだ。乃々子の顔、腕に無数に出現した目。


 瞼を閉じた乃々子は地面に右手を付けると告げる。


「『焚』を探して」


『百々目鬼』

【可視化:目をあらゆる所に出現させ見ることができる】


 彼女の指示が下ると目は一斉に彼女の体から離れ、闇に紛れるようにして消えていった。


 ほどなくして瞼を開いた乃々子。彼女の頬に付いた目の瞳が彼女の瞳と同じように動き、夕柊に視線を向ける。


「見つけたわ」


「「どうだった!?」」

「安心して。焚は監禁とかはされていない。ただ……」


 言葉を濁した彼女に皆の不安が募っていく。


「ただ、ひどくやつれていたわ。いつも市露さんが付けている折り鶴の簪を持って森の中を歩いていた」


「迷子? いや、市露さんを探しているのか」

「そのようね」


「案内はできる?」


「可能よ。でも、かなり遠くにいた。ついでに市露さんが監禁されているだろう牢獄の場所も見つけたけれど、焚が向かっている先と正反対。これじゃあ夜明けに間に合うかわからない」


「二手に分かれる?」


「それじゃあダメ。市露くんを一番救いたがっているのは焚だから。あの子がいかないと意味ない」


 夕柊の言葉に反論を唱える者はいなかった。


「なにか素早く移動できるものとかは――」

「あれが良いかも」


 顎に手を当てて考え込んだトトの言葉を遮り、背中から二対の翼を出した夕柊。


――バサッ

 彼は翼から無心で羽を抜いていく。小さくなっていく翼。


「ちょ、ちょっと、何しているの!?」

「たくさん必要だから」


 飛ぶことは難しいと判断できるほど羽が抜かれたところで夕柊の手は止まる。山のように盛られた烏の羽の山に夕柊は手をかざし唱えた。


「創式妖術『千変万化之烏羽(せんぺんばんかのうば)』変化『トロッコ』」


 羽の山は煙に包まれると、闇に溶け込むような黒いトロッコへと姿を変える。


「乗る方は完成。あとは道が必要」

「つまり線路? ってそれかなりの長さが必要じゃん! 残りの羽で作れるの?」


「できない。けど、作るのは俺じゃない」


 夕柊は視線を動かしある者へと目を向けた。

「馨だよ」


 皆に視線を向けられ困惑した馨は自分へ指を差して首を傾げる。


「俺?」


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


次回、市露奪還作戦本格始動です。

市露を探してひとり彷徨う焚に初羽が馳せ参じる。

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