第五十四話 アヤカミ 3
「あーあ、捕まっちゃった」
夕柊は両手を顔の横まで上げ抑揚のない声で言うと、足を軸にくるりと反転し檻である『黄泉』の方へと歩き出す。
彼が動き出したことを見たトトも体を反転させると、彼と道を分かつように反対方向へと足を進めた。
トトは夕柊に触れることは出来なかった。が、夕柊は捕まったと言う。
換言すれば、夕柊は自分でトトに触れていた。トトの頭を手で押しトトとの距離を取ったのだ。能力を使わないために。
木の上から飛び降りてトトの横へ並んだ丈。
急に縮んだ磐に宙で取り残された丈だったが、その隙に同じく取り残された繕を捕まえていた。ちゃんと仕事を成したのだ。
「長蛇を逸す」
(※惜しいところで目指す大敵を取り逃すこと)
手を後ろで組んだ丈は肩越しに夕柊を見つつ言う。
「まあ、最悪は避けられた。次は使わせるよ」
仄かに笑いながら返したトト。だが、その目は獲物を狩る獣のように鋭く光を伴っていた。
「大船に乗ったよう」
トトへと視線を向けた丈は微笑んだ。
二人は次の獲物へと進んでいく。
小さくなった磐と、丈に捕まった繕は先に檻に向かって歩いていた夕柊の隣へと並んだ。
「もう、やるんじゃなかったー」
肩を落として口を尖らせている繕。
「でも楽しかったでしょう?」
「めっちゃ!」
一転して、繕は夕柊のその言葉に頭の後ろで手を組みながら笑って答える。
「ぼ、僕も!」
両手を胸の前で握った磐も頷いて答えた。
「なら、いいの」
夕柊は目を閉じて言葉を返す。
髪と同色の両目の長いまつ毛をわずかに振るわせる風。開かれ露になったブロンドの両瞳は、空でこちらを覗いている空蝉物怪録へと吸い寄せられるように向けられ、全貌を映した。
◇
「我らを選ぶとは運の尽きだったな、ハッハッハー!」
木歳を抱きながら走り、豪快に笑っている綸の神使・白狐の常葉。白い二尾も大きな狐の耳も楽しげに揺れている。
「……こいつよく綸ちゃんの神使になれたな……」
そんな常葉の様子に呆れながらも追いかける手を止めない陸斗。
二手に別れた常葉らだったが、陸斗は迷わずこちらを追いかけ出した。
「もし、二手に別れるようだったら常葉くんたちを追うように」
そう、トトに言われていたからだ。
「理由はわかんねぇけど、俺でも捕まえられんだろーな!」
陸斗は居ないトトに向かって言葉を投げかける。当然返事は返ってこない。
「何を言っている貴様。我らが捕まるわけがなかろう」
常葉は再び豪快にハッハッハと笑っている。
「……ぜってぇ、捕まえるっ!」
こめかみに筋を浮かび上がらせた陸斗は、地面をえぐるように蹴り速度を上げた。常葉との距離が一気に縮む。
ハッと後ろを振り向いた常葉。陸斗の手はもうそこまで迫っている。
(今は誰も能力を使っていないな)
常葉はくるりと体を反転させ陸斗と向き合うと、後ろ向きに飛びながら彼に向かって右手を広げた。
『白狐』
【狐火:純度の高い青い炎を生み出す】
広げられた常葉の手からジジっと火のつく音が鳴る。
それでも陸斗は止まらない。ガードもせず前傾姿勢で常葉へと向かっていった。
炎に勝るとも劣らない轟々とした意志を陸斗の深緑色の瞳から感じ取った常葉はやおら瞼を伏せ、広げていた手のひらをグッと握りしめるとその手を背へと回した。手のひらの中でシュッと火が消える音を感じる。
常葉が決断をしたことで既に勝負はついていた。常葉に触れる陸斗の手。
「タッチ! ――ぅげっ」
が、陸斗は勢いを殺せず地面に転がる。
「……うむ」
二尾で地面を押しその場で止まった常葉は、転がった陸斗へと手を伸ばした。ひっくり返り空を見上げていた陸斗は差し出された手に自身の手を乗せる。
「我らは捕まったな。黄泉に行くとしよう」
腕を引き軽々と陸斗を立ち上がらせると、常葉は木歳を抱き直し黄泉のある方向へと歩き出した。
「たのしかった!」
常葉の腕の中で両手を上げ笑っている木歳。
「それは何よりだ」
そんな木歳に笑顔を向ける常葉。長い爪が柔らかな肌を傷つけないよう注意を払いながら頬に触れれば、木歳の双葉は嬉しそうに揺れた。
「待て」
「……なんだ?」
背後からの引き止める声に立ち止まり振り向いた常葉。
「どうして、能力を使わなかった。今は誰も使っていなかったはずだ」
陸斗は顎を引き半ば睨みつけるようにして常葉を見つめていた。
「なに? 貴様が突っ込んできたからだろう?」
あっけらかんと答えた常葉は首を傾げている。
「……は?」
予想外の反応に眉をしかめる陸斗。
「本当に火炙りになりに来たのか? 馬鹿め」
常葉はため息をつき、やれやれと首を横に振る。彼の腕の中にいる木歳も真似をして首を横に振った。この行為の意味は分かっていないようで笑顔だ。
「ああそうだよ! それを承知で俺は突っ込んでいる!」
足を一歩前に出し陸斗は言い放った。
「知っている。だから、火は出せなかった」
そんな陸斗とは裏腹に静穏に言葉を紡いだ常葉は、白金の長いまつ毛を伏せる。
どこか神秘的であり達観している常葉に陸斗は言葉をつまらせ、出していた足を下げた。
再び開かれた常葉の常緑の葉のような瞳は、真っ直ぐと陸斗へ向けられる。
「我の炎はとても熱い、と綸は言っていた。人間など簡単に傷つけられてしまうんだ、と。だから使わなかった、それだけだ」
そして彼は、白の丸い眉を下げて優しく微笑んだ。
常葉から視線を逸らすように俯く陸斗。常葉を誤解していた自分が恥ずかしくなったからだ。神使は妖でも、現世に蔓延り悪事を働く妖とは違う。陸斗は神使契約をした日に吟丸に言われた言葉を思い出した。
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「神使は、契約した神恵子――主人の命を受けて闘い時には身を呈して守ろうとする、そんな優しい者たちなんだ。だからこそ、これだけは約束して欲しい。神使は物として使う者ではない。生きているし痛みだってある」
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(常葉くんは、ちゃんと痛みを知っているんだ。自分が傷つく痛みも、相手を傷つける痛みも……)
陸斗は目と手を強く握る。
「さあ、いこう。我らを捕まえたことは賞賛に値する。誇っていいぞ、ハッハッハ!」
三度豪快に笑いながら、俯いている陸斗の肩をバシバシと叩く常葉。先刻の優しい笑顔は何処吹く風、前の凛々しい常葉へと戻っていた。
「……いてぇよ」
陸斗は心の痛みに泣きそうになりながらもその涙をこらえ、笑顔を作って顔を上げる。
だが、そこに常葉の姿はない。遠くにいる仲間に自分の居場所を間接的に伝えているのではないかと陸斗に錯覚させるほど大きな笑い声を発し、もう歩き出していたのだ。
「ハッハッハー!」
「はっはっは!」
常葉の笑い声を真似する木歳。しかし似ても似つかないその笑い声。木歳の笑い声はとても子どもらしく可愛い。
「違う。ハッハッハー! こうだ!」
「はっはっはー!」
気ままな常葉らの様子に呆れ笑いを浮かべる陸斗。今度はこちらがやれやれと首を横に振る。
「……あ、待て」
ふと何かを思い出したのか、陸斗は歩き出した常葉達を再び止めた。
「……今度はなんだ」
むくれた顔で振り向く常葉。
「木歳にタッチしたかわかんないから、もう一度タッチさせて」
陸斗は自分の手を差し出して述べる。
「はぁ、そんなことか」
ため息をついた常葉は木歳の手を優しく掴み、陸斗の方へと差し出した。
「念には念を、な」
苦笑いを浮かべた陸斗は木歳の小さな腕に触れる。
「じゃあな!」
そして大きく手を振って常葉達を見送り、次の獲物を探しに出かけたのだった。
◇
――ジジ……
「こちらトト。そろそろ捕まった神使たちが黄泉に向かうと思うよ」
檻――『黄泉』の門番をしている恒心と乃々子の耳にトトの声が届く。インカムだ。今回、全員にインカムが与えられ、仲間と連絡が取れるようになっていた。
「「了」」
恒心と乃々子が声を揃えて返事をする。
直後、神使らは現れた。その中には夕柊もいる。
「……え、うそ。あの夕柊くんを捕まえた?」
「さすがチャラ男ね」
驚きを隠せない恒心と乃々子。ちなみに乃々子は彼のことを名前で呼んだことはない。基本的に「チャラ男」もしくは「タッセル」と呼んでいる。あの耳飾りからだ。
夕柊らは話しながら門番の守る黄泉に近づいてきた。
「捕まっちゃった」
首をこてんと傾けながら告げた夕柊は恒心の横を通り、黄泉という名の白線で描かれた円へと向かう。
――ジジッ……
インカムに触れ、捕まった神使らが黄泉に辿り着いた旨を報告するため内線を繋げる恒心。
「こちら門番、こちら門番。夕柊くんたち四人を確認」
――ジジッ……
すぐさま帰ってくる内線。だが、それは想定もしていないものだった。
「四人じゃない! 三人だ!」
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
このインカムも妖具です。事前にインカムに流した妖力の者と繋がります。今回は、神恵子側と妖側、それぞれに妖力で回線を作っております。
橘一族がいると念話ができます。便利です。でも初羽の中にはいません。




