77、野郎ども、奪還じゃー
俺は足音を殺し居間へと向かう。その途中、台所に人影が見えたため、背後から近づき同じように首をかき切った。
――ここか……
居間の戸を開け、俺は笑顔で言う。
「お邪魔します。殺しに来ました」
俺の血塗れの顔とその手に握られた血が下たる簪を見て、居間にいた三人の人間の顔が歪む。たちまち逃げる三人。だけど……
「……遅い」
俺は床を蹴って三人の首に順に簪を突き刺した。引き抜く時には軸を斜めに動かし抉る。
苦痛な漏れ出た声と、うまく吸えない息の音。手足が床に打ち付けられる音。死には至っていない、けどいずれ死ぬだろう最後の足搔き。
「……終わった」
玄関から出た俺は子どもを抱き直し、何も言わず母屋から離れていく。
――こんな惨状を見せる訳にはいかない。こいつは何も知らなくていい。……っていうのは無理あるか。殺してと願ったんは自分やからな。でも、殺したのは俺だ。この子はなにも関係ない。
「……もうええよ」
田んぼの道に差し掛かり家が見えなくなったことを確認して小さな手に触れ告げると、こどもは目をゆっくりと開けた。
太陽の下、明るい場所に出ても光のない闇に染まった瞳。
「………」
こどもはふいに俺の顔に触れた。そして、無言で撫で始める。
――あぁ、血がついとるから傷ついたと思って。……優しい子。
「俺は傷ついてない。平気や」
でも、こどもは言葉が分からないのか、首を傾げそのまま撫で続けていた。
その手を優しく掴んで降ろす俺。離そうとしたが小さな手に握られる。
――愛らしいなあ。あんなに受けつけなかった悪臭も今はもう気にならへん。
「初めての外はどうや?」
ずっとあの中に閉じ込められて、外へ出たことは初めてやろう。
「……そと?」
「あの場所以外のこと」
「てめぇ、だれ?」
言葉を知らなく、言葉遣いも汚い。これだけでも、この子がどんな扱いを受けていたか簡単に想像出来る。
言葉を教えられておらず、知っている言葉は言われた言葉。
“死ね”“殺せよ”は言われ続けてたんやろうな。
なんで、こんな小さな女の子が……。
彼女の体を痛めつけないように、俺はそっと羽織の上から抱きしめ祠に乗り込んだ。
――――――
脳裏に浮かぶ焚の笑顔。笑っている焚の横には初羽の子らの笑顔もあった。
(……あの子の周りにはもうみんながおるやんなぁ。それも、優しくて頼りになる人たちや。……そうか、あの子はもうひとりじゃない)
そう気付いてしまったから、市露は抵抗をやめた。死を受け入れてしまった。
思考を、気力を放棄してしまえば、瞳は光を失う。
◇
「状況がわからない以上、まずは焚と会うべきだろう」
「だね。なにか方法ないの?」
初羽の子らは授業をボイコットして作戦会議を開いていた。
担任である吟丸は生徒たちに拘束をされた――という体で、一周だけ縄が回され椅子に座らされていた。拘束とも言えない粗末な出来。
だがそれは、吟丸に対する初羽の絶大なる信頼の証だ。
吟丸は目を瞑りじっとしている。仄かに上がった口角は、頼もしい生徒たちの成長を感じ取っているからである。
「焚が今どこにいるかもわからないし、それに――」
「状況を説明できるかもわからない」
「それ」
焚は壮絶な虐待の影響で言葉が未熟だ。
「……ひとつだけ方法があると思う」
控えめに手をあげたのは馨だった。
一斉に向いた視線の影響で体が僅かに強張るが、彼は窓の外を指さした。
皆の視線は誘導される。
「記録、あると思う」
そう、空に浮かぶ大きな観音扉の鏡『空蝉物怪録』だ。
「「「……それだー!」」」
その後の初羽の子らの行動は早かった。
学外外出なのだから学園長の許可が必要だ。向かったのは夕柊、トト、馨、そして綸。
四歳まで育てたことによりいたく気に入られている夕柊。学園長であっても遠慮なく物申せるトト。二人が暴走した時に抑える要因として馨。そして綸は――
「綸ちゃんはいざという時の色仕掛けに、ね」
「いろじかっ……」
と、よくわからない理由でトトに同行させられた。
「そ、そういうのは大人なお姉さんでないとうまくいきませんよ!」
「大丈夫。可愛い綸ちゃんがするのは泣き落としだから」
そんなトトの言葉に首を傾げた綸。
交渉の結果から申すと、
「「許可貰えたよ」」
祠の前で待ち構えていた初羽の子らに告げる夕柊とトト。
一番の功労者は綸だ。そして一番の心労を担ったのは馨。ずれた眼鏡を直す気力も残っていない。
「授業はボイコットしました」だの、「先生は只今拘束中」だの、馬鹿正直に、否、面白がって告げる夕柊とトトに学園長である天司の怒りは溜まっていくため馨が必死に鎮めさせ、自由な二人を叱責し保たせていた。
雑面によって表情は見えないが、声色と漏れ出ていた凄みに馨は泣きそうであったそうな。
「いまだよ」と、何のタイミングもあっていないトトからの耳打ちによって天司の前に歩み出た綸が言われた通り理由もなく涙を流し、
「あー、女の子を泣かせたー」
「いーけないんだー、ボスが生徒を泣かせた―」
などと小学生のような煽りを受け、天司は許可を出したのだった。というより、面倒くさくなって放棄したと言っても良いだろう。
何度目かもわからないため息を零す馨の肩に、陸斗、恒心、丈、綴の手が置かれる。
「「「ドンマイ」」」
彼らはただ馨に面倒事を押し付けただけなのであった。
一応今も拘束されているという体で一周だけ縄を巻かれている吟丸を引率として神宮城へとやってきた初羽。
神宮城で働く神恵子らが、生徒が先生を縄で連れているという異様な光景に目を丸くしたが、縄がゆるゆるであることを見ると皆「なーんだ、お遊びか」と勝手に納得をして仕事へと戻っていった。
夕柊を先頭に向かった先は『空蝉物怪録 記録閲覧所』。
入口の形代の生体スキャンを終え中に入った一行を、カウンターにいる形代がすぐさま出迎えてくれる。
「お望みの人物名と〝時〟を木札にご記入ください」
夕柊は慣れた手つきでそれぞれの項目に筆を走らせていった。〝時〟の項目には年月日の他に時間帯の記入欄も設けられている。時間帯は記入せず人物名に『焚』、年月日には今日の日付を記入し形代に木札を渡した。
形代はその木札を見つめる。内容の確認をしているのだ。
「承りました。『大 壱』の間へどうぞ」
夕柊の提出した内容は禁止事項に抵触していなかったよう。
「毎度どうもです」
ペコリと頭を下げた夕柊に倣い頭を上げた一行は指定された箇所へと向かっていく。
『空蝉物怪録 記録閲覧所』は宮殿の一角を占める広大な間であり、内部には小間が三十、大間が十と閲覧できる区画がある。
今回向かうのは、小間と通路を挟んで向かいにある大間の区画だ。
夕柊は『大 壱』と大字で大きく刻印された扉に、同様に『大 壱』と印字された札を差し込み口に入れた。すると、重厚な扉が回転するように開き、動く扉に合わせて中に彼が入ると半回転した扉は鈍い音を立てて閉じた。
表では数字が刻印されていたが、裏には一様に『閉』と刻印されている。使用中であることが明確になっており、剰え錠がかかる。間同士は隣り合っているも内部に張られた防音結界により音が漏れることはない。ここでは思う存分記録の閲覧が行えるのだ。
大間に入った一行。正面に待ち構えていたのは閉じられた観音開きの扉のようなもの。その物の前には、横に長く十人ほどがかけられるソファーと、サイドに一人掛けのソファーがふたつ、横長のソファーの前にはローテーブルがあった。飲食物の持ち込みが許可されているためだ。
各々ソファーに座る。吟丸は最初からずっと縄を持ってくれていた來に丁寧に誘導されて、一人掛けのソファーに腰を下ろした。
「これ、ちいさい『空蝉物怪録』みたいだね」
恒心の呟きに頷いて同意を示す初羽。
ほどなくして、観音扉がゆっくりと開かれた。中から現れたのは鏡。吸い込まれてしまいそうなほど黒く、何も映ってはいない。だが、鏡なのだ。
次の瞬間、鏡面が水面のように波を打った。次第に明るくなっていく鏡面。そして、徐々に何かが映されていく。記録という名の在りし日の映像だ。
「……つまり、篷一族御法度である『現世人殺し』を行ったとして市露さんは牢に投獄されていて、パニックになった焚は咄嗟に思い出した夕柊くんとの思い出から創式妖術『あひる』で言伝を乗せたラバーダックを創り出し助けを求めた、と」
閲覧した記録をわかりやすく要約したのは陸斗。彼は活発でノリもいいが学がある。五年前に友を失った経験、そして友の叶えられなかった夢『神威学園入学』を背負い、ひたむきに努力をしてきた賜物だ。
「つまりどうするよ?」
「どうしようか?」
「ど、どうしましょう?」
「どうするわけ?」
隣から隣へと視線が映され、最後に行きついたのは夕柊。
彼は、待っていましたと言わんばかりに袖に隠れた右こぶしを高く突き上げ告げる。
「野郎ども、奪還じゃー」
「「「よっしゃー!」」」
初羽による『市露奪還作戦』の幕が今開かれる。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
初羽大暴れ警報、発令中。




