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第六話 現世と空蝉

こんばんは。

『暮色 ―ぼしょく―』と申します。



――――放課後――――


「……えっと」


 (かおる)の呼び出しに応じホームルーム後すぐに裏庭に来てくれた(いと)。だが、彼の隣に一風変わった少年がいたものだから戸惑いを隠せずにいた。


「ごめんね、七々(なな)(おうぎ)さん。実は用があるのは俺じゃないんだ」


「そうなのですね。ではそちらの方が?(とても奇麗な人。小さくてお人形さんみたい)」


 綸の問いかけに頷いた馨。隣に視線を送ったがそこに彼の姿はない。


 夕柊(ゆうひ)はいつの間にか綸の隣に並んでいた。平らにした手を自分の頭上から彼女の頭上へと移す。手のひらと彼女の頭には僅かな隙間。


「俺のほうが大きい。じゃあ俺がお兄ちゃんね」


「え、あ、はい」

 突飛な夕柊の行動に思わず頷いてしまった綸。


「どういう意味だよ」

(自分のほうが低かったら弟になっていたのか? それにどう見てもどんぐりの背比べ)


 馨は掴みどころのない彼にやれやれと肩をすくめて呆れていた。


 手を降ろして綸と視線を合わせた夕柊は淡々と、だが丁寧に述べていく。


「俺と綸は兄妹。生まれたその瞬間から離れ離れになって、15年ぶりの再会。今日俺がここに来たのは、綸をこっちの世界に迎えるため」


「手を貸して」

 と、広げた自分の手のひらの上に手を乗せるよう綸に促した夕柊。


(どうしよう、いいのかな?)

 綸は躊躇いを見せる。


「大丈夫」

 そうは言われても初対面の人間にやすやすと身を預けられないだろう。


 見兼ねた馨が前に出て夕柊の右手に自分の手を重ねた。


「俺も一緒、なら大丈夫?」

(とはいっても、俺も何をするか知らないからちょっと、いやかなり怖いんだけどね)


「……はい。ありがとうございます」


 綸はおずおずと夕柊の手のひらに自分の手を重ねた。


 夕柊は二人の手が乗せられたことを見て一度瞬きをすると、背中から濡羽色(ぬればいろ)の二対の翼を生やした。馨と綸にはその翼は、今はまだ見えていない。


「ではでは、ご堪能あれ」

 そう言って夕柊が翼をはためかせると三人の体が徐々に浮き始める。


「「……え?」」

 突然浮かび上がった体に唖然としている二人をよそに、夕柊は空に飛び立った。彼と手を繋いでいる二人も意志と反して空に向かっていく。


「うわあああ!」

「きゃあ!」

 各々悲鳴を上げる二人。


 あっという間に校舎より高くなった彼ら。夕柊は翼をはためかせ上空で動きを止めた。手を繋いでいる馨と綸の動きも止まる。


 翼のある夕柊は上空に留まれる理由があるとして、翼をもたない二人もまるで重力がないようにふわりと浮かんでいた。


(あやかし)烏天狗(からすてんぐ)』の能力は『重力操作』。俺のいる世界『空蝉』は、これが当たり前の世界」


 上空に留まったまま綸を見て告げる夕柊。


 小さくなった地上の建物を見下ろしていた綸は、隣からの視線を感じて顔を上げた。


「そんな世界はいや?」

 綸の顔を覗き込むように夕柊は上目遣いで聞く。


 酷く震えた綸の手。手を繋いでいる夕柊にも伝わってきていた。だが、夕柊の手もまた微かに震えていた。唯一震えていなかった馨には、夕柊の震えが手のひらを通して伝わっていた。


「……よく、わかりません」

 一瞬の逡巡ののち、綸は小さな声で答えた。その声も微かに震えている。


 綸の返答を聞くと、翼をはためかせ、ゆっくりと地上に向けて降り始めた夕柊。


 裏庭の地面に全員の足が付いたことを見届け、二人と繋いでいた手を離してから翼を仕舞う。


「この先、綸は命を狙われるようになる。俺と血がつながっているという理由だけで」


 一歩引いて二人の様子も見ていた馨。彼にも夕柊の言わんとしていることが伝わっていた。


「たくさんの人間やたくさんの妖が命を奪いに来る。もちろん俺が守る。でも、もし俺がいなくなったら? 他に誰が綸を守れるんだろう。俺の仲間が守ってくれるかもしれないけど、危なくなったときに傍に誰かがいる保証はない。自分を守れるのは自分だけ。だから、一緒にきてほしい」


 騒がしい表の庭と違って静かで陰っている裏庭。静寂がより空気を重くさせていた。


「断られたとしても気絶させてでも連れてこい。それが上からのお願い。だから――」


「ちょ、ちょっと待ってください!」

 夕柊の言葉を遮った綸。


「違うんです。……ずっと待っていました」


 綸の予想外の返答に蚊帳(かや)の外の馨までが呆気に取られる。


「父から聞いていました。『いつか迎えが来たら、その手を取ってほしい』と。いつ来るのかも、誰が来るのかも聞いていませんでしたので、いざその時が訪れて整理する時間を要してしまいました」


 眉を下げ申し訳なさそうに言葉を紡ぐ綸。


「……整理できた?」

「覚悟までできました」


 何も言葉を発しない夕柊を見兼ねて馨が尋ねると、えっへんと言いたげに慎ましやかな胸を張って綸は答えた。その可愛らしさに馨は思わず笑ってしまう。


 笑い合った二人は夕柊へと視線を送った。彼の表情を見た二人の目がゆっくりと開かれる。彼が優しそうに微笑んでいたからだ。


「……あ、ちがう夕くんだ」


「あら、バレちゃったか」

 馨の指摘に笑った夕柊。否、夕。


「どういうことですか?」


「いい? 驚かずに聞いてね。彼の中には二つの魂があってね――」


 事情の知らない綸に説明する馨をよそに、夕柊の脳内に語り掛ける声。


(今回はそういうことにしてあげる)

(ありがとう、夕くん)


 今一度夕柊は空を仰ぎ見た。

 そこには変わらず観音開きの鏡があるのだった。



 裏庭の芝生の上に向かい合って座っている夕柊と綸。


「……なんだか、双子という感じがしませんね」


 と、困り眉で微笑んだ綸に夕柊も頷く。


(まあ、会ったばかりだしね)

 二人の会話を聞いて馨も心の中で同意を示した。


 彼はというと、二人とは少し距離を置いて芝生に座っていた。関係はないがここまで事情を知ってしまった以上気になるというもの。


 二人も馨を追い出すようなことはしないので甘えさせてもらっていた。


(顔は似ていないけど小柄な姿とか雰囲気とか、俺からしたらちゃんと双子なんだけどな)


 二人を微笑んで見る彼はさながら兄のようだ。


「まず体質を変える」

「はい」


 休憩は終わったようで、夕柊の説明に綸が反応を示し講座らしきものは進んでいた。


「綸には既に『(うつわ)』があるから後は取り込むだけね」


「はい、先生。『器』とは何でしょうか」


「『器』というのは『妖力』を取り込める元となるもの。妖力はいわば魔力の和風版のようなもので、妖力を取り込むことができれば妖を見ることが可能になり、さらに『妖術』を使うことができる。妖術は和風版魔法みたいなものね」


「私には既に器があるとのことですが……」


「そう。時々『器』をもって生まれてくる人間がいる。綸もそのひとり。だけど大半の人はもって生まれてこない。むしろ俺たちこそ希少種」


「元から器がないと妖力は取り込めないのですか?」


「実はね、元から器がある人間のDNAを取り込めば後天的に器を持つことができるのよ」


「なるほど。ではどのようにして妖力を取り込むのでしょうか?」


「瞑想。目を瞑って意識を集中させる。するとだんだんと違和感が現れてくる。だけど怖がらないで。大丈夫。こちらが心を開けば、あちらも心を開いてくれるから」


(なんだそれ)

 夕柊のおかしな言い分に馨は笑いながら自分も瞑想を行った。


 ただの成り行きだった。妖力を取り込もうとして行ったわけではない。難しいことでも特別なことでもない、だから少しやってみようと思っただけ。


 だがそれは、意図せず落ちた歯車が僅かな隙間に奇麗にはまった瞬間であった。


「目を開けてごらん」

 夕柊は優しく綸に声をかけた。


 ゆっくりと目を開いた綸。彼女の目が見たそれは、まるで別世界。綸が『空蝉』の世界へ足を踏み入れた瞬間であった。


「ようこそ、こちら側の世界へ」


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


濡羽色とは、濡れた烏の羽のように艶やかな黒色です。

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