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閑話 夕柊と夕 / 綸のまきまきクッキング

【夕柊と夕】


――カポン

 鹿威しが意気揚々と響く時間。

 夕柊はひとり縁側に座って夜空を見上げていた。視界に映るのはやや欠けた月と白く丸い星、そして『空蝉物怪録』。観音扉の中は闇の如く黒く、引き込まれそうだ。だが、鏡である。この世界を見て記録しているのである。


 膝を抱え、寝巻きの浴衣から覗く足の指先を動かしながら夕柊は語りかけた。


(ねえ、夕くん。俺さ、時々思っちゃうんだ。悪い子だから)

(……悪い子の自覚あるのね)

(夕くんが頻繁にため息つくし、先生がよく怒るからね)


(だったら少しはおとなしくしなさいよ)

(だって楽しみたいじゃない)

(なんとも君らしいこと。……言い当ててあげようか。アヤカミの後に神使たちから貰った『ありがとう』の言葉が、今の君を苦しめてしまっている)


 夕柊は動かしていた足の指先を止め、膝に右頬を付けた。沈黙は肯定の何よりの証拠だ。


(珍しいね。君が弱気というか、気持ちが沈んでいるのは)

(そんな日があったっていいの)

(うん、いいよ。そのために僕がいるんだから)

(……少しだけ、ほんの少しだけ、いい?)

(いいよ)


 夕の慈愛に満ちた声を聞いて頬を和らげた夕柊は静かに目を瞑った。そして、体の操作権を夕に渡す。

 目を開いた夕柊――否、夕は顔を上げ小さく息を吐いた。


「今日は少し長く散歩しようか」

 独り言ちると裸足のまま縁側を下り庭へと歩み始めた夕。


 彼に気付いた烏天狗が濡羽色の翼をはためかせて近づいてくる。あっという間に彼は烏天狗らに囲まれていた。


 夕は目を細め柔らかく微笑み、共にひと時の庭の散歩を楽しんだ。

 少しの間眠る夕柊に代わり、夕は生を刻む。



【綸のまきまきクッキング】


「皆さん! お腹は空いていませんか!?」

「「「空いてるー!」」」


「美味しい物、食べたくありませんか!?」

「「「食べたーい!」」」


「夜食、しちゃいませんか!?」

「「「しちゃーう!」」」


 ふふん、と満足そうに鼻を鳴らした綸。

 初羽の子らは現在、寮の食堂に集っていた。もちろん許可はとっています。


「……なにこの茶番」

 眉を顰めて怪訝な顔を浮かべている乃々子。彼女の隣には後ろで手を組んだ來が苦笑いをしている。


「と、いうことで、本日はみなさんで『お夜食会』を開きたいと思います」

「「「待ってましたー!」」」

 綸に続き声を上げる初羽の子らの息の合いようよ。


「名付けて『綸のまきまきクッキング』です!」

 慎ましやかな胸を張って宣言した綸に拍手が送られる。


「俺の妹かわいっ」

 彼女の目の前というセンターポジションを誰に譲るでもなく真っ先に獲得した兄――夕柊は、まさに兄馬鹿中だ。


「もしかして『まきまき』って、いーとーまきまき、から?」

 首を傾げて問うた恒心に「はい!」と元気よく答える綸。そんな可愛らしい彼女に遠巻きに見ていた乃々子と來は微笑んだ。


「少々お時間いただきますね。その間、皆さんご歓談していてください」

 ふわりと微笑む彼女に、空気は最上級にほんわかしていたのである。



「できましたよ!」

 ほどなくして料理は皆の前に運ばれた。

「どうぞ、召し上がれ」

 だが、スプーンを持った手はどれも動かない。


「……これ、カレーやんなぁ?」

「ああ。匂いも色も具材もカレーだ」

 顔も見合わせた市露と綴。彼らの前に並べられたのは確かにカレーであった。


「でも、これさあ……」

 恒心に見つめられた陸斗は顎に手を当てて目の前の料理を観察しだした。


「理解をしようか。どう見たってこの料理はカレーだ。間違いなく。でも――なんで、具材が丸々入っているの!? 切る工程は? すっ飛ばしたの!?」


「はい、すっ飛ばしました!」

 あっけらかんと答える綸にガクリと項垂れる初羽の面々。


「まあ、味は美味しいかもしれないし――」

「おかわり」

 頭を掻きつつ呟いた陸斗の声を遮ったのは夕柊だった。空になった皿を綸の前に突き出している。


「うん、美味しいよ、これ」

 夕柊の隣ではトトも料理に手を付けていた。その顔に浮かぶ笑みからも嘘ではないようだ。


 ごくりと唾を飲み込んだ他の面々も各々具材丸々カレーを口に運んだ。


「……うそ、丸々のジャガイモなのにホクホク。ちゃんと火が通っている……!」

 驚きが隠せず目を丸くしている乃々子。


「うまい、これ」

 焚は夢中で頬張っていた。


 丈も一口食べては都度綸にサムズアップを送っている。


 一方カレーが苦手である馨だが、綸が作ってくれた手前食べないわけにもいかず意を決し口に運んだ。


「……あ、おいしい(どこか懐かしいような味だ……)」

 込み上げてくる感情に鼻がツンとした彼はただひたすらにカレーを口に運んでいた。


「美味しいですか? 那珂町さん」

 自分の分のカレーともうひとつ皿を持って馨の前に座った綸が尋ねる。


「うん、美味しい。とても」

「それは良かったです」

 微笑んだ彼女は、空席にカレーを置いた。


「本当はポトフと迷ったんです」

「ああ、具材的に可能か」

「はい。でも――」


 長いまつ毛を伏せた彼女は小さな声で言う。

「彼の……文哉さんの好物はカレーでしたので」


 その一言に皆の手が止まった。おもむろに空席に向けられた視線。そこに居たかもしれない彼に皆は思いを馳せた。

 誰一人涙は流さない。だが、癒えない傷にスパイシーなカレーは沁みていく。


「僕、おかわりしたい!」

「あ、俺も!」

「たきも」


 食堂は笑い声と食器の音で溢れ、それは鍋が空になるまで続いた。

 最初は躊躇われていた綸のカレーの虜になった初羽の子らは、満腹になった腹をさすり満足げだ。


 が、ただ一人、澪だけは手を付けることなく腿の上で手を握り震えていた。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


本日は閑話となります。

明日から本編再開です!

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