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第六十一話 アヤカミ 10


 「おーい! 助けてー!」

 だが、やってきたのは事の発端、まさに元凶――泥田坊の田々(でんでん)であった。馨めがけて大股で一直線に近づいてくる。


(……あ、トトに捕まったから解除しに来たのかな?)

 馨はそう推察し、すでに目線は合っているのに「こっち」と呼ぶようにもう一度腕を左右に大きく揺らした。


 馨の前にやってくると、目前にしゃがんで左手で頬杖をついた田々。口を開くどころか、中々助ける素振りを見せない。


 そしてやっと地面に右手をつくと、地面を泥濘へと変えた。

「はぁ、やっと出られる」

 胸をホッと撫で下ろした馨は田々へと腕を伸ばす。


 が、待てど暮らせど手は掴まれない。それどころか、頬杖をついたまま陸斗を見下ろしているだけだ。

 復活した泥濘によってさらに沈んでいく馨を、ゴミを見つめるような目で見る田々。


「どうして、どうして、どうして!?」

 馨は沈んでいく体で彼に必死に理由を問う。


 彼は「あー……」と、右上方に目線を向けてフッと笑うと、

「腹いせ?」

 沈んでいく馨を死んだ目で見つめて答えた。


「……え、腹いせ? って、どうしてその対象が俺なんだよ! あれか? 抵抗できないいい的てきな。それより、止めてー!」

 必死に腕で泥濘をかいて抵抗する馨だったが虚しく、沈んでいく一方。


「ふっ」

 そんな哀れな馨に田々はさぞ満足そうだ。

 裏腹に、沈んでいく陸斗の顔は次第に青ざめていく。もうすぐ顔に到達してしまうからだ。


「なー!! おまっ、バカ!! 生き埋めにする気か!」

――バコンッ

 その言葉と共に田々の頭は強くはたかれた。


「んぅ」

 その衝撃で田々の頭が少し揺れる。はたいたのは煉だ。滑るように現れたことも含めて、ダッシュしてきたようで肩で息をしている。


「こいつが、すまんな」

 軽く息を整えた煉は、すぐさま首に下げている赤い数珠を一つもぎ取り泥濘に放った。ボワッと音を立てて彼の着物や髪に灯る火。手をかざすとその数珠を中心に一気に炎が上がる。

 煉の迅速な対応により生き埋めになることは阻止されたが、その時すでに首の半分まで埋まってしまっていた。


「……ほんとに、死ぬかと思った」

 青ざめた顔で地面を見つめていた馨に近づき両膝をついた煉は頭を下げる。


「一緒に黄泉に向かっていたはずだったんだけど、気がついたら隣から消えてて……。目を離した俺の責任だわ」


 そして、隣でいまだ頬杖を続けている田々の頭に手を乗せると、グッと下へ押し込んで頭を下げさせる。

「すまなかった! ……ほら、お前も!」

「……やだ」

 口をとがらせそっぽを向いた田々にすかさず飛ぶげんこつ。


「んぅ」

 その衝撃で頭が上下に揺れる。

 鼻に皺を寄せてげんこつが落ちた箇所を撫でる田々。反省の色なし。


――キィーン

 裏山に設置されたスピーカーからのハウリング。


「田々、煉、二度能力を使ったことにより失格。よって、終了時間まで黄泉の中に残るように」


 吟丸の声だ。呆れのこもった声は、瞳に小型カメラが内蔵された梟らによってモニターに送られてくる映像を見ていたからだ。

 吟丸の隣では陽炎が「失格より腹いせ優先、いいねー」と呑気に笑っている。


「はーい。おら、行くぞ」

 その放送に返事をした煉は田々の腕を掴んで立ち上がらせた。先に歩き出した煉だったが、田々は不満顔で腕を組んだまま動かない。ため息をつきつつ彼の元へと戻った煉は、三度その頭をはたき、後ろ襟を掴んで歩き出した。

 立ったままの状態で引きずられていく田々。彼の顔や体から滴った泥が下駄を伝い、道に点々と跡を残す。


(なんか見たことあるなぁ)

 馨はデジャブ感に苦笑いを浮かべ二人を見送るも、先刻より身動き取れなくなった状態に涙を流さずにはいられない。


「……誰でもいいから助けてくれー!!」

 その叫びは虚しくただ裏山に響くだけであった。



 「あぁ、そういえばそんな放送あったな。トトにまた使ったかと思ったが、同じ人に使ったのか。なかなかセンスある奴だなー」


 陸斗は、図らずもされるがまんまである馨をいいことに、その頬をつんつん突きながら笑う。


【いと、わろし】

 丈は馨に見えるように地面に文字を書くと、エアーで笑った。


「笑うな!!」

 青筋を浮かべて怒り心頭な馨。彼が顔を動かすたび眼鏡は傾いていく。


 ひとしきり笑い腕を組んで前に伸ばした陸斗は、辺りを見回して望月らがもういないことを確認すると馨の面前に胡座をかいた。


 馨の顔に伸ばされる陸斗の手。その手は傾いた眼鏡のフレームを掴むと、正しい位置へと戻す。

「……よし」


 立ち上がった彼は何も言わず馨に背を向けて歩き出した。丈も続く。だが、その二人の背中から「後は任せろ」といった頼もしさを馨は感じ取ったのだった。


「……うん、任せるよ。てか、この状態じゃ俺何もできないしね」

 そして苦笑い。



 「とりゃあ!」

「うわー、やられたー」

「ハッハッハー、いいぞ木の坊や!」

「ヒューヒュー!」

「へぇー、やりますね木歳(ことせ)くん」


 『黄泉』という名の白線の円の中では、腕相撲大会が開かれていた。たった今、木霊の『木歳』と蟒蛇の『平』の勝負が繰り広げられ、木歳が勝利を収めたところだ。円の中は和やかな笑い声と暖かい雰囲気で満たされている。


「ほのぼのー、としてるねぇ」

「ほんとに。実家のようにくつろいでいるんだけど」


 黄泉にいる全員に勝った木歳が白狐の『常葉(ときわ)』に高く持ち上げられている様を見て朗らかに呟いた恒心に、同意を示す乃々子。


 白線の中では、うつ伏せになり頬杖をついて笑っている枕返しの(ぜん)とヒザマの(れん)、胡坐をかき息子を見守っているような眼差しの(ひょう)、正座をして孫を微笑ましく見ているような隠神刑部の『おこめ』、頭の後ろで腕を組んで興味なさげに仰向けで寝ているも腕相撲にはちゃっかり参加していた泥田坊の『田々』、など各々自由に過ごしている。


「いーなー、楽しんでいる」

 ふと、聞こえたのはこの場にはいないはずの声。


 円に足を踏み入れるか入れないかの際にその少年は立っていた。どこかで拾ったのであろう木の棒を地面に刺し、その上に両手を置いて顎を乗せている。


 目を開き、声のした方へと機敏に振り向いた門番二人。


「よ」

 その少年――夕柊は二人に向け片手を上げて挨拶をする。


 恒心も乃々子も決して気は抜いていなかった。恒心は一緒になって木歳を応援していたが周囲に気を配っていたし、乃々子はさらに気を配っていた。

 二人に落ち度はない。ただ、二人に悟られず黄泉に近づいた夕柊が一枚上手であったということ。


「お、夕柊さんじゃん」

 初めに声を発したのは煉だった。夕柊を指差している。煉に続き黄泉にいる神使らも彼を見た。目が合うと嬉しそうに両手を振る木歳に片手を振り返す夕柊。


「……もしかして、助けに来たの? 時間はまだ10分以上残っているのに」

 立ち上がった恒心は笑顔を作って尋ねた。額から流れた汗は頬から顎を伝い地面に染みを作る。


 かなり攻めた質問だった。逃がすなら終了時間ギリギリだとトトから聞いていたからだ。当然恒心もそう思っていたし、そうしかありえないとまで思っていた。

 故に、途中で助けに来るという考えが頭から抜けていたのだ。

 この質問は、揺さぶりも込められている。今でいいのか? 使っていいのか? と……。


 乃々子も固唾を飲んで夕柊の返答を待っていた。


「ただ様子を見に来ただけだけど?」

 だが、当の本人はけろりとしていた。


 確かにその場から動く様子もないし、助けるならここに来た段階で助けられたはずだ。完璧に門番二人の目を盗んでいたのだから。

 黄泉にいる神使らも戦況がわかっているようで、夕柊に助けを求める素振りを見せない。


「様子を見に来たにしては、物騒なものを持っているのね」

 様子を見守っていた乃々子が口を開いた。微かに震えた声と拳。彼女の視線の先には夕柊が顎を乗せている木の棒がある。


「あ、これ? これは後で使うんだー」

 体を起き上がらせた夕柊は、木の棒を右手で持ち体の横でクルクル回した。そして、木の棒を右肩の上に乗せるとわずかに音域を落とした声で告げる。


「……大丈夫、今は使わないよ」


 声の変わりように恒心と乃々子の背筋に震えが走り、咄嗟に身構えた。本人はああいっているが、今にも使ってきそうな雰囲気を漂わせているからだ。


 だが想定していた展開は訪れず、

「んじゃ」

 と、本当になにもせず夕柊はこの場を去っていったのだった。


「……はぁ、本当なんだったの?」

 胸に手を当てて安堵の息を漏らした乃々子。


「んー、下見とか?」

「妥当ね。やっぱり勝負は最後、か……」

「うん、気を引き締めなくっちゃ」


 示し合わせたわけではなかったが、二人は拳を見つめ握ったのだった。必ず勝つ、というチームとしての意志の表れだ。


「でも、あの木の棒の見せ方は卑怯よ。やられるかと思ったじゃない」

 腰に手を当てた乃々子は少し頬を膨らませる。


「それねー。夕柊くんに限って人に向けることはないだろうけど、ちょっとビビった」


 ポニーテールの根元を掴んで左右に引っ張りゴムをきつく締めなおしながら共感する恒心。次いで屈伸とジャンプをし、門番放り出して捕まえに行きそうな雰囲気を醸し出している彼に、乃々子はくすりと笑う。


 共に門番をしながら会話を重ねていくうちに、乃々子は恒心のことを「弟みたい」と思い始めていた。他の男性に比べると恒心は彼女にとっては接しやすい部類に入る。同様に(たき)と澪、そして(らい)も。本能によるところらしいが。


「うへぇ、なんそれ」

「だろう?」

「これなぁに?」

「アリさんですよ。ご飯やおやつを探しているのかもしれませんね」


 円の中から聞こえてくる楽しそうな笑い声。修学旅行の夜のように皆で頬杖をつきながら寝転がり、他愛ない話をしている神使ら。これが勝負だと忘れてしまいそうなほど今を楽しんでいる。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


アヤカミ、残り十分。終盤に差し掛かってきました。

果たしてどちらが勝つのでしょう?

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