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第五話 邂逅

こんばんは。

『暮色 ―ぼしょく―』と申します。




 チャイムが鳴り響く。昼休みの終わりを告げる予鈴だ。


 項垂れた(かおる)

(……サボろ)

 どっときた疲れに馨はサボりを決め込んだ。


「……で、君は誰で、ここには何しに来たの? あと、コロッケパン返して……!」


 思わず心の声も漏れてしまった馨。


 突然現れた着物の少年を馨はとりあえず自分の隣のベンチに座らせ、これ以上コロッケパンが犠牲にならないようにクリームパンを与えていた。


 少年はもらったクリームパンを「おいしい、おいしい」とハムスターのように両頬を膨らませ頬張っている。


「あぁ、俺のクリームパン……」


 自分から差し出したものの未練があるようだ。恨めしそうにクリームパンを見つめている。


 コロッケパンはというと、もうすでに馨の胃の中へいってしまった。ゆっくり食べたかったはずなのに、少年がまた狙っているのではないかという警戒心が脳を渦巻き、無意識に彼の咀嚼と嚥下を速めさせたのだ。


「……。これ、あげる」


 落胆した馨を見てか、少年は着物の胸元からロリポップキャンディーを取り出して馨に差し出した。


「あ、ありがとう」


 躊躇いながらも馨はロリポップキャンディーを受け取った。パッケージを見てみると『コーラ&ソーダ』と書かれてある。初めて見るメーカであったものの、過去の記憶から味のイメージを思い浮かべ口に運んだ。


 想像した通りの味に安堵しつつ、溜まったムシャクシャをぶつけるようにゴリゴリと飴に歯を突き立てる。


 そんな彼に少年は若干引きつつ、クリームパンの最後のひと口を両手で口に突っ込んだ。


 嚥下後、少年は自らを名乗った。さらに自分を指さしもう一人の存在も紹介する。


「俺は『夕柊(ゆうひ)』で、こいつが『(ゆう)』くん」

「……ん?」


 棒についた最後の飴の塊をゴリッと嚙みながら首を傾げた馨。こんな自己紹介、戸惑うのも無理ない。

察した夕柊は自分の状況を軽く説明した。


「俺は半分が人間、半分が(あやかし)なの。ある日なんやかんやで魂が欠けちゃってね。そうなると死んだも同然。だから補うために妖の魂が入れられた。そんなわけで俺の中にはもう一人いる。それが妖『烏天狗(からすてんぐ)』の夕くん」


「へぇ。いわゆる『半妖(はんよう)』ってやつ?」


「それは人間と妖のこどもでしょ? あれはフィクションだよ。元来(がんらい)人間と妖は交わることができない存在同士だから」


「あ、そうなんだ」


「うん。俺みたいなのはこっちの世界では『半魂(はんこん)』って呼ばれている。半分ずつの魂ってことでね」


(要するに生まれつき半分が妖?ってわけじゃなく、後天的に半分が妖になったってことか)


 そう思考しながら、咥えていた寂しくなった棒を口から取りコロッケパンの袋にいれる。その袋をクシャっと手で丸め馨は口を開いた。


「なるほど、なんとなくは理解した。じゃあ今、夕くんと話すこともできるの?」


「できるよ。どっちか判別つかないかもしれないけど」


 と、答えた夕柊は一瞬の沈黙の(のち)、ゆっくりと瞬きをした。目が開かれた瞬間、キュルリとひとまわりするように光ったブロンドの瞳。


「はじめまして。ご紹介に預かりました『夕』です」


「あ、はじめまして」


 抑揚のついた声、表情の乏しい夕柊からは想像もできない柔らかな笑み。同じ顔から同じ声が出ているというのに全くの別人に感じさせた。


(……なにが「判別つかないかもしれないけど」だ。全然違うじゃないか)


「本人はああ言うんだけどね、全然違うでしょう?」


 夕の問いかけに馨は首を数度縦に振った。そんな馨に微笑む夕。表情と声の大切さが改めて身に染みた馨だった。


 再び瞬きした夕柊は、手元にあるクリームパンの袋をいじりながら言う。


「ここに来たのはある人を迎えに来たため。……あ、今俺ね」


「うん、大丈夫。よーくわかるから」


 馨の返しに首をこてんと傾げた夕柊。少しばかりの可愛らしさを感じさせた。


 クリームパンの袋を自分に渡すよう手で促しながら、馨はこどもに尋ねるように言葉をかける。


「それはお兄ちゃんか、お姉ちゃん?」


 受け取った袋に丸めたコロッケパンの袋を入れて一つにまとめると、とりあえず足の上に置き、長身の彼は小柄な夕柊に目線を合わせようと首を前に傾けた。無意識な所作。


「ううん。生き別れになった同じ歳の妹」


「同じ歳って、君俺と同じかそれ以上なの?」


「うん、同じ15」


「この学校にねぇ……」

 口に手を当て馨は考え込み、何度も彼の全身を見ては頭を悩ませた。身長もあるが、夕柊の顔は日本人らしくなかったのだ。


(彼に見合うような双子がここにいるか? 昔はよくいたと授業で習ったいわゆる『ハーフ顔』に近い気もするけれど、それとも違う気がする。というか、ハーフ顔は昨今見られない。なにしろ鎖国されてから約二百年。海外の血は薄れているのだから)


 じろじろ見られては夕柊もいい気はしない。わずかに眉間に皺が寄っていた。だが、馨の思考はまだ終わらなかった。


(動かなければ精巧な人形だと見紛うほどに奇麗な顔。……そうか、彼の顔は人間離れしているんだ。金色の髪と左右で色の違う目(しか)り。ということは……)


「……見え張り?」

「ちがう」


 長い思考の末に出された答えに夕柊はあからさまにふてくされた声を漏らす。小さな口が微かにとがっている。


「ごめんって。じゃあその子の名前は? 俺の知っている人だったら案内できるかもよ?」


 彼を宥めるように優しく聞く馨。

 警戒する小動物のように目線を合わせてきた夕柊に馨の目尻は下がる。


「……『(いと)』。俺の妹は『七々(なな)(おうぎ) 綸』」


「え? 七々扇さんだったの?」


「だから案内してよ、馨」


 ベンチから飛び跳ねるように立ち上がった夕柊。目が合うとわずかに上がった口角。本当に奇麗な顔だ、と馨は思った。


 自分も立ち上がり、息を吐き出した馨は「こっち」と案内するべく歩みを進める。


 最中、ふと浮かんだ疑問。

(……あれ? そういえば俺、名乗ったっけ?)



 「……やっぱりいやだ」

「こどもか!」


 自分から案内して、と言った夕柊だったが突然渋りだし、馨のブレザーの裾を後ろから引っ張り彼の動きを封じようとしていた。


「はいはい、わかったから。とりあえずごみ捨ててくるから離して」


 手に持っていた丸めたパンの袋を掲げて、馨は夕柊に視線を合わせるように屈んだ。素直に手を離した夕柊。馨は苦笑いを浮かべつつごみ箱のある昇降口に向かっていく。


 一人残された夕柊は空を仰いだ。彼の顔になにかの影が落ちる。

 視線の先、空には観音開きの大きな鏡があった。その鏡は何かを映しているわけではなく、闇を孕んでいるように黒い。開かれた扉の先は、地上を眺めるように彼らを見下ろす。


「……ごめんね」

 と、唐突に夕柊は独り言ちた。


「どうしたの?」

 戻ってきた馨が空を見上げる夕柊に声をかける。流れるように馨も空に視線を移したが、彼の瞳にはあの大きな鏡は映らない。


 空に視線を向けたまま夕柊はそっと口を開く。


「俺には空を覆い隠す大きなものが見える、って言ったら信じる?」


「……まあ信じはしないよね。会ったばかりでまだ君のことよく知らないし」


 馨を一瞥した夕柊は小さく深呼吸をして語り出した。


「この世界には二つの世界がある。今馨がいる世界『現世(うつしよ)』、そして俺がいる世界『空蝉(うつせみ)』。住んでいる世界は同じでも、見ている世界は違う。俺の目には、空には観音開きの大きな鏡、校舎には黒い(もや)、そこには動物じゃない生き物『妖』が見える」


 馨は夕柊が「そこ」と指さす方向へ視線を向けるが、なにも見つけることはできなかった。


「俺は今日、『現世』に住む妹を迎えに来た。……こっちの世界にきてもらうために」


 その言葉に呼応するように強く吹いた風。彼の顔に柔らかなブロンドの髪がかかる。


 反して、前髪が風に靡き露になった馨の左目。彼の目には、夕柊の髪の隙間から覗いた淡い茶色の瞳が愁いを帯びているように映った。


 風が収まり流れる沈黙。

 口火を切ったのは馨だった。


「……それはどんな世界?」

 優しく、思いやりに満ちた声。


 作り物のように表情を動かさず夕柊は答えた。

「……知らない方がいい世界」


 その瞬間の夕柊は、体に見合わない大きな着物を着た自由気ままな少年ではなく、様々な辛苦を経験してきた故の年齢に見合わない大人びた雰囲気を纏わせていた。


――キーン、コーン、カーン、コーン


 止まりかけた空間を引き裂くように鳴るチャイム。五時間目の授業が終わりを迎えた。


「今日は逃げちゃう? 俺はそれでもいいと思うよ」

「ううん。迎えに行く」

「わかった」


 夕柊の決意を後押しするように微笑んだ馨は、校舎へと彼を案内するように歩き出した。


「……ちょっと待って!」

 つと足を止めた馨。


「このまま校舎入ったらまずいと思う」


「なんで?」

 馨より数歩進んで足を止めた夕柊が問う。


 言葉より動作で示した馨。夕柊を真っ直ぐに指さした。彼の動作を真似するように自分を指さした夕柊は首をこてんと傾げる。


「ひょっとしなくとも俺まずい?」


「まずい」

 即答する馨。


 問題は夕柊の容姿。着物にブロンドの髪、端正な顔立ち、何を置いても注目は待ったなしだ。目立ちたくない馨にとって最も()むべき存在となりうる夕柊。馨の目には彼が爛々(らんらん)と輝いているように見えたのだった。


 むべなるかな。二人は放課後になるまで待つことに。


 幸いして馨が綸の連絡先を知っていたので、放課後に裏庭に来てほしい旨のメッセージを送り、二人は再び裏庭に戻った。


「ねぇ、コロッケパン食べたい」

「もうないよ」

「じゃあ買ってきて」

「いやだ」

「じゃあ作って」

「いやだよ」

「ケチ」

「いいです、それで」


 身長差も相まってまるで兄弟のようだった。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。



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