第六十二話 アヤカミ 11
夕柊は、棒を右肩の上でトントンとさせリズムを取りながら自作の鼻歌を歌っている。
そんな彼の前に立ち塞がる影。影は小さな体を広げ通せんぼする。
「……見つけました」
「いいね、兄妹対決といく?」
小さな影――綸と夕柊はお互い見つめ合い、タイミングを測っていた。
先に動きだしたのは綸だ。夕柊へと真っ直ぐに向かう……と思わせて、後ろに下がった綸。
夕柊は、近づいてくる綸に合わせて上に跳ぼうとしたが、綸が後ろに下がったのを見て踏み止まる。
「あら、バレてた?」
「ええ、兄妹ですから」
綸は後ろに下がることで、例え上に跳んだとしても夕柊の姿を捉えられるようにしていた。
夕柊も捉えられると分かって跳ぶようなことはしない。木の上より断然地面の方が自由が効くからだ。
彼は僅かに口角を上げると手で持っていた棒を斜めに地面につけ、そのまま勢いよく回る。棒によって削られた地面が砂を上げて舞い、一瞬にして視界を奪われる綸。
ほんの数秒間だったが、砂が舞い終わった時にはそこに夕柊の姿はなかった。
「……やられました」
肩を落とした綸であったが、その目は諦めておらず寧ろ闘志が燃えている。
綸から悠々と逃げた夕柊だったが、その前にまたまた影が立ち塞がった。またも小さい影だ。
「……行かせへん」
長い前髪と口当てで表情は見えないが、小さくも強さの籠った声から本気であることが伝わってくる。
もうひとつの小さな影――澪は一歩も動く気配を見せない。夕柊が動くことを待っているようだ。
「そんな俺ばかり見ていていいの?」
地面を蹴った夕柊は自ら澪に近づくと、手で持っていた棒を上空に投げた。咄嗟に目で追った澪。が、視界に棒は映らない。
澪の視線が外れた一瞬の隙に夕柊は彼の横を滑り込むように抜けた。その手にはまだ棒が握られている。夕柊は実際には棒は投げていない。投げたふりをしたのだ。人間、顔の近くでものを動かされたらつい追ってしまうもの。
「あ、しもうた……」
澪がトリックに気づいた時には、夕柊はもう手が届かないところにいた。
「この棒いいなー、万能だー」
当の本人は、ただの木の棒に感心していた。
実際、木の棒が凄いのではなく色んなことに使いこなせる夕柊が凄いのだが。
「……さあ、後は君と弥々子ちゃんだけだよ」
不意に背後から聞こえる声。甘く、でも落ち着いた声。
「ラスボスのお出ましですな」
夕柊は驚く素振りひとつ見せず、その場に立ち止まり後ろを振り返った。視線を交わすのはこれで三回目となる二人。
「こっちからしたらラスボスは君なんだけどね。攻略できず諦める人が多数出るタイプの」
ラスボス――トトは、後ろで組んでいた手をほどき両手を広げ肩をすぼめる。
「最後の勝負にしてはまだ残り時間があると思うんだけど?」
「君を捕まえたら実質終わったようなもんじゃん? 残り時間は関係ないよ」
トトの言葉を合図に二人は走り出した。夕柊の後をトトが追いかける形だ。
「そういえば、残り俺と弥々子さんだけって言っていたけど、望月くんたちはまだ捕まってないじゃん」
体を後ろへ振り向かせ、そのまま後ろへ跳びながらトトに確認する夕柊。
夕柊はつい先程黄泉の様子を見てきたのだ。黄泉に捕まっていたのは六人の神使。自身が救出した盤も含めてまだ半数は残っているはずだ。
「全員さっき捕まえたよ」
トトは不敵に笑いながら答える。
「えー、ほんと?」
小首を傾げた夕柊はまだ疑っているようだ。
――ジジ……
タイミングよく繋がる妖側のインカム。
「……ごめん、夕柊くん。捕まった」
「ごめんなさい、僕もぉ……」
申し訳なさそうな声で告げる望月と盤。それはトトの言葉が真実だと証明するものだった。
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馨の生首の件により、陸斗と丈から逃げ果せた望月ら。背中からウルとルスを降ろすと、望月と穏月は人間の姿に戻る。
二人の本来の能力は今回では使い道が無いため、狼化を能力として使用することに決めたのだ。
しかし、なぜこうもタイミングが悪いのか。解いた直後に出会ってしまった。
「みーっけ」
神恵子側の一番の脅威、トトに……。
望月らはすぐさま反対方向へ逃げた。まだ能力の残っていたウルは盾となるように立ち塞がり、弓矢を構え迷わず放った。
矢はトトを目掛けて真っ直ぐに飛んでいく。そして、トトの体に到達するという所で矢は止まった。
否、止められたのだ。トトの素手によって。
彼は、止めた矢をウルへ投げ返す。矢はウルの頬を掠め背後の木へ刺さった。
「規格外だろ……」
ウルが負けを認めた時すでに、その肩はトトに触れられていたのだ。
ウルが盾になってくれたおかげで望月らはトトから距離が取れていたはずだが、その距離はものの一瞬でつめられる。
「……適わないねぇ、こりゃ」
望月の諦めた呟きと共に、逃げていた三人は捕まった。
そして、その場面に運悪く遭遇してしまった盤も何が何だか分からず捕まったというわけだ。
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「いいよ。あとは任せて」
夕柊は望月ないし妖側全員にインカムで伝える。
彼の強気な言葉に思わず笑うトト。
「あはは。その自信を今すぐへし折ってやりたいよ」
「べ」
トトの苛立ちがこもった笑顔に軽く舌を出して応える夕柊。
更に笑顔を引きつらせたトトは、夕柊の行為を反撃の狼煙と受け取りスピードをあげる。夕柊は体を前向きに直した。でないと一瞬で詰められると悟ったからだ。
風を起こすスピードで駆け抜けていく二人。それでもお互いの顔は涼しげであり、これが全力ではないことを表していた。
「助太刀致す!」
渋さを意識した声と共に陸斗が木の上から降りてきた。片手と片膝をつけて華麗に着地する。彼の後には丈も控えていた。
逃げている夕柊の進路を両手を広げて塞ぐ二人。
夕柊は、咄嗟に下駄の歯を地面に引っ掛けでブレーキをかけた。砂煙を舞わせ止まるが、その一瞬で距離を詰めていたトト。彼が夕柊の背に触れようとした刹那、夕柊は深く座り込むとそのままバク宙をしてトトの上を軽々と跳び越えた。
まるで翼が生えているかのようにふわりと跳んでいる夕柊。だが濡羽色の翼は彼の背から生えていない。
トトらは夕柊の軽やかな動きを目で追ってしまう。
今自分の真上にいる夕柊を見上げ、
「……はぁ?」
と、苦笑いしているトト。
音を最小限に着地した夕柊は、軽く息を吐き出しトトらを見る。
耳にかかっていた柔らかなブロンド髪が一束落ち顔にかかった。
「……いちいちイケメンなんだよ」
トトは片眉をひそめ口角をあげて悔しさをにじませると、先に動き出していた夕柊を追いかけ出す。
呆気にとられていた陸斗と丈だったが、トトが走り出したのを見て後を追った。
(てか、能力使えって。地で軽々とそういうことやんなし)
トトは中々能力を使わない夕柊にイラつき、青筋を浮かべながら笑顔で尋ねる。
「そろそろ決着つけない?」
「まーだ」
夕柊は肩越しに背後を見やると、棒を帯に差して左へと方向転換をし正面に立ち塞がる木に足で数歩上がって枝をつかみながら木へと登った。
トトらも夕柊程では無いが素早く木へと登り、追いかける。
夕柊は木から木へと移り別の開けた道に出ると木から降りて、帯から棒を抜き手で持つとまた走り出した。
華麗な夕柊の身のこなしにより距離は開いていく一方だ。
だが、距離が開くと彼は速度を落とし、敢えて離れすぎない距離を保っている。
当然トトらも夕柊が意図的にやっていることが分かっており、なのに捕まえられないもどかしさと苛立たしさを募らせていた。
両端にあった木がなくなり、遮るものがない開けた場所に出た夕柊。その先には何も無い。つまり、崖だ。
「まさか、飛び降りるとかしないよね……?」
焦りを見せるトトは夕柊に問うが、夕柊は止まる素振りを見せない。
「うーん。もう逃げ道がないからなー」
余裕さを含ませた声で呟いた夕柊は、そのまま崖に飛び込んだ。宙で体を反転させ向きを変えるとトトらと視線を合わせる。
「この、バカっ……!」
トトは叫び咄嗟に手を伸ばしたが届かない。そして、ほんのりと微笑んだ夕柊は背中から崖の下へと吸い込まれて行った。
速度を落とすことなく崖に近づいたトトは膝をついて崖の下を覗き込む。
「……まじか……」
呆然と呟き速度を落とした陸斗は一瞬立ち止まるも、すぐさま走り出してトトの隣に膝をついて崖下を覗き込んだ。不安感を募らせた顔で丈も追う。
「……はは、あはは!」
急に笑いだしたトト。乗り出していた身を引くとそのまま崖淵に座り、後ろに両手を着いて空を見上げて誰にともなく零した。
「……肝が据わってんなぁ」
そんなトトを見つめる丈は、いまいち状況が呑み込めていない様子だ。
「夕柊くんは無事なのか?」
陸斗は崖下を見つめたままトトに問いかける。
「無事、無事。でも、普通やろうとは思わないでしょ」
晴れやかに笑うトトに首を傾げ、再び崖下を覗いた。
「……あっ!」
彼を見つけたようだ。ホッと胸を撫で下ろし、陸斗もトトの隣にへたり込む。
夕柊は、崖から生えている太い枝にぶら下がっていたのだ。ずっと持っていた木の棒を枝の上にひっかけ、下から棒の端を持ちぶら下がっている。
崖下を覗き込んで口を開いて感心している丈を横目に立ち上がったトトは、一度体を伸ばすと踵を返した。
慌てて追いかける陸斗と丈。
「ここまで来ても能力使わせられなかったし、やっぱ人質が必要かな」
顎に手を添え呟くトト。澄まし顔で物騒なことを言っている。
そして、インカムに触れ回線を繋げると、
「全員黄泉に集合」
そう一言告げて切った。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
神威学園襲撃の際、綸を庇いそして無事生還したトトはその日を境に、クラスメイトに一目置かれる存在となりました。皆がトトに指示を仰ぐ、ある程度言われた通りに動くことにはそのような事情が働いているのです。




