73,三日目:Cチーム『百の目は見ている』
三日目
Cチーム:馨・丈・市露・綴 → 岐神病院
「うっし、今日も頑張りますか」
後ろを刈り上げたマンバンヘアに、片側から垂れた長い前髪はウェーブしている。尖った耳にはリングピアス、笑顔を見せた口からは八重歯が覗いた。そして、右頬に刻まれたハート型の傷。
ここ妖専門の病院・岐神病院の院長である『鶯生 千輝』は腕を上に伸ばして白衣を纏った。
「千輝先生、本日は――」
彼に近づいていく一人のナース。新人の『毬胡川 萌菜』だ。彼女の後ろには、ナース服の下にハイネックの長袖、黒タイツ姿のベテランナース『荒川 美弥』。
美弥は半魂である。妖の魂は『百々目鬼』。故に体中に目が付いているのだ。それを隠すためにも肌を覆っている。人間の患者には見えないため始めは隠さずにいたのだが、同僚から「監視されていそうで怖い」と苦情が入ったため隠すようになった。半魂になってからかれこれ十年が経とうとしている。
「急患です!」
病院のロビーの壁についている無数の扉のひとつが開き患者が運ばれてきた。
「はいよー」
ウェーブした長い前髪をかきあげた千輝は答え、処置室へ向かっていく。
この三日間、初羽の案内係を任されている、長身に眼鏡の人畜無害そうなベテラン医師『浅桜 鐘』は振り返り初羽に告げた。
「……ちょうど患者が来たみたいですね。初羽のみなさん。またモニターで処置室の見学をいたしましょう。今回は、昨日までご覧になられた朽篭の患者ではなく、一般の患者です」
「「一般?」」
首を傾げる市露と綴。
鐘は処置室へと歩みを進めつつ説明を行う。
「ええ。妖力を器以上に取り込んでしまい、体内に溢れてしまった現世人のことです。そうなってしまうと、拒絶反応、つまりアナフィラキシーショックを引き起こします。命に関わる重大な症状です」
(命に関わる重大な症状……)
思い当たることがあり鐘に問いかけた馨。
「あの、浅桜先生。それが原因で亡くなった方はいますか?」
「ええ、残念ながら。こちらの病院ではなく現世の病院に運ばれた場合、処置が間に合わず……いえ、処置の仕方がわからずと言った方が良いですね。手遅れで命を落とすという事例は何件も報告されています」
鐘の眼鏡の奥の瞳が陰る。
器のない、そして器があっても妖力を取り込んでいない現世人には見ることのできない『妖力』が関係してしまうもの。表には公表できない症例及び処置であることは、言を俟たない。
馨の脳内に勇成の声が響いた。
(その③ 『死因のない死体』
外傷無し、原因無しの死体が見つかることがある。どれほど腕の優れた解剖医が解剖しても体内に異常はなく、誰も死因を特定することができないのだ)
日本七不思議のひとつだ。
(そうか。妖力が原因だったのか)
七不思議のうち六つのからくりが判明し、そのすべてが裏の世界『空蝉』と深くかかわっているのだった。
処置室の前で他の医師から事情を聴いている千輝。
「……患者は14歳、男子学生。公園で蹲っている所を神来が発見、連絡という流れです」
「なるほどな。早期発見、しかも神来で良かった」
「みなさんは昨日同様、そちらのモニター室で見学を」
鐘は告げると初羽の子らに一礼し、手術室の千輝らと合流した。
モニターに映る、千輝、鐘、他三名の医師。
モニターを食い入るように見ていた馨の肩に後ろから手が置かれた。突然の感触に椅子から尻が浮き上がるほど驚きを見せた彼に、手を置いた者――美弥は笑う。
「み、美弥さんでしたか……」
跳びはねた影響でずれた眼鏡を治しつつ、美弥を見やる馨。
「驚かせちゃった? ごめんね」
軽く謝る彼女の頬に付いた目玉がぎょろりと馨と視線を負わせ、馨は思わず目を逸らしそうになる。
「ごめんねぇ、この子たちを制御できなくなっちゃっててね」
笑いながら述べた美弥は丈の隣の開いている椅子に腰を下ろす。
彼女は明るく常に笑顔で若々しく見えるが、49歳ということもあり落ち着きと品をも兼ね備えていた。
頬杖をつきながらモニターを見る美弥。まるで我が子を見る親のような眼差しだ。
「……立派になったね、千輝ちゃん」
本人に語りかけるような口調に市露は尋ねた。
「あれですか? 千輝さんのこと赤子の頃から知ってるーいう」
「そうねぇ。私は先代――千輝ちゃんのパパが院長をしていた時からここに努めていたから。ちなみに千輝ちゃんを取り上げたのは私なのよ。こっちに来る前は現世で助産師をやっていたからね」
頬杖をついたまま口を横に広げて笑う美弥。
「『あらかわ』って、一族におらん名字ですもんね」
市露の言葉に丈も頷き共感を示した。
「あっちもあっちでつらいことがたくさんあったけど、こっちもこっちでなかなかしんどいのよねぇ」
愁いを帯びる美弥の瞳を見て、馨はいてもたってもいられなくなり思い切って尋ねる。
「……元の世界に、現世に帰りたいって思いますか?」
聞いてから湧き上がる後悔。
(うっわ、なに聞いてんだ俺。これは怒られても仕方ない)
「……え? 思わないよ?」
だが、返ってきたのはあっけらかんとした返答だった。
「思わない。逆に来て良かった、って思う。だから今のうちにたくさん見ておかないとね。あの子、もう私を処置室に入れてくれないから」
そう零した美弥は少し寂しそうだ。
「なにか要因があるんですか?」
静かに話を聞いていた綴が口を開く。
「こんな状態になってしまったからよ」
美弥は左袖を捲り上げた。腕を這うように移動する無数の目。
「この子たちは目だからね。処置と相性が悪いの」
モニターへ視線を動かした美弥に倣って馨らもモニターを見る。
処置室では、創式妖術で創り出したモノクル『天眼鏡』をつけた千輝の指示のもと、迅速に処置が行われていた。
「……うん、心臓に妖力は入ってないな。このままライト当てるぞー」
「ライト準備出来ています」
「麻酔入りました」
「照射準備。はい、離れて。……照射!」
――バチンッ、バチンッ
ライトをあてられた患者の体が大きく跳ねる。その体は思わず口を覆ってしまうほどにひどく焼け焦げていた。
「『加密列之箱庭』」
だが、心配もどこ吹く風。
千輝による治癒の妖術で患者の体は奇麗に戻っている。
片手で刀印を結び、器を破壊する詠唱を唱えた千輝によって少年の器は壊された。
「はい、処置完了、と」
「……バイタル正常です」
「病室へ運びます」
「頼む」
物の数分で処置は終了し、患者は一命をとりとめた。
「それでは、診察室でどのような事が行われているか見に行きましょうか」
慣れた手つきで閉鎖領域を張った鐘のもと、一行は千輝のいる診察室へと向かっていった。
「この患者は?」
「先程の患者と同様です。器以上に妖力を取り込んでしまった患者です」
千輝は正面に座る少年の胸に聴診器をあてながら朗らかに問診していく。
「体の具合は大丈夫か?」
「う、うん」
「それは良かった」
八重歯を覗かせ笑った千輝に、少年の体から力が抜けていった。いかつい見た目をしているだけに警戒心を持たれやすいのだ。おまけに中和してくれる頬のハートの傷は、現世人には見えていない。
「ここ、診察室では心の状態を見ます。鶯生一族が経営するこの病院は元々心療内科。ですので、むしろこちらの方が本業なのです」
「ああ、せやねんね。鶯生一族の能力的にも」
鶯生一族の契約神使は『天邪鬼』能力は『読心』だ。
「はい。妖力が取り込めてしまうということは、心の状態が悪いということですから」
「どういうことですか?」
首を傾げて問う馨。
「器があっても、普通の人生、幸せな人生を送っている人は妖力を取り込めないのです。嫌悪感を体が許しませんからね。近づくことさえできません」
「……裏を返せば、その嫌悪感を体が受け入れられる人は妖力が取り込めます。つまり、他の要因で嫌悪感を受け入れているから拒否を起こさない、ということです」
何も言葉が返せない馨。
「……ほんまそうやねんなぁ。やから、幼少期にある程度のつらい経験をさせる一族も少なくない。多くの者が神恵子になれるようにな。数多の神恵子を輩出している優秀な一族こそ闇が深いって、これ一族じゃ有名な話なんやで」
閉鎖領域内の会話は、領域外にいる者には聞こえていない。姿も見えていないため、患者の少年には千輝だけしか見えていないのだ。
「名前と年齢言えるか?」
「田村 徹、10歳」
「うんうん。徹は何が好きなんだ?」
「え、えっと……」
「当ててやろうか」
「え?」
診察室のベッドに横になり大きなあくびをしていた天邪鬼がむくりと体を起き上がらせ、千輝の背中に入っていく。憑依だ。
八重歯はやや伸びて牙のようになり、右瞳には『邪』の文字が刻印された。当然ながら患者の少年にはその変化は感じ取れていない。
「ふむふむ、読書か」
「な、なんで……」
「先生は魔法使いなんだ。他にもわかるぞ」
診察室には少年の明るい笑い声が充満する。
「……先生、ありがとう」
「おう!」
患者が出て行くと同時に、彼の背中から天邪鬼が出てくる。憑依が解けたのだ。
「……ふぅ」
「お疲れ様です」
息を吐き出した千輝に閉鎖領域を解除した鐘が声をかける。
「ええ。何か飲み物を用意しますね」
「いや、いいよ。そうだ、こいつを紹介しようか」
千輝は、憑依を解いた後またのそりと診察室のベッドに横になりあくびをしている天邪鬼へと視線を送った。
「俺の神使・天邪鬼の『千隼』だ」
尖った耳に鋭い牙、両瞳に『邪』の文字が刻印された大柄な男、妖『天邪鬼』は興味なさげに自分の腕を枕にして眠りに入る。
「……なんというか、自由ですね」
「でもかっこええ」
苦笑いの馨に、天邪鬼の立派な体を見て呟く市露に、
「だべ?」
と、腰に手を当てた千輝は笑顔を浮かべた。
「あ、もうこんな時間ですか。お昼を食べに行きましょう。美弥さんと萌菜が待っていますよ」
手を振って送り出してくれた千輝に一礼し、鐘の案内のもと初羽は二人の待つ食堂へと足を運んだのだった。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
三日目に入りました。
ご察しの通り、夕柊は前二日の脱走からより厳重な監視態勢のもと学園(主に吟丸)に保護もとい拘束されております。




