第六十話 アヤカミ 9
「どうする?」
茂みの中に隠れ声を潜めて隣人に問いかけたのは、焚の神使・古空穂の『ルス』だ。
「しばらく様子見だな」
隣人――市露の神使・古空穂の『ウル』は、キトンの上に落ちた葉を手で払って落としながら答える。
なぜ二人が隠れているのかというと……、
「出ておいでー、……って、素直に出てくる奴はいないか」
――コクリ
と、口に手を当て呼びかける陸斗と、そんな彼に頷く丈がいるからだ。
初っ端、繕らを捕まえた丈はあの後すぐトトと別れひとり行動をしていた。そして、同じく馨の一件以来ひとり行動をしていた陸斗とばったり出くわしたというわけだ。
「よっ」
始まりの一件以来の再会である。
出会ったのも何かの縁。ということで共に行動していた道中、茂みから音が聞こえてきて今に至る。
「突撃という手もあるが、能力が残っていたら返り討ちなんてのも――ブフッ、ククッ……」
言葉最中唐突に吹き出した陸斗に怪訝な視線を向ける丈。
「いや、悪い。あれを、あれを思い出して――アハハッ!」
陸斗は、先刻まんまと返り討ちにあった馨のことを思い出し、我慢できないというように笑い出した。ヒィーヒィー言いながら笑っている陸斗に丈は若干ひいている。
「ちょ、ひかないで。これにはわけが――ククッ、あって……」
――フイ
「あ、信じてないだろ? その顔」
――フイ
といった二人のやり取りを茂みの中から隠れつつも覗いているウルとルスであった。
神使二人は陸斗と丈が油断しているとみて顔を見合せ頷くと、左腕を前に伸ばす。腕に合わせて生成される弓。腰の空穂から矢を取り出し構えた。
『古空穂』
【弓矢:弓矢を生成及び駆使】
ウルは陸斗、ルスは丈へと矢を引いて構える。
だが、茂みの中で光を帯びた矢尻の一瞬の輝きを陸斗は見逃さなかった。
「……見つけた」
口角を上げながら地面を蹴って茂みへと駆け出す。陸斗が失敗した際の保険として丈はその場で待機。
「げ。ばれたか」
と、苦い顔を浮かべてウルは陸斗目掛けて矢を引く。が、軌道を読んでいたようで彼は首を傾けて矢を避けた。
咄嗟に彼はもう一度矢を作り出そうとしたが、能力の発動が一度きりであることを思い出して腕を力なく下げた。消える弓矢。腰には空の空穂だけが残る。
その間にも陸斗はウルへと近づいてきていた。そして茂みに手がかかった時、
「……なっ!」
ぐいっと浮かされるウルの体。
「逃げるよ」
その声はトトの神使・神獣 灰狼『望月』のもの。
狼姿の彼がウルを自分の背中に乗せたのだ。
ウルの理解が及ばぬうちに走り出す望月。ウルの淡い黄色の長髪と裾の長いキトンが水平に靡いている様から、望月がどれほどの速度で駆け抜けているのかが伺えるだろう。
「すまない、たすかった」
僅かに落とされた速度の合間を縫ってお礼を述べたウルは、望月の背中にうつ伏せで乗せられていた体を起こし跨る形へと変えた。
「間に合って良かった」
狼らしからぬ細められた目と上げられた口角。そんな望月の隣に、同じく神獣 黒狼『穏月』が並んだ。
背中には弓を持ったままこちらへ片手を上げて微笑んでいるルス。彼女の毛先がくるりと丸まった淡い黄色の短髪が、穏月の走る動きに合わせて僅かに跳ねている。
「幸い追ってきていないようだ――」
「いや、いる」
腕を組み背後へ視線を送ったウルの安堵が滲み出た声を遮って、望月が告げた。彼の満月のような黄色い目は鋭く光を発していた。
――ポキッ
その言葉を裏付けするように後ろの木の枝から発せられた音。陸斗と丈の二人は地面ではなく、木の枝から枝へと飛びながら追いかけていたのだ。ウルがいないと判断してしまうのも無理ない。
「スピードあげるよ」
望月の合図に二匹の狼は体勢をより低くし速度を上げていく。
「狼やっぱ速いなぁ。タゲチェンする?」
先程より差が開いてしまい、上方の枝に掴まり立ち止まった陸斗は、道を挟んで向かいの木の枝の上にしゃがんで前方の敵を見ている丈へと問いかけた。
陸斗へと視線を向けて首を横に振る丈。
「オーケー、このまま行こう。方向的に中心に向かっているから、誰かしらと挟み撃ちにできる可能性もあるしな」
丈の冷静かつ迅速な判断に陸斗は頷いて了承すると再び前方へと向き直った。
(てか、確かこの方向は……)
「……こりゃ、挟み撃ち狙われているね」
「ああ」
陸斗と丈の会話は当然聞こえていなかったが、差が徐々に開いてもついてきている気配と、自分らが中心へと向かっている状況にいち早く気が付いた望月と同意する穏月。
「んじゃあ、どうする?」
穏月の背の上で胡坐をかいているルスは、少し体を前に傾けの隣を走る望月の顔を見た。
「やるか?」
一方、ウルは弓矢を握っている腕を組んだまま後方へと視線を送る。走る狼二人によって発生している風により顔にかかる長髪をうざったらしそうに首を振ってどかそうとするも、わずかに開いた口の中にタイミングを見計らったかのように入り込んできた髪に苦虫を噛み潰したような顔を浮かべるウル。そんな彼を指さして笑う短髪のルス。
「一回だと動きを鈍らせるのが関の山かな。……あんさんら、楽しそうね」
ウルの問いに答えた望月だったが、自分らの背の上でわちゃわちゃしている二人に苦笑いを浮かべた。
「とりあえず、何処か脇道がないか探しながら行こう」
望月は穏月の提案に顔を向けて頷くと、背後に顔を向け横目で確認する。姿は見えないが気配は消えていない。確実に追ってきている。速度を上げても巻けることができない神恵子の身体能力に彼は小さく舌打ちを鳴らした。
ふと、自身の走るルート前方にある大きな石が目に付いた穏月。かなり大きな石ではあったが、彼が軽々と飛び越えている最中――
「……たす、けて……」
石から声が聞こえた。
飛び越えてから穏月は思わず動きを止める。
石の存在を確認していた望月は、穏月なら容易に飛び越えられるだろうと気に留めていなく、突然止まった穏月に怪訝な顔を向けつつ自身も止まった。
「……っ!」
穏月の視線の先を見て息を飲んだ望月。
「どうしたん? 穏月さ……いぎゃああ!!」
前触れなく止まった穏月の背から身を乗り出したルスも“それ”を見て悲鳴をあげた。
ウルも望月の背の上で顔を顰めている。
――そう。
石だと思ったものは生首だったのだ。
「……たすけて……」
その生首は泣きながら弱々しく呟く。助けて、とひたすら連呼しながら。
「……だ、誰かがやっちゃったー!! 地縛霊になってるよー!」
頭を両手で抱えて横に振りながら顔面蒼白で叫ぶルス。
望月らから遅れてやってきた陸斗と丈も騒ぎを聞き付け、速度を落とし木から地面に降り立った。丈は、声は発さずともそのただならぬ騒ぎに心配顔。
一方、陸斗は……
「なにかって……プハッ! やっぱりあれだよな! アハハハハ!」
腹を抱えて笑っていた。笑い過ぎて立つことが出来なくなり、四つん這いになっている。
眉を顰めた丈は陸斗から一歩後退った。
ヒィーヒィー言いながら四つん這いで望月らに近づいていく陸斗。そして例のものを見つけると、
「アハハハハ! な、なんで頭だけになってんだし」
四つん這いのまま右手で地面を叩きながら笑い、生首の主――馨へ問いかける。
「なぜか戻ってきた田々にやれたんだよ!」
涙を浮かべた目を吊り上げて馨は叫んだ。眼鏡が傾いているも、なんせ手が使えない状態だ。への字の口からは直せずにいる歯がゆさが滲み出ていた。
遡ること数十分前――
「……はぁ。これからどうしよう。吟丸先生に助けを求める? とりあえず次ここを人が通るまで待つか」
馨は、でこぼこカチコチに固められた地面の上で両手で頬杖をつきながら独り言ちていた。
「はぁ……」
がくんと首を項垂れさせ、何度目か分からないため息をつく。
ふと、前方からザッザッと砂をする音が聞こえてきた。足音だ。
バッと顔を上げた馨はまだ自由がきく腕を左右に大きく揺らし助けを求める。
「おーい! 助けてー!」
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
『ウル』と『ルス』の名前の由来。
名付け親は市露。中々思い浮かばず、現世の図書館で弓矢関連の本を漁っていると外国の神様についての話が載った本(神話)を発見。ギリシャ神話の弓矢の名手『アルテミス』、北欧神話の狩猟の神『ウル』が由来。『アルテミス』だと焚が呼びにくそうであったため省力して『ルス』となった。
空蝉の神様『御影』には内緒です。言ったところで怒らないとは思いますが。




