74,三日目:Cチーム『どうして……』
「こっちよー」
鐘に案内され食堂に付くと、その一角で美弥が手を振り合図を送っていた。
案内してくれた鐘に頭を下げて彼女の元に行くと、遠くからではよく見えていなかったが美弥の背後には新人ナース萌菜の姿。
美弥の隣の席は空いている。だが、萌菜は美弥の首に後ろから手を回して抱きついていた。まるで人見知りしているこどものようだ。
「ごめんね、最近この子こうなのよ」
苦笑いを浮かべた美弥は、自身の胸元にある彼女の手に優しく触れる。
「だって、ひと時も離れたくない」
萌菜は美弥の肩に顔をうずめながら零した。
「とりあえず好きなものを頼んでおいで。お金は神様もちだから問題なし!」
サムズアップする美弥に笑顔で頷き、市露を先頭に一行は受け取り口へと向かっていった。
一方、天空の城『神宮城』では――
「へっくしゅっ」
神様『御影』の盛大なくしゃみが神室に鳴り響いた。
ソファーで四尾を揺らしくつろいでいる白い毛並みの狐・天狐『天戯』は、「おだいじにー」と告げると、あくびをしてそのまま眠りにつく。
食べ終わり歓談をしていた折、
「ちょっと失礼」
と、美弥はやおら立ち上がった。
食堂に残された萌菜、馨、市露、丈、綴。気まずい雰囲気が流れに流れていた。
これはなにか話をした方が良いよね、そうだよね、と考えている馨だが、話題が一向に浮かんでこない。
「萌菜さんは、美弥さんのお弟子さん?」
口火を切ったのは市露。馨は胸を撫で下ろした。
「別にそういうのじゃない」
彼女が言いきったことにより話は終わってしまった。一度消えたかと思った気まずい空気が頼んでもいないのに踵を返してくる。
「……恋人?」
ここでアクセル全開に突進してしまうのが綴。隣の馨は打って変わってハラハラ。
「そういうのでもない。ただ……」
言葉を濁した萌菜。おもむろに美弥が歩いて行った先へ視線を向ける。
「ただ、今だけだもの」
「それってど――」
意味を測りかねた馨が問いかけた最中、病院内がざわついた。
正面から椅子を引きずる音が聞こえ視線を送った馨だったが、萌菜の姿はない。彼女は一目散に駆け出していた。
「急患、とか? とりあえず行ってみよう」
ただ事ではない、と直感が全員に働いたため一行は萌菜を追いかけるように走り出す。
「……よさん! 美弥さん!」
知人の名前が叫ばれ、沸々と湧き上がってくる名状しがたい嫌悪感。
野次馬か人が集う外れに彼女はいた。萌菜の目は見開かれ、歯がぶつかり合い、息は肩でしている。
“絶望”。絵に描いたような絶望滲む顔だ。
「……いやだよ、美弥さん……」
瞬きすらも忘れ萌菜は人をかき分けて中心部へと入っていく。
「ちょい開けろ!」
騒ぎを聞きつけたか、誰かが教えたか、千輝がやってきた。後ろには鐘の姿もある。彼らの顔もまた焦燥感に塗れていた。
千輝を通すように開かれた人混みの先で、初羽の子らは見てしまった。肌を掻きむしり、声を押し殺してもがき苦しむ美弥の姿を。
「……なんや、あれ」
零れた市露の声はひどく震えている。
「……いずれ訪れてしまうもの。あなた方も知っておく必要がある。こちらへ来なさい」
鐘は再び閉じかけた人混みを縫うように中心部に向かった。彼の後をついていく初羽の子らの足取りは重い。
(いずれ訪れてしまうもの、ってなに? 知っておく必要がある、ってなに?)
馨は今すぐに耳と目を塞いでこの場から逃げ出してしまいたかった。知っては、もう戻れない。本能が、理性が告げている。
「いやだ! まだ行かないで!!」
悲痛な叫び声を上げ美弥にすがりつこうとする萌菜の体を抱きしめ押さえている千輝。彼の顔からは諦めに似た絶望感が見て取れた。
「いやっ――」
言葉を止めた萌菜。
苦しそうにもがいていた美弥の動きが止まったからだ。
「……美弥、さん?」
彼女の瞳に灯ったわずかな期待。
美弥は一つ一つの関節の動きを確かめながら立ち上がっていく。不気味な動きを周囲は固唾を飲んで見守っていた。
目を開いた美弥。元の目の動きに合わせるように体中の目が一斉に動き、自身と最も近くにいる萌菜へと視線を送った。
「……みよ――」
「そなたは誰じゃ?」
萌菜の言葉を遮って美弥が声を発する。だが、その声は美弥のものであっても美弥ではなかった。
「……あぁ、あはは」
くゆりと絶望が燻った瞳で、萌菜は笑った。行き場を失った笑い声は、聞いている周囲をも巻き込んで沈んでいく。
「もう、もう美弥さんじゃないんだ……」
ひとしきり笑った萌菜は声を上げて泣き始めた。美弥だったものは、「おやおや」と彼女の体を抱きしめる。萌菜は抱き返すことはしない。自分を抱きしめているその者が、自分の知っている人ではないと分かっているから。
「……どういう、こと?」
状況がつかめず視線を彷徨わせる馨の肩に手を置いた千輝は、動揺を隠せずにいる彼らを今は使われていない診察室へと通した。
重苦しい空気を少しく飛ばすように息を吐き出した千輝は語る。
「美弥は半魂だ。元は人間の魂だったがあるきっかけで欠け、修復のために妖の魂を体に入れられた。二つの魂が混じり合った生物、それが半魂だ。人間ではない、人ならざるもの」
夕柊や吟丸から聞いた説明と同じだ。
「なら、欠けた魂はどうなると思う?」
誰も答えないことを見て、フッと千輝は笑う。顰められた眉は、ただ彼が笑いたくて笑ったのではないと告げていた。
「欠けた魂はもう元に戻らない。ヒビ入った茶碗は時間が経つごとにヒビが大きくなり、最終的には割れてしまうように、……魂は消滅に向かっていくんだよ」
(……ああ、いやだ。聞きたくない)
だが、千輝は続ける。聞きたくないと思っている初羽を察していながらも、彼は自分が告げることを選択した。
「美弥さんの魂は消滅した。彼女の体であっても、あれは彼女ではない。妖の百々目鬼の魂が入った、ただの入れ物だ。あれに美弥さんの記憶はない。たとえ十年一緒に過ごしていたとしても、美弥の魂が消えた時点で共有していた記憶はすべて消し去られる」
馨の瞳から涙が零れた。美弥を思ってではない。
「お前らは不思議に思わないか? 妖には知能がないのに、どうして神使は知能があるのか」
一つ動き出した歯車は必然的に隣の歯車を動かしていく。
「……神使はみんな、元半魂だ」
荒い息遣いで耳を塞ごうとする馨の手を止める市露。
「聞かなあかん。……逃げたらあかんのや」
「そして、半魂は――『神隠し』の被害者だ」
――ガチャッ
タイミングよく開いた扉。その先には、夕柊と彼の親代わり吟丸がいた。
「……ゆうひ」
馨に名を呼ばれ、夕柊は視線を向ける。
初めて出会った日の彼を思い浮かべた馨。左右で色の違った瞳は今や同じ色。 吟丸の屋敷で見た烏天狗は皆ブロンドの髪にブロンドの瞳をしていた。
馨は気づいてしまう。
(……夕柊の容姿は段々と妖に近づいていっているのか)
その事実は、たまらなく馨の胸を締め付けた。
「……君もいつか、消えてしまうの?」
「うん、いつかね」
「だから、今日も自由気ままにお気楽で生きたいの」
夕柊は目を細め、穏やかに微笑む。
芽吹きプロジェクト 篇 ――完――
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
第四章『芽吹きプロジェクト』篇 完




