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第四十四話 うさぎとかめ


 「さて、片付けの再開と行こうか」

 立ち上がったトトは腕を上に伸ばして軽く体を伸ばした。


 夕柊(ゆうひ)も立ち上がり、背から再び翼を生やす。食堂の割れた窓から二体の妖が侵入してきたからだ。


 夕柊はやる気に満ちた彼を横身で見ながら尋ねた。

「大丈夫なの? まだ動かない方がいいと思うけど」


「えぇ、ちゃんと傷治してくれなかったの?」

「治したけど」

「じゃあ大丈夫」


「……そっか」

 夕柊は渋々頷いた。


「ババ、バ、バ、ババ」

 同じ文字を繰り返し声に出しながら近づいてくる妖。


創式妖術(そうしきようじゅつ) 幻想具現(げんそうぐげん)

 それを唱えたのはトトだった。


「『追憶(ついおく)異名同曲歌詞曲(わらべうた)』『割れる泡玉(カプセルトイシャボン)』」


 すると、彼の左親指と人差し指の側面に青色の小さな印が刻まれていく。親指と人差し指を付けて丸を作り印を繋げると、彼はシャボン玉を吹くように息を吹きかけた。液は付いていないのに次々と生み出されていくシャボン玉。ふわりふわりと妖共の上空へ流れ漂う。


「『爆破』」

 そして、トトの詠唱を合図にシャボン玉は爆破した。妖共の体は焼け焦げ、床に倒れている。一体の体からは血が流れ、もう一体は紙のように体の一部が破れていた。


 だが、これで終いではない。最後に器を割る詠唱が必要なのだ。


 トトは、右の人差し指と中指を伸ばし揃えて『刀印』を作り、唱える。


「『破邪顕清』」


 淡く光り出した妖共は器を割られ、そして跡形もなく消えていった。


「どう? 僕の創式妖術」


「俺タイプだ」

「うん、参考にしてみた」


 夕柊タイプとはどういうことか。創式妖術で主に創られるのはひとつの決まったもの。(えんじゅ)の『槐樹之薙刀(かいじゅのなぎなた)』や陽炎(かげろう)の『味変化(くいしんぼう)』のように。


 だが、何かを介して他のものに変化させるというパターンもあるのだ。夕柊が自身の翼の羽を介すように、トトが繋げた印から生み出したシャボン玉を介すように。しかし、それには一定以上の妖力が必要となる。誰しもが実現できるわけでもないのだ。


――パリンッ、パリンッ

 複数の窓ガラスが割られ、数えきれないほどの妖がなだれ込んでくる。が、トトがその異変に気付く。


「この妖たちと目すら合わないね」

「うん、やっぱり目的は『(いと)』?」


――ピクンッ

 夕柊が強調した『綸』という言葉に反応を示した妖共。


「知能のない妖が目的を持って動けるわけがないし、近くに手練れがいるね。閉鎖領域で隠れ――」


――ガシッ

 夕柊の言葉が途中で止められる。何もない空間から突然現れた手に頭を掴まれたからだ。


「その通りだよ~」

 夕柊の頭を掴んでいる人間が姿を現しながら笑う。長身のトトが見上げるほど大きいその男は、腰を屈めて夕柊に視線を合わせるとゆったりした声で尋ねた。


「君が夕柊くん?」

 掴まれている手に力が入れられているのか、やや眉を顰めながら夕柊は頷いた。


(……ひとまず、夕柊くんを助け――)

「トト」

 背に隠した左手でいつでもシャボン玉を創れるように用意していたトトだったが、夕柊の声によって動きが止まる。


「トト」

 ただ名を呼ばれただけだが、彼の言わんとしていたことは伝わった。


「いい判断だったね~。もし君が動いていたら迷わず首を飛ばすところだったよ」


 口角をこれでもかと横に広げた男。その笑みは不気味以外の何物でもなかった。


 男に一瞬殺気を向けられたトトは無意識に右手で首を押さえていた。脳裏に自分の首がはねられた映像が浮かんだのだ。


「想像した? ねえねえ、想像――」

 ゆったりと話しながら楽しそうにケラケラ笑っていた男は、言葉途中で視界を天井に向けられた。


「およ?」

 と、不思議そうに首を傾げている。


 夕柊が投げ飛ばしたからであった。


「体術はこれでもかと扱かれたのでね。えくぼの悪魔に」

 夕柊は無表情且つ抑揚のない声で告げる。


 床に抑えつけられているというのに、男はいまだ不気味な顔で笑っていた。喉から零れる笑い声は、どこかこの状況を楽しんでいるようにも感じられる。


(……はは、さすが夕柊くん。こんなことごときでは動揺すらしないか)

 トトは夕柊に、感心と尊敬と少しの畏怖を抱いた。


「おい。なにやってんだよ、てめぇ」

 何もない空間から現れたもう一人の男が、不気味な男を抑えつけている夕柊に蹴りを入れる。


 その男の足が自分に届く目に翼をはためかせて躱した夕柊は、そのままトトの隣へと降り立った。


「……ッチ。もうひとり居たか。厄介極まりないわ」

 そう零したトトの額からツーと汗が滑り落ちた。


 現れたもう一人の男からは純粋な力を感じたからだ。不気味に笑う男の得体のしれない何かとは違い、真っ向からぶつかってくる力の波動を。


「ちょっとしたお遊びじゃ~ん」

「もっと早く話せ、のろま亀が!」


「ウサちゃんが速いんだよ~、ねぇ君らもそう思わない?」


 不気味な男は首を折れそうなほど傾げて二人に問いかける。二人は無言を貫く。その様子に不気味な男は「つまんないのー」と首を戻し、表情も無へと変える。落ち窪んだ眼と猫背も相まって底なしの闇を感じさせた。


 一方、もう一人の男はやる気十分に首に手を当てて音を鳴らしている。背はあまり高くないが、服がぴったりと体にフィットしている腹部には割れた腹筋、発達した胸筋が刻まれていた。必要な箇所にだけ必要なだけ付けたような引き締まった体だ。


――ドンッ

 彼らの後ろにいた妖の一体が筋肉の男に当たる。


「……ッチ。デカい図体で邪魔だな。目的ひとつ達成出来ねぇ奴はもう用済みなんだよ」


 そして、男は妖の首を伸ばした手で切り落とした。


――パリンッ

 繊細なものが割れたような音を出して分断された妖の体と頭。血は出なかったが、首を無くした妖はそのまま後ろに倒れもがく。


 器が割られていない以上消えることはない。だが、引き離された箇所が再びひっつくわけでもない。


 夕柊は自身の翼から羽を一枚取ると、その妖めがけて投げ飛ばす。その羽が器という核がある胸に刺さると妖の体は、ガラスを落として割ってしまった時のようにずれ、そして弾けるようにして消えた。


「……ねぇ」

 トトは正面にいる異様な男らに目を向けながら思っていたことを夕柊に尋ねた。


「こっちの世界で対立しているのって、人間と妖じゃないの? この人たち人間にしか見えないんだけど?」


「うん、人間だよ。妖側についた元神恵子。つまり反逆者だ」


「……なるほどね」

 トトの顔はさらに険しくなった。


「……まさか、彼らの後ろにいる妖は『神使』、とか言わないよね?」


 男らの後ろには、明らかに知能があると見える妖が二体控えていたのだ。不気味な男の後ろには、赤子を抱いた女性『姑獲鳥(うぶめ)』、もう片方の男の後ろには巨大な骸骨『餓者髑髏(がしゃどくろ)』。


「神使だね、間違いなく」


「反逆者って、要は神様を裏切ったってことでしょう? そんな人たちが我が物顔で神の使いを使役しているって、随分と皮肉が効いているじゃん」


 大きくため息をついたトトは両手を腰に当てる。

「さて、どう出たものか。綸ちゃんが狙われている以上、この先に通すわけにもいかないからねぇ」


「……大丈夫」

 不安げなトトとは裏腹に、夕柊は冷静でいた。この状況において自分らが負けるとは微塵も思っていないような自信を、トトは彼から感じ取っていた。


 『ウサちゃん』と呼ばれている男の後ろから餓者髑髏が大きな手を伸ばす。大きな体に見合わず、風を切る勢いで夕柊らに振り降ろされようとしていた。


――カァ、カァ

 刹那、聞こえてくるのは烏の鳴き声。


――バサッ

 大きな翼のはためく音。


「うちの子になにをしようとしている」

 柔らかさが消え怒気を孕んだ声。


 トトが状況を確認するより早く、それは片が付いていた。


 餓者髑髏の大きな骨の手から自分らを守るように張られた結界。夕柊を後ろから烏の羽で守るように包んだ、適度に豊満な体つきの女性。男らの首に短剣の切っ先を当てている、濡羽色(ぬればいろ)の髪を組紐でくくった男性。


 そして、結界の前に立ちはだかるように移動した、柊の実のように赤い組紐を首に巻いている儚げな男性。


「ほら、大丈夫」

 夕柊は自分を後ろから包んでくれている烏の翼に手を置いて呟いた。彼の手に滲んでいた血が、その翼にわずかに付着する。


ご高覧いただき感謝の至りでございます。


不気味な男は通称『豹紋』、筋肉質な男は通称『リラ』。

それぞれモデルはカメの『ヒョウモンガメ』とウサギの『ライラック(リラ)』です。

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