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第四十九話 最期、最後


 文哉の完全な息の停止を見て、夕柊(ゆうひ)は彼の額に当てていた手を離す。そしてそのまま、彼の開いたままの目の瞼を優しく下ろした。


 まだ生暖かい彼の腹に覆いかぶさる夕柊。鼓動が微かに残っているのではないかという淡い期待は無惨にも打ち砕かれる。


「まにあわなかった……」

 歪む視界。揺れる世界。頬に感じるとろみを持った液体。


「……あ、ああっ……」

 夕柊は抑えきれない声を漏らし泣いた。色の異なる瞳から流れる涙は同じ色。流れる涙の量も同じ。


 彼はまたひとりの命の火が消える瞬間に立ち会ってしまう。


「……『洗脳』はかけられていなかった。最後は幸せな夢を見ていたようだ」

 背後から掛けられた声。夕柊の背に手を置いてその者は目を瞑った。


 岐神(ふなどのかみ)病院・院長『鶯生(おうしょう) 千輝(ちぎら)』。マンバンヘアに両耳にはリングピアス、頬にハート型の傷がついている彼だが、普段と少しく容姿が異なっていた。八重歯はやや伸びて牙のようになっており、右瞳には『邪』の文字が刻印されている。


 鶯生一族の契約神使は『天邪鬼(あまのじゃく)』。千輝は神使を自らに憑依させ能力を使用しているのだ。その能力は『読心』。


 天司(てんし)に呼ばれ、病院との扉を繋げて学園に駆け付けた千輝。彼は医者であるが、あくまで空蝉専門の医者だ。損傷した内臓を修復できるような技術は持ち合わせていない。併せて、ここまでの消耗であると治癒能力『加密列之箱庭(かみつれのはこにわ)』も作用しない。なにせこの能力はあくまで自己修復を促すもの。


 彼が到着した時点で、彼が医者としてできることは何もなかったのだ。


 では、なぜ天司は呼んだのか。

 千輝の創式妖術『天眼鏡(てんげんきょう)』が必要だったからだ。彼が創り出すモノクルの名が『天眼鏡』である。そのモノクルで覗いたものにかかっている妖術を視認することができるというもの。


 文哉にはなにも妖術はかかっていなかった。組織の最大の敵、『神隠し』を行う妖『ぬらりひょん』の能力は『洗脳』。だが、文哉は洗脳をかけられてはいなかった。すべて自らの意志で行ったことなのだ。


「……洗脳でないなら生かしてはおけない」

 憑依を解いて目を開いた千輝は、夕柊を優しく諭す。


「……うん。でも、死んでほしく、なかった、もん」

 嗚咽交じりに言葉を紡いだ夕柊は文哉の制服を強く握った。手が血に塗れようと構わず握った。頬を流れていく涙は、頬に付いた血を巻き込んで文哉の制服に沁み込む。


 憑依が解かれ千輝の体から離れた神使、尖った耳に鋭い牙、両瞳に『邪』の文字が刻印された大柄な男、妖『天邪鬼』は、その大きな手で夕柊の頭を掴むように撫でた。


   ◇


 神宮城、神室(かむろ)にて――


 吟丸に連行された反逆者二人は、式神を繋げて作られた縄の拘束によって動きが封じられた状態で神様『御影(みかげ)』の前にいた。


 御影は二人を静かに、そして温度を伴わない金色(こんじき)の瞳で見下ろしていた。


 彼らの前に出た吟丸は片膝をついて問う。


豹紋(ひょうもん)、リラ。この襲撃に君たち自身の意志は入っているのか?」


「ああ、俺の意思だ」

 筋肉質な男――リラが答える。その目に揺らぎはない。


「……そうか」

 吟丸はそれだけ零すと立ち上がり、御影の後ろへ控えている聖神使・天狐の『天戯(あまぎ)』の隣へと移動した。


 御影によって反逆者二人に課せられた処罰は終身刑。神宮城の最奥部のそのまた奥の、限られた者しか知らない牢獄に二人は投獄される。


 「……甘くなにか? 御影さんよぉ」

 反逆者を連れていく吟丸と神宮城の頭領――飛真(あすま)が神室から出て行ったことを見計らい苦言を呈す天戯。


「殺すには惜しいと思うたからよ。あやつらが裏切ったと知れた時、わしとの契約は直ちに破棄された。のにだ、神使を使っておったようだのう?」


 頬杖をつきながら不敵な笑みを浮かべて御影は天戯へと視線を送る。


「つまり、奴の組織の中にあんたと神使との縁を断つことができる者がいる、ってわけか」


「うむ。まあ、わしとの縁が切れた時点でその妖は『神使』ではないが。……だが、いい気はせん」


 御影の顔から消える笑み。瞳は彼らが出て行った扉へと向けられていた。


「それは同感だ。奴らが簡単に口を割るとは思えんが、こちらにだって手段はある。洗いざらい吐かせるなんざわけないさ」


 目を吊り上げながら述べた天戯は煙を出して本来の姿である白い毛並みの天狐へと戻ると、その場からふっと姿を消した。


   ◇


 「皆さま、ご苦労様です」

 普及作業に取り掛かっていた生徒らや先生の前に姿を現したのは、ターバンを頭に巻いた男と、その男に抱えられている八歳ほどの少年であった。


「あ、宇響(うきょう)さん! ……と、誰?」

 その姿を見て恒心が首を傾げる。


初羽(ういば)の皆さまとはこの姿でお会いするのは初めてですね。僕は『天羽(あもう)』です」


 少年は首を傾けて柔らかく微笑んだ。こどもらしい姿に子どもらしい声。ただの愛らしいこどもにしか見えない。


「え? 天羽ってあの天羽さん?」

 目を丸くする馨。隣では綸も口に片手を当てて驚いているようだ。


「ふふっ。はい、あの天羽ですよ」

 そう、その少年は、妖専門の警察組織『神来(かみく)』のあの白い毛並みの大きな梟『天羽』なのだ。


「……言われてみれば、ふわふわの白い髪と目が天羽さんまんまだな」


「あのダイヤモンドみたいな目やね。人間の姿になるとこんな可愛らしい姿になるんやなぁ」


 顎に手を当ててふむふむしている陸斗と市露(いちろ)に「ふふっ」と笑った天羽は、宇響にその場に下ろすよう指示を出す。


「皆さま、お下がりください」

 皆が離れたことを見計らい、地面に両膝と両手のひらをついた天羽は静かに唱えた。


「『雲散梟没(うんさんきょうぼつ)』」


 すると、天羽を中心に学園全体が淡い光に包まれる。


 恒心が抱えていた籠の中にあった破片がすべて宙に浮いた。それだけではない。馨らが竹ほうきで集めていた破片や綴が持ち上げた大きな破片もすべてが宙に浮く。そして、破片は元あった場所――壁の一部へと戻っていく。それはまるで、時間が巻き戻っているかのようだった。


 ほどなくして淡い光が消えると、先刻まで襲撃されていたことが嘘かのように元の学園の姿へと戻っていた。


 立ち上がった天羽は恭しく片足を後ろに下げ一礼をすると、そのまま宇響に抱えられて去っていった。


 なぜ彼が抱えられているのか。本人が言うに、人間の足の使い方が理解できないのだと。多くの時間を梟の姿で過ごしているが故の弊害なのだろう。というより本人は、人間の姿になったとて歩く必要性を感じないと思っている。だって自分を運んでくれる人間がごまんといるから。


 一瞬で元通りになってしまった現状に初羽の子らはもう開いた口が塞がらない。

 


 そうして、神威学園襲撃は幕を下ろしたのである。

 死傷者一名。逃げ遅れにより妖に襲われ死亡(表向き)。




 神威学園襲撃 篇 ――完――


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


第三章『神威学園襲撃』篇、閉幕です。

明日からは第四章『芽吹きプロジェクト』篇、開幕です。


お楽しみに!

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