69,一日目:Aチーム『見えない優しさと示す優しさ』
「若!!」
「と、『董源』、なんでここに……」
突然現れた大柄な男を見て驚きを隠せない澪。
「ちょ、なんなのこの話の通じない馬鹿力男は」
「ピュイー……」
その男の後に続いてやってきたのは、槐の神使・三つ目小僧の『仁』と玄葉の神使・ケサランパサランの『ブランシェ』。仁の明らか下がった肩、ブランシェの不安定に浮遊する姿から疲れている様子がみてとれる。
「若!」
もう一度叫んだ男は澪へと近づくとその華奢な肩をガシッと掴んだ。じっと澪の顔を見つめ、そして胸に耳を当てる。かと思えば、澪の食べていた料理一品一品の匂いを嗅ぎだす。
「主、すまん。見た目からは想像もつかない馬鹿力と、やたらめったらな分身で止めらんなかったわ」
三つとも目尻が下がった目を槐に向けると大きくため息。
「ハハ、あれは止めらんねーよ」
箸を置いて苦笑いを浮かべると、隣に座った彼の肩に労うように手を置いた。
「……ゆっくり食事もできん!」
音を立てて箸を置いた玄葉は、急に来た男に近づきその胸ぐらを掴んだ。
「人のテリトリーに勝手に入って何の用だ」
「そっちこそ、うちの大切な当主をこんな危険に晒しておいて!! 拉致罪で訴えますからね!」
「あ? 授業の一環だろ。なにが拉致だ」
「……はて? 授業の一環?」
目を丸くして首を傾げる男――董源。
「……お前言ってなかったのか?」
玄葉は胸倉をつかんだまま澪へと視線を向ける。
「い、言ったら着いてきはると思うて……。みなさんに迷惑かけられへんし……。でも、今迷惑かけてしもうた……」
胸ぐらを掴んでいた手を離し、腰に手を当てると大きなため息をつく玄葉。
「……はぁ。親か兄弟かしらんが、過保護は子どもの成長の妨げだ。理由がわかったんだからさっさと出て行け」
玄葉から解放された董源はさっと正座をする。
「申し遅れました。私、董源と申します。ここに在らせられる光穂一族当主・澪様の側仕えをしております」
「と、董源、それはまだ……」
意気揚々と澪を手のひらで指し示し紹介した彼に澪は体を縮こませた。
「いえ、若はもう立派な当主であります!」
立ち上がった董源は澪の肩を再び思い切り掴むと強く言い放つ。
「……とうしゅ……、当主!?」
驚きに声を上げた陸斗の手から落ちる箸。
澪は肩を掴む董源の手をどかし彼と距離を取って俯くと、恐る恐る口を開いた。
「……先代、父が早くに亡くなってしもうたからそう言われているだけで、実際は一族に認められてへんよ」
「そんなことありません! お気持ちを強く持つのです!!」
澪に濁りのない瞳を向け言い切る彼に、澪の肩から僅かに力が抜ける。
「……ありがとう、董源」
「はい!」
董源は口を大きく開けて笑い、答えた。
「……で、その大きな包みは何?」
和やかな二人の空間を引き裂くように声をかけたのは槐。
「ああ、これは若のお食事です」
「ならもう食べたから要らないな。持って帰れ」
騒ぎの中一人自席に戻り黙々と御前料理を食べ進めていた玄葉は、まるでゴミ捨て場を狙っている野良猫を追い払うように手を振る。
「そうですか。せっかく作ったのに……」
「あ……董源のも、食べたいな」
「ぜひ!」
澪の言葉にパァと効果音が付きそうなほど顔を輝かせた董源は、嬉しさからの興奮を抑えきれない様子でもたつきながら風呂敷の結び目を解いていく。
「いいなー、俺も食べたい」
背後から突然かけられた声に瞬時に振り向いた董源。目は警戒心に揺れていた。
「……何者だ貴様!(音も気配もなかった)」
感情を押し殺した抑揚のない声の主・夕柊はしゃがんで風呂敷の中から現れた二段の重箱を見つめている。
「あ、夕柊くん! いつ戻ってきていたんだよ」
「あんなに騒がしかったら気になるもの」
顔を向けずに陸斗に応えた夕柊の瞳は一点に釘付けだ。
「で、くれるの?」
ようやく夕柊は顔を上げて董源の瞳を見つめた。微かに横に揺れている董源の瞳。それは動揺を象徴するもの。
「あ、あげん! 素性も知らん子どもにあげてたまるか! 位の高い若へのお食事であるのだからな」
夕柊から隠すように背を向け、風呂敷ごと重箱を抱きしめる。慣れた手つきで風呂敷を結ぶとすっくと立ちあがり、
「これにて失礼!」
と、一礼して居間を去っていった。鳴る足音と、襖が閉めた後に打たれた舌からは怒りが漏れ出ていたよう。
「ふぅ、お腹いっぱい」
夕飯をたらふく食べくつろいでいるところ、玄関で出迎えてくれた初老の女性が姿を見せた。
「失礼致します。湯が沸きました」
「ありがとう。て、ことで先に入っておいで。それぞれ大風呂だけど構わないか?」
「大丈夫っす」
槐の問いかけに頷く陸斗と澪。
「……すみません。個室はありますか?」
來は控えめに発した。その声は、震えを意識して押さえているような不自然な籠り方をしている。
「あるよ。ばあやー、個室ひとつ沸かしてくれ」
來の纏う負の空気を察知した槐は、優しく朗らかに笑んで応える。
「畏まりました」
「……すみません、ありがとうございます」
俯いた來の頭に置かれる大きな手のひら。
「気にするな。迷惑とすら思っていない」
玄葉は來の頭から手を離すとそのまま居間を後にして、どこかへ姿を消した。
「お前らは入ってこいなー」
「「はーい」」
「やっぱ、夕柊くんいい筋肉してんなー」
籠に脱いだ着物をしまっていた夕柊の腹筋を見て感心している陸斗。
「闘いに腹筋はつきものですので」
自分の腹をぺチンと叩いてみせる夕柊に陸斗は複雑な表情を浮かべた。
「そっか。ずっと闘ってきたんだもんな。マジすげぇよ。尊敬す――やっぱダメだ! さっきの澪くんの件がマイナスすぎた!」
「一度落ちた信用を戻すのは難しいと言いますからな」
「なんで、他人事なんだよ」
――ギュッ
「……澪?」
話していた夕柊の腕を掴んだ澪。彼を見ると、泣きそうな顔で脱衣の籠置き場と反対にある湯船に向かって指を差している。
「どうした?」
優しく問いかけた後、陸斗は澪の指差す方へと顔を向けた。
「これ、どーやんの?」
その先にいたのはドアの開け方に苦戦している焚。
だが、皆の視線はあるものに釘付けになっていた。
焚のその体だ。無数の傷、痣、火傷の跡がある。
「ねぇ」
振り向いた焚。首や胸、腹にも同じ傷があった。腰に巻かれたタオルの下から覗く、折れそうなほど細い足にも同じようなあざや傷跡。
「……た、焚?」
戸惑いに塗れた声を陸斗は漏らした。
それ以降誰もなにも発さず戸を開け、終始無言で頭と体を洗い湯船に浸かった。
流れる重い空気は湯船から立ち昇る湯気と混じり、彼らにのしかかる。
――バサッ
浴槽の縁に腰を上げた夕柊は背中から二対の翼を出現させ、羽を一枚取ると小さく唱えた。
「創式妖術『千変万化之烏羽』変化『ラバーダック』」
羽は煙を出し、お風呂の定番玩具・ラバーダックへと姿を変える。湯船に浮かべられたそれはプカプカと導かれるように進み、そしてタオルでクラゲを作っていた焚の元へ行くととどまった。
首を傾げる焚に夕柊は言う。
「このアヒルさん、焚のことが好きみたいだね」
「あひる、さん」
プカプカと浮いているラバーダックの頭を指先でつつく焚。つつかれては離れ、でも定位置に戻り、と本当に焚の前に意思を持って漂っているようだ。
「爆弾をしまう倉庫があるとするでしょう? ひとつ、ふたつ、そこには小さな爆弾が仕舞われていく。大して威力の無い爆弾だから後回しにされているのね。でも、狭いところでいくつも溜まった小さな爆弾、その一つが爆発したら? 誘発されて他の爆弾も一斉に爆発してしまう。それは大きな爆弾にも勝るんだよ」
「ばくだん?」
「焚の胸の中にぐるぐる溜まっているもの、それが爆弾。だから、仕舞うばかりじゃなくて、出してもいいんだよ」
お湯の表面に映る自分の姿を撫でて波紋を作り歪めた夕柊は、焚に視線を送る。
「市露くんがいなくても、俺らがいるから」
夕柊のブロンドの瞳を真っ直ぐ見つめ返す焚。その瞳からはゆっくりと大粒の涙が零れ落ちていく。口には出さずとも、焚の胸には不安が渦巻いていたのだ。いつもは一緒に居る市露がいないのだから。
「いいの、出していいの」
「……市、がいない、さみしい。こわい。いたい。つめたい。……あったかい」
翼を仕舞った夕柊は湯船に戻ると、焚の小さな頭を撫でた。伸ばしている途中の彼の髪がチクチクと夕柊の手のひらに刺さる。
浮かんでいたラバーダックは一人静かに姿を消した。
真っ暗な和室の一角にある姿鏡の前に立ち自分を見ている來。
襟を掴みさらけ出した胸元。床に落ちるさらしには血が滲んでいた。
鏡を手で触れる。ひんやりとした冷たさが今はひどく虚しい。
來は、映った膨らみのある傷だらけの胸を見ると悲しそうに目を細め、項垂れるように額を鏡面に当てる。
「……どうして僕は、女に生まれてしまったんだろうか……」
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
一日目、Aチーム篇終了です。
次話からは二日目、Bチーム篇が始まります。




