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1,自由気ままなお気楽少年


 日本 山梨県  

 2230年4月 午前11時  

 

 ここは、妖専門の退治人育成学園。

 ――第三運動場にて


 運動場の中央に佇んでいるのは、小柄な体に見合わず大きな木綿着物を纏った一人の少年。


 柔らかく光を透き通すようなブロンドの髪を風が巻きあげる。露になった少年の顔。少年は目を瞑っていた。髪と同色の右まつ毛、淡い茶色の左まつげ。左右で色が異なっている。


 その少年に三方向から忍び足で近づいていく青年が三人。この学園の生徒である。


 ひとりは、背から蜘蛛の足が生えている。

 ひとりは、雨でもないのに和傘を差している。

 ひとりは、自身に火を纏わせている。


 彼らは契約している妖の能力を持って、少年を倒そうと躍起になっていた。

 敵対しているわけではない、訓練の一環だ。

 

 少年には、訓練の相手として選定されるに足る実力があるということ。


 顔を見合わせた三人は、一定の距離を開けて少年の周囲を円を描くように走った。足音で撹乱しているのだ。


 もう一度顔を見合わせ頷き合った三人は次いで一斉に少年に飛びかかる。蜘蛛の足から伸ばされる糸、閉じた和傘での突き、口から吐かれた火の玉。そのどれもが少年に向かっていく。


「もういいかーい?」

 青年らに尋ねた少年。


――バサッ

 大きな翼のはためくような音。少年の背から烏のような二対の翼が生えた。


 少年は目を瞑ったまま、手のひらを下に向けて右腕を前に出す。


「もういいね?」

そして、その手を僅かに下げた。


 その刹那、地面にうつ伏せで押し潰された青年三人。上からかけられる重力に身動きが取れないようだ。


 重力に耐えきれずやや凹む地面。周囲の木々もざわめき出した。


「うっ、くるしっ……」

「ぎ、ギブ……」


 もがこうとしていた青年らの声が静まったことを得て、少年は手を体の横へと戻す。重力は解除され、木々のざわめきも落ち着いた。


 やおら目を開く少年。ブロンドの右瞳、淡い茶色の左瞳、白い肌。小柄さも相まってそれは、人形のように美しい少年だった。


 自分から一番近くに倒れている背から蜘蛛の足が生えた青年へと近づいた少年はしゃがみ、彼の頬をつつきながら声をかける。


「おーい」

 だが返事はない。


 小さく息を吐き出した少年はその青年に両手をかざして唱えた。


「『加密列之箱庭(かみつれのはこにわ)』」


 治癒の妖術だ。

 すると淡く光り出す青年の体。光が収まった時、気絶していた青年は穏やかな寝息を立てていた。


「あっち」「こっち」と抑揚のない声を零しながら小動物のようにちょこちょこっと動き、同じく気絶している青年二人にも治癒の妖術を施した少年。


「あとは、今日はちょっと暑いから――」


 長い袖に隠れた手を顎に当てつつ思案した少年は、自身の翼から羽を六枚取ると地面に置く。そして再び唱えた。


創式妖術(そうしきようじゅつ)千変万化之烏羽(せんぺんばんかのうば)変化(へんげ)『スプリンクラー』」


 彼の得意な妖術の一種だ。自身の羽を媒介に、あらゆるものを創造することができる。


 地面に置かれた六枚の羽は煙を出してスプリンクラーへと――


「あれ?」


 と、首をこてんと傾けた少年。表情の乏しい少年の見つめる先にあったのは、スプリンクラーではなく『レインガン』であった。


※レインガン:強力な水圧を利用し、水を遠くまで飛ばすことのできる大型のスプリンクラー


 この先の展開はお分かりだろう。

 威力が雲泥の差はある物を創り出してしまったのだから。

 

「……あ」


 少年の口から声が漏れ出た時にはレインガンは作動していた。勢いよく吹き出した水は放物線を描いて遠く、遠くまで伸びていく。そう、運動場のその向こう、学び舎まで。


――パリンッ

 少年の耳に微かに届いたのは、何かが割れた音。学び舎の窓が割れた音。


「あちゃー。水量調節間違えていますね」

 立ち上がり他人事のように零す少年。


 そして、先刻とは反対方向に首をこてんと傾けて少年はお気楽に呟く。


「ま、いっか」


(よくない! どうするのあれ)

 と、少年の脳内に響く声。穏やかで、だが男らしさも感じさせる声だ。


「あ、見て見て虹」


 少年の指さす先には、晴れた空の元吹き付けられた水によって人工的な虹が生成されていた。


(君は本当に呑気だね。また怒られるよ。いいのかい?)


(いいの、いいの。その前に逃げちゃえばいいもの)

 彼も脳内で返す。


(そういうこと言っていると……)


 脳内に響いた声がそう呟いた時、少年――『夕柊(ゆうひ)』の肩に何者かの手が置かれた。


 黒い髪を左耳の下で緩くまとめたたらし団子、目尻の下がった優しい目、夕柊に勝るとも劣らない白い肌。儚げな雰囲気を纏う男性は、木綿着物の上に白い羽織を羽織っていた。首には柊の実のように赤い組紐を巻いており、首の後ろで蝶々結びされた長い紐の先が風に揺れる。


 この学園の教師の一人。そして、夕柊の親代わりでもあり、お目付け役だ。彼は問題児だからね。


 名を『吟丸(うたまる)』(27)。


「やあ、(しゅう)


 夕柊を『柊』と呼ぶ男性――吟丸は、目を合わせるとゆっくりと微笑んだ。その優しい顔には影がさしている。普段の落ち着く声も今は怒気を孕んでいた。笑っているのに笑っていない。


「げっ、先生」


 わずかに眉をしかめた夕柊はおそるおそる振り返り、脳内で助けを求めた。


(なんとかしてよ、『(ゆう)』くん)


(僕は手助けしないよ。こうなった以上降参することだね)


(えー)

 などと脳内で会話をする二人。


「まさか……逃げるなんてこと、しないよね?」


 有無を言わせぬ微笑みで尋ねる吟丸に夕柊は肩を震わせた。咄嗟に顔を逸らす。が、吟丸の纏う雰囲気がそれを許さなかった。渋々と顔を前に戻す夕柊。


 小さい体を更に小さくさせて夕柊は翼を仕舞う。それにより、彼の羽から創られたレインガンも煙を出して跡形なく消えた。


「まったく、君はどうして毎回一波乱起こしていくの」


「たまたまだよ」


「たまたまなことがあるか」

(たまたまなことがあるか!)


 あっけらかんと答えた夕柊に吟丸と夕が同時に突っ込む。


「もう、外からも中からもうるさいんだけど」


 そう言いながら夕柊は着物の袖で耳を塞ぐ。小柄なくせに見栄を張って自分の体にあっていない着物を着ているため、袖からは手が出ていないのだ。


「俺はね、今日も自由気ままにお気楽で生きたいの」


 袖を耳から外した夕柊は僅かに口をとがらせて苦言を呈す。


「そうだね。……でも、君には今日行く場所があるはずだよね? こんなところで油を売っている場合じゃないよね?」


 吟丸は額に手を当てため息をつく。顔も呆れ顔だ。


「ちぇっ」と夕柊の吐き捨てるような舌打ちに、夕は脳内で声をかける。


(やっぱりバレていたね)

(夕くんが協力してくれないからだ)

(僕のせいにしないでくれる?)


 小さく息を吐き出した吟丸は少し腰をかがめ、夕柊の肩に優しく手を置いて諭すように言った。


「大丈夫だよ。……だから行っておいで。彼らも外で待っている」


 吟丸の細められた目を見て、夕柊は小さく頷いた。


「うん、素直でよろしい。――夕くん、柊をよろしくね」


 肩から手を降ろした吟丸は夕に声をかける。夕柊の顔が一瞬だけ綻び、ブロンドの瞳が光った。


「仰せのままに」

 脳内ではなく夕柊の口を借りて言葉を発した夕。


 彼の返答に吟丸は満足そうに頷き、軽く手を振って二人を見送った。


「はぁ。僕はどこで育て方を間違えたのやら」


 眉を下げ微笑んだ吟丸は、ここですやすやと心地よさそうに寝息を立てている青年ら見る。もう一度ため息をついた彼は、この青年らを運ぶという夕柊の尻拭いに取り掛かった。




 空いている窓から学び舎の中へと入った夕柊。平屋式の学び舎なため廊下は奥まで続いていた。


 チャイムが授業の始まりを知らせる。そのため廊下には人っこひとりいない。夕柊は通り過ぎる教室の中を横目で覗きながら長い廊下をひとり寂しく歩いた。


「あーあ、気が乗らないな。あっちでなにか楽しいこと起こらないかな」


 そう言い残し彼は、廊下のどん詰まりに待ち構えていた祠(人が優に十人は入れる大きさ)の中へ姿を消した。


 授業中であるにもかかわらず自由に動いている彼を、先生も生徒も誰も咎めない。


 それもそのはず。

 夕柊は”人間”ではないのだから。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


次回は退治人にフォーカスを当てた話です。

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