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空蝉物怪録   作者: 暮色 ―Boshoku―
第一章:邂逅 篇

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第二話 駅中騒動

はじめまして。

『暮色』と申します。



 夕柊(ゆうひ)――彼の中には二つの人格がある。


 いや、二つの魂と言ったほうがいいだろう。

 一つは『夕柊』自身の魂、もう一つは『(ゆう)』の魂。


 本来なら一つの体に複数の魂を持つことはできないが、そうせざるを得ない状況によりもう一つの魂が体に入れられることがある。


 では、それはどういう状況か。

 『魂が欠けた時』だ。


 通常、魂が欠けることはあり得ない。だが、ある状況下において例外的に魂が欠けることがある。夕柊はその被害者であった。いや、『(しゅう)』という名の少年が、だ。


 魂が欠けてしまうとこの世に存在することができない。魂が欠けること、それは『無』を意味する。


 故に、欠けた魂を補うためにもうひとつの魂が入れられるのだ。が、人間の魂は元より一つの体に一つしか適応されない。


 では、どのように対処したのか。

 別の存在の魂を入れたのだ。それが『(あやかし)』の魂なのである。


 柊の中に入れられた魂、それは妖・烏天狗(からすてんぐ)の一個体『夕』の魂であった。

 人間と妖の魂を合わせ待つ人間をこちらの世界では『半魂(はんこん)』と呼ぶ。


 以降、『夕』の魂を併せ持った『柊』はその日から自らを『夕柊』と名乗るようになった。


   ◇


 日本 長野県

 2230年4月同日 午前10時半 


 「……よっと。ここか」


 木綿着物に身を包んだ二人の男性は、人がまばらな駅の屋根上にいた。


 全体がクリーム色の髪に左半分が白髪の髪を片耳にかけた爽やかな男性は、しゃがんで駅のホームを見下ろす。


「こりゃまた黒いな」


 名を『大尾(おおたお) (えんじゅ)』(22)。


「ああ」


 肩につかない程度の長さで、全体が白くインナーが薄緑色の髪をハーフアップの団子にしている奇麗な顔立ちの男性も、立ったまま腕を組んで見下ろしていた。


 名を『(たちもり) 玄葉(くろば)』(22)。


 彼らが見下ろしている駅のホームは、全体が黒い(もや)に覆われていた。人々にはその禍々(まがまが)しい淀みは見えていない。この場では彼らの目にのみ映るもの。


 玄葉の肩に1匹の梟がとまる。翡翠の瞳に真っ白な羽毛の梟だ。だが、その片側の翼は黒く変色していた。


「道案内ご苦労さん、翡翠(ひすい)くん」


 槐は立ち上がり、その梟『翡翠』の頭を撫でる。


「ピー」と、翡翠は鳴いて答えると空へと羽ばたいていった。


 視線を空へ送り翡翠を見届けた玄葉は告げる。


「手遅れになる前にやるぞ」

「了!」


 二人は屋根から跳び降りホームへ降り立った。

 その最中二人の目に移ったものは、線路上に今にも落ちそうなくたびれたスーツの男性であった。


「……って、言っているそばからいきなしかい!」


 槐は空中で下駄を脱ぐと玄葉に投げ渡し宙を蹴る。加速した体を制御し右手と左膝をついて着地をするとすぐさま走りだした。傾きかけた男性の右腕を掴み引く。勢いのまま引いたため、男性もろとも槐はホームに尻もちをついた。


 直後、線路に滑り込んできた電車。


「っと、セーフ。おっさん、大丈夫か?」


 槐が声をかけるも男性はその場にへたり込んだまま動かない。その瞳は虚ろであった。その男性だけではない。ホームで電車を待っている幾人かが同じく虚ろな瞳をしていた。


 立ち上がった槐は男性を支えながらホームのベンチに座らせると、口を横に大きく開きニカッと笑う。


「心配いらねぇからな」


 投げ出された鞄を男性の座るベンチの横に置き、槐は玄葉の元へ近づいた。


「ほらよ」

「あんがと」


 投げ返された下駄を受け取り、足の裏をはたいて下駄を履きなおす。


「にしても、結構やられてんなぁ」


「ああ、だから早急に浄化する」


 着物の胸元に手を入れた玄葉はまっさらな護符(ごふ)を取り出し、力強い眼差しで言い放った。


 その刹那――

「きゃあっ!」と、女性の叫び声がホーム内に響く。


 二人が振り向くと線路上に女性が落ちていた。


「……あ、あ、たす、けて……」


 恐怖で足がすくんでいるのか動けないようだ。


 女性の元にはこの駅に停車予定のない電車が迫っている。


「玄葉!」

 より近くにいた玄葉の名を叫んだ槐。


「わかっている」


 応えた玄葉は下駄を履いたまま軽々と、だが風のように素早く駆けていく。ひと跳びで線路に降り立ち女性を抱きかかえるとホームへ跳びあがった。


 彼がホームに降り立つ下駄の音をかき消すように電車が通り過ぎていく。間一髪間に合った。


「あ、ありがとうございます」

 涙を浮かべお礼を述べる女性。


「いえ」

 抱えていた女性を降ろし、彼は短く返した。


「……私、気が付いたら線路に落ちていて……」


 女性は自分の体を抱き締めながら震える声で呟く。


 ホームを見渡し一瞬で状況を判断した玄葉は、女性に顔を向け告げた。


「貧血でめまいを起こしたようだ」


「そ、そうだったんですね。……助けていただき、本当にありがとうございます」


 その言葉に頷いた彼は立ち上がり、頭を下げる女性に軽く手を挙げる。そして腕を組むと槐の隣に並んだ。


「おみごと!」

「ああ。それより見つかったか?」

「おそらくすぐそこだ」

「わかった」


 槐の指さす先を見つめた玄葉は着物の袖を後ろに払い片膝をついた。そして右手をホームのコンクリートにつける。


「『閉鎖領域(へいさりょういき)』」


 そう唱えると、玄葉を中心にドーム型の透明な領域が現れた。この領域内にいる者は外から視認・聴取されることはない。


「サンキュー、玄葉」


 領域内にいるのは玄葉、槐、それから領域を貼った途端に姿が現れた男性駅員。

 女性が落ちたであろう場所の近くに男性駅員は立っていた。両手を前に伸ばした状態で。


 女性は貧血で落ちたわけではなかった。この駅員に押されたのだ。だが、女性は玄葉に言われた貧血を信じた。不自然なことは脳内で自然なことへと変えてしまう。女性にとっては貧血という理由がそうであったように。


 男性駅員は頭と腕をだらりと下げ、壊れた人形のように首をこちらに向けて口を開いた。


「モウ ずごシ ダッダの、に……」


 およそ人間の声帯からは出ると思えない、極端に高かったり低かったり、濁った不気味な声。その背中には、猿ほどの大きさの奇妙な生き物がおぶさっていた。


「ま、『妖』の仕業だわな。にしても、姑息にも閉鎖領域を使うとはねぇ。どうりで悲鳴を聞くまで俺らが気付かないわけだ」


 肩をすくめた槐はため息を零す。


「少しは知能を使ったようだが、詰めが甘い。より高い妖力の者に同じ術を使われたら打ち消される。常識だろ」


 水を凍てつかせるような視線を生き物に向ける玄葉。表情があまり動かない奇麗な顔は氷の彫刻のようだ。


「この程度なら俺一人で充分かな」

「ああ、頼む」


 玄葉は一歩下がり、反対に一歩前に出た槐は胸元からまっさらな護符を取り出した。親指を口元までもっていき歯で傷つけると、出た血で護符に印を書いていく。


「大丈夫だ。駅員さん、あんたには傷ひとつつけやしないからさ」


 爽やかな笑顔を浮かべた彼は、血の滲む親指を払って血を落とす。


創式妖術(そうしきようじゅつ) 幻想具現(げんそうぐげん)槐樹之薙刀(かいじゅのなぎなた)』」


 そう唱えながら、槐は左手で持つ護符の印に右手をかざした。そして、印から薙刀を引き出していく。薙刀が引き抜かれた後、手から舞った護符はそのまま薙刀の(つか)に張り付いた。


「ジャマ じナイでぇー!」


 叫び声をあげた駅員が両手を広げ迫ってくる。ひと瞬きした時にはもう目前に迫っていた。


 彼は飛び掛かってきた駅員をひらりと躱しその背後に素早く回り込むと、薙刀の石突(いしづき)で腰と首の後ろを軽く突いた。


 直後、駅員の背中から離れた黒い生き物。


 気を失い倒れる駅員を左手で支え、右手で薙刀をくるりと回転させ()を下向きに持ち替えると、弾き出た生き物ごと穂でコンクリートに突き刺す。


「ギィ……ギ、ギ、ギィィ……」


 先程と打って変わり弱々しく鳴く生き物。薙刀に体を貫通されているが血は出ていない。


 槐は人差し指と中指を伸ばし揃えた印を右手で作る。これは『刀印(とういん)』だ。片手で結んだ刀印を口の前に持ってくると彼は静かに囁いた。


「悪さはいけねぇよ。『破邪顕清(はじゃけんせい)』」


 そう唱えると光り出した薙刀の穂。


「ギィィヤァー!」


 苦しそうに叫んだ生き物は光に包まれ、黒い煙となって霧散した。刹那漂うのは墨の匂い。


 印を解いて一息ついた槐。薙刀の石突に右手を置き、その上に顎を乗せて目を瞑りお礼を言う。


「おかげで今日も助けることができた。ありがとな」


 薙刀の柄についている護符を剥がし口と手を使ってその護符を破くと、護符と薙刀はふわっと跡形もなく消えた。


「よいしょっと」

 と、駅員を肩に担ぎ直し近くの階段に向かう。


 階段の前に着くと槐は顔だけで振り向き、「あとはよろしくな!」と腕を組んでいる玄葉に託し、颯爽と二段飛ばしで階段を駆け上がっていった。


「ん」

 と、玄葉は片手を上げて応える。


 彼が歩き出すと共に動く領域。

 閉鎖領域は術者を中心に円形に展開されるのだ。範囲は術者の妖力量によるが、時と場合によって範囲を決めることが多く繊細な技術が求められる。


 歩きながら胸元から護符を取り出した彼。立ち止まると右手の親指を歯で傷つけその血で印を書く。


 ホームから線路の上に降り片膝立ちになると、印を書いた護符を駅の中心部となる線路上に置いた。そして護符を囲むように砂利の上に血の出ている親指で円を描く。親指を払って血を落とすと、その上に右手を乗せた。


「穢れし此岸(しがん)よ この力をもって清め給う。

穢土純化(えどじゅんか)』」


 彼の詠唱とともに護符と囲んだ丸い血が光り、駅全体を淡い光が包んだ。


 次の瞬間、駅を覆っていた黒い靄が護符に吸い込まれていく。すべてが吸い込まれ黒くなった護符は血の印とともに跡形もなく消えていった。


 そこへ翠の宝石のような瞳の白い梟――翡翠(ひすい)が飛んできた。玄葉が立ち上がり腕を出すと、翡翠はその上にとまる。


「……うん、治っているな」


 彼は翡翠の翼を優しく撫でた。黒く変色していたはずの片方の翼は元の真っ白な翼へと戻っている。


「ピィーピィー」

「ああ、わかっている」


 翼を上下に動かした翡翠に催促された玄葉は、翡翠の首元にかかっている小さな木札にまだ止まりきっていなかった親指の血でサッと丸を描く。


 翡翠は満足した様子で彼の頬に頭を擦り付けるとそのまま飛び立っていった。


「媚上手め」

 と、わずかに頬を綻ばせた玄葉。再び片膝立ちになった彼は領域を解除する。


 辺りを見渡すともう虚ろな瞳をしている者はいない。玄葉は意識を集中させ周りの会話に耳を澄ました。


「〇〇高校の生徒が神隠しにあったって」

「昨日のニュース見た? やばくね?」

「俳優の○○がー……」

「小テストあったの忘れてたぁ」


 幸い駅員の変な様子を見た者はいないようだ。


 電車の到着を知らせる放送が流れ、槐が助けたスーツの男性と玄葉が助けた女性がベンチから立ち上がる。音を鳴らしてホームに滑り込んできた電車が開けた口に、二人は入っていった。


 電車が発車するのを見届け、腕を組んだ彼は槐の登っていった階段に向かう。


 階段を上った先に見える救護室の扉の前に、槐は腕を組んで寄りかかっていた。


「おつかれさん!」

 玄葉に気付くと、片手を上げて笑顔で近づいてくる。


「ん?」と、顎で救護室を指した玄葉の意図を読み取り、答えた槐。


「そ。駅員さんはあちらさんにもう任せてある」

「そうか」


「『朽篭(くろう)』になる前でよかったわ」

「ああ。ひとまず、これで任務完了だ」


 二人はいつものように手の甲を打ち合わせた。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


駅はこぢんまりとした地上駅を想像していただければと思います。

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