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68,一日目:Aチーム『奇策』


「「……は?」」

 夕柊は胸元に手を入れると、先ほどと瓜二つなエンブレムを手のひらに乗せた。手のひらのただれた跡はいつの間にか治っている。


「え、じゃあこっちが本物で……」

 戸惑いがちに呟いた來に鼻を鳴らした夕柊。


「俺の中には最強の相棒がいますからね。匂いで敵さんがくることなんて、ちょちょいのちょいで察知しちゃうんだから」


()()匂い、ね。そこ重要だから)

 相棒――夕柊の中にあるもう一つの魂・烏天狗の『夕』は脳内からすかさず突っ込む。以前夕柊に犬扱いされたことを根に持っているようだ。


「……おい、まさかやられたフリをしていたとか言わないだろうな?」

 玄葉の威圧的な声と視線に肩を震わせた夕柊。


「……だって、追い詰められた状態で渡された物だったら偽物なんて疑いはしないじゃんか」


 今にも夕柊の頭に拳骨を落としそうな彼を「どうどう」と羽交い締めしながら宥める槐は、話題を逸らすように夕柊に尋ねる。


「にしても、よくそんなこと思いついたな」


「先生に言われていたからね。相手の何かを握った時には戻ってくることを想定しなさい、って。物だったら取り返しに、秘密だったら命を奪いに」


 エンブレムを玄葉に投げ渡しながら告げた夕柊の瞳は、太陽と夕焼けの狭間のひと時の光を帯びていた。

 玄葉はエンブレムを受け取り、目の前の少年の淡い茶色からブロンドへと変わってしまった左目を見つめる。


「……敵さんに渡しはったエンブレム、本物に見えたのに、小石やったんや」

 澪の小さな呟きに來は同意を示すように頷いた。


 だが、少しく先を行っていた陸斗。

(……俺、この状況知ってるわ。数日前に味わったこととまったく一緒じゃねぇか)


 唾を飲み込んだのち、陸斗は口を開いた。

「……コロポックルの、能力」


 その一言は初羽の子らが理解するには充分であった。


 夕柊の胸元から上半身を覗かせると「えっへん」といいたげに胸を張る、蕗の葉帽をかぶった小さな生き物。夕柊の神使・コロポックルの『ちま』だ。


『コロポックル』

【誤想:口に出した事を思い込ませる】


「うちのちまはすごいのよ」

 夕柊の頭に珍しく優しく手を置いた玄葉。


「……よくやった」

 ぶっきらぼうではあるが、彼の送る精一杯の賛辞だ。


「クソっ!!」

――ゴンッ

 突然叫ぶように吐き捨てた陸斗は床に右の拳を打ち付けた。


「ごめん、夕柊くん。何も出来なかった。恐くて足がすくんじまって、動けなかった」


 拳を打ち付けた状態で頭を下げた陸斗に倣って、立ったまま頭を下げた面々。


「俺も同じです」

「ぼ、僕も」

「たきも」


 陸斗らはいかに自分らが気を抜いていたのかを理解したのだ。目の前でたとえフリだったとしても、命が奪われる寸前であった夕柊を見てなお動けなかった。そんな自分らの未熟さを痛感したのだ。


 夕柊の頭から手を下した玄葉は、片膝をついて項垂れている陸斗の前にしゃがむと、震えている肩に手を置いた。


「それがわかっただけで十分だ」


 重くなった空気を払拭するために笑顔を見せた槐も続く。

「そうそう。何度も何度も失敗して後悔して、それでも前を向いて踏ん張る。一歩一歩地道にな」


「帰るぞ。槐、俺はこれを届けてくるからこいつらを頼むな」

「あ、それは必要ねぇかも」


 下ろされていた前髪をガバッと上げた槐。露になった額には目が付いていた。

「共有、しておりましたのでね」


――バサッ

 夕柊はふと空を見上げる。微かに風を切るような音が聞こえたからだ。


(そういえば、雨やんでいるね)

 脳内に響く夕の声。


(うん。人工的な虹じゃなくて、本物の虹だ)

(ああ、そんなこともあったね)

 夕柊と夕、二人だけが共有している記憶。


 結界を張って戦っている最中、雨はすでに止んでいたのだった。


――バサッ

 瑠璃の宝石を瞳に持つ白く大きな梟が翼をはためかせて屋上に降り立つ。背には男性が一人乗っていたようだ。


 背から降りた男性は結わえられている黒い髪と、首に巻かれた柊の実のように赤い組紐を靡かせて、迷いなくこちらへ――夕柊へ歩んでいく。


「あ、いやだ、待って先生……」


 抵抗を見せた夕柊だったが、問答無用で顔を掴まれると

――ゴンッ

 頭突きを落とされたのだった。


 痛みに額を押さえて蹲る夕柊。


 彼を睨みつけた吟丸は一転して、玄葉と槐に頭を下げた。

「うちの子がすまないね。あとでよく言い聞かせておくよ」


「でも俺――」

 夕柊が何かを言う前に飛ばされた鋭い視線。口を噤まざるを得ない。


「ま、まあまあ。夕柊のおかげで進展しそうですし」

「よくやってくれました」

 吟丸の勢いに若干面を食らった二人だったが、我に返ると憐れみからか夕柊を褒める。


(((……吟丸先生を怒らせないようにしないと……)))

 初羽に共通認識ができたのでした。



「ああっ!! やられたっ! これ偽物じゃない!!」

「あーあ、ちゃんと確認しなかったから」


「傍観していただけのアンタに言われたくないわよ」

「傍観なんてひっどーい。頑張って結界張ってたのになぁ」


「もう一度行ってくるわ」

「やめときなよ。意味ないって」

「アタシがやられるっていうの?」


「もうあっちの組織のトップに渡ってるって言ってんの。……はぁ、これだから『神使』は……」


「……もう『神使』じゃないわ。神の使いはやめたんだから」

「人間の成り損ないなのは変わんないじゃん」


 男の手に握られているただの小石は込められた力により崩れ、塵となった。



「……これが、家……」

 零した來の口はあんぐりと開けられていた。目の前には歴史の教科書で見るような立派なお屋敷が聳え立っていたのだから。


「え? 家ってこんなもんじゃない?」

 陸斗は心底不思議そうに首を傾げる。隣で澪も。そして夕柊も。


(……あ、一族って富裕層か……)

 生まれた時から裏の世界『空蝉』にいる一族の子らの感覚は、数年前まで現世で過ごしていた來とズレが生じるようだ。


「槐様。晩御飯の準備が整いました」

 屋敷から出てきた所作の美しい初老の女性は、槐に深く頭を下げる。


「おっ、サンキューばあや。今行くな」

 屋敷の表札は『大尾(おおたお)』。

 一族でない元現世人は出世するとこのように屋敷を与えられる。本来玄葉にも与えられる予定だったのだが、「いらない」と突っぱねたことにより大尾の屋敷に居候している状態だ。


「おぉ、うまそー!」

 湯気立つお膳料理に陸斗の目が輝く。焚もそわそわと体を揺らして「召し上がれ」の合図を今か今かと待っていた。


「ばあやの作る物はどれも絶品だぜ。好きに食べてくれ!」

「「「いただきます!」」」


「んー、うま~!!」

「……美味しい」

「いっぱい、くいたい」


 各々反応を示す初羽の子らに槐は満足そうだ。

「おー、たくさん食べー。おかわりもあるからな」


 一方、口当てを外さずお膳を見つめている澪。


「澪くん? お腹すいてないのか?」

「……あ、えっと……」

 顔を覗いて尋ねる陸斗に、澪はますます顔を俯かせた。


「じゃあ、遠慮なく」

 澪の顔を横目で見やった夕柊は、彼のお膳料理一品一品を一口ずつ別皿に移し食べだした。


「は、はあ!? 夕柊くん何やってんだよ!」

「人のご飯だよ?」

 すかさず両脇から止めに入った陸斗と來。


「ご飯は最初の一口が一番美味しいからね、手付かずの料理を見ていたらつい」


「つい、じゃないから! 玄葉さんと槐さんもなんか言ってくださいよ」

 手首を逮捕するように掴んだ陸斗に、夕柊は「あー」とされるがまま。


「え? なに? 見てなかった」

「玄葉さん!」

「悪いな。俺は食べる時は目を瞑るんだ」


「くぅー、頼りないっ!」

 陸斗は目をきつく瞑り、行き場のない感情を自分の中に抑え込んだ。


――ポタ、ポタ

 腿の上で握られた拳の上に落ちていく水滴。


「……う、うぅ……」

 澪は声を押し殺し泣き始めた。


「はっ! ほら、澪くんが泣いちゃっただろうが!」

 動揺し手首を抑える陸斗の力が一瞬緩んだ隙を見て逃げた夕柊は、再び自分の御前料理に箸を運んだ。


「あ、コラ、食べ続けるな。こっちこい!」

「僕も行くよ」


「あぁご飯が冷めるー」

「美味いご飯は冷めても美味い!」

「そんなー」

 襟首を掴まれ陸斗にズルズルと居間の外に引きずられていく夕柊。


 残ったのは、玄葉と槐、お構い無しに食べている焚に、泣いている澪だ。


「夕柊らしいな」

 槐は引きずられて行った方向を見ながら呟いた。表情は柔らかく、声にも怒りは含まれていない。


「変えるか?」

 箸を置いて目を開いた玄葉は、澪を真っ直ぐに見つめて尋ねる。


 思い切り首を横に振る澪。拒否の行動。そして口当てを外すと泣きながら、一口ずつ取られたお膳料理に手をつけ始めた。


「……美味しい、ですっ。おいしい……」

 その言葉に頬を綻ばせた玄葉と槐。


 ほどなくして陸斗と來が戻ってくる。

「何考えているかわかんないんだよなー」

「でも一応反省はしていたんじゃない?」

 首を傾げている陸斗に、苦笑いの來。そこに夕柊の姿はなかった。


「おう、戻ってきた、戻ってきた」

 箸を置いた槐は片手を上げて二人に笑いかける。


「あ、すみません! お食事中に声を荒らげたり退席してしまったりして」

「すみません」

 玄葉と槐に向かって頭を下げる二人。


「気にしなさんな」

「あいつはどうした?」

「頭を冷やすって縁側に出ていきました」


 御前料理に手を付けている澪を見て、嬉しそうに笑う陸斗。

「お、良かったー。澪くん食べてる。新しいのに変えてもらったか?」


「……あ、と……」


「変えたよ。さすがにあれを勿体ないから食べろなんて言えないしな」

 言い淀んだ澪の代わりに応えたのは槐。お椀を持ち口に運んで、ほっと息をつく。嘘をついていることを一切悟らせないほど、堂々とした仕草。


「ん? かえてな───」


 口を開きかけた焚の太ももに右手を乗せ、自分の口の前に左人差し指を持ってきた玄葉。首を傾げながらも頷いた焚に、彼は静かに頷き返した。


 自席に戻り再び手を合わせた陸斗は、食べかけの魚の煮物へと箸を伸ばす。

「いきなり驚いたよな。少しズレたやつだとは思っていたけど、こんな奇想天外な――」


――スパンッ

 陸斗の声を遮り勢いよく開けられた襖。


 息を切らして現れた男は視線を彷徨わせて澪の姿を見つけると叫んだ。

「若!!」


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


なんでも一人でできるとは思っていない。

これが夕柊の強さたる所以かもしれません。

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