63,アヤカミ 12
裏山の中心に一人立っている女性。黒く長い髪に顔は隠されていて見えず、真っ白なキャミソールワンピースから覗く手足には無数の目が付いていた。乃々子の神使・百々目鬼の『弥々子』だ。
彼女は顔にかかる神を耳にかけ、片膝をついて右手を地面につけると目を瞑る。小さく息を吐きながらゆっくりと目を開いた時、地面、木、石、落ち葉等に無数に百の目が出現してした。
『百々目鬼』
【可視化:目をあらゆる所に出現させ見ることができる】
そのうちのひとつの目が地面を滑るようにして彼女の元へと戻ってくる。
一度瞬きをした彼女は右手を地面に着けたまま左手でインカムに触れ、繋げる。
「夕柊さん」
――ジジ……
「……了」
返ってきた夕柊の声を聞いて彼女は能力を解除した。スッと消えていく無数の目。そして、彼女は「私はもうお役御免ね」と呟くとその場に膝を抱えて座り込む。耳にかかっていた髪は流れるように定位置に戻り、再び彼女の顔を隠した。
目の前に一つ寂しく転がっている小石を指先でいじりながら彼女は呟く。
「神恵子側全員黄泉にいるわよ。あなたの読み通りに、ね」
――ジジ……
「……夕柊さん」
崖下の枝にぶら下がっていた夕柊はインカムから自分の名が呼ばれたことを受け取ると、背から大きな烏の翼を生やした。
木の棒を掴んでいた両手を離せば素直に下へと落ちていく。だが、翼がはためけば彼は宙に留まれるのだ。
枝の上でバランスを崩した木の棒が下へと落ちていく。夕柊は目の前に落ちてきた木の棒を掴むことなく目で見送り、
「ご苦労さま」
一言告げ崖上へと飛んでいった。
彼が向かう先はただ一つ。皆が待つ『黄泉』だ。
時間は残り1分。
「残り時間はあと40秒か」
黄泉の上にいる梟が加えているタイマーを見て小さな声で零す馨。
吟丸の計らいで、埋まっていた生首状態から抜け出せたのだ。田々はかなり不満そうだったが、反則をしている状態では従うしかなかった。
風に乗ってかすかに聞こえてくる鼻歌。
「さあ、最後の勝負といこう」
不敵に笑ったトトの言葉尻に被さるように風が上空から吹いた。上空には大きな二対の翼をはためかせる夕柊。
最後の勝負をモニターから観ている教師二人。
吟丸はクスッと笑うと、左手で頬杖をついて微笑む。
残り時間は刻刻と減っていた。
「『乖離一空』」
夕柊は宙で留まり、手のひらを上に向けて右腕を前に軽く伸ばして掬い上げるように動かした。彼の手の動きに呼応するように黄泉にいた神使らが浮き上がる。
『烏天狗』
【重力操作:自身と相手の重力を操ることが出来る】
浮き上がった仲間ら目掛けて飛んでいく夕柊。
だが、ただではいかせない。準備の時間は十分になったのだから。
恒心、丈、焚、市露、澪、綴が高さのある木の中に潜んでいた。丈が恒心の、市露が焚の、綴が澪の踏み台となり、小柄な三人が夕柊へと飛びかかる。
しかし、察知した夕柊に宙で軽く避けられてしまう。
だが、ただでは終われない。恒心は意地で夕柊の下駄を掴んだ。
「下駄はさすがにノーカンだろうけどっ!」
恒心の体重がかかり、一瞬夕柊の動きが止まる。反射的に下駄を脱いで体制を立て直した夕柊だったが、その一瞬が命取りであった。
目の前に現れる綸、陸斗、來。一瞬あれば神恵子の身体能力なら高く跳ぶことが出来るのだ。
しかし、また届かない。
いや、届く距離にはいた。
夕柊が急に能力を解いたのだ。
重力がかかり下へと落ちていく夕柊。同じくゆっくりと下がっていく黄泉の中の神使ら。
だが、それさえも見越していたかのように、降りた夕柊の先にはトトが待ち構えていた。にもかかわらず、夕柊にはまだ余裕が見えており微かに上がっている口角。
皆が夕柊に注目をしている最中、一人だけ別のところを見ていた馨。
(ずっと考えていた……。夕柊は自分が一番警戒されると分かっていてそのままにしておくはずがない。きっと誰かに託したはずだ。頼りになる神使?
……いや、その裏をかくのが夕柊だ。大役を任せるには心許なく、誰もが無意識に除外してしまう存在)
馨は、背後からある神使へと近づく。
(能力を使うなら今だよね……木歳)
木の姿へと戻った木歳は体をぐっと前に屈めるとパッと両腕を上に伸ばしお腹を張った。すると、ポンっとお腹から出る芽。
そして力を入れて芽を伸ばそうとした瞬間、お腹は後ろから両手で塞がれた。
首を傾げた木歳は後ろを見上げながら振り向く。優しく慈愛に満ちた主が眼鏡の奥の目を細めて自分を見つめていた。
「あれ? 主?」
「……大役を任されたんだね。凄いね」
目を瞑って微笑む馨に、「うん!」と心から嬉しそうに笑って答えた木歳。
そんな彼らとほぼ同時に、トトは夕柊の肩に触れていた。
――ピィー、ピィー
直後、タイマーを持った梟が鳴き出す。
終了の合図だ。
「間に合った?」
「ん。捕まった」
トトと夕柊のやり取りを聞いた恒心はその場にしゃがみ込む小さく呟く。
「……ってことは……」
「「「いよっしゃー!!」」」
恒心の言葉に続くように、初羽の子らは喜びの歓声を上げた。
拳を空に上げ高く跳んで喜ぶ恒心、拳を強く握る陸斗、焚と澪の頭に手を置いて笑う市露、ハイタッチする綴と丈、綸と來は顔を見合わせ微笑み、乃々子は胸に手を当て小さく息を吐き出した。
「馨くーん!」
ひとりへたり込んでいる馨に恒心と陸斗が飛びつく。市露も後ろから馨の頭を乱れるほどに撫でた。
「……ナイス、馨くん」
夕柊の肩に手を置いたまま、肩越しに馨を見やったトトからの賛辞。
嬉しさが込み上げ口を結んだ馨。彼は自分が為したことをやっと理解したのだ。
「うげぇ、負けたのー?」
「負けたのかー」
後ろに手をつき足を伸ばし、背を合わせて座った繕と煉は悔しそうに天を仰いだ。
「そっかぁ。夕柊くん凄かったのに……」
正座をした盤は俯き呟く。
「馨さんにしてやられましたね」
「だな」
腕を組んで苦笑いをするおこめ、腕を組んで頷いた平。
「……くそっ」
吐き捨てた田々からは悔しさが滲み出ていた。
「……終わったみたいね」
弥々子は遠くから終了の鳴き声を聞き、億劫そうに立ち上がり皆の待つ黄泉へと向かう。
「やっぱやりやがったアイツ!!」
馨が能力を出そうとしていた木歳を止めた瞬間、陽炎は音を立てて椅子から立ち上がった。小面の能面で隠れて表情は分からないが、声から嬉しさが滲み出ている。
「ふふ」
そんな陽炎を見て微笑む吟丸。
「え、なんか余裕っすね。でも約束は守ってもらいますからね、高級肉1年分」
陽炎は不服そうに返す。
「そうだねぇ……」
歯切れ悪く呟いた吟丸は、取り付けられてあるマイクに電源を入れた。
「『アヤカミ』終了。勝者は――『妖』側」
「……は?」
その放送を隣で聞いていた陽炎は、意味不明だ、と吟丸を見つめる。
「『アヤカミ』終了。勝者は――『妖』側」
「「……は?」」
「なんで!?」
流れた放送からの結果に、こちらでも同じくどよめきが起こっていた。
初羽の子らが戸惑っている中、一人夕柊へと詰め寄るトト。
「何した?」
両手を後ろで組み、首を傾げて夕柊を覗き込みながら尋ねる。
夕柊はトトの右肩を右手の甲で軽く押しのけると黄泉へと近づき、馨の前でぺたんと座っている木歳の前でしゃがんだ。
そして、
「やりー」
と、木歳にハイタッチを求める。
「やりぃ!」
夕柊を真似した木歳は、固く小さな木の手でハイタッチを返した。
「上手くいったな、木の坊や」
木歳を横から抱き上げたのは常葉だ。小さな頭を撫でるたび、嬉しそうに頭の双葉も揺れている。
「馨」
夕柊は、呆気にとられている馨に呼びかけた。馨は木歳と常葉に向けていた視線を夕柊へと向ける。
「読みはあっていたよ。俺が他の子に託したところまでは」
しゃがんだまま両手で頬杖をつき淡々と述べる夕柊。
「ただ、それはもっと前から始まっていたんだよ。もっとずっと前から、ね」
「……え? どういう────」
含みのある言い方をした夕柊に聞き返そうとした馨の声が遮られる。
「みんな、お疲れ様」
「……おつかれ」
教師陣だ。
夕柊は立ち上がり、馨に背を向けて仲間の待つ所へと歩き出した。
吟丸は涼しい顔で微笑んで立っている。一方、白衣のポッケに両手を入れている陽炎は表情こそ見えないが、心做し面に陰りが見えた。
「「どういうこと!?」」
吟丸に問い詰める陸斗と恒心。
「はは、今説明するよ」
吟丸は陸斗と恒心の肩に一度手を置くと、空を見上げて軽く口笛を吹く。すると、足でひとつの大きなモニターを一緒に掴んだ二羽の梟が飛んできた。
梟らはモニターを持った状態で、吟丸の顔の横で羽ばたきながらとどまる。
パッと電源のつく画面。
その画面の上部には『神恵子側』と書かれた横長のマスがあり、初羽の面々のイラストアイコンが並んでいる。
画面の下部には『妖側』と書かれた横長のマスがあり、同じく神使の面々のイラストアイコンが並んでいる。
画面中央左には『黄泉』と書かれた円があり、画面中央右下には『失格』と小さなマスがあった。
「とりあえず最終状況がこれね」
吟丸が人差し指で画面に軽く触れると、神使側のアイコンが動き、『黄泉』、『失格』、そして逃走中を表す画面中央右の何も無いスペースへと移動する。
その結果は驚きを隠せないものであった。
『失格』:田々、煉
『黄泉』:夕柊、木歳
黄泉の円の中には、夕柊と木歳のアイコンしかなかった。他の神使は逃走中となっている。
「どないなっとんねん」
その結果に顔を顰める市露。
「しっかり捕まえたはずなんだけどなあ?」
笑みを浮かべるトト。その中には確かなる苛立ちも含まれていた。
「失格者二名、確保者二名、逃走者十一名。
この結果から、勝利条件である『制限時間終了時に半数以上の妖が捕まっていた場合』を満たしていないため、『妖側』の勝利とする」
吟丸は後ろで手を組み、微笑みながら告げた。
「この結果になった過程を知りたい」
腕を組みながら画面を見ていた綴は吟丸へと視線を動かす。
「うん、そうだね。早送りで変動を見てみよう」
吟丸が再び画面に触れると、神使らのアイコンが全て逃走中を表す画面中央右へと移動した。
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次回、答え合わせです。
予想つきますか?




