72,二日目:Bチーム『追想の手のひらを求めて』
「夕柊くん、この異常事態なに?」
地面に降り立った夕柊の元に歩み寄りながら尋ねるトト。
「おそらくだけど、昨日俺がちょっと挑発しちゃったからその腹いせかな?」
「……なにしてんだよ」
トトは怪訝な表情を浮かべてため息をついた。夕柊はどこに行っても夕柊だと言わんばかりに。
昨日の夕柊が行ったこと、それはエンブレムの奪取だ。神使・コロポックルの能力を使って敵を手玉に取ったという経緯がある。
自らを危険に晒して行ったということもあり、吟丸に説教及び監視されていたのだが、再びコロポックルの能力『誤想』を使って逃れ、Bチームに合流するべく馳せ参じた。
が、着いてみればこの有様。迅速に状況判断を行い妖の危機を脱することはできたのだが、神隠しが起こってしまった事実はもう覆せない。
トトに背を向けた夕柊は唇に歯を突き立てた。
「恒心の様子を見てくる」
「私も行きます!」
乃々子が治癒を施している恒心の元まで駆けていく綸とトト。
規制された交差点の中央に一人残された夕柊に夕が声をかける。
(君のせいじゃないよ)
包み込むような優しい声。だが、夕柊は素直に受け取ることはできなかった。
(……しゃきっとせぇ!)
彼らしくない強めな語気に夕柊の肩が揺れる。
(いい? 君が今やることは後悔じゃない。探すんだ。まだ近くにいるはず。俺が嗅ぎとることのできない奴の魂を、君が探すんだ)
(そんなの、でき――)
(できないなんて言わせないから)
(……このスパルタ)
大きく息を吸った夕柊は片膝を付き、アスファルトに両手を当てた。
「『玉響』」
精神干渉の能力を地脈に流し、地脈に触れている、要は一定距離内にいる者から一斉に情報を引き出すという無謀な方法。
流れてくる情報に脳が破裂しそうだ。夕柊の左鼻から垂れた血が地面に染みていく。
「……み、みつけたっ」
鼻血を拭うこともせず背から二対の翼を出した夕柊は飛んだ。ただ一点、一人を目指して。
彼が触れていたアスファルトには手形が残るほどの血が付着していた。彼の手もひどくただれていることだろう。皮膚が割け、血が流れ、赤く腫れる、皮が剥ける。精神干渉の能力を使った際の代償だ。
空間に手を伸ばした夕柊。最中、彼の右腕の肘から下が消えた。否、見えなくなったのだ。閉鎖領域によって。
伸ばされた夕柊の手は柔らかな、人間と相違ない腕を掴んでいた。
解かれた閉鎖領域の中から現れた者を見て開かれた夕柊のブロンドの目。
「……見つかっちゃったね」
その者は微笑む。夕柊に向けられた慈愛に満ちた瞳、柔らかな声、神隠しをしているとは思えないほど纏う雰囲気から優しさが滲み出ていた。
だが、夕柊の握った彼の者の手首は死人のように冷たい。人ならざるものである何よりの証拠だ。
「でも、僕じゃない」
自身の手首を握っている夕柊の手を優しく解き、腰を屈めた彼は夕柊と視線を合わせる。
「直接手を下しているのは僕じゃないんだ。でも、僕も関わっている」
夕柊の痛ましい手を包み込むように握った彼は、泣きそうでいて嬉しそうでもある複数の感情が入り混じった微笑みを夕柊に向けた。
「……大丈夫、君ならできるよ」
その者はそう言うと、その場からろうそくの灯が自ずから消えるように、ふわりと姿を消した。
握られていた両手のひらに目を向ける夕柊。先刻まであんなにも痛ましかった手のひらは、面影を感じられないほどに奇麗に治っていた。鼻血も止まっている。
(……あれは、何者なんだ?)
(……わからない。けど、知っている気がする)
夕柊の瞳からひとりでに零れる涙。夕柊自身が泣こうとしたわけではない。ただ無性に、あの冷たい手のひらを求めて涙が零れ落ちていた。拭っても、拭っても涙は止まらずに流れた。
「……夕くん。俺はあの人に助けられたの?」
(そうなのかもしれないね。でも、味方かどうかはわからない)
そうだ。自身で口にしていた。「神隠しにかかわっている」と。直接ではないにしろ、関係者である以上敵対関係にあるのだ。
その日の職場見学は早めに切り上げられ、そして各チーム最終日を迎えた。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。




