67,一日目:Aチーム『あれね、ただの小石』
「餌はこいつだ」
玄葉はそのまま夕柊の頭を鷲掴みすると軽く揺らす。
「今まで息を潜めていた敵さん方がこいつを捉えようと躍起になっててな。敵勢力を潰すまたとない機会でもあるわけ」
「来たら返り討ちにするだけですけども」
抗えない環境で生き続け、それでも一言も弱音を吐かない夕柊に陸斗と來は顔を俯かせた。
夕柊の頭から手を離して腕を組んだ玄葉が問う。
「有力な情報はあったか?」
「有力とは言えないけどこれは取れた」
夕柊が玄葉に差し出した、ただれた跡が治りきっていない手のひらの上には親指の爪ほどの丸い物が乗っていた。
「……エンブレムじゃん! 有力も有力だろ! でかした夕柊!」
覗き込んだ槐は目を見開かせると笑顔を咲かせ、夕柊の頭を首が揺れるほど両手で激しく撫でる 。
「そんなすごいことなんすか?」
問うた陸斗に鼻を鳴らした槐は語った。
「すごいもなにも、これで敵の存在ないし敵のアジトを炙り出すことができるかもしれねぇんだよ! 知能のない妖がどうやって味方を見分けていると思う?」
「……匂い?」
「……目印?」
陸斗、來の順に首を傾げて応える。
夕柊の手のひらからエンブレムを取った槐は自分の手のひらに乗せ、2人に眼前に突き出した。
「いーや、音だ。ほら聞いてみろ」
――ジジ……ジジ……
「ほんとだ。微かに音がするわ」
「規則的に同じ音というか揺らぎ?が繰り返されているね」
エンブレムの左右から耳を近づけた陸斗と來は顔を見合わせながら述べる。
「特定の周波の音に反応を見せたんじゃねぇかな、知能のない妖が。それを利用すべく創り出されたものがこれだ。神様や聖神使の間で予想は付けられていたようだが、ブツを獲得するには至っていなかったんだよ。な? すげぇことだろ!?」
興奮気味にまくしたてる槐の手からエンブレムをひったくるように取った玄葉は、
「早く神宮城に届けるぞ」
と、空に向けて口笛を吹く。空蝉の要――伝書梟を呼んだのだ。
――ポツ、ポツ
雨粒が焚の頬に当たった。
「あめ?」
空へ目を向けた焚の顔に降り注ぐ雨たち。
――ザー
瞬く間に土砂降りへと変わった。
「狐の嫁入りか」
だが、呟き上を向いた玄葉の顔にこれ以上の雨は降り注がない。
「あれ? もう止んだ?」
「結界を張ったのよ」
雨に濡れた前髪をかけ上げて不思議そうに空を見上げた陸斗に応えた槐。その手は平行に伸ばされていた。彼は雨を感知し瞬時に結界を張ったのだ。ザーザーと雨の音がするものの、彼らに雨は当たらない。
「雨、楽しかったのに」
顔を激しく横に振って顔や髪についた雨粒を飛ばす夕柊に槐は笑う。
「お前は犬か」
「ピィー」
聞こえてきたのは梟の鳴き声。だが、姿は見えない。
否、見えないだけであり、たしかにそこにいる。聖神使・天羽の遣いである透明梟だ。
「頼むな」
玄葉がエンブレムが握られている手のひらを広げようとした瞬間……
――キュイン
――バリンッ
新たに結界が張られる音と、響く結界の割れる音。
「ピイッ…」
直後、透明梟の苦しそうな鳴き声が聞こえる。そして、それを最後に鳴き声は聞こえなくなった。
槐と玄葉は夕柊を守るように前に立ち戦闘態勢をとる。
雨の音に混じるコツコツと甲高いヒールの音。
そして、それは現れた。
膨らみがなく厚い胸元が大きく開いた服にタイトなズボン、緩やかにウェーブのかかったピンクの髪と派手な装いではあるが、人間となんら変わらない出で立ちだ。だが、こちらの世界の者で間違いないだろう。
「落し物を返してほしいんだけど」
その者は首を傾げ言った。ちゃんとした言語である。
「美匠ちゃん早くね。結界張んのつかれんだから」
もうひとつ声が上方から聞こえる。声の主は結界の上にあくびをしながら呑気に寝転がっていた。
「ふわぁ……ねむ……」
槐の結界を破りまた新たに結界を張ったのはこの者だ。
「ちょっと凪、途中で寝るんじゃないわよ! 雨からあたしを守りなさい!」
「へいへーい。」
凪と呼ばれた青年は夕柊らが身にまとっている着物と似た着物を着ている。着崩されてはいるが、素材は同じく黎明御用達の無凧一族が営む呉服屋『錦』のもの。
「反逆者か?」
「可能性はある。厄介だな」
青年らの正体を瞬時に見破った二人。
見えないはずの梟を一瞬で手にかけることのできる相手だ。格が違うのが目に見えて分かる。
「返して?」
派手な出で立ちの男――美匠は催促するように二人へと伸ばされた手。
「……断る」
玄葉はエンブレムを自分の懐にあえて見せつけながら隠した。
ここにあると分かっているとそこへ攻撃が向きやすい。取り返しが目的な相手に有効な誘導だ。
「はぁ……平和的に解決しようと思ったのに応じてくれないのね。……だったら容赦しないわ」
軽快な口調で話していた美匠は、声色を威圧的なものへと変え不気味に笑うと両手を横に広げた。
彼の後方から下から上がってくるように現れた五体の妖。
「あ……あ、あ……」
「けけ、け……け」
「と……と、と……と」
「ぼ……ぼ、ぼ……」
「や、や……や、や」
それぞれ一音しか話せない妖らはゆっくりと夕柊らに近づいてくる。
そして、一斉に攻撃し始めた。
大きな口を広げるもの。
両手の鎌を振り下ろすもの。
体はなく大きな顔で踏みつぶそうとするもの。
ただ一直線に夕柊に向かっていく。
「お前は下がってろ」
玄葉は夕柊の肩を強めに押し後ろに下がらせる。
槐は夕柊ら学生五人を囲むように結界を貼ると、親指の先を齧って血を出し懐から取り出したまっさらな護符に印を書いていく。結界にその護符を貼り付けると槐は離れていった。
これは、維持の印を刻んだ護符。これにより発動者が近くにいない状態でも結界は維持されるのだ。
再び胸元から取り出したまっさらな護符に印を書き込んだ槐は唱えた。
「創式妖術『槐樹之薙刀』」
左手で持つ護符の印に右手をかざし、印から薙刀を引き出していく。
前髪をかきあげ露になった彼の額には目がついていた。彼の神使・三つ目小僧『仁』が憑依している状態である。
『三つ目小僧』
【視覚共有:自身の視覚を共有できる。また他者の視覚を見ることができる】
「ラシェ!」
玄葉の呼ぶ声に反応した神使・ケサランパサラン『ブランシェ』は擬態していた髪から離れ、彼の背に近づくと体の中へと消えていった。
玄葉の左頬に浮かび上がる四葉の模様。憑依の象徴である。
『ケサランパサラン』
【幸運:自身に幸運が舞い降りる】
玄葉は数歩横に移動した。飛びかかる二体の妖。だが、気づけば二体の妖は互いにぶつかり絡まり合って屋上から落ちてしまった。
相手が勝手に自滅してくれる。これこそが幸運の能力。
「ラッキー」
玄葉は無表情で呟くと閉鎖領域を自分に張り、屋上から飛び降りた。まだ生徒が学校に残っている時間。妖は見えないにしても人間の姿は見える。屋上からの飛び降り等騒ぎを起こさないためにも閉鎖領域は必須である。
空中で護符を取り出し傷つけた親指で印を書いた玄葉は唱える。
「創式妖術『白冠槍』」
護符から取り出されたのは真っ白な槍。空中で槍を構えた玄葉は、未だもつれ合っている妖に落下の勢いのまま槍を突き刺した。
彼の右頬に飛び散る妖から噴き出した血。
右手で刀印を結んだ党員を口元に持ってくる。
「『破邪顕清』」
槍の先から妖の体へと光が広がると、あっけなくその体は崩れるように消えていった。
槐の方も薙刀で上手く相手をいなしつつ、夕柊らに近づけさせないようにしていた。
「玄葉、まだかー?」
いなしながら叫ぶ槐。
校舎の壁を駆け上がるようにして戻ってきた玄葉は閉鎖領域を解除して屋上に降り立つ。
「待たせた」
「うしっ、こっちもやっていいな?」
玄葉が戻ってきたことを見て、薙刀を頭上で回転させた槐は近くの妖に飛びかかった。
「こっちは任せ───」
玄葉の言葉は途中で遮られた。彼を眼前をなにかが風を切るように通っていったからだ。
――バリンッ
「うぐっ……」
瞬間響く結界の割れる音と苦しげな声。
美匠が動いたのだ。御札ごと結界を右手で突き破り、そのまま夕柊の首を掴んで持ち上げていた。
「ヒュー」
そんな美匠の早業を見て、凪が結界の上で口笛を吹く。
「くっ……」
美匠の腕を両手で掴み苦しそうにもがく夕柊。首には長い爪が食い込み血が滲んでいた。
玄葉は油断していたわけではない。美匠があまりにも早かったのだ。
「クソが!」
「夕柊っ!」
叫びながら助けに向かう玄葉と槐。
夕柊に守られるようにして後ろで見ていた陸斗らは恐怖で動くことさえできない。
「っ……」
夕柊の顔が苦痛で歪む。
玄葉は瞬時に判断し、エンブレムを美匠へと投げつけた。ノールックでキャッチする美匠。
「初めからそうしていれば良かったのよ」
そう呆れて言うと夕柊の首から手を離し、屋上のフェンスへと歩き出す。
「任務完了~」
結界を解き美匠の隣へと並ぶ凪。
そして、飛行する妖に乗り二人はそのまま残りの妖共と消えていった。
「……カハッ、ケホッケホッ……」
そのまま四つん這いになった夕柊はいきなり入ってきた空気で咳き込む。
彼の元に駆けつける玄葉と槐。
「夕柊!」
「ゆっくり息をしろ」
玄葉は夕柊の背中をゆっくりとさする。
「ケホッケホッ……も、だいじょぶ」
片手を玄葉に見せた夕柊はゆっくりと立ち上がった。
同じく立ち上がった玄葉と槐。
「悪い、俺と槐がいながらこんな目に合わせて」
「ごめんな」
「平気。それに、来るのは分かっていたからね」
仄かに口角を上げた夕柊は胸元に手を入れあるものを取り出した。
「あれね、ただの小石」
「「……は?」」




