66,一日目:Aチーム『不気味な学園』
~週明け~
一日目
Aチーム:陸斗、澪、焚、來 → 野分学園
「おはよーさん!」
快活に挨拶をする、全体がクリーム色の髪に左半分が白髪の髪を耳にかけた爽やかな男性、『大尾 槐』だ。
「やっと来たか」
その傍らには、肩につかない程度の長さで、全体が白くインナーが薄緑色の髪をハーフアップの団子にしている奇麗な顔立ちの男性、『日 玄葉』が腕を組みこちらを見ている。ちなみに団子は彼の神使・ケサランパサランが擬態しているもの。
二人の服装は着物ではなく、槐はジャージ、玄葉はスーツと、現世人然としていた。
「玄葉に槐くん、やっほー」
「おう、久しぶりだな夕柊」
「……チッ。お前はまた邪魔をしに来やがって」
片手を上げて笑顔で答えた槐、片や心底嫌そうに顔を引きつらせた玄葉。
夕柊は三日間をそれぞれのチームに交じって行動するらしい、本人曰く。吟丸には学園で留守番していろと言われたが、本人はこのようについてきてしまっている。今頃学園では吟丸が怒り心頭なのかもしれない。
「俺ら二人は隠密部隊『白夜』所属。そんで、ここ野分学園に教師に扮して潜入調査中というわけだ」
「ついてこい」と言わんばかりに顎を動かした玄葉を筆頭に一行は学園に案内されて、あれよあれよという間に中等部の制服を着せられ、あれよあれよという間に玄葉が担任を務めるクラスへと案内されていたのだ。
「で、学校で何すんのかと思ったら……」
「体験入学だなんて……」
後方の新たに用意された席で項垂れている陸斗と來。
「いや、ばれる。絶対ばれる」
「高等部ならまだしも中等部に体験入学……」
「小学生設定って、こんな大人びた小学生いるか! ファンタジーかよ……!」
「僕ら二人はちょっと無理あるよね。でも――」
横へ視線を向けた來。視界に映ったのは、真面目に授業を受けている澪、わからないのか首をしきりに傾けている焚、そしてノートに下手くそな似顔絵(玄葉)を描いている夕柊。
「ああ。あのちびっ子三人のおかげで中和されている感はある。いや、俺ら二人に向けられる視線はまだ不信感に塗れていますけども!」
――キーンコーンカーンコーン
授業の終わりの合図とともに机に伏した陸斗。薄紅色の桜の首飾りが机に当たりわずかに音を鳴らす。
「終わったー。久しぶりの座学三昧、キッツー」
「あたま、だいばくはつ……」
首が座っていないかのようにゆらゆら揺れる焚の頭からは湯気が出ていた。そんな焚を見てあせあせしている澪。
「休み時間のたびに囲まれて大変だったね」
來は机上の教科書やノートを鞄に仕舞いながら苦笑いを零した。
途中で玄葉の注意が入り囲まれはしなくなったが、今も教室の端々から視線は突き刺さる。
「だなあ。けど不思議だったのが、俺らの白髪はあっち方には全く見えてないってことなあ」
陸斗は机に頬を付けると顔を來へ向けて呟いた。深緑色の瞳はややお疲れ気味。
「うん、玄葉さんが言うに妖力や妖が見えない人間には見えないらしいけど」
「……來くん、綴くんがいないとよく喋んのな」
「え? そう?」
「うん、いいじゃん。こっちの方が楽しい」
真っ直ぐ向けられた陸斗の笑顔に、來は僅かに頬を赤らめ視線を逸らし小さく答える。
「善処、する」
來は褒められ慣れていない。故に反応に困ってしまう。
「たきは?」
「お前は何もしなくても可愛い。あと澪くんもな」
床を引きずる音を立てて椅子から立ち上がった陸斗は、正面にいる焚と澪の頭を撫でた。
「……んで、金髪不良少年はどこへ行ったのよ?」
撫でる手をやめ、教室後方のドアへと目をやる陸斗。生徒がちらほらと通りがかるが、皆興味を抑えきれないようにこちらを覗く動作が入る。陸斗が片手を上げて笑み応えると、女子生徒は頬を赤らめ足早に去っていった。
「開始早々離脱したな」
「あ、先生」
彼らの元に歩みつつ答えた、このクラス1-4の担任玄葉だ。
「お疲れさーん」
彼の後ろにはジャージ姿が妙にしっくりくる隣のクラス1-3担任の槐。
「授業に疲れ果てている点は、普通の生徒となんら変わりないなー」
眉を下げて笑い声を上げる槐。袖まくりされて覗く腕にはしっかりと筋肉が付いており、日々のトレーニングを欠かしていない様が伺えるだろう。
「本当っすよ。普通に学生やって終わるとは」
ため息をついた陸斗は両手を広げて肩をすくめた。
「何を言っている。仕事はこれからだ」
「うげー」
「そんじゃ、サボりマンを迎えに行きつつ、ちょっくら初等部から散策といきますか」
そんなこんなで一行は教室を後にしたのだった。
「お二方の潜入調査の目的ってなんすか? 学校には穢れが溜まりやすいから? 吟丸先生も言ってたし」
「それもそうだが、要点はそこではない。ここが不気味だからだ」
陸斗の問いに答えた玄葉の体がぐわりと前に揺れる。
「あ、玄葉と槐!」
「なんでここに?」
「ほんとだ! 玄葉と槐!」
初等部のこどもらが後ろから突進したからだ。腕を組んだまま体勢を立て直した彼。
「先生な」
と、こどもらに睨みを利かせる。
「また生徒連れ回してんじゃん。コウシコンドーはダメなんだぜ?」
二ッと笑ったことで覗いた歯は一箇所空洞ができていた。乳歯が生え変わる今の時期でしか見ることのできない尊い姿。
「どこで覚えてくんだよ、その言葉。さっさと帰れ。『麦』が心配すんだろ」
「「「はーい」」」
「じゃなー、玄葉に槐!」
「だから『先生』をつけろ」
賑やかだった空間は穏やかなものへと戻った。
「今の『千日草』の子どもですか?」
走っていったこどもを見ながら尋ねた來。
「ああ。野分学園は千日草と提携しているからな」
「『千日草』。孤児院か……」
先頭を歩いていた槐だったが速度を落とし最後尾にいた玄葉の隣に並ぶと、高さのある肩に無理やり腕を回す。
「それに、俺たちも千日草にいたんだよ。ちょくちょく顔だしてっから、アイツらともよく遊んでいてな」
冷めた顔で槐の腕をどかした玄葉は自身の腕を組んで続く。
「だからこそ安全の保証が確立されていてほしい。だが、現状不可解な点が多すぎて安全な学園とは言えない」
玄葉へ顔を向け、口を横に広げて笑った陸斗。
「だったら早く謎を解明しないとっすね!」
陸斗の顔を見て同じく快活な笑顔を浮かべた槐だったが、打って変わって考え込むように顎に手を当てた。
「でも、そう上手くいかないのが現実でさ。俺らの前にも1人派遣されたんだけど何も分からずじまい」
「具体的に何処が不可解なんですか?」
問うたのは來。さすが元現世人なだけあって、制服の着こなしは様になっている。
「学園、言わば学校なのに穢れひとつ発生したことがないんだわ。そしてなにより、新聞やニュースに載ってもいいほどの事件が多発している。穢れも朽篭もなしにな」
顎から手を外すと、槐は深刻な顔つきで窓の外を見やった。
「それなのに生徒数は増える一方、事件を隠蔽してるはずなのに社会からの糾弾もない」
槐の告げた内容を聞いて陸斗はつばを飲み込んだ。澪は顔を俯かせて腹の前で右手で左手を包むように握っている。
「学園の内情を調べる必要があるというわけですね」
「そういうこと」
來の理解ある返答に槐は弾いた指を向けた。
「……で、でもそんな簡単にいくんですか?」
澪の小さな声を腰を屈めて聞き取った槐は、体を起き上がらせ腰に手を置いて答える。
「いかないな。だから、餌が撒かれた」
「「「餌?」」」
「行くぞ槐。何かあったら俺らは空蝉永久追放だ」
玄葉は彼らの間を縫い先頭に行くとそのまま歩き出す。
「何処に行くんですか?」
「屋上。しかしまあ、こんなに早く動き出すとは思わなんだ」
「1時間目の途中だ。あの野郎俺の授業途中退散しやがって」
「……もしかして、夕柊くんのこと?」
――パリンッ
屋上のドアが開く重厚感のある音に混じり、何か繊細な物が割れる音がする。
ドアが完全に開き中の様子が見えた。そこに佇んでいたのは一人の少年。彼の柔らかなブロンド髪と、上方から降る破片が太陽の光に照らされキラキラと輝いている。
少年はゆっくりと後ろへ顔を向け、ほんのりと微笑んだ。
「遅かったね」
あまりのその美しさに陸斗、來、澪は息を飲む。
「遅かったね、じゃねぇ」
腕を組んだまま夕柊に近づいた玄葉は、右拳で夕柊の頭にゲンコツを落とした。
「いてっ」
「阿呆。早すぎだ」
「だって授業分かんないし、……つまんないし」
その言葉はさすがに看過できない。夕柊の頭には再び拳骨が落とされたのだった。
腰に手を置いたまま苦笑いで近づいてきた槐は、拳骨が落とされた頭を袖に隠れた両手で押さえている夕柊の肩に手を置く。
「俺らの神使つけといたけど、この様子だと出番なかったみたいね」
槐の言葉に呼応するように現れた一つの影。
「なかったよ。来るものすべて一瞬で片付けていたね」
それは柔らかく微笑んだ。着物に人間の体。だが、額にもうひとつ目があった。妖・三つ目小僧、槐の神使の『仁』だ。
「ピュイ!」
可愛らしい鳴き声を上げて玄葉の胸元に飛び込んだ白い綿毛。幸運を呼ぶ生物・ケサランパサラン、玄葉の神使『ブランシェ』。
「もう華麗、華麗。一瞬でパリンパリン器を割るんだもん」
「ピュイピュイ」
神使らのお褒めの言葉に「ふん」と鼻を鳴らした夕柊。少しだけ胸も張っているようだ。
(我慢して教室に居ればこんなに妖が寄ってくることもなかったんだけどね)
(夕くん、それは言わないで)
夕柊は生まれつき精神干渉できる能力をもっていた。故に妖共に執拗に命を狙われている。吟丸が安全な学園――先日大規模な襲撃があったが、基本的には安全――で留守番というわけがわかるだろう。
本来なら印を作って詠唱しなければならない器破壊だが、精神干渉できる能力『玉響』を使って、印を作らず、詠唱を唱えず、一瞬で器を破壊することができてしまう。そのため、彼は戦うことを苦に思っていないし、なんなら自分から飛び込んでいってしまう危なっかしさがある。
おまけに楽しくないなら楽しくしちゃえ精神で生きているためところ構わず一波乱起こすような子。
親代わりの吟丸は日々頭を抱えて――悩ませている。
親元を離され四歳まで神とその使いに育てられた夕柊は、自由気ままでお気楽、おまけに型破りな少年なのだ。
今も、背中に生やした翼で空に飛び立とうとしている夕柊を、玄葉が彼の襟首を掴んで阻止しているところ。
「え? 何? どういうこと? 俺、ついていけてないんだけど」
「ぼ、僕も」
戸惑った顔を見合わせた陸斗と來。
玄葉は夕柊の頭に手を置くと告げた。
「餌はこいつだ」
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
野分学園:長野県にある学園。初等部~高等部がある。数十年前から白夜の者らが潜入調査をしているが、収穫はいまだなし。




