第五十三話 アヤカミ 2
「……ふざけてんですか?」
腕を組み終始笑顔でいる吟丸の隣に立っている陽炎は彼に問いかけた。小面の能面で表情は見えないが、その声はいつもよりトーンが低い。
「いやだなぁ、真剣だよ」
「だったら『アヤカミ』にしないでしょ。なんでこれを選んだんですか?」
「だって『アヤカミ』は楽しいからね」
「……は?」
意味不明な吟丸の返答に、呆気にとられる陽炎。
そんな陽炎を見て、吟丸は微笑んでいる。そして、手を後ろで組むと、目下一際目立つだいだらぼっちの『盤』へと優しい視線を向けた。
「テスト内容なんて正直なんでもいいんだよ。神恵子と神使が対立することに意味があってね」
「仲を深めるテストじゃん」
「それは建前。……これは神使にとって最初で最後の自由な時間なんだ」
吟丸の言葉に少し考え込んだ陽炎は、ほどなくして納得を示すように一度頷いた。
「……ああ、なるほど。でもそれを神使は分からないでしょ」
「だからこそ柊を入れたんだよ。あの子は全部分かっているからね」
そう告げると吟丸は陽炎へにっこりと微笑みかける。
陽炎は鼻を鳴らすと自分の面の頬を右手で触れた。仄かな暖かさは自分が面を付けているからなのか、面そのものの暖かさなのか、陽炎は後者であってほしいと願うばかり。
◇
「絶対繕だ。繕の指示だよ、あれ。……いや、これも作戦?」
側頭部に右手を置いてため息をつく恒心はそのままの姿勢で考え込む。が、おちゃらけた自身の神使・枕返しの『繕』が脳裏にちらつき思考の邪魔をしてくる。
「いやー、それはないんじゃね? 見ろよあの磐ちゃんの不安そうな顔」
陸斗は腰に手を当てながら盤を見上げて笑いながら言う。
ここ数日神使と過ごして理解していた。自分の神使『盤』があの顔をする時は、その場のノリや流れに任せた、あるいは人に押し切られた時である、と。
「とりあえず捕まえに行こうか」
後ろで手組んでいるトトは朗らかに笑うと盤のいる方へと歩き出す。足取りは軽く、彼がこの状況を楽しんでいることは周囲の人間にもありありと伝わっていた。
「俺と來は別行動とらせてもらう」
「他に逃げている神使を捕まえないとだから」
磐達に向かうのはトト、陸斗、丈、門番として乃々子と恒心、残りは他の神使を捕まえるため別行動をとることに。
「あぁ……もうこっち来てるよぉ……」
一方、巨大化によって上から下の様子を見ることができている盤は不安そうに呟く。体は大きいのに、声はとても小さい。黒い体表に覆われた大男は一見すると不気味だが、彼の弱々しい声によって幾らか中和されている。
「平気、平気! ここまでは生身の人間には届かないっしょ」
お気楽に呟いた繕は、磐の頭の上に登り身を乗り出して下を見る。着物に下駄と、こちらは人間のような容姿をしているが、動きが異様に軽やかでありその点においては人間と画するものがある。
二人が言葉を投げかけているうちに、足元にはもう三人の神恵子が到着していた。トトと陸斗と丈だ。三人は盤の足元で待機していた夕柊とおこめと向き合っている。
「やあ、夕柊くん」
右手を顔の横に持ってきて挨拶をするトト。
「うーん、さすがにここで捕まるのはいやだしな。逃げよう」
「では私も」
淡々と言うと、夕柊とおこめは木の中へと逃げていった。
「あらら逃げられちゃった」
神使側二人が消えた木の中を見つめ肩を竦めるトト。こちらも淡々と状況を受け入れていた。
「とりあえず、磐タッチなー!」
足元からでは大男となった彼の全貌は見えないが、かの巨大な足に触れて声を張り上げる陸斗。脱ぎ捨てられたように落ちている下駄は盤が人間の姿へと変化している時に履いていたものだ。陸斗は無意識にその下駄を並べて置く。
「捕まっちゃったよー、繕くん。能力解かなきゃかな?」
不安そうに両手を胸の前に持ってきて言う磐。大きい体に反して声は小さい。故に足元にいる陸斗らには声は届いていない。
「いいの、いいの。ルールにはないんだから。鬼さーん、こっちだよーん!」
繕は笑いながら下の三人に手を振る。
そんな繕を見て笑った陸斗は隣の丈へと視線を向けた。
「うしっ、いっちょやるか」
サムズアップをしつつ頷いた丈。
手を組んで腕を上に伸ばした陸斗と屈伸した丈は、タッタッとその場で軽くステップをすると勢いよく近くにある木へと走り出した。そのまま木を掴み、足をかけ軽々と登っていく二人。あっという間に木の頂上へと辿り着く。
陸斗は一度磐を見上げると丈へと向き直り、
「こい!」
と、呼びかけた。
呼ばれた丈は長い舌をペロリと出すと、その場にしゃがみそのまま勢いよく陸斗に向かって飛び跳ねる。陸斗は飛んできた丈の腕を掴みその場で片足を軸に二回転し彼を回すと、彼ごと腕を上に振り上げる。その勢いのまま上に飛んだ丈。高さは磐の肩を越えている。
「ひぇっ!?」
「マジ!?ここまで来れんの!? 盤の主たちバケモンかよ!」
悲鳴を上げる磐と、彼の頭に這いつくばりいきなり姿を現した丈を見る繕。
そんな神使二人を見上げながら足を地につけることなく宙で回転した丈は体を横にし、磐の肩にいる焚の神使・古空穂のルスと市露の神使・古空穂のウル、綸の神使・白狐の常葉、その腕に抱かれている馨の神使・木霊の木歳の体に手を伸ばす。
神使四人は一瞬のことに反応できない。
「一網打尽」
と、小さな声で呟いた丈の手がルスのキトン(キトン:衣服の種類)に届こうとした時、唐突に四人の体が宙に投げ飛ばされた。
急に浮いた四人に目を見開く丈。彼らを追うように視線を上げれば映る二つの影。夕柊とおこめだ。
木の中に逃げたと思っていた夕柊とおこめは丈たちが磐に届くことを見越し、剰え一挙に捕まえようとしていることを察していた。
要は、陸斗と丈が登って来たタイミングに合わせ、同じく磐の背中側から登ってきていたのだ。そして、丈に反応できなかったルスとウルを夕柊が、木歳を抱いた常葉をおこめが掴み投げ飛ばした。
投げ飛ばされた神使四人は宙を回り地面に落ちていく。
「助かったけど、投げんな!」
「おちるー!」
ウルとルスが叫ぶ。
風に身を任せているウルの丈の長いキトンは大きく捲れ膝小僧が露になった。反して丈の短いキトンを纏っているルスは下から巻き上がる風に持っていかれそうになる裾を必死に両手で押さえている。その仕草からも垣間見える女性らしさ。
その傍らで常葉は木歳をしっかりと抱き着地に備えていた。そして先に着地をすると木歳を地面に置き、落ちてくるウルとルスを受け止めようと両手を広げる。しかしそれも束の間、その両手を降ろすと常葉は背を向けた。
「なんでよー!」
ウルとルスは宙で崩れた体勢を立て直そうともがくが、地面はすぐそこに迫っている。目を瞑り衝撃に備えた。が、痛みは襲ってこない。代わりにふわりとした感覚に包まれる。
「怪我はないな?」
肩越しに見やる常葉。
目を開けた二人の瞳は常葉の常緑の葉のような瞳と合う。彼らの落ちた先は常葉の尻尾の上であった。真っ白でふかふかの二尾に包まれている。
「……すまない、助かった」
「ほんとありがとう!」
「うむ」
二人からの礼を聞き、常葉は尻尾から二人を降ろした。
「こうはしてられない、逃げるぞ」
一瞬上方へと視線を向けた常葉は足を動かしながら木歳を抱き上げ走り出す。頷き続く二人。
そう、危機を脱しただけで勝負はまだ終わっていないのだ。
「その場にいてくれりゃ楽だったんだけどな」
丈が失敗したのを見て木から降りてきていた陸斗は、小さいため息を零してすぐさま次へと動き出していた。
首を傾け背後を確認し指示を出す常葉。
「二手に別れるぞ」
常葉の合図に合わせ、常葉と彼の腕の中にいる木歳、ウルとルスで左右に別れる。
方や常葉たちと同時進行でもう1つ勝負が起こっていた。
「……君ならそうすると思ったよ」
常葉たちを投げ飛ばした夕柊の元に迫っていた一つの影。トトだ。
夕柊たちが逃げていないことをトトは分かっていた。そして、仲間を助けに行くことも分かっていたのだ。
(チームを活気づけさせるための初動、これほど大事なものはない。君はそのことをよくわかっているんだろう? だから僕たちに気持ちよく捕まえさせてくれるわけがない。来ると思っていたよ)
トトは磐の肩を片足で蹴ると、宙でバランスを崩している夕柊へと向かっていく。
磐が能力を使っている今、夕柊が能力を使えないと察した繕が叫んだ。
「磐! 縮んで!」
頭上で響いた声に肩を震わせた磐は巨大化を解く。磐の上にいた繕と丈は足場を失い宙に投げ出された。おこめは瞬時に磐の着物を掴んだため、宙に投げ出されず磐と一緒に地面へと降りていく。
「ほら、捕まっちゃうよ。能力使いなよ!」
トトの手は夕柊の着物に触れられる位置へと近づいていた。だが、夕柊は余裕な顔を崩さない。
瞬き一つの間、トトの頭ががくんと下がる。
トトが外れた視線を戻した時既に、夕柊はもう手が届かないところにいた。
風の赴くままに靡く柔らかなブロンドの髪の狭間から覗いた彼の顔はほんのり微笑んでいる。手を隠すほど長い袖を広げトトを見つめたまま落ちていき、宙で軽やかに回転をすると綺麗に着地。
トトも夕柊に遅れて片膝をついて着地する。前後に揺れる、彼の左耳のガラス玉とタッセルの耳飾り。青空を閉じ込めたようなガラス玉には、木々の緑とわずかな金色が映り込む。
先に着地した夕柊だったが逃げる素振りをみせない。その場に立ち真っ直ぐとトトを見下ろしている。
トトは立ち上がり腰に手を当てると、
「……やられた」
と、ため息をついて笑った。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
第一の勝負に決着がつきました。
果たしてどちらが勝つのか?




