第三話 型破り系少年
はじめまして。
『暮色 ―ぼしょく―』と申します。
日本 長野県
2230年4月同日 午前11時半
――ある中学校にて
「わー、くろー」
中学校を包む黒い靄を見て夕柊は淡々と呟いた。
「おいおい、のんきだな」
背後から彼に声をかけたのは一仕事終えた槐。その隣には玄葉もいた。
吟丸の云う『外で待っている彼ら』は二人のことだ。駅で仕事を終えた後、以前から吟丸に取り付けられていた『夕柊のおもり』のため、二人はここにいる。
「俺たちがやるからお前はなにもするなよ」
「えー」
釘を刺した玄葉に不満を漏らす夕柊。
大人二人は顔を見合わせる。槐は苦笑いで肩をすくめ、玄葉は夕柊に聞こえるように大げさに舌打ちをした。
玄葉が『閉鎖領域』を張り、周りから姿が見えなくなった三人は中学校の敷地へと入る。
「いや、本当に濃いわ。何か起きる前にさっさと浄化させちまわねぇとな」
――バキバキ……バリンッ
槐が胸元から護符を取り出した瞬間、何かが割れる音が響いた。
「……って言うと、本当に何かが起こるんだよな」
ため息をついた槐は護符を仕舞い、周りの状況を確認するように辺りを見渡した。
「音から推察するに窓ガラスか」
「だろうな。しかも階層高め」
窓ガラスに視線を移し呟いた玄葉に同調した槐。
「とりあえず向かう。ついてこい夕柊」
玄葉は振り返り夕柊に視線を送った。が、そこに彼の姿はない。
「……あいつどこ行きやがった」
玄葉のこめかみに浮かぶ青筋。
「あっこ」
槐の指さす先、校舎の四階の窓に、背中から濡羽色の二対の翼を生やした着物の少年が張り付いていた。
換気のために窓は僅かに開いていて、外から窓に手をかけると開け始める。翼を仕舞いながら全開になった窓に体を滑り込ませ校舎に入った夕柊。
「おさきー」
窓から地上を見下ろし、彼は先程まで自分がいた場所に向かって手を振りながら声をかけた。閉鎖領域が張ってあるため夕柊からは何も見えず何も聞こえないが、三者の目は確かに合っていた。
「……あんの馬鹿が!」
とうとう怒り心頭に発した玄葉。
彼の体裁のために言っておくと、彼が怒りを露にするのは夕柊に対してのみである。
そして、そのたびに槐に「どうどう」と宥められるのだった。
「たしかここらへん――いた」
校舎四階を歩いていると目的の人物を発見した夕柊。音の出どこだ。
そこには派手に割れた窓ガラス、散らばった破片。そして、金属バットを持った生徒がいた。
生徒が纏う黒いオーラ。それは今、彼が彼自身でなくなっている何よりの証拠。妖に精神までもが蝕まれた結果だ。その状態を朽ちた篭『朽篭』と呼ぶ。
この生徒とあの駅員との大きな違いはそこにあった。
負の感情を好む妖は、その場で負の感情が最も大きい人間にとりつく。そして負の感情を糧にして大きくなるのだ。
始めはあの駅員のように外側から体を操作される。だがとりつかれた時間が長いほど妖は体内――精神を蝕んでいき、しまいには一体化してしまうのだ。負の感情が膨張して自身で制御ができなくなり、今回のような暴走に至る。
そうなってしまえば、清められた神具と儀式を行わない限り妖から精神が解放されることはない。故に、朽篭化する前に対処をすることが望ましいが今回のように事後になってしまうことも少なくないのだ。
だがここに、その形式をまったく守らない者がいた。
そう。夕柊である。
「……どうして僕ばっかり……、もう期待しないでよ。……しないでよー!!」
癇癪を起こした生徒はバットを振り回した。夕柊は軽々とよけながら生徒と距離を取る。
「うむ。目には目を歯には歯を。バットにはバットを、でしょ」
再び翼を生やすと自身の翼から羽を三枚抜いた夕柊。烏の羽だ。
「創式妖術 幻想具現『千変万化之烏羽』変化『バット』」
夕柊がそう唱えると、羽が煙を出してバットへと形を変える。
校舎外に向けてホームラン宣言をすると、彼はバッターよろしくバットを構えた。
「やめろ!」
追いついた玄葉が声を荒げる。
しかし動き始めた夕柊の体は止まらない。否、そもそも彼は止めるつもりがない。
「せーのがさん、はいっ」
の掛け声で生徒の胸めがけてバットを振りぬいた夕柊。
手遅れの惨状に大人二人は白目をむく。
だが物に当たった音はなく、空気を切り裂く音だけが辺りを震わせた。バットは生徒の体をすり抜け対象のみを打ったのだ。対象は妖。
打たれた妖は割れた窓ガラスから校舎の外、空へと吹っ飛んでいった。夕柊は目の上に手をかざし妖の姿が星になるまで見届ける。
そしてガッツポーズ。
「ナイスホームラン」
夕柊が翼を仕舞うと羽から作られたバットも跡形なく消えた。
「……あいつ、またやりやがったー!」
彼の体裁のために言っておくと、彼が怒りを露に――
「……あれ、僕は……」
正気に戻った生徒に声をかける夕柊。着物の袖から野球ボールを取り出した彼は、生徒が手放し床に落ちていた金属バットを手に取った。
夕柊が何かを言うと途端に笑い出した生徒。近くの教室から箒とちりとりを出した二人は話しながら窓ガラスの破片を集め出す。生徒からは笑顔が絶えない。
「どんな魔法の言葉を掛けたんだか。あの子めっちゃ笑顔」
「知るか」
「でもさ、あんな方法でも助けられちゃうのが夕柊なんだよな」
腕を組んだ玄葉は視線を逸らす。
「……だが尻拭いするのはいつだって俺たちだろうが、クソ!」
そう悪態をつきながら玄葉は校舎外へ向かった。今回の件を上に報告するためだ。
(なんだかんだ言いながらも、夕柊のことを一番面倒見ているのはお前なんだよな。
あ、もちろん吟丸先生は除いて)
玄葉の背中を見ながら槐は独りでに笑う。
掃き終わると用具をロッカーに片付け、生徒は笑顔で夕柊に手を振って階段を下りて行った。
同様に手を振って見送った夕柊は、せっかくちりとりで集めたガラスの破片を、割れた窓ガラスの近くに控えめにばら撒き始めた。
満足のいく出来になったのだろう。「よし」と頷く。
それを見届け「夕柊」と声をかけた槐。
「なに、槐くん」
「あとで玄葉に謝りなね」
「はーい」
彼は夕柊のふわふわな頭を撫でながら微笑んだ。
ふと、十年前に夕柊と初めて会った日が脳裏をよぎる。
(そういえばあの日もこんなふうにふわふわな頭を撫でたっけ。あの時はまだ淡い茶色の髪だったけどな)
「さっきの、窓ガラスが割れた音だよな?」
「誰が割ったの?」
「危ないから生徒はこれ以上立ち入り禁止だ!」
等の声が聞こえてきた。野次馬の生徒と駆けつけた教師によるものだろう。
「『閉鎖領域』」
と唱え、即座に自分と夕柊を周りから見えないようにした槐。夕柊の手には生徒が使ったバットが握られている。
閉鎖領域が及ぼすものの範囲は生物、それから領域内にいる生物が直接干渉しているものだ。つまり、今夕柊がもっているバットは生物である夕柊と直接干渉しているため領域外から見えていない。そして、夕柊たちが足で触れている床や背で触れている壁は直接的な干渉でないため消えないのだ。
「……原因は劣化、か?」
「おそらく」
窓ガラスの割れた状態とその周辺にのみ広がっている破片から教師たちはそう推測したらしい。
その言葉を聞いて、槐は領域の中で安堵の息を漏らした。
(大事にならず事が済みそうだ)
二人は領域を貼ったまま中学校を後にした。
正門を抜けると見覚えのある人影。いまだ青筋を浮かべている玄葉だ。
槐が領域を解除し露になった二人、主に夕柊を見て舌打ちを鳴らすと、彼の小さな頭に拳骨を落とした。
「いくぞ」
拳骨の落ちた頭を押さえつつ玄葉の後を追う夕柊。玄葉の隣に並ぶやいなや不満を零している。
そんな二人を見て槐はまた笑うのだった。そして振り返る。先ほどまで中学校を包んでいた黒い靄はどこ吹く風。跡形もなく消えていた。
三人は今日の本当の目的地へと足を進め始める。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
この物語の主人公は、夕柊と馨の二人です。




