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空蝉物怪録   作者: 暮色 ―Boshoku―
第四章:芽吹きプロジェクト 篇

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第五十一話 彼に応えし者


――パチ、ギョロ

「……っいぎゃあ! 目玉!」


 地面を滑るように近づいてきたもの、それは人の目であった。閉じていた目を開くと眼玉を動かして馨とトトの姿を捉える。


「やあ、乃々子ちゃんの神使様」

 トトは片手を上げてにこやかに挨拶。


 彼を見つめたアーモンド形の目は一度瞬きをすると、後ずさりするように素早く彼から離れていく。


「そんな風に逃げられると傷つくなぁ」

 眉を八の字に下げるトト。


「主、あの男は危険よ。近づかない方がいいわ」

「知っているわ」


 召喚陣の側に立っている彼女――乃々子の元に集っている無数の目玉に近づき一部と化したその目は彼女に告げた。

 その目こそ、乃々子の神使『百々目鬼(どどめき)』である。


「ほんと傷つくなぁ」

 その様子を見ていたトトは目も八の字に下げて苦笑い。彼の気持ちを代弁するように左耳のガラス玉はキラリと光った。


(初対面の妖にまで警戒されているし)

 馨は乃々子との初対面で警戒されていたトトを思い出しこちらも苦笑い。


「……で、そろそろ離れてくれない? 男に抱きつかれる趣味はなくてね」


 ため息と共に隣から呆れかえった声が聞こえ馨は状況を確かめようと視線を移す。自分の腕は彼の首を絞めつけるように回されていた。


「あ、ごめん」

 馨はパッと腕を離し謝る。目が近づいてくるという突然の怪奇現象に思わず飛びついしまったのだ。


「あと馨だけだよー。早く来なよー」

 召喚陣の方から聞こえてくる、高くも低くもなく抑揚のない声。夕柊(ゆうひ)の声だ。こちらに長い袖に隠れた手を振っていた。


「那珂町さーん!」

「「「王子―!」」」

 彼の後にクラスメイトも続く。


「ほら、呼ばれてるよ王子」


「……王子ってのやめてよね!」

 トトに背を押され立ち上がった馨はそう吐き捨てると、彼らの元へと駆けていった。


 親指の指先を齧って血を出すと、馨は召喚陣の一部へと垂らす。血は白い召喚陣の印をなぞるように広がっていきすべてを染め上げた。全てが血でなぞられたのち真上に光を発する。


(お願い、来てくれっ……)

 目を瞑り祈る馨。


 光が収まったことを肌で感じ取った馨はおそるおそる目を開いた。召喚陣を覆い隠すように漂う煙。だが、その煙の中には何もいない。


「……あ、やっぱり俺の器なんかじゃ召喚なんて……」


 そんな馨の隣を通り召喚陣の前に膝をついた夕柊。


「いらっしゃい」

 そう言いながら、煙の中へと手を入れ何かを両手で持ち上げる。その手の上にいたのは、人型をした木であった。


 丸い頭と子どものような丸っこい体に小さな手足。頭には双葉が生えている。赤ちゃんと同じくらいの大きさだ。


 クリっとした黒色の丸い目が夕柊を見上げ、コクリと首を傾げると小さな口を動かした。


「ママ?」


「俺じゃなくて、あれが君のパパだよ」

 夕柊が馨を指差すと、小さな木の子はゆっくりと首を向けて馨を見つめる。


「……パパ?」

 馨が自分を指差して首を軽く傾げ呟くと、木の子はクリクリの目を輝かせた。


 夕柊に床に降ろされた木の子は、小さくて短い足をチョコチョコと動かし馨に両手を広げながら近づいていく。馨の元に辿り着くとその足にしがみついた木の子。


 嬉しそうに馨の足に頬擦りする木の子に馨は問いかける。

「……俺で、いいの?」


「うん!」

 問いかけに元気よく頷いた木の子をヒョイと自分の顔の前に持ち上げた馨。


「はじめまして、可愛い神使さん」

 そして優しく微笑んだ。


「はじめまちて!」

 木の子は丸い目を細め小さな口で言う。


 そんな姿に眉を八の字にさせ微笑んだ馨は、木の子の小さな額を自分の額に当てた。伝わってくるのはひんやりとした冷たさ。だが、動く手足に紡がれる言葉、たしかにこの子は生きているのだと実感する。


(大切にしなきゃ。俺がこの子を守らないと)

 そう目を瞑って心に誓った馨。


 そしておもむろに木の子を持ち上げると、疑問を口にする。

「にしてもこの子はなんの妖なんだろう?」


「木霊だね」

 答えたのは吟丸であった。


「樹木の妖さ」


「そうなの?」

 その言葉に応えるように馨の頬に一生懸命手を伸ばした木の子。馨は自身の顔を近づける。すると、木の子は馨の首にぎゅっと抱きついた。


 木の子の体に頭を少し預けて目を瞑り微笑む馨。


「馨のとこに来るべくして来たって感じだ」

 夕柊はそんな二人の様子を見て言うと、木の子の硬い頬をツンツンとつつく。


 くすぐったかったのか、キャハハと赤ちゃんのように笑う木の子。


「……かわい」

 あまりにも可愛い木の子の様子に夕柊の頬はたちまち緩む。


 そんな夕柊の姿にギョッとする馨。


「……あ、あの無表情な夕柊の顔を緩ませるなんて、小さな体の中にとんでもない力を秘めていそう……!」


 一部始終を見て小さく笑った吟丸は馨を催促する。

「馨、この子に名前をつけてあげて。ほら、待っているよ」


「名前……」

 木の子を再び自身の顔の前に掲げた馨は、そのクリクリな目を見つめる。


(この子には長生きして欲しいから……)

「……『ことせ』。君の名前は『木歳』だよ」


「ことしぇ? ……ことしぇ!」

 嬉しそうに笑った木歳の体が光り宙に浮く。赤ちゃんほど小さかった体が大きくなり、二歳ほどの子どもの大きさになった。ふわっと降りてくる木歳を受け止めた馨。


 木でできた硬い体も、赤ちゃんのようにモチモチの肌へと変わっていた。茶色の髪に瞳は黒、木の状態と同じように頭から双葉が生えている。


「これからよろしくね」

 馨は微笑むと木歳を優しく抱きしめた。


「ぱぁ!」

 木歳が両手を上げて声を出すと、木歳の体が馨の中へと吸い込まれていく。


「こ、木歳!?」

 急になくなった重みに焦る馨。周囲を見渡すがどこにも木歳の姿はない。


「……ブフッ」

 背後から聞こえてきたのは吹き出したような声。その声の出処へ馨は顔を向ける。


 声の主――トトは頬を膨らませながら馨を指差していた。その体はプルプル震えており、笑いを堪えている様が一目で分かる。


「い、いや王子。すごくかっこい……プッ」

 振り向いた馨を見て堪えきれなくなったのか、お腹を押えて笑い出すトト。そんなトトを合図に、たちまち皆も笑いだした。


「か、かわい……馨くっ……あはは!」

「に、にお、似合とるわぁ……あはっ」


 状況を飲み込めていない馨は、顔をキョロキョロとさせ戸惑う。


「ふふ。木歳が馨に憑依したみたいだね」


 吟丸は馨に懐から出した手鏡を差し出した。鏡を受け取った馨は自分の顔の前に掲げる。その鏡に映った自分の姿を見て周りが笑い出した理由を悟った馨はプルプルと身体を震わせると、


「……笑うなー!!」

 と怒りを露にし、笑っている夕柊達を追いかけ出した。


 憑依後に馨に現れた変化とは、木歳と同じく頭に生えた双葉だったのだ。走る馨に合わせてぴょこぴょこ動く双葉に、さらに笑い出すクラスメイト。


 南棟武道場は笑い声に包まれる。



「よし。全員が神使と契約を結べたね。これだけは皆に心に留めておいてほしい。神使は道具ではない、ということ。当たり前だと思うかもしれないが、過酷な環境に身を置くようになるとその意識はどうしても薄れてしまうものだから」


 真剣な顔つきで吟丸は続ける。


「そして、神使は主人の命令に逆らえない。許されないことだ。では、神使に到底できそうもない命令が下された時、彼らはどうなってしまうと思う?」


「……処罰が下る?」

 吟丸の問いに答えたのは綸だった。


「そう。処罰とは『黄泉(よみ)送り』だ。一度『黄泉』に落ちてしまえば二度とこちらに戻ることはないだろう。死後の世界で死ぬこともできず永遠に生きながらえる。それがどれほどの苦痛か。だから、皆にも神使としっかりと向き合ってほしい。いいね?」


 初羽の子らは深く、そして強く頷いた。


「うん。では、みんなにはこの四日間で神使との仲を深めて貰いたいと思います。四日後にどれだけ仲が深まったかのテストをするから楽しみにしていてね」


「うぅ、テスト……」

 頭を抱えてうめき声を出す恒心。隣の陸斗や丈、市露(いちろ)も項垂れている。


 『テスト』、この言葉はどこにいっても一定数苦い顔をされる悲しき単語だろう。


 馨は特にテストに苦手意識は持っていないが、こちらの世界でのテストの程度が計り知れなく不安顔だ。


「たいがく、なる?」

 首を傾げて(たき)が聞く。


「いいや。もう進級試験や素行問題以外で退学になることはないよ」


 その言葉に初羽の子らは胸を撫で下ろした。


「そのテストって事前に教えてくれないの? 対策したいんだけどなぁ」


 後ろで手を組み、目を細めたトトが吟丸に尋ねる。そのトトの言葉に皆頷いて同意を示した。


「実はまだテストの内容を決めてないんだよね。決まったら伝えるよ」

 とのこと。



~四日後~

「それじゃあ早速テストを始めていこうね」

 一行は運動着に着替え裏山に集められていた。


「ちぇっ、結局当日まではぐらかされたし。何が決まったら教えるだよ、教える気なかったくせに」

 悪態をつくトト。


________


「吟丸先生、テスト内容決まった?」

「うーん、まだ考え途中かな」


「そろそろ決まった頃じゃない?」

「もう少し考えたいかなあ」


「決まったよね?」

「それがまだで」


「……先生」

「まだまだ」


「ねぇ……」

「まだだって。せっかちさんだねぇ」


――ピキッ

 トトの怒りは頂点に達しましたとさ。


________


 珍しく苛立ちを露にしているトトを苦笑いで宥める馨。

「まあまあ、何か意図があったんじゃない?」


「どうだろうね? これでくだらないテストだったらボイコットしちゃおうかなー」


(本当にやりそうなのが怖いな)

 馨の心の呟きだ。


 木々の間を縫ってきた薫風が、吟丸の首に巻かれた柊の実のように赤い組紐の先を揺らす。彼の本来の姿を隠す、創られしもの。


 五月の風に負けないほど爽やかで柔らかな笑顔を浮かべた吟丸は告げる。


「テスト内容を発表します。ずばり『アヤカミ』です」


「「「アヤカミ?」」」


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


次回「アヤカミ」開幕です。

「アヤカミ」とは?

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