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65,ノルマ未達成ののち即退学の危機到来?


「さあ、芽吹きプロジェクト準備の二つめ『アヤカミ』が終了したことを経て、グループ分けと見学先はこのようになりました」


Aチーム:陸斗、澪、焚、來 → 野分(のわき)学園

Bチーム:綸、乃々子、恒心、トト → 神来(かみく)

Cチーム:丈・市露・綴・馨 → 岐神(ふなどのかみ)病院


「このメンバーで三日間を過ごしてもらいます。以前話したように宿泊だからこの休日で準備を整えること。いいね?」

「「「はーい」」」


――キーン、コーン、カーン、コーン

 午前中の授業終了の合図が鳴り響く。


「宿泊の準備忘れてた! (だん)先生に言わないとだ」

 教科書類を机に仕舞いながら呟く恒心に、彼の後ろの席に座っている陸斗が肩に手を置いて尋ねた。


「暖先生って、真羽クラス担任の『交久瀬(かたくせ) 暖』先生?」

「うん」


 二人の会話が聞こえていたようで、焚の乱れた短髪を鶴の紋様が刻まれたつげ櫛で梳かしながら市露が問う。


「お二人さん、接点あったっけ?」

「暖先生は、こっちでの僕の保護者だからね」

「へぇ、そうなんや。あの先生やる気なさげに見えてピアスバチバチやん。怖かったりするん?」


 梳かし終わった焚の髪を手で撫で「よし」と微笑む市露。焚はされるがまま頭を出していたが、終始彼の目を不思議そうに見つめていた。


「ううん、まったく。というか、あの人基本的にかっこ悪いし」


 恒心の口から珍しく出た辛辣な言葉に、陸斗と彼の後ろでスケッチブックを構えていた丈が目を開く。


「恒心が言うとは中々癖のある先生らしいな」

【人に一癖】


 顔とスケッチブックを見合わせる陸斗と丈。息の合っている様を見せる二人。彼らは過去に接点があるのだ。だが、ある事件をきっかけに二人は離れ離れとなり、丈だけが一方的に陸斗を知っているのが現状。


「うん、でも、生徒を思っている人だよ。あの隈も夜な夜な唸りながらお手製の生徒記録と向き合っているからだしね」

 笑顔で述べた恒心に、聞いていた彼らも笑みを返した。人知れず暖の株は上がる。



「ハックチュッ……」

「おや、可愛いくしゃみだねぇ」

「誰かに噂でもされたのか? 悪いことじゃねぇことを祈る」


 職員室で暖と向かい合い談笑していた女性――神威学園相談員『鶯生(おうしょう) 千春(ちはる)』は咥えていた紙巻たばこを口から離すと煙を吐く。


「あー、現世のたばこうめー」

「生徒の前では吸わないでくださいよ?」


「たりめーだろ。うちの可愛い乃々子に害があるもんはすべて排除だ、排除」


「親ばかですか」

「お前に言われたくねーよ」

 職員室には気だるげな笑い声が二つ重なった。



「あ、そうそう。言い忘れていたんだけど――」

 各々帰り支度をしていた最中、教室前方の扉で立ち止まった吟丸が振り返り口を開いた。


「ノルマをクリアできなければ……」

「「「できなければ……?」」」

 一斉に首をこてんと傾ける初羽の子ら。


「即退学です!」

 静まる空間。


 ほどなくして教室は絶望に包まれた。


「ぐわー! とうとう、とうとうこの日が来てしまったー!」

「え? 退学? もう? まだ一か月も立っていないのに?」


「……あ、俺しんだ」

「那珂町さん! 弱気になってはいけません!」


「やってきたわね、試練が……」

「あっはは! みんな思いつめすぎだってー」


【無常の風は時を選ばず】

(※風が花を散らすように、人はいつ死ぬ時がくるかわからないということ)


 まさに阿鼻叫喚。


「ノルマをクリアすればいいだけのことさ」


「そんな簡単に言って……どうせハードなんだよっ!」

 目をギュッと瞑り涙を浮かべたふりをしている陸斗。当然彼の褐色肌には涙一筋も流れてはいない。


「ハードではないかな。だって、生き残って帰ってくること、これがノルマだからね」


「あ、なんだそんなことかー」

「無駄にビビって損したぜ」

「ほんま勘弁してやー、吟丸先生」


 強張っていた顔が緩み途端笑い出せば流れる和らいだ空気。だが――


「まあ――」

 声の高さを落とした吟丸の声を聞いて動きが止まる。


「毎年、数人は死者がでるけどね」

 顔から血の気が引いていく初羽の子ら。再び流れました重い空気。


――ドンッ

【無常の風は時を選ばず!!】

 空気を引き裂くように代表してスケッチブックを机に強く置いた丈。その顔は皆と同様、青ざめていた。


「帰ってくるのが骨とかやめてよねー。あははー」

 朗らかに笑い声を上げて吟丸は教室を後にする。


 残された生徒らは、

(((……いや、こえーよ……)))

 戦慄していたのだった。


 廊下を歩いている吟丸。

(本当は、死者は生徒を受け入れた側の組織の人間なんだけど、内緒にしておこうかな。反応面白いし)


 瞬きの間に彼の顔からは笑みが消えた。


(組織の人たちは生徒を守ることを優先してくれるお人好しもいいところな人ばかり。……だから、この子らに足を引っ張らせるわけにはいかない。命を消させた一因にさせてはいけない。そのためにも今一度指導が必要だ)



 青と黒が混ざり合った夜、職員室の一角に設けられてある休息スペースにて五名の教師が顔を合わせていた。週明けから始まる初羽の『芽吹きプロジェクト』についてだ。


 彼らの前に置かれたマグカップ。中身は湯気の立ちこめるコーヒー。用意したのは一番若手である小面の能面を付けた保健室の主『陽炎(かげろう)』だ。


「……前線に向いている奴ってどんなだと思います?」

 彼が座ったことを見て、口火を切った暖。

 他の教師は口を開かず、ただ暖のどんよりとした瞳を見つめていた。


「死を恐れない奴、しぶとくもがける奴、いや違うね。死をも運命として受け入れてしまう奴だ」

 暖はローテーブルの上で組んでいた手に力を入れた。指先が白んでいる。


「いるのか?」

 もぐカップを手に一口コーヒーを飲んだ優羽の担任『門廻(せど) 北斎(ほくさい)』が問うた。直後「あっつ」と、舌を軽く出して目を瞑った彼に苦笑いを向ける教師ら。


「それがいんのよねー」

 大きくため息を零した暖は項垂れる。


「確かに危うい子ですね。あの子――恒心は」

 吟丸は優雅にコーヒーを啜って同意を示した。彼は湯呑みも似合うがマグカップも似合うようだ。きっとティーカップも似合うだろう。


「恒心って、お前のとこの子じゃねぇか」

 コーヒーよりもたばこの味を楽しんでいる千春は、隣に座っている暖の肩を強く叩いた。


「いや、ほんと、気が気じゃない。この三日俺眠れねぇかも」


 顔を上げた暖は不安から震えている。震えた手でそのままマグカップを持つものだから案の定手に零してしまい、いち早く反応した陽炎によって手を冷やされる始末。ああ、たしかにかっこ悪い。


「トップバッター、切り込み隊長、聞こえはいいかもしれないがその実、ファーストペンギンと同義だからね。普通なら『怖い』と出せない一歩が、彼は躊躇いなく出せてしまう」


「ファーストペンギンって例えが可愛いな、吟丸ちゃん」

「ちょっと黙っていてくださいよ、千春さん」


 しょんぼりした顔の暖の手を冷やしながら苦言を呈す陽炎に肩をすくめる千春。吟丸はまたも苦笑いを浮かべた。


「聞いてよ、俺が初めて会った時のあいつ何していたと思う? 高さのある橋の欄干を無心で往復していたのよ!? ちょっと足を踏み外したら下は浅い川。俺は橋の上にいるだけでも震えるってんのに」


「ほぉ。頃合いまで歩けたらそれで良し。落ちたらそれもまた運命ってか? ガキのくせして割り切ってんなぁ」

 煙を吐き出した千春は片眉を顰めつつ髪をかきあげた。


「死に瀕した時、簡単に受け入れてしまいそうっすね」

 暖の火傷は落ち着いたようで、やっとソファーに座れた陽炎が述べる。


「率先して立ち向かう。別に悪いことではない。勇者パーティーの前衛ポジだ。この先必要とされることは多い。だが問題は、彼にはまだ実力が備わっていない、ということだな?」


 腕を組んで述べた北斎に吟丸は頷く。


「足を引っ張ってしまいかねない子を送り出していいものか、正直今も迷っています。彼に希望を与えないためにこの時点で退学にするということも視野に入れて」


 重苦しい空気の中、陽炎が口を開く。顔は暖へと向けられていた。

「……止めないんすね?」


「死ぬよりは退学のほうがいいからな。でも、元の世界にあいつの居場所はない。もし、万が一にでも変われたのだとしたら、ここがあいつの居場所になってほしいと思うよ」


 やおらソファーから立ち上がった北斎は空いたマグカップを盆の上に乗せながら吟丸に視線を送った。


「とりあえず、送り出す方向でいいな。あいつの行き先は――」

「神来です」


「俺のほうから満に連絡を付けておこう」

「それは助かります。ありがとう」


「グループ、うちの子と一緒なんでしょう? よく見ておくよう声かけとくよ」


「僕は……あ、暖さん、コーヒーの味変します?」

「えー、じゃあ、きな粉コーヒーで」

「なんですか、それ。創式妖術 幻想具現『味変化(くいしんぼう)』」


――パチンッ

「ま、できちゃうんですけど」

「お前腹立つな。能面かちわりてぇ」

「物騒な人だな」


 北斎を皮切りに立ち上がった面々は各々の準備に向けて動き出したのだった。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


次回、芽吹きプロジェクト始動です。

まずはAチームから。

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