第五十話 神使契約
鏡に映る夕柊。彼は左目を手で覆っていた。
やおら手は離れていく。露になった彼の左目は、右目と同じくブロンドのまつ毛と瞳に変わっていた。
◇
神宮城 神室にて――
「さて、此度の一件、おぬしらはどう考える?」
神様『御影』の元に神威学園長『天司』、御影補佐・天狐『天戯』、妖専門の警察組織・神来の伝書梟『天羽』、竜宮城管理・海竜『海竜』、そして岐神病院の扉の番人・神獣カモシカ『天環』の聖神使が集っていた。
牢へ投獄したはずの、神威学園襲撃首謀者であり元神恵子の反逆者――豹紋とリラがいなくなっていたからだ。
「強引に脱走した形跡はない。つまりそう言うことだろうよ」
目を吊り上がらせ怒りを露にする天戯。
「他にも内通者がいる、ということか」
白い毛並みのカモシカ――天環が渋く低い声を発して続く。深淵を覗いているような黒い瞳に、長くとがった黒い角は生きた長さの証だ。
「それもまあまあな立ち位置のな」
答えた天戯は額に手を当て苦悶の表情を浮かべている。
「虎口を逃れて竜穴に入る、ですか」
雑面で表情は見えないが天司からも呆れのような怒りのような声が漏れた。先刻自ら生徒の命を絶ったあの一幕を思い出し、天司は小さく息を吐き出す。雑面は微かに揺れたが、やはり顔は見えない。
「裏を返せば、あやつらが躍起になっておる確たる兆候よ。あの子の誕生により、目下またとない好機が訪れているのやもしれん。警戒は怠らず、従来通り励め。解散」
御影が大きく手を打ち鳴らし、聖神使らは「了」と、了承の意を示すとそれぞれの持ち場へと戻るようにその場から消えた。
◇
襲撃から三日後
――神威学園 一学年『初羽』クラスにて
「さて、一週間後には初羽の一大イベントが待っています。それに向けて準備を進めていくよ」
吟丸の言葉を聞きつつ、幾人かはそわそわとしている。そんな生徒らにくすりと笑うと彼は一際笑顔で告げた。
「その名も『芽吹きプロジェクト』。いわゆる職場見学だ。皆には三グループに分かれてもらい、それぞれの指定された場所で三日間過ごしてもらいます。その期間は宿泊となるから各々必要なものを買っておいてね」
「お泊まり!!」
興奮を露にする恒心に馨は小さく笑う。
「『芽吹きプロジェクト』の準備は二つ。ひとつ目は、みなさんお待ちかね――神使契約の儀式を行います!」
「待ってましたー!」
立ち上がって声を上げる陸斗に、笑顔を見せる市露、頭の上で拍手をする丈に、澪もいつもより心なしか背筋が伸びている。乃々子はいたって普通だ。
「え、なになに一族組がはしゃぎ出した」
周囲に視線を走らせながら呟いた馨に、振り向いて答える陸斗。
「そりゃはしゃぐさ! 一族にとって神使契約を結ぶことは、一族として認められたということだからな」
彼の首から下げられた薄紅色の桜の首飾りが微かに音を立てる。
クラスは賑やかだ。
だが、それは空元気にすぎない。あの襲撃で負った傷はまだ癒えていないのだ。
一人クラスから欠けたという事実と、表向きには公表されていないが彼は『裏切り者』であったという真実から目を逸らしてはいけない。受け入れなくてはいけない。けど、それはあまりにも酷というもの。
一つ空いた席には花瓶が置かれている。視界に入れない。だって入れてしまえば先に行くことを躊躇ってしまいそうだから。
吟丸もそれがわかっている。彼らがなるべく考えないでいられるように、教室以外で体を動かす授業が多く取り入れられていた。
「と、いうことで早速武道場に向かおうか」
吟丸筆頭に南棟へと向かう一行。神使契約の儀式を行うための召喚陣があるからだ。
「「「うわあああ!」」」
ついて早々初羽の子らから漏れる歓声。
「えぇ、なんかもう現実なんだが夢なんだかわからなくなってきたんだけど」
眼鏡のつるを掴みながら頭をゆらゆらとさせる馨。
そんな彼を右からは【胡蝶の夢(※夢と現実とがさだかでないたとえ)】と書かれたスケッチブックを首から下げている丈が覗き込み、左からは長い袖を幽霊のように前に垂らした夕柊が覗き込み告げる。
「この召喚陣は神威学園設立当時からあったものなんだって。何千年と使われているのに綻びひとつない」
その夕柊の言葉に反応を示したのはトトだった。
「へぇ、立派な魔法陣。……ここに血を垂らしたら出来たりして?」
そう言いつつ、右手の親指を噛んで召喚陣に向かっていくトト。
「あ、ちょっと……!」
馨が止める間もなくトトの血は召喚陣の一部に垂れる。
すると、その血は召喚陣に沿って広がり白であった召喚陣を真っ赤に染めあげた。
「あっはは、本当にできちゃった……!」
全てが血でなぞられた召喚陣は、真上に光を発する。そして光が収まった時、そこに煙と共に現れたのは二匹の狼であった。その姿は本物の狼と相違ない。
「僕たちを召喚したのは君?」
グレーの毛並みの狼が問いかける。
トトは一歩前に歩み出て「うん」と答えた。彼の動きに合わせて揺れるのは、左耳のガラス玉とタッセルの耳飾り。
「我々との契約を望むか?」
次いで黒い毛並みの狼が問う。
「もちろん」
狼ににこりとトトが笑いかければ、二匹の狼も目を細めやや口角を上げた。その動物らしからぬ動作は彼らが妖であることの何よりの証拠だろう。
「僕らに名を授けて。それが契約になるから」
「そうなんだ。んー、じゃあ『望月』に『穏月』」
グレーの毛並みの狼、黒の毛並みの狼と順に指をさしてトトは名を授ける。
頷いた二匹は煙を出して、人間の体に狼の耳と尻尾を生やした獣人へと姿を変えた。そして、トトの前に跪き頭を垂れる。
「「我が命、主と共に」」
「うん。よろしくね」
トトは二人の肩に優しく手を置いた。
――パチパチパチ
拍手をしながらトトへと近づく吟丸。
「神獣・狼を召喚できたみたいだね。このようにして神使を召喚します。さ、やってみよう」
トップバッターはやはり彼。袖なしオーダーメイド制服のポニーテール少年だ。
「『神使』は血に応じる。一族であればその血に、一族ではない者にはその血に刻まれた情報から相性のいい妖が姿を現すよ。情報というのは性格や経験などなど」
吟丸は、自分で血を出すことが怖いらしい恒心の親指に折込刀を軽く押し当てながら説明をしていく。
儀式は大いに盛り上がった。
両手を後ろにつき片足を曲げて座ったトトは、中心でわちゃわちゃ召喚儀式をしているクラスメイトを見ていた。そんなトトの隣に腰を下ろした馨。
「君はいかないの?」
「俺は最後でいいよ」
彼の顔をじっと見つめたトトはにやりと笑う。
「……じゃ、ぶっちゃけ聞くけど、綸ちゃんとはどういう関係なの? これみーんな気になっていると思うよ?」
「どういう関係なのって言われてもな……」
「恋人?」
「ち、違う!! ……そんな俺なんて烏滸がましい」
眼鏡の奥の目を開きながら首と手を横に振って否定する馨。その頬はほんのりと赤くなっていた。
「お似合いだと思うけどなー」
「……ただ中学が同じで、そうしたら高校も同じだったってだけ」
息を吐き出した馨はやや顔を俯かせ、自分の足元に視線を向ける。
「へぇー?」
トトは馨に向けていた視線を儀式真っ最中の初羽の子らへ移した。つられてトトも視線を前方へ送る。
「……俺さ、中学の時不登校だったんだ。その時、担任と一緒に家に訪問に来てくれたのが七々扇さん。新しく創設された不登校の生徒を支える会の生徒代表として」
「そんな会あるんだ。初めて聞いた」
「でも会ったのはその一回きり。だから高校で再会した時は驚いたよ」
「ふーん」
自分で聞いておいたくせにどこか興味なさ気な反応を見せるトト。
二人の間に流れた沈黙。
口火を切ったのは馨。
「………。俺は、ある人達を傷つけて、しまって――」
「ていっ!」
――ゴンッ
と、鈍い音。
「いたっ! 何!?」
唐突にトトに拳骨を落とされた頭に手を置いて体を引く馨。
「いやー、聞いてもないのに急に自分語り始めたから頭がおかしくなっちゃったのかなーって」
「あははー」と笑いながら答えるトト。が、一転して真剣な顔つきへと変え口を開く。
「君まだそれ話せるほど消化できてないでしょ。そんな状態で話したら壊れるよ。ひとつしかないんだ、大切にしないと」
「……」
馨はまだ頭を押さえながらトトを見つめていたが、痛みはとっくのとうにどこかへ飛んで行っていた。
「一回だけじゃ自分を評価できないよ。例え君にとっては大きな一回だったとしても、普段目につかないような小さな一回を積み重ねたら、大きな一回を上回っているかもしれないだろう?」
そして、トトは縹色の目を細めて微笑む。
「……なにそれ、かっこよすぎ」
口に手の甲を当てながら笑んだ馨の顔を覗き込むトト。
「ありがとう。僕もそう思った」
「……うん、今ので全部台無しになったわ、前言撤回」
「いやいや、前言確定。王子は僕のことをかっこよすぎと思っている、と」
「思ってない!」
「ざんねーん。記録として残っちゃってますよー。あれにね」
言い合いの最中、トトは武道場南棟の窓から見える空を指さした。
「『空蝉物怪録』……。監視されているみたいで俺はまだ慣れないな。みんなは平気なの?」
後ろに手をついて空――空蝉物怪録を見上げ呟く。
「まあ、『空蝉の宝』だからね。宝は守りたくなるもの、信じたくなるもの。一種の洗脳だよ」
「洗脳……。でも、当たり前にあったら気にもとめないものか」
こちらに来て早三週間、馨にとっても空にある異質な存在は日常と化していた。
「「「わー!!」」」
歓声が沸き上がる。
「なんだか盛り上がってますなー」
召喚陣を眺めながら朗らかに言うトトに、馨も頷いて同意を示した。
カサカサカサと音を立てて二人の元に近づいてくる何か。
――パチ、ギョロ
「……っいぎゃあ! 目玉!」
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
第四章『芽吹きプロジェクト』篇 始動しました!
職場見学を通して、彼らが大きな何かを得る章です。
そして、物語の根幹に迫る章でもあります。
お楽しみに!




