第四十六話 最強の男
「怪我人はいる?」
「大丈夫です。いないです」
駆け足で近づいてきた紫雨にトトが答える。
紫雨は腰を曲げて、トトに引きずられている夕柊を見つめた。
「あぁ、この子は怪我とかじゃなくてただの不貞腐れだから心配要らないですよ」
手を横に振り否定を示して告げるトト。
「うん、だと思った」
そう言うと紫雨はしゃがみ、目を瞑ってだらんとしている夕柊に視線を合わせた。
「自分で歩きなよ、夕柊」
「うぅ」
返事とも取れない呻き声を出す夕柊。そんな夕柊にクスクス笑う紫雨。
トトはため息をつき襟首から手を離す。夕柊はそのままだらんとした姿勢でトトに寄りかかるが、背中を膝で押し退かさせた。仕方なくといった様子で胡座をかく。
そこに近づいてくるひとりの青年。茉李だ。
「まるで子どもですね。みっともない」
髪型と顔立ちも相まって一見優しそうに見えるが、嘲笑うような笑みを浮かべている。
紫雨はやって来た茉李を見ると立ち上がり、軽く手を振りながら夕柊から離れていった。
茉李は腕を組み、胡座をかいている夕柊の顔を覗き込む。
「うるさいー。君らにはこの気持ちわかんないんだよ」
「そうですね。君の思考は常人には理解できませんよ」
肩をすくめる茉李。
「はぁ……、行きたかったな」
表情からは読み取りにくいが、夕柊は明らかに落胆していた。
――グイッ
茉李は夕柊の腕を持ち強引に立たせ告げる。
「ほら、いつまでそうしているのです? 戦闘態勢をとってください。先生方に交じってもらいますからね」
「はぁい」
(……こういう時は素直なんですから)
茉李は眉を下げてわずかに微笑んだ。
北棟に入ってきた初羽の子らを見て思わず立ち上がった澪。
視界の端で動く澪を捉えた陸斗が手を振った。
「澪ー。無事だったかー!」
小さく頷いた澪はおずおずと初羽の子らへと近づいていった。前髪と口当てにより表情は見えないものの、安堵していることは目に見えてわかる。
だが、キョロキョロ辺りを見渡した澪はひとり姿が見えないことを確認し、不安そうに腹の前で手を握った。
「せやねん。文哉くんがおらんねん。心配やなぁ」
腰を屈めて視線を合わせた市露も不安げな表情を浮かべた。
「北斎先生」
声をかけたのは橘翁。
「一名行方がわかっていない子がおります故、捜索に出てまいります」
「すみません、ありがとうございます」
――リン
鈴の音が響いた時、橘翁の姿はすでに消えていた。
「で、一体何があったんです? 侵入を許すなんてとんだ杜撰な警備ですね」
窓から外の様子を伺っている暖に近づいた茉李が問いかける。
「まあそう言うな。こんなこと初めてなんだから」
暖は、猫背に濃いクマのある目で気だるそうに笑った。ちなみに彼がこれほどまでのクマをつくっている要因は、ひとえに彼が生徒たちのことを思っているからだ。自分の受け持つ生徒一人一人の分析ノートを作っており、夜な夜な一人デスクに向かって記入していたりする。
だが、生徒はその事実を知らない。自分らのことを大切にしてくれているという点は届いているが、ただの寝不足な人だと思われているのだ。
「そのたった一回で信頼は崩れます。ましてや怪我人や死人が出たら取り返しがつかない」
お気楽な暖に苦言を呈す茉李。
「その心配はないさ。黎明最強の男がここにはいるから」
その言葉を発したのは北斎だった。どこか誇らしげな笑みを浮かべている。
「……ということは、まさか伝説の100期生が来てくれる展開なのでは!?」
その言葉が聞こえていた恒心が興奮冷めやらない様子で隣の丈に視線を送る。声は発さないものの鼻を鳴らした丈は、恒心に負けず劣らずの興奮を見せていた。
「黎明最強の男といえば、100期生の一人『桟 紅花』さんだもんな!」
後ろから二人の肩に腕を回した陸斗が楽しそうに声をかける。
直後、
――ドガーンッ
大きな爆発音がし、武道場が半分吹き飛んだ。
「「「『結界』」」」
瞬時に北斎、暖、茉李の三人が結界を貼る。
――ドンッ
その結界に何か物質がぶつかる鈍い音がした。
「キャッ!!」
「なんだっ!?」
「なんの音!?」
立て続けに鳴り響いた轟音に学生から悲鳴や声が上がる。
土煙が上がり太陽の光が一気に差し込んで空間が真っ白に光っているため、結界前方の様子は見えない。
「……結界に何かがぶつかった、のか?」
不安げに声を漏らす馨。
「いやいやそれより、ここが半分吹っ飛んじまったじゃねぇか!」
恒心と丈の肩に置いていた陸斗の手は、今は二人の首元へと移っていた。その腕には力が入っているようで恒心と丈は「ギブ、ギブ!」と彼の腕は叩いて解放するよう促す。
「お、見晴らしが良くなった。これで外の様子が見えるね夕柊くん」
「うん」
夕柊はやおら歩き出し、結界に手が触れられる距離にまで前に出た。それにトトも続く。
チラリと横目で結界を貼っている三人を見るトト。
(流石、動じないね)
三人は、大きな音がしたにもかかわらず冷静のままだった。結界はその者の揺らぎと同調して揺らいでしまう。結界を貼る時には冷静さが必要不可欠なのだ。
次第に土煙は落ち着き視界が開けてくる。
そこに居たのは、髪も着物も乱れ結界に背中を預け座り込んでいる吟丸であった。先の音は、爆発とともに飛ばされた吟丸が結界に背中を打ち付けた音。
「……吟丸先生……!」
茉李の結界が揺らぐ。
「落ち着け」
「……え、ええ。すみません……」
北斎に肩を叩かれ、茉李は徐々に平静さを戻そうと心がける。
「……ちょ、大丈夫なの!? 先生!」
吟丸からは反応がない。
――ドンドン
「吟丸先生っ!! 先生!!」
トトは結界を叩いて吟丸に呼びかける。
再び結界を貼っている三人を横目で見たトト。茉李はまだ動揺を隠しきれていなく時々結界が揺らいでいるが、北斎、暖の先生二人は全く動じる素振りを見せない。
シラを切らしたトトは先生二人に問いかける。
「……先生だもん学生を守るのは大事だよ。でも、目の前でやられている仲間がいるわけじゃん。助けるとかしないわけ?それとも───」
(……いや、なんで僕だけだ? なんで、僕だけが必死に訴えてんのよ。やられているのは吟丸先生だ。だったら真っ先に動くやつがいるだろ。なのに、なぜ動かない…?)
トトは反対に顔を向け夕柊の顔を見る。夕柊の目はただ真っ直ぐに吟丸を見ていた。その目に不安の色は何もない。
◇
――ジジッ
特定の者へと繋げられた念話。
「こちら神様『御影』。100期生に告ぐ。現在、大量の妖と二名の反逆者により神威学園が襲撃を受けておる。おぬしらの応援は必要か?」
――ジジッ
「必要ないよ」
「必要ないだろ」
「必要ねぇよ」
「必要ないっしょ」
四名が同等の返事を返す。そう、彼らこそが100期生。
「……だそうだ」
「薄情なやつらだな」
神室のソファーに腰かけていた御影が告げると、天戯は目を瞑り狐のように目を吊らせ苦笑いを零した。
「いや、純粋な信頼よ。神威学園にはあやつがおるからのう」
足を組み、ソファーのひじ掛けで頬杖をついた御影は不敵に笑う。
(吟。思いの丈暴れておいで)
神宮城の食堂で、神宮城の頭領を務めている『斑鳩 飛真』と向かい合っていた100期生の一人『几 弦宥』は「ふふっ」と小さく笑った。
「……?」
突然笑い出した彼に首を傾げた飛真。
◇
「……(ねぇ、今君は何を思っているの?)ゆう───」
「はぁぁ、そういう感じね」
夕柊に声をかけようとしたトトの声を遮り、吟丸が声を発した。その声はいつもの穏やかな声ではなく、呆れと怒気を孕んだ低めの声であった。
吟丸は乱れた前髪をかきあげ、乱れた着物を直しながら立ち上がる。
「本当、薄情だなぁ」
髪を結ってある組紐を取りながら前に歩み始める吟丸。それを合図に北斎と暖は結界を解いた。
太陽の光が吟丸の進む道を作るように光っている。敵へと向かうその光の道を真っ直ぐ歩く吟丸。そして、敵の前に着くと立ち止まった。風が彼の白い羽織と解かれた髪をはためかせる。
「あれぇ、まだ立てんの~? 吟丸先生、見た目のわりに丈夫だね~」
「……おい気をつけろ。雰囲気が変わった」
動き出した吟丸に警戒を見せた反逆者ら。
「へぇ、よく気づいたな」
目を細め口で弧を描いた吟丸は、首に結んである柊の実のように赤い組紐を外した。その途端、光り出す彼の体。
光が収まると、烏の羽のように黒かった彼の髪は純白へと変わっていた。その変化に明らかに動揺を見せる反逆者二人。
「……全部真っ白な髪。『傑器』なんて本当に存在したのかよ」
「はぁ? なにそれ、聞いてないんだけど?」
筋肉質な男からは焦り、不気味な男からは苛立ちが漏れ出る。
「当然だろう。あの日から一度も見せたことがないんだ」
「……ッチ! クソが!!」
地面を蹴り吟丸へと飛び出した二人。不気味な男は手をこれでもかというほど開き吟丸の頭めがけて伸ばした。
筋肉質な男が横に腕を伸ばすと、後ろで控えていた巨大な髑髏、彼の神使である餓者髑髏も共鳴するように腕を横に伸ばしていた。先ほど吟丸を結界までふっ飛ばしたように、もう一度叩くつもりだ。
立ち止まった吟丸は告げる。
「神の恵みを受けながら神に背を向ける愚か者には、教育的指導をしないとな」
その凄まじい殺気に喉が鳴る二人。怯んで動きを止めてしまうほどの殺気であった。
――バサッ
大きな翼のはためく音。
吟丸の背から生えた濡羽色の雄大な二対の翼。
右の手のひらを下向きで前に伸ばした吟丸は詠唱を口にする。
「『乖離一空』」
そして、その手を軽く下げた。
――ドスンッ
刹那、そこにいた反逆者二人、妖全てが地面に押し潰されていた。重力に耐えきれず凹んでいく地面。
左手の人差し指と中指を伸ばし揃えて『刀印』を作ると口元に持っていき、優しく唱える吟丸。
「『破邪顕清』」
――パリンッ
その時間僅か一秒。全てが一瞬で片付いた。
そこにあるのは重力によって凹んだ地面が無数にあるだけだ。器が割られた妖共は跡形なく消えていき、反逆者二人は白目をむいて気絶をしている。
それは、何かをする隙すら与えてもらえないほどの圧倒的な差だった。
ご高覧いただき感謝の至りでございます。
吟丸先生回でした。




