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第五十九話 アヤカミ 8


 「今度はどうしようかなー」


 裏山で一番高い木の枝に座り、足を軽く揺らしながら呟く夕柊(ゆうひ)。この木は高いため、下の様子を見下ろすことができるのだ。


「今度は、って、さっきは何してきたのさ」


 頭には灰色の狼の耳、黒く長い爪が特徴的なトトの神使・神獣 灰狼の『望月(みづき)』が声をかける。隣には、黒色の狼の耳と尾が特徴的な、同じくトトの神使・神獣 黒狼の『穏月(しずき)』。二人は偶然高い木の上にいる夕柊を見かけ追うように木に登ったのだ。


 夕柊は枝に座りながら顔を下に向け二人を見下ろしながら返す。

「君らの主に似顔絵のプレゼントをしてきたのよ」


「へぇ、そりゃあどうも」

 しゃがんだまま右手で頬杖をついている望月は呆れ声だ。


 穏月も夕柊を見上げながら声をかける。

「君に指示を仰ぎに来たんだが……」


「それなのに君は木に座って呑気に休んでいるし」

 言葉を濁らせた穏月に続き苦言を呈する望月。


「なんで?」

 夕柊は下に顔を向けたまま首をこてんと傾けあっけらかんと聞き返した。


「なんで、って……」

 望月は隣の穏月と顔を見合わせると、二人とも心底不思議そうな顔で夕柊を見上げる。


「好きにやっていいのに」

 足をゆらゆらさせながら言う夕柊。かかとと離れた下駄は落ちそうに見えるが、適度な角度を保っているのか落ちる気配はない。


「好きに、って言われても、僕らの能力は今回の勝負に役立たなくてね」

「だから、君に使ってもらおうと」

 望月、穏月の順に繋げて述べていく。


『灰狼』

【危機察知:対象一人の危機を察知できる。あらかじめマーキングが必要】


『黒狼』

【遠吠え:特定の仲間に合図を送れる。あらかじめマーキングが必要】


 夕柊は二人の話を聞くと一瞬間を開け、

「やだねーん」

 と、答えると、座ったまま足を揺らし少し反動をつけ枝から飛び降りた。望月と穏月がいる枝より下の枝に飛び移り二人を見上げて言う夕柊。


「好きに自由に楽しんでよ。じゃ」

 僅かに口角を上げた夕柊は袖に隠れた右手を上げると、枝から片足を浮かせて背中から落ちていく。そして、宙で半回転すると近くの枝を掴みその反動で次の枝へと移る。あっという間に地面へと着地した夕柊。


 どこで取ったのか木の棒を頭の上で振り、空いている手と足を延ばした状態で大きく振りながら歩き出した。


「お気楽って言うか、自由気ままというか。はぁ……」

 腕を組んだ望月は大きなため息をつく。


「彼らしいな」

 望月よりもやや大きくやや垂れ気味な黒い狼の耳を動かしながら穏月は笑った。微かに枝がこすれる音がするのは、彼が尻尾を振っているからだろう。



 「もう結構捕まってそうだな。再び黄泉の門を開けることも困難だろうし」

 丈の神使・蟒蛇(うわばみ)の『(ひょう)』は腕を組み辺りを警戒しつつ歩いていた。


――ズル、ズル

 この音は平の足が蛇だからだ。大きさは人間ほどで上半身も人間の姿。だが、下半身は蛇。人間の姿に変化することもできるが、彼にとってはこの姿が最も動きやすいのだ。捕まった夕柊らを助ける際に人間の足だったのは、地面を擦る不要な音と近づいているという不利な情報を相手に与えないためである。


「う、うん。奇襲作戦はもう使えないもんね」

 平に手招きされ、太い木の幹にポッカリと空いた穴に入り込んだ陸斗の神使・だいだらぼっちの『(ばん)』は小さい声で同意を示す。

 夕柊の言葉でそれぞれが逃げたはずだが、一人になるのが不安だった盤は平の後を着いてきていたのだ。


「あと何分なんだろう。早く終わってほしい」

 盤は両手を重ねて胸の前でぎゅっと握る。


「少し外の様子を見てくる」

 微かに震えている盤の肩に安心させるように手を置き穴から出た平は、腕を組んで辺りを見回した。


「大丈夫だ、人の気配はない」

 平は体ごと振り向いて告げる。


 穴のふちに手をかけ顔を半分出して様子を伺っていた盤は、平の言葉にほっと胸をなでおろした。

だが、それも束の間。


「……へ?」

 盤の顔はたちまち青ざめていき、小さく声が漏れる。


「……盤? 大丈夫――」

 平は様子が変わった盤を心配するように腕を伸ばして声をかけたが、その声は途中で止まった。


「……え?」

 と、思わず声を漏らす。

 何故か。後ろから体に触れられたからだ。


 彼はバッと後ろを振り向く。そこには、感情の見えない顔で(たき)が平の背に手を当てていた。目が合う二人。平は咄嗟に後ろに跳び焚と距離を取った。


「なんで……」

 そう聞かざるを得ない。なんせ誰もいなければ気配もなかったのだから。


「なんで?」

 焚は首を傾げ、平の言葉を繰り返した。


 平の顔から流れた汗が地面にシミを作る。盤は穴の中に引っ込み、口を押え縮こまった。あまりの出来事に今にも泣きそうだ。


 誰も何も言葉を発さず、三人の空間に異様な静寂が流れる。


「もう、急に走り出さんといてーやぁ」

 この静寂を破ったのはこの場に似つかわしくない穏やかな声であった。焚の兄を名乗っている市露だ。


「あ、市」

 木を挟んで向かってくる市露に声をかける焚。太い木の幹に隠れているのか、市露にはまだ平の姿は見えていないようだ。穴の中にいる盤の姿も。


 太い木の幹に手がつけるほど近づいた市露は、覗くようにして焚に声をかける。


「どないしたん――おや。でかした」

 市露は目尻を下げてニッと笑うと、横に並んで焚の頭を撫でた。


 平は後退りし、穴を隠すように幹に背をつける。盤がいることを気付かせないためだ。焚には見られたが、幸い市露にはまだ見つかっていない。


「……はぁ、降参。というか、焚に肩を叩かれたんでもう掴まっている」

 ため息をついた平は両手を上げ降参の意を表す。


「なら黄泉に向かおうか」

 腕を組み、顎で黄泉のある場所を指して穏やかな声で言った市露。木々が簪の先の折り鶴を羽ばたかせようと風を送る。折り鶴は望んでいないと言いたげに彼の傍を離れない。


「そうだな」

 答えたものの動かない平。否、動けないのだ。

 市露は察しているのかもしれない。だが、退くわけにはいかない。


(……これは、駆け引きだな)

 平がまた何かを言おうとした時、市露が言葉を発した。


「ほな、他のところ行こか」

 焚の顔を覗くように微笑む。焚も素直に頷いた。


 二人が自分に背を向けたことを見計らい小さく息を吐く平。

 だが、市露は見逃さなかった。むしろその行動を誘っていたのだ。


 腕を組んだまま平の前に一瞬で近づくと、彼の寄りかかっている木に右足を置く。その勢いで木が揺れ軋んだ。

 足を曲げ平に顔を近づける市露。


「……いるんやろ、もう一人」

 不敵な笑みを浮かべ平を見下ろしそう言う。普段の穏やかさはどこ吹く風。いかついあんちゃんと化している。


「……いない」

 頑としていないと言い張る平。口角を上げて平静を装って市露を見上げる。


「ほんならどいてみぃや」

「どかない」

 お互い一歩も引かない状態だ。


「力づくはこちらとしても望まないところやねんけどなぁ」

 市露は握りこぶしを作り構えた。


「やってみろ」

 それでも平はどかない。むしろ鋭い瞳孔の瞳が爛々と輝いている。


「……ぅ、うえぇ、ごめんなさい! いますー! だから平くんにはなにもしないでー!」

 木の幹から響き渡る泣き叫ぶ声。この状態に耐えきれなくなったのは盤だった。


「やっぱおるやん。無駄な抵抗やったなぁ」

 拳を下げると木から足をおろし、苦笑いを浮かべる市露。


「いや、そんなことはない」

 今度は平が不敵な笑みを浮かべる。


 その途端、メキメキッと何かが壊れた音と同時に砂と木の粉が舞い上がり、視界を悪くさせた。


「ゴホッゴホッ、なんや?」

 市露は腕で口を隠し、むせながら当たりを見回す。


「横取りさせてもらいます」

 関西のイントネーションを真似しているが、どこか似非さが抜けない声が聞こえた。高くも低くもない抑揚のない声だ。


 市露と焚は声のした方へと視線を向ける。

 そこにいたのは、左肩の上に盤を担ぎ、右肩には長さのある木の棒を乗せた夕柊であった。


「ほな、さいなら」

 と、別れを告げた夕柊は、高く跳んで木の枝に乗るとあっという間に姿を消す。


「……はぁ。やられたわ」

 突飛な夕柊の救出劇に呆気にとられていた市露だったが、ため息をついてやれやれと首を振る。


「わかった?」

 その場に残っている平に焚が聞く。


「あんたらの後ろの木から顔が覗いたもんでね。まさかあんな木の棒一本で救出していくとは思わなかったが」

 眉を八の字にして微笑み、彼らが消えた木へと視線を送った平。



「す、すごい、力だね」

 肩に担がれているため、振動で声を震わせながら盤は夕柊に声をかけた。

 枝から枝へと跳び移っていた夕柊は、やっと地面へと降り盤を肩から降ろす。


「使ってないよ。ほらこれが無事だもん」

 夕柊は木の棒を体の横でグルグル回して見せた。


「あの幹の穴は腐食でできていたから元から脆かったし。だから、こう……ね」

 と、木の棒を野球選手然として振る。風を切る音と共に、盤の眼前に勢いよく吹きつく風。


「ね、ひと振りすれば壊れるのよ」

 左手を目の上にかざし、無いボールが飛んでいった空を見上げた夕柊。つられて盤も視線を送ったが当然何も飛んでいってはいない。


「へぇ。でも、ありがとうね」

 盤は夕柊と視線を合わせると微笑んでお礼を述べる。


「ん。一人でも頑張れる?」

 棒を右肩に乗せ、首を傾げながら聞く夕柊。


「うん。夕柊くんと平くんに二度も助けてもらったんだもん。無駄にはしないよ」

 盤は拳を胸の前で握り力強く言った。


「そっか」

 夕柊は袖に隠れた左手で手を振ると盤に背を向けて歩き出す。


「だから、絶対勝とうね」

 夕柊の背中を見送りながら小さく呟いた盤。本人に届けるつもりはなかったが、その言葉は夕柊の耳にしかと届いたのだった。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


望月が尻尾を生やしていないのは邪魔だと感じているからです。長年の試行錯誤の上、獣人化しつつ尻尾だけ生やさない方法を編み出しました。穏月にも方法を教えましたが、「めんどくさい」その一言で片付けられやや不満げ。

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